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旅立ちのお掃除カレー②


 海。

 海……海!


 エミリアは、どやっと笑顔を浮かべるアビゲイルを見つめる。


「海!」

「ああ、海だ」

「うわぁ! う、う、海……って、何ですか?」

「ぶふっ!?」

「す、すみません! いえ、その、海くらいはもちろん知っているのですが!!」


 エミリアは必死で弁解する。

 それはもちろん、エミリアだって海くらいは知っている。

 女子修道院にあった、黒塗りだらけの古い辞書にも当然載っているし「ものすごく水がたくさんある」とか「その水はしょっぱい」とかそういうことも知っている。

 けれど、ここから海までは遠い。

 王都もメリル市も、どちらかといえば内陸地だ。

 大陸に横たわる山脈を超える道の中継地点の街として発展してきた国である。セレネイド女子修道院に至っては、ほぼ草原の真ん中というか小高い丘の上というかという立地でぽつんと建っている。陸の孤島というやつだ。


「しょっぱくて、おっきい、その、海! 鯨とか飛び魚とか、あとヒトデとか……それに人魚も! あの海ですか!?」

「ああ、人魚族がいるのは北海のほうだから、こちらのほうでは見かけないが。その海だ!」

「や、やったー!」


 生まれて初めての海。

 自分が目にするなんて想像もしていなかった、海。

 そこに行くだけではなくて、渡れるなんて。


「船に乗るんですか?」

「ああ、そういうことになる」

「す、すごい! まるで聖女様みたい!」


 この世界で各地を旅するといえば、冒険者たちか聖女たちのどちらかだ。

 天歌教団の聖女たちが各地で魔力を分け与える奇蹟を行ないながら、布教活動に勤めている。信者を増やし、献金を促す。これも聖女の仕事なのだ。


「聖女見習いがメリルリ古代迷宮を完全攻略した……という噂は、おそらくけっこうなところまで届いているだろうからな。冒険者としても聖女としても、エミリアを歓迎してくれるところは多いはずだ」

「おおお……! しかも、アビゲイルさんはアストラ王国の宮廷魔導士団の天才美人大魔女ですよね!」

「ふ……やめてくれ、本当のことを言われると照れる」

「っていうことは、私たち……」

「ああ!」

「「チヤホヤされちゃうかも!」」


 うはー、と初めての長期旅行に胸躍らせる二人。


(ふふふ、エミリアの可憐さがついに衆目に晒されることになる。チヤホヤされてしまうな。これは!)

(うっふぅ、アビゲイルさんのかっこよさと可愛さが海を渡るんだぁ……チヤホヤされちゃいます!)


 にっぱにぱ。

 笑いが止まらない。


「オシャレしないとな、エミリア!」

「はいっ、あとお弁当は何にしましょうか!」

「お、お弁当? いやいや、ここは野営メシだ」

「やえい……?」

「ダンジョン探索はあくまで『なるべく早期に帰宅すること』が大事だろ? あくまで探索だからな」

「む、たしかにそうですね」


 メリルリ古代迷宮ではたくさんの出会いがあったけれど、たしかにあれは『何泊か』をダンジョンで過ごすだけだ。

 転移魔法陣セーブポイントからしゅしゅっと帰ってくることができたり、さらにはアビゲイルが作った鍵穴さえあればどこからでも家の寝室に入れる魔導具があるったりすることが前提の冒険だった。


「しかし! 今回は……旅だ!」

「旅っ! それでしたら、私もアビゲイルさんと出会う前に……」

「あれは放浪というんだ、エミリア……」

「うっ」


 たしかに、生まれ育った場所を追い出されて、行く当てもなく空腹で道で行き倒れになっているのは旅とは呼ばないかもしれない。いや、たぶん呼ばない。


「というわけで、旅といえば野営。野営といえば野営メシだ!」

「おおお」

「旅の途中だからと、食うや食わずだったり質素なレーションで過ごしたりなどは、このアビゲイルが許さない。快適な旅を君に約束しよう、エミリア!」


 野営メシ。

 それはキッチンでは味わえない、不自由を楽しむごはん。


「野営ならではの、楽しい不自由を楽しもうじゃないかっ」

「わーい!」


 まだ見ぬ、自由な旅!


「あとはテントとかも考えなくちゃな。魔石がなくては新しい魔導具は作れないし」

「あ、あのどこでも鍵は使えないんですか?」

「あれは部屋の鍵穴をトリガーにした魔導具だから、外では使えないんだ」

「なんと!」


 テント、キャンプ、海の旅!

 知らないことばかり、新しいことばかり。

 エミリアは胸がとくとくと高鳴るのを感じた。


(しかも、アビゲイルさんと一緒!)


 きっと、この旅はとても楽しい。

 ジョンもテンションが上がりまくって庭と畑を駆け回っている。


「というわけで、畑はいったん休耕地にするぞ」


 エミリアの魔力と祈りで野菜をぐんぐん育てったら、いったん畑に作付けするのはやめるそうだ。


「ちょうど、エミリアの能力に関する考察も終わったところだからな」

「考察……ですか?」


 急に頭のいい単語が出てきた。

 アビゲイルが「むふふ」と喋りたくて仕方ないという顔で笑っている。海で頭がいっぱいになっていたエミリアは背筋を伸ばす。


(私が世界樹の女神様の生まれ変わり……っていうのはまだ信じられないけど、たしかに古代迷宮から帰ってきて、すごいことがたくさんできるようになったものね)


 祈りや歌で人を元気にしたり癒したりすることは、天歌教の聖女たちのお家芸だ。

 しかし、自由自在に植物を育てるようなことは教団から知らされている限りは誰にもできないはずだ。

 ならば、エミリアの力は一体なんなのだろう。

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