白兎はハートの歌を紡ぎだす
双子というといつでも一緒に居るような印象を受けるかもしれないが、私とハクトはむしろ昔から引き離される事の方が多かった。
理由は……紛らわしいから。
成長期を迎えた今ならともかく、中学に上がるくらいまで私とハクトは性別が違う二卵性の双子だというのに瓜二つだった。
苗字が同じなだけで紛らわしいのに、見た目まで紛らわしい。クラスを別にされるのは当然だろう。
『おはよう』
「おはようアリス兄妹」
「相変わらずハモってるね」
だというのに、高校生にもなって私たちは同じクラスにされている。
担任はうっかり私とハクトの書類を間違えたりしないのだろうか。
……流石に無いな。性別違うし。
「……やはり落ち着くな」
自分の席につくなり、老成した雰囲気を纏いながら呟くハクト。
天敵が居ないからですね。分かります。
まあ確かにあの怒濤の攻めは疲れるだろうけど。
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「ハクトって結局アイカの事どう思ってるの?」
体育の時間。隣を走るハクトに聞いてみた。
本日の体育は男女合同で持久走。一部男子がいいかっこをしようと飛ばしているが、多分それを見てカッコいいとか思う女子はいない無駄な努力である。
「……思いが重い」
駄洒落か。しかし発言は本音だったらしく、額を押さえながら言葉を続ける。
「大人しくしてれば可愛いのに何あの暴走超特急。止めようとしたらそのまま引き摺っていく勢いだし俺にどうしろと。普通に告白されてたら素直に受け入れてたよ俺?」
意外に好意は抱いていたらしい。しかしあまりの暴走っぷりにドン引き状態だと。
「だったらこちらから告白だ!」
「誰だおまえ?」
「同じクラスの月島です!?」
後ろから追い付いてくるなり叫ぶ男子に、ハクトの無慈悲な言葉が炸裂する。
昔からマイペースだしなぁハクト。だからこそ、なおさらペースを崩しに来るアイカが苦手なんだろうけど。
「要は有栖川がその子を受け入れないから暴走してるんだろ。思いが届けば大人しくなるって」
「さらに暴走する可能性は?」
「それはそれで面白いから良し」
「……」
「痛い痛い痛い!? ヤメテ! 無言でアイアンクローやめて!?」
走りながら隣の月島の頭を器用に掴むハクト。ハクトの握力リンゴを握りつぶせるレベルなんだけど、月島の頭は大丈夫だろうか。
「兄貴がいじめる。助けて妹!」
「汗臭い、触るな」
抱き付いてこようとする月島のアゴを片手で突っぱねる。
よく似た男のハクトがいるせいか、私はあまり女扱いされないことが多い。
女子に熱を帯びた目で見られるのも困るが、馴れ馴れしくセクハラかましてくる男子はもっと困る。
私もアイカを見習い、護身用の武器でも持っておくべきだろうか。
「はうっ!?」
そんな事を考えていたら、月島が妙な悲鳴をあげて崩れ落ちた。
走っていた勢いのままに倒れたが大丈夫か。絶対顔面もみじおろしされたぞ今の。
「……せんせーい、月島が倒れました」
「貧血か? 男子何人かで保健室に運んでやれ」
体育教師の指示を聞きながらふと校舎の屋上を見ると、何やら黒い物体が動くのが目に入る。
「……(ニヤリ)」
……私は何も見なかった。
とあるお嬢様学校の制服を着た少女が、ライフル片手に名状しがたき笑みを浮かべるのなんて見なかった。
アイカって何で私にまで嫉妬するのかなぁ。
私に百合の気は無いんだけどなぁ。
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「おかえりなさいませハクト様、アリス様!」
学校が終わり帰宅してみれば、案の定玄関で出迎えてくれるアイカ。
鍵閉めたのにどっから入ったとか、不法侵入だとかいうツッコミはもう今更なので言わない。
しかし……。
「……何故メイド服?」
「サービスです! どうですか? 萌えますかハクト様?」
「うん似合うねアイカ。でも俺は脱力感の方が強いかな」
褒めつつも目がアイカに合ってないハクト。遠い目というか死んだ目だ。そろそろ限界かハクト。
「……着替えてくる」
「お手伝いしま……」
「待てい」
当然のようにハクトに付いていこうとするアイカの後頭部を右手で掴む。
「痛い!? 頭が割れますわアリス様!?」
「大丈夫。人間の頭はリンゴより固いから」
「比較が大丈夫じゃありませんわ!?」
苦情はさておき、流石のハクトもストレスがたまっているようなので、そろそろこのお嬢様に釘を刺しておいた方が良いだろう。
……刺してもすぐに引き抜きそうではあるが。
「アイカ。あなたは強引すぎるの。ハクトもあなたがもう少し大人しくしていれば、思いを受け入れてくれるよ?」
「なりません! それでは勝てないのです!」
何に!?
