卑屈な令嬢の転落人生6前編
時は遡る。
第一王子とシャーロットの婚約破棄が宣言されシャーロットが退場した後も卒業パーティは続いていた。
平等精神を掲げる学園でも卒業後のパーティゆえに王族の命令に従い、表面上は賑やかにパーティを過ごしていた。心の中に抱える不安や不満を隠すことに長ける者ばかりだった。
箝口令のためシャーロットのことを口に出す者はいなかった。
毎年、閉会の挨拶を生徒会長が務めていた。パーティの終わりの時間が近づき生徒達がようやく解放されると閉会の挨拶を心待ちにしていたが一向に閉会の挨拶がなかった。
生徒会長は第一王子が務めていた。副会長がソファに腰かけアリシアに渡されたワインを口に運ぶ第一王子に声を掛けた。
「殿下、そろそろ挨拶を」
「殿下、私はまだ楽しみたいです。それにさっきの」
アリシアは甘える声で第一王子の手を握り豊満な胸にそっとあてた。第一王子はアリシアの体から漂う甘い香りに魅了されていた。
「そうだな。せっかくの学園最後の夜だ。皆も名残惜しいだろう。アリシアが朝日を拝み、未来を担う者達と将来を誓い合い結束を高めたいと。シャーロットと違い、風情があるだろう」
「私はシャーロット様と違いますもの。私達の国のために」
第一王子は自身にもたれかかりうっとりと微笑むアリシアに笑みを返した。副会長は貴族としてあるまじき下品な行為と理解不能な言動に言葉を失った。
貴族令嬢は人前で決して自分から男にもたれかかったりしない。ましてや胸を触らせるなど婚約者でも許さなかった。婚約者同士でも触れ合うなら人目のない場所で忍んでだった。
卒業生達は卒業パーティ後は家に帰り家族で細やかな祝杯を上げていた。そのため晩餐に間に合うように閉会されていた。翌日からは成人とみなされ、多忙な日々がはじまるため、支障がないように昼からパーティが催されていた。
副会長は思わず会場を見渡したが、第一王子の非常識を窘めるシャーロットがいないことに気付いた。
「恐れながら殿下、夜を明かす準備もできておりません。まだ未成年の学生もいます。一旦お開きにしていただ」
「あら?殿下の願いを叶えるのが臣下の務めでしょう?シャーロット様もいませんもの」
アリシアの甘える声に副会長は不快を隠し微笑んだ。侯爵子息の言葉を伯爵令嬢が遮るのは不敬だった。どうしてシャーロットではなく頭の軽そうなアリシアを選んだのか理解に苦しんだ。
「アリシアの言う通りだ。うるさいシャーロットもいない。羽を伸ばしやすいだろう。皆もあいつが口うるさいのを嫌っていただろう」
「殿下、本当のことでも、さすがに・・」
シャーロットが口うるさいのは第一王子にだけだった。
副会長はシャーロットを慕っていた。王子より年下なのにいつも笑顔で荒事があれば納めに走るのはシャーロットだった。怖いのに我慢して男同士の喧嘩を止めに入るのは第一王子ではなくシャーロットだった。困っている生徒がいればシャーロットが声を掛け相談にのっていた。いつも毅然としていたが時々手が震えているのを知っていた。第一王子が不敬罪と言えば、飛び出して諫めていた。第一王子が諫める前にいつもシャーロットが動くため穏便にすんでいた。第一王子が持て余し荒れた学園が平穏を取り戻したのはシャーロットのおかげだった。シャーロットを慕って動いた取り巻きもいたがいつも中心にはシャーロットがいた。第一王子が卒業してもシャーロットさえいれば困らなかった。引き継ぎもされない自身に声を掛けいつも笑顔でフォローしてくれたのはシャーロットだった。
名門侯爵家に産まれたのに口下手な自分の言葉を代弁し、能力を引き出し周囲への視線が変わるまで支えてくれたのはシャーロットだった。
シャーロットは罪を犯していない。第一王子に近づきシャーロットに嫌味を言うアリシアに嫌がらせをする令嬢を諫めていた。シャーロットがアリシアを諫めるのは不敬を働いた時だけである。まずシャーロットはアリシアを妬むような人間でないのをよく知っていた。
