第九話
すぐに隣にある寮へと来たレントは、入り口のすぐ側にある受付に向かった。
ちなみにこの寮には宿泊部屋しかなく、食事をとるためには隣の食堂に行かなくてならない。建物が隣同士なので誰も文句を言うことはない。
入ってすぐに受付はあり、また女性だった。
それも相変わらずの美人であり、レントの脳内には危険信号が発せられていた。
「あの…寮を利用したいんですけど。」
「ういー。」
女性は上下スウェットで非常にだらけた服装だった。年齢はニ十歳前後、見るからにいわゆる干物女だった。受付の中で少し大きめの変わった形をした椅子に胡坐をかいている。球体みたいな形で使用者を囲み、座る箇所だけが開いている。
黒髪黒目の純和風の見た目で、伸び切った前髪が邪魔なのか髪ゴムで頭頂部にまとめている。たれ目をしていておっとりとした印象を受ける。
孤児院では見たことがなかったが、彼女は普通に漫画を読んでいる。こうした文化もこの世界には共通してあるらしい。
確かに紙で作られる文化はいくらでも簡単に持ち込めるだろう。孤児院長のベンも朝刊を読むのが趣味であったことをレントは思い出した。
レントが差し出したギルドカードを窓付きの受付の中から受け取る。
すぐに手元で何か装置を操作すると、ギルドカードが返された。
「ギルドカードを使えば部屋に入れるよ。カードロックだから。で、部屋番はギルドカードの一番下に書いてある番号だよ。」
レントがギルドカードを確認すると、確かに一番下部に「05」という数字が記載されていた。
「今はどれくらいの人が寮を?」
意外にも若い数字だったのでレントは質問した。
「う~ん…どれくらいだったかな。」
女性は眉間を人差し指でこねくり回しながら上を見て考えている。
「確か今は…十人くらいだったかな?寮の住人だけにね。」
「…な、なるほど。」
ギルドの受付嬢よりは絡みやすいが、この女性もかなり変わっているように感じた。
「名前を聞いても?」
「もちろんだよ。私も君の名前を知っているんだ。そこは平等にしないとね。」
突然彼女が球体の椅子を足を使って一回転させ、レントが丁度正面に来るタイミングで止めた。
そして人差し指をレントへと向け、口を三角にして宣言する。
「我が名はバレン・バアル。古より栄光を授かってきた魔族の末裔さ。」
どう見てもだらけている干物女的見た目からは全く想像のつかない彼女の正体にレントは動揺を隠せない。そもそもが人界に魔族がいることすら彼からすれば衝撃の事実だった。
「ほ、本当ですか?」
「敬語は不要さ。同じ屋根の下に暮らす仲間だ。そして君にとって残念なことに、これは燦然たる事実として相違ない。」
丁度彼女の膝の上に乗ったコミック「ドキドキ・ときめきレボリューション」がレントの判断力を大幅に削る。
レントの表情を見てまだ自分が魔族だと信じていないと確信したバレンはさらにダメ押しをする。
「ふふん♪これならどうかな?」
彼女が頭頂部のゴムをほどくと、前頭部の髪の毛から小さな角がのぞいていた。
流石にここまで堂々と証拠を見せつけられてはレントも彼女が魔族であると信じざるおえない。角は魔族である一つの証拠で、形と形状から彼女が魔人であることが分かる。
「す、凄い。初めて見た。」
現状魔族とは一切の戦争を行っていない。ただし人間と魔族が戦争していたことは事実で、未だに敵対的な考え方を持っている者も多い。そんな関係性の中、レントの素直な関心に彼女は少しだけ驚いた。
一瞬の間の後、彼女の口角が持ち上がるともう一度彼女は口を開いた。
「ふふふ♪レント君はとっても面白い少年だね。君とは是非友達になりたい。今後はなるべくこまめに話しかけてくれ。僕はずっとここにいるから。」
その美人な顔をふんだんに輝かせ、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「俺ももっと話してみたいと思ってたんだ。よろしく。」
レントも彼女の提案を笑顔で受け入れた。
ひとしきりギルドで必要な手続きを終え、流石に登録初日から依頼を受ける気分にはならなかったレントは、利用する寮の部屋に入った。
荷物をそこで整理し、少し休憩した後、丁度夕飯時になったのでレントはもう一度ギルドへと足を運んだ。美味しい食堂が無料だというのに、利用しない手はない。
レントが食堂に足を運ぶと、夕食時ということもあってか少なくない人が食堂に集まり、昼間の少し静かな雰囲気が幻覚だったかのように喧騒に満ちている。
依頼を無事に終えた冒険者、そして食事の質の高さに笑顔を漏らす一般客。
そんな中、ウェイトレスがレントの方へと近づいてくる。
「人数は?」
「一人です。」
見るからに一人でも後から人が来る場合を考慮されたのだろう。
レントは数席ほどしかないカウンター席へと案内された。
一つ空いた隣の席には、やけに大盛りの丼をかき込む少年が食事をしていた。
レントは彼の目の前にある空の丼でできたトーテムポールに思わず視線を向ける。
少年は背丈が160センチほどで、髪と瞳は灰色をしている。髪型は少しボサボサでそれを無造作に伸ばしただけという非常にラフなもので、食事中邪魔なのかそれとも普段からそうなのか前髪以外を後ろでポニーテールにしてまとめている。
彼を思わず観察していると、ウェイトレスが食事を持ってきた。
レントは観察に夢中になり、ウェイトレスの気配には全く気付けなかった。
目の前に並んだ食事の美しさに驚きつつ、このギルドが食事にかける熱意を改めて理解した。
メニューは米と魚と味噌汁というただそれだけのはずなのに、まるで高級料亭のようなルックスをしている。純和風の食事があることについては今更触れない。グラン・サトウという国だけあり、そこかしこに日本らしさをはらんでいるが、それはこの世界の全てにいえることだ。
レントが食事に手を付けようとしたところ、隣から声をかけられる。
「よければ隣に座っても?」
先ほどの少年だった。特に拒む理由もないので、レントは素直に頷く。
早速席に着いた彼は、レントの方を少しだけ見ると、再び丼をかき込み始めた。
その様子につられてレントも食事を開始した。
頬が落ちるかと思えるほど美味しいその食事を。