「恋はプッシュ&プッシュ! 退いては駄目なのです!」
アンタは押しすぎだと言うとるに。
「大丈夫ですわ! ハクト様もあと一押しで落ちます!」
別の意味で落ちそうなんだけど。
「はあ、まあ気を付けてね」
「? はい」
私の忠告に首を傾げつつ返事をするアイカ。そこだけ見れば可憐なお嬢様なのに、とことん残念な少女である。
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「本日のメインはロールキャベツでございます」
当然のように我が家のキッチンを占拠し、本日も見事な夕食をこしらえていたセバスちゃん。
何故この人はアイカの執事なのに我が家の家政婦と化しているのだろうか。いや、助かると言えば助かるのだけど。
というかロールキャベツも、一般的な巻いてるやつじゃなくて、一度ばらしたキャベツの葉の間に肉を挟んで復元した重ねロールキャベツだよ。
見た目は茹でたキャベツが玉でゴロンと転がっているようにしかみえない。どこまで丁寧に調理してんのセバスちゃん。
「いただきます」
「……」
食材とセバスちゃん(おかん)に感謝を捧げてから食べ始める私。対してロールキャベツを睨み付けたまま動かないハクト。
……どうした?
「ハクト様。“夕食については”私が一切を取り仕切りお嬢様は手を出しておりませんので、異物混入などはありえません」
「……ありがとうセバス」
「な、どういう意味ですのセバスチャン!?」
セバスちゃんの発言に抗議するアイカだが、朝やらかした事を考えれば当然の反応である。
というかセバスちゃんも主相手に容赦ないな。アクセントちょっとおかしかったし。
「……美味しい」
そして当然のように絶品なロールキャベツ。今度レシピを聞いておこう。
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「食後のお茶をお持ちしました」
食後のお茶まで完備。
あかん。セバスちゃんが居るとドンドン楽を覚えてしまっている気が。
そろそろキッチンを奪還する事を視野に入れるべきだろうか。
「ハクト様はコーヒーをどうぞ」
「ありがとうセバス」
にこやかにコーヒーを受けとるハクト。アイカ相手の時より愛想が良いのは気のせいか。
呼び方も「セバス」だし、男同士何か通じるものでもあるのだろうか。
そんな事を考えていると……。
「……」
「え? むぐっ!?」
……アイカの顔を引き寄せたハクトが、思いっきり唇を重ねていた。
「……」
「む……うぅ……ぐっ!?」
え……? 何事?
顔を真っ赤にしてジタバタするアイカと、そんな彼女の頭を両手でホールドしキスを続けるハクト。
しばらく呆然と見ていると、次第にアイカの動きは鈍くなっていき、最後にはぐったりとハクトに身を預けて動かなくなった。
「……やはり痺れ薬が入っていたか」
いやいやいやいやいや。
どうやらコーヒーを口移ししたらしいが、何今の無駄に濃厚でエロいキス。
アイカの体が動かなくなったのは薬のせいだろうけど、意識トンだのは間違いなく別の要因だし。
「昨日の今日どころかその日の内にこれか。ちょっと“お話し”しようか綾小路さん」
そう言ってアイカをお姫様抱っこして、クスクス笑いながら二階へ上がっていくハクト。
兎が皮を脱いで狼になりました。赤ずきんちゃんピンチ。
「やはりハクト様はロールキャベツ男子でしたか」
止めんのかい。というか予測した上での今日の夕食メニューかい。
「……止めないの?」
「盛って良いのは盛られる覚悟のある者だけです」
おまえは何処の魔王だ。
結局その日ハクトとアイカは部屋から出てくることはなく、翌日になりようやく表れたハクトは何やらスッキリしており、アイカは何やら恥じらうようにモジモジするしおらしいお嬢様へと変貌していた。
いやー、一体何があったんだろうね(棒)