公衆の前で婚約破棄され、力のない辺境の訳あり男爵と婚姻させられるような令嬢じゃない。むしろ第一王子と婚約破棄されるなら自分が名乗り上げたかった。シャーロットに誰よりも大事にされる第一王子が羨ましくて堪らなかった。
「私はシャーロット様を尊敬しています。彼女ほどすばらしい令嬢を知りません」
「そんな、シャーロット様は・・・」
「お前、」
瞳を潤ませ怖がるアリシアと眉を吊り上げ、声を荒げる第一王子の言葉を陽気な声で次期生徒会長が遮った。
「申しわけありません殿下、酔ってるみたいなので連れていきます。どうぞ二人の時間をお楽しみください」
陽気に笑い礼をした来年度の生徒会長が副会長の肩を掴んで王子が言葉を発する前に会場の隅の死角まで移動した。会場の扉の前に兵がいるため外に出られなかった。
王子とアリシアが全員で楽しみたいと言ったため中座が許されなかった。一部の生徒は軟禁に思えていた。
「落ち着けよ。ここで不敬罪になればシャーロット様が悲しまれる」
次期生徒会長が声を潜めて囁き肩を叩いた。副会長が拳を握って不快な顔でアリシアを見た。
「なんであんな女に、しかもシャーロット様を・・・」
「コメリ男爵は善良な男だから大丈夫だよ。それにシャーロット様だ。平凡男爵ごときに負けるか。シャーロット様を辱めて無事でいられると思うか?」
コメリ男爵は前男爵が倒れ18歳で男爵を継いだ男だった。
学園を休み男爵領に帰ることが多く成績は悪かった。
アリシアの婚約者で不憫な男と言われていたが、学園で問題を起こさず、副会長は名前しか知らないので平凡な男だと思った。良い意味でも悪い意味でも能力のある人間は生徒会は把握していた。
生徒会長の言葉に副会長が笑った。
「モール公爵家に令嬢達か。学園が荒れるだろうな。もう好きにすればいい。俺はシャーロット様がいないなら手を出さない。」
「殿下のお手並み拝見だな。」
第一王子とアリシアの思い付きで翌朝まで生徒達は解放されなかった。
婚約破棄については箝口令がしかれても迷惑な朝日を拝むという思いつきまでは箝口令を敷かれていなかった。そして曇りのため朝日は昇らなかった。
朝日を拝めなかったのはシャーロットの所為と言う言葉を残し、閉会の挨拶もせずにアリシアに誘われ会場を後にした第一王子を生徒達が冷たく見つめていた。
シャーロットに反感を持っていた生徒も第一王子の言葉に頷かなかった。第一王子のファンさえも呆れていた。憔悴して帰宅した生徒達は家族に話し王家に抗議が殺到した。
国王は療養のため留守にしていた。
暑さに弱い国王は毎年3月ほど涼しい領地を視察として回りながら過ごしていた。
暑さに強いが馬車が苦手な体の弱い王妃は同行せず、王宮に残っていた。
国王の留守は宰相と王弟が代行していた。
貴族からの第一王子への苦情が殺到していた。
執務室で報告を聞いている宰相達の元に王妃が足を運んだ。
「シャーロットが参内しないのよ。何か報告はあって?」
卒業式の翌日は王妃はシャーロットを招待していた。
モール公爵夫妻が留守なため昨日誕生日を迎えた義娘にささやかな祝いの席を用意をしていた。
シャーロットは予定の30分前には参内した。遅れる時は伝書鳩で必ず連絡をしていた。シャーロットの伝書鳩のコクは王妃がシャーロットと手紙のやり取りをするために5歳の誕生日に贈ったものだった。コクはミズノに魔法をかけられ聴力を強化されているため、王都内であれば名前を呼ばれれば姿を現した。知能が高いコクはシャーロットが許した相手の呼びかけにしか答えない。またいつもシャーロットの傍にいた。この時は男爵領にいるためコクは王妃の声に反応しなかった。
宰相の沈黙に王妃は机の上に広げられた報告書を読み、扇を開き口元を隠した。
朝日を見るために朝まで卒業パーティへの参加強要は、第一王子にもシャーロットにも思いつかない案だった。
