第八話
「まぁあなたがドマゾかどうかは全くどうでもいいことですね。それではこちらの書類を。」
美人受付嬢は失礼な態度のまま、必要事項を記入するための用紙をバインダーに挟んでレントに渡した。
「それでは記入が終わり次第お持ちください。」
レントはそのまま近くにある椅子に座ろうとしたが、あることに気付いてもう一度受付嬢に声をかける。
「すみません、ペンがないんですけど?」
「…失礼いたしました。こちらを。」
受付嬢が手に持って直接ペンをレントに渡そうとする。受け取ろうとして手を伸ばすと、受付嬢の手がレントの動きに合わせて逃げてしまった。
からかわれているのかと思い、レントは不満げな顔をした。
「直接触れてマゾがうつっては困りますから。」
受付嬢が何かを渡す時に使用する小さな黒いトレーにペンを乗せ、再度レントにペンを渡す。
不満がなかったわけではないが、なんとなく逆らっても無駄な気がしたのでレントは素直にトレーからペンを受け取った。
そして席について必要事項を記入。一分程度で終わり、もう一度受付嬢の元へと戻った。
「終わりました。」
受付嬢が直接バインダーを渡そうとするレントに視線で指示を出す。一度カウンターの上に置けと。
レントは潔くその指示に従った。
カウンターからバインダーをとると、必要事項が問題なく記入されているか受付嬢が確認する。
「…問題ないようです。それではギルドカードを発行しますので、少々お待ちください。」
美人受付嬢はカウンターの奥にある扉からどこかへ行ってしまった。
レントはどこで待っていればいいのか少しだけ迷ったが、今の所他の冒険者がカウンターに来ることはなさそうなのでその場で待っていることにした。
ギルドカードとは所有者の実力と所属をわかりやすく記録するためのものである。
基本ギルドは大本として本部があり、その支部として各地に人狼の牙のようにギルドがある。ただし一度所属すれば依頼を受けることができるのはそのギルドのみ。もちろん移籍も可能だがある程度の工程を必要とする。
本部が各ギルドに所属する冒険者を確認して正しく依頼を振り分けるので、依頼がない状況はほとんどなく、労働環境が整っている。優秀なギルドにだけ依頼が大量に集まるわけではないので、選択するギルドへの焦点は常に資金になりがちだ。
その問題点を理解しつつも人狼の牙はサービスを一切変えることはない。サルバという男が如何に豪胆な男であるかは出会うまでもなく世界中に知れ渡っていた。
五分程で受付嬢が扉から戻ってくる。
レントの前に立つと、トレーを経由してレントにカードを渡してくる。
「これが…。」
「ええ。そちらがギルドカードになります。使用方法はとても単純です。ですので説明を用紙で受けるか、口頭で受けるか選択ができます。どちらにされますか?」
「用紙で大丈夫そうです。」
「あぁ…そうですよね。申し訳ありません。あなたがドマゾなのを忘れていました。口頭だなんて…優しくされるのは不快ですよね。」
「あの、俺は別にドマゾじゃないですよ?」
「え?じゃぁ…?」
受付嬢のこの返答を予想していなかった。まさか違うならなんだとか、初対面で性癖の話になるとは思ってもいなかったのだ。
「その、じゃぁって言われても困りますけど。」
「なら気付いてないだけで結局ドマゾですよ。今だってほら、受けに回っています。」
「…いや、でも。」
レントが不利な状況下でも何とか言い返そうと言葉を探していると、先に受付嬢が口を開いた。
「あぁ…一点だけ口頭で伝えておきますが…私はサドです。」
「え?あぁ…名前ですか?」
「いいえ、性癖です。」
とんでもない発言にレントが動揺している間、美人受付嬢がレントの方を観察していた。
「あなたはまだ十五歳だとか…ペロリ。」
受付嬢が舌を少しだけだし、自分の唇をその舌でなぞる。
ゾッと寒気を感じ取ったレントはすぐに受付嬢から離れた。ギルドカードの説明用紙はすでにトレーから取っていた。
カウンターからなるべく離れた位置に座り、息を整える。
「あ、あの人はいったい何だったんだ。…関わらないのが吉だな。」
冷静さを完全に失っていたレントは、依頼を受けるために毎回カウンターに通うということをすっかり忘れていた。
そしてとりあえずギルドカードの使い方を見る。
使用方法は受付嬢の言った通り簡単で、使用目的に沿って該当の場所に持っていくということだけだ。あとは向こうで案内をしてくれるらしい。
ただ寮については別でやらないといけないことがあるらしく、このギルドカードを持って一度直接寮に向かわなければならないらしい。
寮に向かう前に受け取ったギルドカートをレントは眺めた。
人狼の牙所属:レント とギルドカードに記載されている。
それだけで彼はまだ見ぬ未来に少しの興奮を覚えた。
もちろん受付嬢にちょっぴりいやらしくからかわれたからではない。