第四十二話
首元に噛みつかれた事実に、レントは目を見開く。不思議と痛みはない。
そして頭の中にはどうでもいい思考回路が廻り、彼女のファンの総称へと思い至っていた。
バッター、あれは野球の打者などではなく、バット(蝙蝠)から来ていたのかとようやく理解する。
蝙蝠を配下とする種族は地球でも有名で、レントも覚えがあった。
「ヴァンパイ…ア?」
疲労困憊状態で血を一気に吸われたレントは、そのまま気を失った。
彼女は満足するまで血を吸った後、レントの首元から離れる。
「ふぃ~~~やぁっぱり絶品だねぇ。最高の味だ。」
服の袖で口元をこすると、彼女の袖には血液が付着する。
唖然としながら万里雄が彼女を見つめる。その視線に気づいた彼女はすぐに弁明を開始した。
「あぁ~~ごめんごめん、急だったから驚いたよね。でも安心して、致死量ギリギリで押さえたから。彼は死なないよ。ただ弱ってたから吸血鬼にはなっちゃうかも。…てへぺろっ。」
地球ではすでに死後であるそれを口にすると、血で赤く染まった舌を放り出した。
万里雄はその光景を見てさらに唖然とする。
「あわわ…どうしよう。」
余談だが、この世界におけるヴァンパイアの立ち位置を説明しておこう。
まずヴァンパイアは魔族に次ぐ頑丈な種族で、数少ない魔界に住む種族の一つだ。そして何よりヴァンパイアが他の種族と差別化されている点が、眷属という形でどう種族を増やすことができること。地球でもメジャーな話だが、ヴァンパイアに噛まれると、対象もヴァンパイアになってしまう。
万里雄はこの時、おそらく戦ってもかなわないであろう霧島可憐という女性を、唖然としながら眺めていた。もしかするとギルドに招くべきではなかったのかもしれない彼女の行動と、そしていきなり死にかけているレント。
急激に進む展開と、圧倒的に迫る窮地が、万里雄の明晰なる頭脳を曇らせていた。
だがそんな中、彼に救いの手が訪れた。
二人分の足音が受付へと近づいてくる。
万里雄はその足音に、希望に満ち溢れた瞳を取り戻した。
「あわわ…でも可憐ちゃんがサルバさんに殺されちゃうかも…どうすれば。」
友人の命を奪われかけても、この期に及んで万里雄は可憐のファンだった。何も見た目が変わったわけでも、彼女が彼女で無くなった訳でもない。多少の問題を起こそうが、万里雄が彼女のファンであることは変わらない。
足音で冷静さを取り戻してみれば、レントが生かされているというのも事実のようだ。構造理解で彼を確認すれば、まだ死なないことは容易に分析できる。
もちろん彼がピンチなことには変わりないが、おそらく今までの彼を見るに、死なないことは明らかだろう。
であれば、彼女は自分が生きるための最低限の手を打っただけということになる。その手段が彼女の種族であるヴァンパイアに依存していただけだ。
そういう生き物であるなら仕方がない。
「さ、サルバさん…違うんだ…彼女は!」
真後ろまで迫った足音に万里雄はついに口を開いた。
「彼女はただ…生き残るために!」
弁明する万里雄の横をアイシャが通り過ぎる、すると彼女は足を止めず、レントの顔を踏んだ。死にかけているというのに容赦がない。
そして彼が動かないことを確認すると、足を外した。
「十五歳・ドマゾ、○月○日23時55分、死亡。」
「いや、生きてるって!」
万里雄はアイシャの容赦ない行動に思わず反論する。
「いやぁ~久しぶりだねぇ~、可憐ちゃん。」
そんな中、サルバが非常に気さくに彼女に声をかけた。万里雄が想像していた反応とは真反対だ。
「サルバっちぃ~、そっちこそ久しぶりぃ~。元気してた?」
霧島可憐はおもむろに立ち上がると、自分と同じくらいの背丈のサルバに思いっきり抱き着いた。万里雄が見るに、それは愛情というよりも、犬や猫がなついているのに近い。
「僕が元気じゃないところが想像できる?無論、元気さ。でも今日はどうしたんだい、急に?」
万里雄はここまで来て、彼女のイベント警備依頼が人狼の牙にだけ回ってくる理由がゴリゴリの癒着であることにようやく気付いた。
「サルバさん…お二人はどんな関係なの?」
サルバは一度話を中断して、万里雄の方を見た。
「別に特別な関係ではないよ。でも友人さ。彼女は大事な顧客でもあり、友人でもある。まさしく一石二鳥だね。」
「あはは…そうなんだ。」
何はともあれ、血みどろの戦闘が開始されることなく、万里雄はホッとした。
そんな万里雄をよそに、二人は世間話を再開してしまう。
二日間のお休みをいただきます。
(2019/11/13,2019/11/14)




