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戦国転生したら秀長の息子でした ~宰相の子として豊臣を滅亡から救います~  作者: 丸三(まるぞう)
連枝の絆

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第113話 母の悪戯と紅に染まる茶々

天正11年(1583年)9月下旬 京・柴田勝豊邸 茶々

羽柴の手によって京に用意された柴田勝豊の屋敷は、かつての戦火が嘘のように静まり返っていた。


開け放たれた縁側からは、秋の涼やかな風が吹き抜け、一人の少女の髪を優しく揺らしていた。


茶々は、縁側にぽつねんと座り、二ヶ月前に届いた贈り物のことを考えていた。

長浜の御用商人、伊勢屋が汗を拭きながら京屋敷に運んできたのは、羽柴美濃守様の御嫡男・源一郎様からの祝いの品であった。


あの日の賑やかな風景が、茶々の脳裏に鮮やかに蘇った。


—————(二ヶ月前)


「わぁ、見て、茶々姉様! 貝に金色の花が咲いているわ!」

江が、真っ先に声を上げた。

広げられたのは、金泥で四季の草花が描かれた「貝合わせ」の貝である。

十歳の少女にとって、それは宝石よりも輝いて見えたに違いない。

江は左右の貝をカチカチと合わせ、その心地よい響きと美しい絵柄に、弾けるような笑顔を見せていた。


「江、はしたないですよ……まぁ、こちらの櫛はなんて見事な……」

江を(たしな)めていた初も、塗り箱に入っていた鼈甲(べっこう)の櫛を手に、うっとりと瞳を輝かせた。早速、髪をとこうとする姿は、いかにも十四の少女らしく愛らしく思えた。


母は少し離れた場所から、娘たちがわいわいと品々を囲む様子を優しい眼差しで見守っていた。

京に居を構えて以来、これほど無邪気な声を上げる妹達を見たのは、初めてのことかもしれない。


宗右衛門と名乗った商人が、腰を低くして語った言葉が、茶々の耳に残っている。

「源一郎様は、『自分が祝いの品を独り占めにしては、徳が逃げてしまう。北近江ゆかりの姫様方に福をお裾分けしたい』と仰せでございました」


福のお裾分け、その謙虚で温かな言い回しが、茶々の心をふっと解きほぐした。


茶々の前に差し出されたのは、繊細に染め上げた京鹿の子絞りの反物と、木箱に入った白粉おしろい(べに)であった。

それは単なる贈り物ではなく、京にいる自分たちをいつも気にかけている、孤独にはさせないという、温かな思いのように感じられた。


「茶々姉様、その紅、とっても綺麗。つけてみてもいい?」

江が貝合わせの手を止め、茶々の膝にすり寄ってくる。


「だめよ、江。これは茶々姉様が、いつか想いの方に会いに行く時まで、大切にとっておくものなんだから」

初がからかうように言うと、広間に明るい笑い声が広がった。


「まぁ、初まで…それに江、紅はまだ貴女(あなた)には早いですよ」

茶々は頬を赤らめながらも、そっと紅の蓋を開けてみた。


そこから漂う微かな花の香りは、いつも懐に忍ばせている匂い袋の香りと同じだった。

その懐かしく心が和らぐ香りに、茶々はしばしうっとりと目を閉じた。


——————


あの夏の日の、姉妹たちの笑い声。

小谷や北ノ庄での戦火...悲惨な記憶ばかりの茶々にとって、今の穏やかな日々は奇跡のようだった。


茶々もすでに十五歳。

家と家の繋がりのため、誰とも知れぬ相手のもとへ送られてもおかしくない年だ。

織田の血が流れる女子は、政略のよい道具であることもわかっている。


しかし、あの時、確かに感じた。

見知らぬ誰かの下に行くのではなく、二度と家族が離れることなく、このように笑っていたいのだと。

この時間を大切にしたいと、茶々は心から願った。



そこへ、奥から近づく足音が耳朶に響き、茶々の意識がすっと現実へと戻ってきた。


現れたのは、母だった。

その表情は、いつものように気品がありつつ、どこか明るく浮き足だっているように見えた。


「ここにいたのですね、茶々。少し、話があります」

母の静かな、しかし重みのある声に、茶々は慌てて居住まいを正し、母の目を見つめた。


「先ほどまで、羽柴筑前守殿の正室、ねね殿がお越しでした」


『羽柴筑前守』

その名が出た瞬間、茶々の心に冷たいさざ波が立った。


父・浅井長政と、養父・柴田勝家を攻め滅ぼした男。

それは戦国の習いとして、致し方ないと頭では理解している...しかし、噂に聞く好色な振る舞いには、嫌悪感しか抱けない。


(筑前守の奥方が? 一体、何の用で...)


茶々の脳裏を、不穏な想像が駆け巡る。


まさか...