王妃は自身が足を運んだので中断された報告を続けるように大臣に命じて広がっている報告書を読んでいた。第一王子が未来の国母と呼ぶ伯爵令嬢の提案に従ったと記載があった。
報告を聞き終えたので、第一王子を呼び出し、モール公爵家に使いを出した。モール公爵夫妻は国王の視察に同行しているが、嫡男のシャドウが王都に帰参した報告が上がっていた。
第一王子は留守のため先に参内したのはシャドウだった。
宰相は席を外しており、人払いさせた執務室で王弟と王妃が報告を聞いていた。
第一王子の婚約破棄とシャーロットがコメリ男爵と婚姻させられ連行されたと聞き王妃の顔が真っ青になった。
王妃はモール公爵夫人の妹、王弟はモール公爵の友人だったためシャーロットとシャドウは幼い頃より二人に可愛がられていた。
「あのバカはシャーロットになんてことを。今すぐ迎えに行かないと」
扇を投げ捨て立ち上がる王妃にシャドウが扇を拾い渡しながら答えた。
「伯母上、コメリ男爵は善良な男です。成人するまで手を出せないと思います。それに護衛をつけています」
「シャーリーに無理を強いればミズノとヒノトが暗殺するだろう。二人には死体の処理も仕込んであるから安心だよ。骨休めには丁度いいんじゃないか?男爵家が消えても支障はない。二人には家の取りつぶし方も教えているよ」
王弟は口元は笑っているが目は笑っていなかった。
「シャーリーが戻れば尻拭いに走りますから。離縁の書類は取りに行かせています。まさか殿下がシャーリーの伝手を使うとは思いませんでしたよ」
神官に伝手があるのは第一王子ではない。サインをした神官はシャドウにより降格の準備が進められていた。
シャーロットの無事にほっとして、王妃は再び腰かけた。
「あの子のために苺を取り寄せたのに。届けさせようかしら」
「私が届けます。シャーリーは王都に足を運べば断罪されると思っているので王都からの報せは警戒するでしょう。」
「シャーリーに何かあれば生き埋めにするわ。あのバカどうしましょう・・・」
「せっかくなのでお手並み拝見しましょう。殿下は陛下を気遣って箝口令を敷きましたし。シャーリーの代わりの令嬢の王妃の資質も興味深いです。」
王妃はシャーロットとそっくりな綺麗な笑みを浮かべた。
「手を抜く必要はないわよね。私がシャーリーを気に入っているのは有名だもの。娘のように育てたシャーリーを貶めた令嬢がどこまで優秀か、ふふふ」
「私は宰相をおさえるよ。兄上はどこで情報を知るか。甥のお手並み拝見だ。国の未来を担う若い力が楽しみだよ」
黒い笑みを3人は浮かべていた。
第一王子は勘違いをしていた。シャーロットを気に入っているのは国王ではなく、王妃と王弟である。大事な王妃の機嫌を損ねないために国王は王子のシャーロットへの不敬を厳しく処罰していた。
大臣達にとって国王よりも怒らせてはいけないのは淑やかな王妃だった。
*****
第一王子が王宮に帰ったのは夕方だった。
卒業式の翌日は学園は休みだった。毎年恒例の王都で成人祝いの祭りが催されていた。商人達が力を入れて成人祝いにお金を落とさせようと盛大な祭りを用意していた。大人になった記念日に婚約者と過ごす者が多かった。特に恋人同士をターゲットの財源としていたため、王都には花や装飾品の露店が一番増える日だった。
第一王子は王妃に呼び出され後宮を訪問した。王妃は笑みを浮かべて第一王子に席を勧めてお茶の用意をさせた。
「お帰りなさい。遅かったわね」
「ただいま帰りました。最後の学園生活を友人達と」
「そう。充実した学園生活を送れて良かったわ」
第一王子は微笑みながらお茶を飲む王妃に気が緩んでいた。アリシアにねだられ、今まで付き合っていたことを咎められると思っていた。
「時間があるなら、学園での思い出を聞かせて。たまには母と過ごしましょう」
