第64話「汚してよ。ゾディアック」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
食事を終え、寝る準備を整えた頃には、すっかり夜が深まり、外からも声が聞こえなくなっていた。
「部屋に戻らないよな」
「ああ。お前のそばにいる。それにイタズラしないとな」
白い歯を見せてロゼが笑う。
カーテンを閉めていないため、部屋の中に月明かりが差し込む。青白いその光は、ベッドに横たわるゾディアックを照らす。
「お前、寝る時裸なのか?」
「上だけな……そういうロゼは?」
上は裸で、所々包帯が巻かれているゾディアックがそう聞くと、ロゼが小首を傾げる。
「その服が寝間着?」
「まさか。私の服はあのドレス以外、ほとんど着ていない。自分の魔力で補えるしな。特に部屋着なんて下着の上にマント羽織れば事足りていた」
「……じゃあ、何でそんなの着ているんだ?」
ロゼは悪戯っぽい笑みを浮かべて、パーカーを脱ごうとする。
だが、ファスナーを下ろそうとした際に、戸惑いを見せた。体を若干丸め、胸元に手を置いている姿は、具合が悪そうにも見える。
「ええい、ままよ!」
そう言って一気に下ろし、パーカーを脱ぎ捨てた。
ゾディアックは、目を見開いて、言葉を失った。
黒いネグリジェを身に纏ったロゼが、月光に照らされた。
胸元が大胆に露出され、薄いスカートからは下着だろう布が透けて見えそうになっている。
「……なんだよ」
ゾディアックは呆けていた。艶めかしい生足を曝け出していると思っていたが、まさかあんな薄着だったとは。
大口を開け、何を言うべきか必死に頭の中を模索する。
だが、こういった経験が皆無であるため、金魚のように口元を動かすことしかできない。
「な、なんか喋ってよ!」
「え、えっと」
似合っている、とでも言えばいいのだろうか。正直興奮して鼻血噴出しそうですたまりません、とでも言えばいいのだろうか。下手なこと言ったら殺される可能性が高いのに、これは難易度が高すぎる。
後ろ手に手を組み、もじもじと足を摺り合わせていたロゼは、ゾディアックの反応を見て口元を歪める。まるでからかっているかのようであった。
「このヘタレ」
妖艶な姿をしたロゼは頬を膨らませる。どこか、からかっているようにも見えた。
ゾディアックは無言で体を起こし、ロゼの細い腕を引っ張り、自分の胸に抱きかかえた。驚いた表情を浮かべたロゼは、されるがままになる。そして再び、ベッドに横になる。
お互いの吐息が重なる。ロゼの柔らかい体の感触を全身で確かめ、力強く、優しく抱きしめる。
「お前本当に初めてか? 女慣れしてるだろ絶対。まったく……」
ロゼはゾディアックに馬乗りになると溜息をつく。
「ロゼこそ。その服どうやって手に入れたの?」
「……下着だけはあるんだよ。これもインプから貰ったものだ。使い道がないと思っていたけど、役に立つ時が来るとはな」
グッジョブ、名も無きインプ。
そう思って力を緩めると、眉を上げたロゼがゾディアックを睨む。
「また私が上か?」
「下がいいのか?」
「……むぅ。いちいち聞くのやめてくれ。たまには察する努力も必要だぞ」
「なるほど。ロゼは攻められたいと」
「はぁ? いや私は……きゃっ!」
ロゼの体を掴み、素早く上下を入れ替える。ロゼの体がベッドに沈み、ゾディアックが上に重なる。体で押しつぶさないよう、ロゼの顔の横に両手を置いて、少しスペースを開けている。
ロゼの顔がゾディアックの右腕に向けられる。
「右腕、大丈夫か?」
「うん。調子いい。朝以上に動くし、動きも悪くない」
