第119話 小牧長久手2ー源一郎秀成出陣
天正12年(1584年)3月上旬 近江・長浜城 羽柴源一郎秀成
淡海の水面を春の風が吹きわたり、柔らかな波紋を幾重にも広げている。
私は長浜城の最上階、大広間からその長閑な景色を見下ろしていた。
「ついに、この時がきたか」
私の手には、大坂から早馬で届けられたばかりの書状が握られている。
三月六日、織田信雄が三家老を誅殺し、徳川家康が遠江・浜松から尾張に向けて軍を発した。
これを受け、秀吉は直ちに大軍の動員を下知。
すでに筒井順慶や蒲生氏郷らが、信雄の領国・伊勢へ侵攻を開始しているという。
父・秀長も自らの軍を率い伊勢へ向かっており、合流次第、伊勢方面軍の総大将となる予定だ。
そして秀吉自身も、二万の本隊を率いて大坂を出陣し、美濃へと向かっている。
『源一郎、信吉(秀次)も、直ちに兵をまとめ、本隊に合流せよ』
書状には、実質的な「天下分け目の大戦」への動員令が力強い筆致で記されていた。
(やはり、信吉兄上も出陣するのか……)
私の脳裏に、共に出陣することとなった従兄・三好信吉の姿が浮かんだ。
史実において、彼は羽柴家を背負って立つ一門の重鎮としてこの戦に参戦する。
しかし、膠着する戦線を打開するため、岳父(妻の父)である池田恒興、猛将・森長可らと共に「三河中入り(敵の本拠地である三河を強襲する別働隊)」という無謀な作戦を立案・実行してしまう。
信吉はその別働隊の総大将となったが、結末は凄惨なものであった。
家康の神がかった采配と三河武士の猛攻により、羽柴の別働隊は完全に分断され、池田と森は討死。
大将である信吉自身も馬を失い、家臣の馬を奪って命からがら敗走するという、大失態と恥辱を味わうことになる。
後に秀吉の逆鱗に触れ、「家臣を見殺しにした大たわけ」「自分の甥にふさわしい分別を持て」「このような無分別なふるまいや言動があれば一族の恥として手討ちにする」という厳しい折檻状を送りつけられたほどだ。
もっとも、その折檻状はこの惨敗から五ヶ月も後になって送られている。
秀吉の純粋な怒りというよりは、次代を担う甥への強い「戒め」の意図だったのだろう。
事実、これ以降の信吉は慎重さを身につけ戦功を重ねていくため、この手痛い失敗が薬になったとも言える。
また、羽柴政権の視点で見れば、池田や森といった旧織田勢力は力がありすぎた。
あの戦いで彼らの力が削がれたことは、結果として豊臣の権力集中に寄与したとも考えられる。
……だが、その代償として、徳川家康の力を削ぐことには失敗したのだが。
では、この世界において私はどう動くべきか。
信吉兄上の失敗を未然に防ぐべきか。
池田や森を死地から救い出すか。
家康をどこでどうやって仕留めるのか……
来るべき小牧・長久手の行方に思いを馳せていると、背後からドヤドヤと幾つもの足音が響いてきた。
「殿!」
長浜城の大広間に、家臣たちが続々と集まってきた。
先頭を歩くのは磯野員昌、その後ろには本多俊政、片桐且元、加藤嘉明、平野長泰、黒田長政といった面々が顔を揃えていた。
「皆、集まったか」
私が広間の上座に座り、皆の顔を見渡すと、その目はギラギラと輝いていた。
「若君! いよいよ出陣でございますな!」
本多俊政が、大きな拳を床に叩きつけて声を張り上げた。
「此度の戦、我ら羽柴の兵は十万に迫るとか。対する織田・徳川連合軍はどう掻き集めても三万か四万程度。圧倒的な兵力差にございます。鎧袖一触、三河兵を打ち破ってご覧に入れましょう!」
「本多殿の言う通り!」
平野長泰が鼻息荒く身を乗り出した。
「磯野殿の下で鍛えあげてきた長浜の精鋭四千! 我らが尾張の野を駆け抜ければ、三河武士など恐るるに足りませぬ!」
二人の威勢の良さに呼応するように、黒田長政も勢いよく言葉を発した。
「若君! この長政、父譲りの采配と我が槍の冴え、存分にお見せいたしますぞ!」
若将たちの言葉に、大広間は熱気に包まれた。
無理もない。
長浜十五万石の軍役として、一般的に一万石につき三百人から四百人程度と換算すると四千五百から六千人。
城の守りを残しても、出陣できる兵は四千程度にのぼる。
彼らは、練度に練度を重ねた自慢の直下軍を率いて、圧倒的な兵力を持つ羽柴軍の一員として、勝利を掴むことに微塵の疑いも持っていなかった。
意気揚々、意気軒昂とはまさにこのことである。
しかし、
「……黙れ、若造ども」
広間の浮ついた熱気を一刀両断するように、磯野員昌の低く、冷水を浴びせるような一言が響き渡った。
彼は、鋭い眼で本多や平野、黒田らを睨みつけた。
「圧倒的な兵力差? 鎧袖一触だと? これから誰と刃を交えようしているのか、本当に分かっておるのか」
