心清堂にて
「じゃあもう昼なんで、失礼します」
チャイムが鳴るのを聞くと伊川は伊野部から逃げるように駆け足でオフィスから出ていった。
「………………………………」
(……だから、なんでやって聞いてんねん)
伊川がオフィスを出ていくのを横目で見ながら、さっき見た光景を思い出していた。
「お前いったい何を隠してんねん……」
いない相手に向かって問い掛けるように一人で小さく呟いていたが、もちろんそんな伊野部の呟きは誰の耳に届いていなかった。
ゆっくり立ち上がると自分に荷物を持って駆け足で外に出るとちょうど来たタクシーを止め、あの店がある路地に向かって走らせて貰った。
店がある路地の近くでタクシーを止めて、金を支払うと時計で時間を確認しながら急いでタクシーを降りて、路地に入っていった。
すると店の前の階段に腰掛けている人物が見えた。
その人物に駆け寄ると伊野部に気付いて笑みを浮かべた。
「もう来る頃やと思て待ってたわ」
「梶さんにいつも最初に会いますね」
「まぁ……それでご用件は?」
「今日あいつ誰かに電話してたんです。誰かは、分かりませんけど……」
「電話の相手なぁ……」
梶は、伊野部の話を頷きながら聞いている
「はい。あーあと」
「店長に会っていくんやろ?もう準備してるみたいやし」
「じゃあ」
伊野部の言葉が分かるのか先に食べていき、ちゃんと商売もせなやりくりしていけへんし……と告げると階段を降りていった。
その姿を見送ろうと振り返ってみれば、もうどこにもその姿は見当たらなかった。
「あの人も不思議な人やな……」
誰もいなくなった空間を見つめながら呟いていると扉が開く音が聞こえた。
その音に反応して振り向こうとした時
「本当に梶さんって不思議な人ですよね。もう長い付き合いになりますけど、未だ分からない事だらけです」
村井が話し始めた声に答えるように振り向いてあんたが分からんかったら俺には尚更分からへんなと返す
「それよりも今日は店長さん自らお出迎えなんや」
「まぁたまには出迎えた方がよろしくかと思って」
伊野部の言葉に村井は笑みを浮かべて頷くとそろそろ中へどうぞと告げた。
その言葉で店内に入るとあの懐かしい匂いが……
「また作ってくれたんや」
もう一枚扉あんのに臭いで分かるわ。と言ってみれば、村井は笑い声を漏らして本当に好きなんですねあの料理と言ってきた。
「まぁ、一応思い出の一つでもあるしな」
あいつとの……そう答えていると笑みを深めて嬉しそうですねの言葉を合図にもう一枚ある扉を開けると扉に付けられている鐘がカランと店の中を鳴り響いた。
するともう定位置になりつつある真ん中のカウンター席のテーブルの上には出来たばかりの料理が置かれていた。
「あーさっき言い忘れていたんですけど、店長とかの呼び方は良いですよ。その呼び方は、後藤君だけで十分です。伊野部さんは伊野部さんが呼びたいように呼んで構いませんから」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
伊野部が好きなように呼ばせて貰うわと微笑んだまま言った後にカウンター席にゆっくり腰掛けた。
そして食べ始めた。
しばらく食べ続けていると不意に話しかけられた。
「それでどうされたんですか?」
カウンター席の向かい側に回って移動した後
さっきとは少し声色が変わって真剣な雰囲気に変わると静かに問い掛けた。
「……あいつ今日誰かに電話しとったわ。明らかに穏やかな雰囲気やなかったけど……」
そんな村井の問い掛けにフォークを手に持ちながら、同じくさっきとは違う声色で真剣な表情を浮かべて答えた。
「電話、ですか……」
小さく言葉を繰り返しおもむろに右目に手を置くと
「やっぱりなんか夢が関係しているみたいですね。二人に共通している夢が……」
「二人……?」
「今回はもう一人関係しているんですけど、意外と難解かもしれません」
「えっ?」
「そうだ、仕事終わりで宜しいんですが……――――」
村井は、手を離すと琥珀色に染まった右目でまっすぐ見つめてある事を頼んだ。