あの女好きで知られる男が、母を欲しているのではないか。

天下一の美貌と謳われる母が未亡人になったことを良いことに、魔の手を伸ばしてきたのか!

父上を死に追いやったその手で、今度は母を汚そうというのか。


「母上! まさか、母上を妻になどと仰っているのではありませんか?」

茶々の声は悲壮感に包まれていた。

「だとしたら、あまりに厚顔無恥。正室を使ってそのような頼みをするなど、信じられませぬ…!」


剣幕を募らせる茶々を見て、母はふっと、楽しげに目を細めた。

「まぁ茶々。貴女の顔、ひどく恐ろしいことになっていますよ」


「母上! 笑い事ではございません。あのような男に母上が嫁ぐなど、断じて……!」


「いいえ、茶々。筑前守殿が望んでいるのは、私ではありません」


「え?」

茶々は一瞬、思考が止まった。

母ではないとすれば、初か、あるいはまだ幼い江か。


いや、まさか...


「……私の、ことですか?」

茶々は、震える声で尋ねた。


筑前守が、母の代わりに娘の自分を望んでいる。

そんな光景を想像し、背筋に冷たいものが走る。


しかしお市は、今度は隠すことなく、鈴を転がすような声で笑い声を上げた。

「くすくす……本当に、おもしろい子。茶々、貴女、自分がどれほど狼狽しているか分かって? 筑前守殿ではありません。今日のお話は、源一郎殿のことです」


「…源一郎、様?」


「茶々。あなたを、羽柴美濃守殿の御嫡男・源一郎殿の妻にと、正式に申し出がありました」


「……っ」

茶々は思わず息を呑んだ。


脳裏に、賤ヶ岳の戦いの後、長浜城で会った一人の少年の顔がはっきと浮かんだ。

筑前守の甥。けれど、伯父とは似ても似つかない、凛々しく知的な男の子。



「ねね殿は、源一郎殿の正室に茶々を、と仰ったのです」


「…………???」

茶々は目を丸くし、半開きになった口を塞ぐことも忘れた。


源一郎様。

あの日、北近江の匂い袋を贈ってくれた主。

夏に美しい紅を届けてくれた若君。

漠然とその姿を思い描いていた相手ではあったが、まさか本当に「妻に」という言葉が出てくるとは、夢にも思っていなかった。


「私が……源一郎様の、妻?」


「ええ。そなたを単なる政略の具ではなく、羽柴の身内として、何があっても守り抜くと…ねね殿は、命懸けでお守りすると仰ってくださいました」

「源一郎殿は浅井の重臣、磯野殿の孫。北近江にゆかりある方です。そなたにとっても、決して見知らぬ他国へ行くようなものではありません」


茶々は、膝の上に置いた自分の拳をじっと見つめた。

織田の血を引く自分たちの婚姻は、天下の政に左右される。

母がそうであったように、いつか自分も、誰かの野心の飾りにされる日が来るのだと覚悟はしていた。


けれど...本当に...


「茶々……どうしました? 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのです?」

母が面白そうに、茶々の顔を覗き込んだ。


「い、いえ……その…私は、てっきり筑前守殿が、また……」

茶々は、顔が沸騰しそうなほど赤くなるのを感じた。

自分が勝手に早合点し、あろうことか『想い人』の縁談だと知らずに、その伯父に対する悪態をつきまくっていたのだ。


「確かに、源一郎殿はまだ九つ。茶々には少し年下過ぎたかしら?」


「いえ!いや、そ、そのようなことは……! 歳の差など、関係ございません。私は……私は……」

しどろもどろになりながら、袖を握りしめた。

「…母上。そのお話…お受けしたく思います」


母・お市の楽しげな笑い声が、秋の柔らかな光の中に溶けていく。


狼狽し、戸惑いながらも、茶々の心には、あの匂い袋の香りのような、甘やかな幸せが広がっていた。


秋の京。


高く澄み渡った空の向こうで、自分を待っているであろう若君。

茶々は懐から匂い袋をそっと取り出し、深く息を吸い込んだ。淡い香は、もう不安を紛らわせるためのものではない。


それは、これから築き上げる新しい日々の、始まりの匂いだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。

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他の方も書かれておりますが、白粉や紅の材料に体に害のある物質が混ざっているのは確かに気になりますよね。 もう既に大人の方は既存の商品を扱いになられているので仕方がないと思われますが、せめてこれからの…
茶々さん、母親と妹(初)にいいようにからかわれてますね。 茶々は、源一郎に確定。初は、史実通りに京極家か(一応、主筋にあたるので難しいかも)、はたまた、豪姫の代わりに宇喜多の八郎君?江は、史実では、佐…
茶々目線だと、自分は源一郎のところへ嫁げる安堵がある一方、妹たちが秀吉の魔の手から逃れられぬのではと思っちゃうかもですね。ねね様、釘刺しファイト! 茶々と源一郎が良き夫婦になりますように
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