「徳川を甘く見てはいかん。あの武田と長年に渡ってやり合ってきたのだ。幾多の死線をくぐり抜けてきた『本物の戦上手』だ。三河武士の結束力と精強さは、我らがこれまで相手にしてきたどの軍勢とも次元が違う。油断しておると、その四千ごと、一瞬で骨の髄まで食い尽くされるぞ」
磯野の気迫に呑まれる中、私は背筋を伸ばし、居並ぶ家臣の顔を一人一人見渡しながら言葉を継いだ。
「皆、磯野殿の言う通りだ。徳川殿は金ヶ崎、姉川、長篠と、織田の主要な激戦に幾度も駆り出されてきた。その一方で、背後の武田や北条ともしのぎを削り続けてきた歴戦の猛者だ。自分達より強大な敵に立ち向かう戦を何度も経験し、そして生き残ってきている。大軍を前にした戦い方を知り尽くしている男だ」
さらに私は、自軍が抱えるもう一つの弱点を口にした。
「それに、敵の総大将は織田信雄様。我らがかつてお仕えした信長公の御子息だ。たとえ大義がこちらにあろうとも、天下の耳目は『羽柴が主筋に弓を引いた』と見る。大軍勢である我ら羽柴の陣営の中にも、織田家への恩顧を忘れられぬ者は多い。その心理的な重圧、士気への影響は計り知れぬ」
磯野の圧倒的な威圧感と、私の理屈。
それを突きつけられ、先程まで意気軒昂だった面々は、水を打ったように押し黙った。
やがて、黒田長政が、恐縮したように首を縮め、申し訳なさそうに言った。
「……磯野殿と若君の仰る通りでございます。我ら、兵力差という目に見える数に驕り、慎重さを欠いておりました。申し訳ございません」
その素直な反省ぶりに、磯野は満足げに白い顎髭を撫でた。
「ふむ。分かればよい。戦において最も恐ろしいのは、敵の槍ではない。己の心に巣食う驕りよ。本多、黒田、平野。お主らの武勇は頼もしいが、戦は勢いだけで勝てるほど甘くはない。ゆめゆめ、油断めされるな」
「「ははっ!!」」
大広間に重く引き締まった空気が流れる中、片桐且元が言葉を発した。
その顔には、先程までの緊張が少し和らいだような、どこか気遣うような笑みが浮かんでいた。
「……若君。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ、且元」
「若君が自ら兵を率いて戦場に出られるのは、これが初めてでございましょう。賤ヶ岳の折は本陣におられましたが兵を率いていたわけではありませんでした。ですので、今回が実質的な初陣にございます…率直に申し上げて、怖くはございませぬか?」
且元のその飾り気のない問いに、他の家臣たちもハッとして私を見た。
無理もない。
先程は偉そうに戦の心構えを説いた私だが、自らの一手で数千の命を預かり、最前線に立つのはこれが初めてだ。
私はふっと息を吐き、口角を上げた。
「不思議なものだが、今は全く怖くはない」
「それは頼もしい。流石は若君!」
且元が、明るい声を上げた。
「いや、そうではない。私にはお主らがいる。これほど槍働きが得意で、頼もしい者が家臣として揃っているのだ。怖いものなどあろうはずがない。私は心底、お主らを頼りにしているのだ」
私がそう言い切ると、且元をはじめ、本多や黒田、平野たちの顔にパッと誇らしげな光が差した。
「……とはいえだ」
私は肩をすくめ、わざとおどけた調子で言葉を継いだ。
「いざ実戦となり、敵の怒号や血の匂いを目の当たりにすれば、情けなく足がすくむかもしれん。もし私が戦場で怯んでいたら、その時は遠慮はいらん。私のケツを思い切り蹴り上げてでも、叱咤して目を覚まさせてくれ」
私の言葉に、家臣たちは一瞬きょとんとした後、ドッと大きな笑い声を上げた。
「はははっ! 承知いたしました! もし若君が後ろを向かれたら、この権平(平野の通称)が容赦なくケツを蹴り飛ばしてご覧に入れまする!」
平野長泰が豪快に笑い、広間に満ちていた張り詰めた緊張感が、戦を前にした心地よい一体感へと変わっていく。
そんな和やかな空気の中、磯野が、硬い表情を浮かべ重い声で口を開いた。
「源一郎殿」
笑い声がスッと収まり、全員の視線が老将に集まる。
磯野は私を真っ直ぐに見据え、深く頭を下げた。
「いざという時は家臣どもにケツを蹴らせる度胸、見事な初陣の覚悟。しかし……この員昌が傍にいる限り、敵の刃一本たりとも触れさせはいたしませぬ。我が身命を賭して、いや、この老いぼれの命を盾にしてでも、必ずや御守りいたす所存」
血を分けた祖父の言葉には、何があろうと私の絶対の盾となるという、強烈で熱い決意が込められていた。
「お祖父様、頼りにしています……さあ、皆の者、出陣だ!」
「「「おおおっ!!」」」
法螺貝の音が、淡海の湖面を震わせて鳴り響く。
長浜の精鋭四千の想いを一つに束ね、美濃へと向けて意気揚々と出陣の途についた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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