第一王子は聞き上手の王妃に乗せられ学園での話をしていた。いつもより上機嫌な笑みを浮かべ、興味津々に話を聞く母親に調子を良くして、優しく人の心を癒すアリシアとの出会いを語った。
王妃が第一王子のためにゆっくり時間を作るのは珍しかった。いつもシャーロットとばかり過ごしていた。第一王子の話が一段落すると王妃は慈愛に満ちた笑みを浮かべて問いかけた。
「何か話があるのでしょう?隠してないで話してみなさい。」
「母上、実は誰よりも王妃に相応しい令嬢に出会いました。彼女を妬んだシャーロットに嫌がらせを受けても屈しません。私が諫めようとしても認められない自分が悪いと」
王妃は愚かな第一王子に突っ込みは入れなかった。高位の者が妬まれるのは当然であり、そつなく対処するのは嗜みである。学園で王子の次に家格が高く、次期王妃のシャーロットに認められるのは当然である。令嬢達の教育と学園の掌握はシャーロットへの卒業までの課題とされていた。
「シャーロットの国母の資質を疑いました。」
「貴方はアリシア嬢を王妃に迎えたいと」
「はい。彼女は私を支えてくれます。シャーロットと違い多くの者に慈愛の心を持っています」
慈愛の心があれば朝までパーティに拘束しないと突っ込みはいれなかった。まず婚約者のいる男に近づくのは常識がないとも。王妃は扇を開いて口元を隠した。
うっとりと語る第一王子に一瞬冷たい視線を向け慈愛に満ちた顔を作った。
「シャーロットはどうしているの?」
「アリシアへの敗北と罪を認めて姿を消しました。」
「あら?危ないわ。探させないと」
「母上、極秘で護衛をつけましたのでご安心を。安全が確保されるまでは兵も戻ってこないでしょう。あのプライドの高いシャーロットが護衛に気付いて追い返すかもしれませんが。惨めな姿をさらすなら、護衛の目を盗んで抜け出すくらいはしますから」
シャーロットに何かあれば生き埋めにすると王妃は心の中で罵倒しながら表情を保っていた。
「無事なら構わないわ。陛下にお話しないとね。新しい婚約者選びが始まるわ。もし彼女を婚約者に据えたいなら、資質を見せないといけないわ。学園をまとめ上げるのは最低条件。いくつか課題を出すわ。資質を示すなら候補として貴方の口添えをしてあげるわ。我が子のためだもの」
「母上」
いつもシャーロットの味方の母が自身の味方をするのはアリシアの魅力だと第一王子は満足げに微笑んだ。
「成人して忙しくなるでしょうが、頑張りなさい。残念ね・・。無駄になったわ」
「母上、ありがとうございます。アリシアに会われますか?」
「学園をまとめあげたら考えるわ。王妃たるもの公正を示さなければいけないわ。明らかに贔屓をしているとわかれば反感を招くわ。今日は休みなさい。卒業おめでとう。よく勤め上げたわ」
「はい。失礼します」
第一王子は上機嫌に笑って自室に戻った。
第一王子の背中を冷笑を浮かべて見ていた王妃にも侍女にも気付かなかった。
王妃はアリシアへの課題を用意させ、監視役の侍女と共に送る準備を整えさせた。
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アリシアは第一王子から話を聞いて喜んでいた。王妃になれるのは夢のようだった。綺麗なドレスに羨望の眼差しを受けていたシャーロットを自分に置き換え想像し微笑んでいた。
公務の時間といつも自分を呼びにくるシャーロットがいないため王子はアリシアとの時間を増やしていた。
アリシアは上位貴族しか足を運べない店や場所にも連れて行ってくれる王子とのデートは楽しかった。家では口にできない高級なものを食べ、欲しい物は物欲しげに眺めればすぐに贈られた。
アリシアの元婚約者とは比べものにならなかった。逢瀬といえば寂れた男爵領を案内され、贈り物もセンスがなかったためいつも欲しい物を伝えていた。レイモンドはアリシアを楽しませる話もできないつまらない男だった。父の命令でも寂れた男爵夫人は嫌だった。レイモンドが領民に交じって畑を耕す姿を見た時は絶対に他の男を捕まえると決めていた。アリシアは自分の幸運に笑みを浮かべて第一王子の腕を抱いていた。
