第四十四話
諸々の処理を終え、レントがギルドに戻ってきた。相当精神的に辛かったのだろう、目元には涙が浮かび、辛そうに顔をゆがめている。
それは吸血鬼化によるところではないが、万里雄はそこには触れないでおく。
なぜならドSのアイシャですら気を使って五歩くらい離れてレントを見ているからだ。
「まさか警備員君が上級ヴァンパイアである私の吸血鬼化をレジストしてしまうなんて。…不用意な行動をしたツケが回ってきたのかな…。」
可憐の様子がどことなくおかしい。元気がないというか、かなり辛そうだ。
そんな様子を見て万里雄が口を開いた。レントはすっかりシュンとしてしまっていて、話すのは難しそうだっただからだ。
「可憐ちゃん、どうかしたの?」
「うん、最悪の事態が発生したんだよね。」
「えっと…?」
どうもサルバはすでにその事態を悟っているらしく、額に手を当てて天井を見ている。
可憐は唐突に無造作に伸ばされた後ろ髪を持ち上げ、全員にうなじを見せた。
そこには蝙蝠の紋章がある。刺青にしか見えないそれに、一体何の問題があるのだろうかと二人はとかく見つめた。
「…吸血鬼化は一方方向じゃないんだ…双方向なんだよ。私が君を隷属させようとしたけど、君がレジストに成功したからそれが返ってきた。だから私は今、レント君に隷属しちゃったんだ…。」
血を吸うのがそこまでリスキーなことだとは知らなかった二人は、あまりの事態にどうするべきかとサルバの方を見てしまう。
二人の意志を受け取ったのか、次に口を開いたのはサルバだった。
「うん、残念ながら今すぐにはどうにもできない。確かヴァンパイアの隷属化は魔法に近い効果だったはずだから、主導権を持っている方が手放す魔法を使えばいいんだけど…。」
サルバがレントの方を見る。その視線の意味は重々承知していた。
「彼は…魔法が全く使えない。ちょっととかじゃなく、全く使えないんだ。だから彼から可憐ちゃんの主導権を放棄することはできない。無論、他の人間が他人の主導権をどうにかするなんてこともできない。隷属化っていうのは厄介だからね。」
サルバがちらっと可憐の方を見る。彼女の顔は普段以上に真っ青で、意気消沈している。
「本当は君が…吸血鬼化なんてさせないように血を飲めばよかったんだけど。」
サルバがただでさえへこんでいる彼女に止めを刺そうとする。ただ今の発言は万里雄からすれば疑問解決の糸口だった。
「え?それってどういうこと?吸血と吸血鬼化は必ずしも連動してないの?」
万里雄の疑問に、項垂れる可憐の代わりに再度サルバが答えた。
「そうだよ。普通に血を吸うことだってもちろんできるんだ。でも彼女…たぶんレントの血が美味しすぎて隷属の本能が出たんだろうね。それに血も吸いすぎだったみたいだし。」
最後の言葉は、暗に血をすう量が隷属の強さに関係することを示している。
レントのげっそりとした顔をサルバは見た。おそらく彼の絶望具合は多量の吸血のせいではないが、少なくとも健康的ではない顔色だ。
「それは…彼の生命力が余りに魅力的で…つい…悪かったよ。」
可憐がレントの方へと頭を下げる。
「いや、生きるためだったんだから仕方ない。それに今の所俺には何の影響もないし…でもアイドルの仕事がある以上隷属化は…どうにかしないとな。」
うつむき気味の心に対して、意外にもレントはしっかりと考えていたらしい。
「問題はそこだ。奴隷アイドルなんて笑えない。」
サルバもそれに同意する。
「売れそうですけどね。私は好きです。」
アイシャは相変わらずで、彼女の琴線にはドストライクらしい。
この間、実は万里雄は霧島可憐を構造理解で観察していた。彼女のスリーサイズから何からまで分析した後、ゆっくりと対策を考えていた。
「アルテマ案件…かも。」
「アルテマ案件?」
全員がその発言に万里雄の方を見る。全員の視線が一気に自分に向いた為、多少戸惑いながらも万里雄は口を開いた。
「今彼女を隷属化しているものは…やっぱり魔法ではないと思う。だから厳密には魔法のルールにのっとっていないはずなんだ。どうやって解くかまでは分からないけど…たぶんどうにかする手はあると思う。まずは情報を集める必要があるけど、それを持っているのはたぶんアルテマくらいだよね。」
全員が感心しながら万里雄の方を見る。
一同に希望が宿ったところで、万里雄は素早く話に付け足した。
「でもあれだよ、アルテマとすぐに出会えるとは限らないから、しばらくアイドルは休業してもらって…上級ヴァンパイアって強いんだよね?」
霧島可憐の方を見る。
「うん、まぁ…戦うのは得意だね。」
そう答える彼女にサルバが補足する。
「彼女の実力を分かりやすく言えば…そうだな…少なくとも君ら二人が徒党を組んで戦っても、千回やって千回負けるくらいだろうね。」
つまり今の二人よりは強いらしい。
「ならアルテマを探すのを手伝って欲しいな。僕らもちょっと難航しててさ。」
「…アイドルはやめたくない…なら君らに協力をするしかないって訳かぁ~。」
彼女は天井を見ながら少しだけ考えていた。
「よし、わかった。私、冒険者に戻るよ!」
レントと万里雄の二人だけが首を傾げた。




