第四十五話
「戻るって?」
レントが可憐に聞き返す。
「元々人狼の牙の冒険者だったの。昔ちょっとした縁があってね。」
レントはアイシャとサルバを交互にみる。二人は頷くだけだ。
アイシャに限っては彼女が元冒険者であったことを隠す素振りすらあった。
「どうして隠していたんですか?」
アイシャが当然のように話し始めた。
「まぁ、プライバシーですから。それに隠していた理由もあります。」
「理由?」
「えぇ、それは彼女が刺されていたことにも起因しています。」
急なヴァンパイア化で冷静さを失っていたが、確かに彼女は出血していた。それも刺し傷が原因で、怪我ではなく、明らかに人為的な傷だった。
「確かに気になってました。なぜ彼女は…狙われているんですか?」
確実に彼女は何者かに命を狙われている。あれだけの傷を負っていれば、誰でも気付くのが当然のことだ。
すると説明はアイシャではなく、霧島可憐が引きついだ。
「私は…人界に現存する最後の上級ヴァンパイアなの。それで…上級ヴァンパイアにはある伝承があってね、それを本当だと考えている人たちが私を狙ってるんだ。」
彼女は遠くを見るような目で、ゆっくりと話し始めた。
「伝承の内容は、上級ヴァンパイアの心臓を食らえば、不老不死を手に入れることができるというものでね。本当にくだらない内容だし、信じたくないけど…それを信じる人たちはいて、ヴァンパイア狩りなんて残酷なものが当時流行していたんだ。私は冒険者として働いていて、周囲は私がヴァンパイアだって知っていた。その当時から冒険に出るたびに色んな人から狙われるようになってね。未界っていうのは何が起きても、誰が死んでも一番違和感が少ない場所だから。だから私から心臓を奪うのにあれほど適した場所はないの。」
だから彼女はアイドルになった。そして自分がヴァンパイアである事実を隠しつつ、活動を続けていた。いつか現れる同士を待つために、ファンをバッターと呼び、歌い、目立ち、必死に自分を表現し続けた。
「それは…心臓を食べると不老不死というのは事実なんですか?」
可憐は首を横に振った。
「分からない。もともと少なかったヴァンパイアたちはもう人界にはいないし、それに…私達の心臓を実際に食べたと公言している奴もいないし…確かめるすべがないの。」
「まぁ嘘だけどね。」
「え?」
万里雄が不意にそういった。全員の視線が彼の方へと向く。
「君の心臓にそんな効果はないよ。僕のスキル:構造理解なら、簡単に確認できることだ。」
その瞬間霧島可憐はホッとして座り込んだ。
「そう…だったんだ…。」
「たぶんだけど、誰も公言しないのはそんな効果がないのに、いたずらに一種族を殺しているからだろうね。当然だけど、差別がほとんどないこの世界でそんなことをしていれば、重い罪で裁かれるはずだし。」
万里雄は自分が天才だという自覚はないので、たどり着いた結論を当然のように話すだけだ。常に自覚なく、思考回路は他人の遥か先にある。
「ハハハ…そうか。救われた気分だ…。でもそれなら…悲しいよ。」
当然だろう。事実ではないそんなくだらない伝承を元に、同族が沢山殺されたのだ。彼女はうつむいて、床を湿らせている。
レントは天井を少しだけ眺めた後、不意に口を開いた。
「可憐ちゃん、ここは冒険者ギルドだ。」
霧島可憐は顔を上げ、レントの方を見る。
「ほえ?」
「依頼してよ。君は待っているだけでいい。」
霧島可憐は戸惑っていた。その言葉に。
「でも…いいの?私は君の血を吸ったし…それに危ない目にも合わせた。それなのに…。」
「そんなのは関係ない。この仕事の取り柄は自由なところだ。元冒険者なら、知っているだろ?」
レントは笑顔で可憐の方を見る。
「それに…命はそんな簡単に扱っていいほど単純なものじゃない。」
過去に幾度となく死を経験した彼だからこそ、その言葉は自然に紡がれていた。
レントの心に宿る感情は確かに怒りだった。
「でも…そんなこと…。」
それでも彼女は少しだけ辛そうだ。身を包む罪悪感が、彼女を苦しめていた。
他人を自分のせいで危険に見まわせるという、その事実が。
「君の歌が好きだ。君の曲も踊っている姿も。」
「えっと?」
彼女は顔を真っ赤にしてレントを見返す。
「大好きなアイドルを守るのに、これ以上の理由はいらないだろ?」
レントは怒りを抑え、霧島可憐に手を差し伸べた。
彼女は思わずその手を握り返す。その瞳には、涙が浮かんでいた。
いつの間にか万里雄も、額に彼女の名前が付いたハチマキをしており、立ち上がった。
「レント、バッターになる前に親衛隊の何たるかを理解するとは、君は天才だ。」
ウェットな雰囲気は台無しになったが、全員の彼女を助けるという思いは一致した。