第一王子も甘い香りのするアリシアとの逢瀬を楽しんでいた。
自分の言葉を常に肯定し、愛らしい笑みで頷く姿に夢中だった。柔らかい体は抱き心地も良かった。
どんな店に連れて行っても、王子のセンスを褒め可愛らしく笑い共に過ごす時間は楽しかった。共に過ごしたいと思うのはアリシアだけだった。
アリシアがねだるのは王子にとっては玩具のような安ものばかりである。どれもシャーロットが身に付けていたものより安価でガラクタのようなものだった。何をしてもシャーロットと違い苦言を言わずに愛らしい反応をするアリシアに第一王子は夢中だった。いつの間にか友人達が傍にいなくなっているのは気付かなかった。
新学期が始まる日にアリシアは第一王子に侍女を紹介された。
弱小伯爵令嬢のアリシアは侍女を連れていなかった。学園に侍女の同行を許されるほど伯爵家に余裕はなかった。王家の格式高いと言われる侍女が自分の世話をする姿を想像してうっとりしていた。
自立した生活を掲げる学園では侍女の同行には寄付金が必要だった。また学園に侍女や侍従を同行させているのは多忙な上位貴族だけだった。
王妃の用意した監督役の侍女はうっとりしているアリシアに3度目の説明をした。
「ウルマ様、婚約者候補にあがるためには資質を示してください。妃殿下から課題と学園をまとめ上げるようにと仰せつかってます。シャーロット様は15歳で成し遂げられました。次期婚約者はシャーロット様より優秀な令嬢を望まれています」
「シャーロットはそこまで優秀じゃない。アリシアなら簡単だ」
「学園では権力を使えません。シャーロット様は公爵家の力を使わず、励まれていました。課題については私がお世話させていただきます」
侍女の話をアリシアは聞いていなかった。第一王子の腕を抱きながらうっとりとしていた。
侍女は説明義務は果たしたので、それ以上は言わなかった。また課題の監視はしてもアリシアの世話をするつもりはなかったが聞かれなかったので言わなかった。
これから頭に花が咲いている二人に振り回される学生達への同情はしていた。
第一王子が卒業し新しい生徒会が始動していた。
学園は3年制である。
最上級生の生徒会長と二人の副会長が生徒会を通して学園を統制していた。
学園では権力が使えないとされているが生徒会だけは別だった。生徒会役員、特に会長と副会長には特別な権限が与えられていた。
生徒に罰や命令を与えるのが許されるのは会長と副会長だけだった。副会長の一人はシャーロットだった。新年度はシャーロットが不在のため空席でも役員達は新たに募集するつもりはなかった。いずれ帰ってくるシャーロットのために空けておくつもりだった。
入学式の当日に生徒会は混乱していた。
式の準備のために早朝に集まり動いていると第一王子が現れた。
入学式に第一王子が王家として歓迎の挨拶をすると言われ、役員達は絶句しながら急遽プログラムを変更した。
生徒会長は短気な第一王子が癇癪を起こさないように最初に挨拶をいれようとしたが最後にしてほしいと言われ、横暴な王子に嫌気がさしても顔に出さずに命令に大人しく従った。
第一王子は役員から冷たい視線を時々向けられるのに気付いていなかった。
入学式が始まり滞りなく進行していた。
開会が告げられ、学園長、生徒会長からの歓迎の言葉、新入生のスピーチが終わった。
最後に王族からの歓迎の挨拶と言われ生徒達に緊張が走った。
檀上に上がる存在に一部の生徒が息をのんだ。
第一王子にエスコートされ現れたのは弱小伯爵家のアリシア・ウルマだった。
王族には一歩下がって付き従う慣習があった。隣に立つことが許されるのは王族と婚約者だけである。第一王子の手をとり、歩調が合わずに第一王子の前を歩く行為は不敬だった。社交デビュー前の子女も知っていることだったが王家と関わりのない碌な教育を受けていないアリシアは知らなかった。