「本当か?」
証明するように右腕でロゼの頬を撫でる。片目を閉じ、くすぐったそうにする。
「お前がイタズラするな」
「最初に下がいい、って言ったのはロゼだ」
「言ってないぞ」
「思っていただろ。察した」
「残念でした。そんなこと思って……」
親指を口に入れる。ロゼは驚いた顔をした後、ゾディアックを睨む。
睨みながら、親指を甘噛みし始める。吸血鬼なのに、噛まない。傷つけないよう配慮をしているのを感じ、ゾディアックは目を細めた。
指を抜いて、再び頬を撫でる。
今度は両目を閉じて、まるで猫のように頬を擦りつける。眉間に寄っていた皺もなくなり、法悦としたような表情を浮かべている。
「撫でられるの好きなんだ」
コクリとロゼは頷く。
「もっと撫でてあげるから」
「うん……」
「可愛いよ、ロゼ」
「……ばか」
涎で濡れたロゼの唇が動くたびに、情欲を催す。
唇を押し付けると、待ってましたと言わんばかりにロゼが抱きついてくる。
2人の邪魔をする者はおらず、満月以外見ている者もいない。
ゾディアックの顔が離れると、色白の小さな手がゾディアックの頬を撫でる。
「キスだけ?」
「……ロゼ。その言葉、今の状況だと凄い危険だぞ」
白い歯を見せて笑う。項にロゼの両手が回る。
「……モナに、怒られちゃうかもな。シーツ汚したでしょ、って」
「……じゃあ、やめるか?」
「何を言っている。こんな格好をしているんだぞ。恥ずかしいのに頑張ってな。察しているだろ?」
いじけたような口ぶりだったが、ロゼは柔らかく微笑む。
「”汚してよ。ゾディアック”」
ロゼは自分の指を胸元に持っていき、襟を引っ張って、服を取るようアピールする。
そんなものを見せられれば、我慢も限界になる。
ゾディアックは再びキスをしようとした。
その時だった。
窓の外から途轍もない魔力を感じ、2人は素早く窓に目を向ける。
そして、同時に動き始めると、ベッドから離れ窓に寄った。
「ロゼ、気づいたか?」
「ああ。わざとらしい魔力放出だ」
夜の風景を見ながらそう言葉を交わす。ロゼは自分の体に毛布を巻いていた。
魔力放出。いわゆる魔法の空撃ちのようなものだ。行う意味はほとんどないが、知能のない魔物を誘き出す時は重宝するかもしれない、戦法のひとつとして数えられる冒険者の技術だ。
そして、たった今放出されたそれに、2人は覚えがあった。
「これは騎士団だな」
「それも……団長のだ」
ギルバニア王国騎士団、団長のフォールン・アルバトロスの笑みがゾディアックの脳裏に浮かぶ。
舌打ちした。ロゼの可愛らしい姿が、中年ロン毛親父の薄ら笑いに塗り潰されたからだ。
「ムカつく」
「もう少しで私のこと汚せたのにな」
「本当だよ」
「ばか。変態」
大きな手を握る。
「夜通しの行軍か」
「俺がボロボロにされたから、騎士団が動いたんだろう。古城に行って魔物を殲滅する気だ」
「馬鹿共が。もぬけの殻さ。財宝の”ざ”の字もない。せいぜい塵と埃を食らってくれ」
2人は見つめ合いながら、楽しそうに喋る。ゾディアックが強くロゼの手を握る。
「明日の朝早く、ここを出る」
「ここに長居すると、こっちが不利だからな。出立してさっさと遠くに行こう。何処に行くか、当てはあるのか?」
ロゼがそう聞くと、ゾディアックは真剣な表情で目的地を告げた。
「ギルバニア王国に行く」
一瞬耳を疑ったが、それが冗談でないことを察すると、ロゼは頷きを返す。
何があってもこの人についていく。愛しいこの人を守る。
自分が思っていた以上にゾディアックに惚れていたロゼは、その発言と行動を信じて、強く手を握り返した。




