第二十一話
翌朝、二人は再び未界へと訪れていた。
今回の目的はモスビートルという苔の生えた芋虫からの換金部位の回収だ。虫型の魔物は大抵そこまで強くなく、初心者の請け負う依頼になりやすい。レントの場合モスビートルを倒すのに小石一つあれば十分に事足りる。
「にしても未界を歩き回るのはかなり危険だな。そこら中に気配が渦巻いている。」
レントは魔物の気配を感じつつ、万里雄の為になるべく危険を避けながら動いている。といっても周辺にこれから起こるシルエットを生じさせ、その未来を避け続けているだけだが。
「でもレントといると魔物に遭遇しにくいからね、ずいぶん楽だよ。気配ってやつ、僕も感じれるようになりたいな。」
万里雄は太っているがどうもいわゆる動けるデブの部類に入るようだ。引きこもりの過去と一見矛盾しているように思えるが、レントの跡を何とかついてきている。
「おい、見つけたぞ。」
レントが正面を指さす。そこにいたのはモスビートルだった。全部で三匹いる。
モスビートルの背中に生えている苔はレッドモスと呼ばれ、赤い苔だ。これもまた人界では採取できないもので、薬品としての有用性がある。
背中に赤い苔を生やした緑色で体長1メートルの芋虫。それが魔物の見た目だった。
足も遅く、これといって手こずる要素はない。ただし生体になるとモスバタフライと呼ばれ、かなり厄介なモンスターになる。マヒ効果のある鱗粉を周囲に撒きながら飛ぶため、近くにモスバタフライが飛来しただけで動けなくなる冒険者も少なくない。
ただし生体になると今二人がいる地域から別の地域に移動する生態を持っており、少なくともこの森には生息していない。
レントが小石を拾ってモスビートルの方へと投げる。
当たった瞬間にモスビートルごと石は爆散した。周辺に緑色の液体が飛び散る。
「…あぁ…干渉爆破はあんまり相性が良くないな。ちょっと柔らかすぎる。」
換金部位を持ち帰る依頼だというのに、その換金部位すらダメになっていることを確認した。残り二体は一匹が爆散したというのにその場から動く様子すらない。体に飛び散っている体液にすら気付いていないようだった。
「僕に任せてよ。実はアイシャさんに魔法を教わったんだ。」
「アイシャさんに?」
レントはアイシャを思い返し、背筋に鳥肌を立てた。そしてブルりと震えた。
「見ててよ、炎よ。」
万里雄がそうつぶやくと、手のひらに小さな炎が現れる。
「待て待て、俺と同じミスをやらかす気か?燃やしたら換金部位が取れないだろう。」
「た…確かに。じゃぁ…普通に殺すしか。」
万里雄がイヤシ草の依頼二回分の給料で錬成したナイフに手を当てる。
「まぁ待て…想像よりもずっと鈍い。俺に考えがある。」
「え?」
レントはそのままスタスタとモスビートルに近づいていく。
それでも動かないモスビートルの目の前でしゃがみ、腰からナイフを取り出す。おもむろにナイフでレッドモスを切り離し始めた。
「こりゃ、討伐依頼じゃないな。ただの採取だ。」
「な、なるほど。多分レッドモスと、モスビートルは全く別の生物なんだね。モスビートルという動きの遅い魔物に寄生する植物がレッドモスなんだ。」
つまり皮膚ではないので、モスビートルはレッドモスを切り離されても痛みを感じない。
「う~ん…流石にこれじゃ消化不良だな。もう少し未界を探索していこうか?奥に進むのは危険だと思うが、この周辺をぶらつくくらいなら何の問題もないだろ。」
「よ、よし、今度こそこの炎をぶつけてやる!」
万里雄が気合を入れたのか、フンスッと鼻から息を吐く。
モスビートルの命を絶つ必要は全くないので、苔を綺麗に採集した後、二人は周辺の探索を開始した。といってもこの周辺地域は未界といってもかなり探索されてしまっている。目新しいものを探してというよりは、ただ経験を得たくて探索をしているというほうが近い。
「おっ?あれは…確かドギルスだな。」
「ドギルス?」
木の陰からその奥を見ると、小型犬のような魔物が複数おり、何かを捕食している。
「犬みたいな体形と骨格を持った爬虫類で、素早く動くのが特徴だ。でも本来は夜行性なのに昼間に行動しているから弱いらしい。」
「…それって矛盾してない?」
「変温動物だから日中太陽光を十分に浴びていないといけないらしい。そのため昼間に行動しているが、結局夜体温が下がった分をなかなか取り戻せず、ずっと本来の動きをできていない。」
「なんか可哀想になってきたよ。」
小型犬のような体格に爬虫類の顔、全身は鱗に包まれ、酷く不気味だ。
「ただいわゆるコスパはかなり高い。あの鱗は鰐革みたいなもんで、市場価値はそれなりに高いんだ。討伐しよう、あれなら最悪俺が何とかできる。」
「わ…わかった。何事も経験だよね。」
万里雄の手に炎が現れる。
「…さっき「炎よ」…とか言ってなかった?」
「ふっ、かっこつけただけさ。本当はいらない。様式美みたいなものだよ。」
万里雄はそういうと炎をドギルスの方へと投げた。レントはこの攻撃によってドギルスがどうなるか、すでに未来を見ている。
答えは簡単、燃焼だ。
「…皮ごと燃えたね。」
万里雄が燃えるドギルスを見ている。ドギルスの数は全部で五匹。
その全てが二人を見ている。