第一王子は生徒達の空気など気にせず笑みを浮かべた。
「入学おめでとう。皆に紹介したい。これより学園は彼女が統制する。彼女と共に励んでほしい。期待している」
「期待に答えます。私と楽しい学園生活を送りましょう」
笑顔で抱負を掲げたアリシアに生徒達は冷たい視線を浴びせていた。自己紹介も礼もない。身分の低い伯爵令嬢の不敬を顔には出さず内心は呆れかえる生徒ばかりだった。
一人の生徒が挙手した。第一王子は挙手した令嬢の顔を見て顔を顰めた。
沈黙が続き生徒会長が壇上に現れた。
「発言をしたいならどうぞ」
「レール侯爵家アルナ・レールと申します。恐れながら、殿下のご命令通り、ご令嬢に統制を任せるなら生徒会は不要ではございませんか。トップが二人いると混乱を招きますわ。」
第一王子はシャーロットの従妹を覚えていた。
アリシアは第一王子の腕を抱いて見つめた。
「殿下、私もそこに入れば、シャーロット様よりは・・」
「そうだな。アリシアも生徒会に入り手足として使えばいい。シャーロットの席が空席だろう。副会長なら権限もある」
「さすが殿下。私にお任せを」
微笑み合う第一王子とアリシアに生徒達は冷たい視線を向けた。生徒会役員は選挙で選ばれていた。そして役員の補充は生徒会役員全員の了承と過半数の生徒の承認があった時だけである。
権力に不干渉の学園内で第一王子の命令に従う謂れはなかった。
敢えて第一王子に教える者はいなかった。
「アルナ・レールは生徒会書記を辞退させていただきます。私はシャーロット様のいない生徒会に仕える気はありません」
「同じく辞退します。」
「私も」
生徒会役員のほとんどが辞退し生徒会長と副会長と会計だけが残っていた。
「アリシアに仕えるのは私の命令だ」
アルナは第一王子の言葉で小さく失笑する生徒達は気にせず、シャーロットにそっくりな綺麗な笑みを浮かべた。
「学園では王族、貴族の命令は使えませんわ。シャーロット様でしたらこの事態も見事に治めてくださいます。次期王妃候補のご令嬢がシャーロット様以上でしたら私達も膝を折りましょう。さてそろそろ閉会ですわね。先生、閉会の挨拶を」
シャーロットの取り巻きを纏めていたアルナに促され、教師が慌てて前に出た。
「入学式は終わります。教室に戻ってください」
史上初の王族が介入した入学式が終わった。
アリシアの声を聞く生徒はいなかった。
アリシアは副会長に就いたと思い込み生徒会室に足を運んでいた。誰も認めたと言っていなかった。生徒会長達はアリシアの存在は気にせず、執務をしていた。
放棄しても良かったが、最低限の運営だけは手を回した。
第一王子は学園に訪問しアリシアの命令に従うように言ってもその場限りだった。第一王子がいなければ誰も聞く耳を持たなかった。生徒達が争っていても、いじめられている生徒がいてもアリシアは見て見ぬふりをしていた。
頻繁に訪問する第一王子と過ごし、生徒会室でお茶の用意をするのがアリシアの日課だった。
王妃から与えられた課題も全然終わらせていなかったが監視役は何も言わなかった。
統制されていない学園は荒れていた。
あまりの環境に耐えきれず、転校する者と早期に卒業試験を受け卒業する者が増出した。
入学式から2月後には生徒の3割が減っていた。
学園の教育に不安を感じて貴族達の良い教師の取り合いが始まった。
コメリ男爵家へシャーロットの教師役への依頼が殺到したのはこの背景があった。
ただコメリ男爵家への連絡はシャドウが管理していた。シャーロットへの教師の依頼はモール公爵家を通すように通達したため、コメリ男爵家には家格の高い家から文が届くことはなかった。
シャドウはミズノの話を聞き、男爵領で楽しそうに暮らしている最愛の妹の耳に余計な情報を入れないように手を回していた。




