表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/95

第62話「もっかい、しよ……?」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 私の目の前に、炭と化した冒険者の死体が転がっている。

 全部で6人。その中には、勇者の証を持つ冒険者もいた。我が命を燃やして放った一撃は、冒険者達を焼き尽くした。

 だが、胸元に刺さった剣のせいで、徐々に弱っていっているのがわかる。天に与えられたこの時間で、私はこの世から消え失せる決意を固めなければならない。


 もう生きている意味はない。仲間達は冒険者達の手にかかって死に、妻を殺され身籠っていた赤ん坊も殺されてしまった。僅かな兵と民だけは、生き残れるかもしれない。


 今回の戦いは魔族側の勝利と言えるだろう。

 だが、これから人間達との溝は深まるばかりだ。また戦争になる。自分はもうすぐ尽き果てる。次の魔王候補達は、血気盛んな連中ばかりだ。和平という腑抜けた文字は、天地がひっくり返ってもあの者達の口からは出ないだろう。


 死んだら天国とやらに行けるのだろうか。魔王の私も、行けるのだろうか。

 少しだけ期待しながら、玉座に座り、目を閉じる。このまま城は崩れ、私は瓦礫の下敷きになるだろう。

 惨めな死に様とは思わない。ただ願うのであれば。


 もう少し、穏やかに死にたかった。

 それだけだった。


♢◆♢◆♢◆


 驚くほど鮮明に流れていた映像が、途絶える。代わりに、ぼんやりとした光が見えてきたと思うと、ゾディアックはゆっくりと瞼を開けた。

 ぼやける視界、右側は真っ暗であるため、左目だけで天井を見つめる。

 木で出来た、何処かで見たことのある天井だった。


 頭に鈍痛が走る。いったい、自分はここで何をしているのだろうか。

 ゾディアックは冷静に今までの出来事を思い出す。


 ゾディアック・ヴォルクス。年齢は21歳。まともな教育を受けておらず、10歳で冒険者になり、Jランクにまで登りつめ、実力者と評されている。

 そうだ、自分は冒険者だ。ある仕事を請け負って、デスタンの村まで来た。そしてある魔物を討伐するために古城を……。


 古城……。


「ロゼ!!」


 艶やかな金髪と黒いゴシックドレスを着た、少女の後ろ姿を思い出したゾディアックは、絶叫するように名を呼んで飛び起きる。

 直後、激痛が走る。痛みで胸元を押さえ首を垂れていると、部屋の扉が開く。


「ゾディちゃん!! 目が覚めたのね!!」


 両手にゾディアックの着替えを持ったモナが、ほっとしたような顔になる。

 ゾディアックは胸元を握りしめたまま、片目でモナを見る。


「モナ、さん。何で俺、ここに」

「ああ、起きちゃダメよ! 知り合いの白魔道士さんは2日間は絶対安静だって言っていたし、とりあえず安静にしなさい!」


 着替えを棚の上に置いてゾディアックの両肩を押す。女性の細腕からの力は弱々しかったが、かえってそれがゾディアックを冷静にさせた。その力を借りるように上体を下げていく。

 モナは息を吐いて腰に手を当てる。


「それだけ元気があれば大丈夫そうね。心配して損したかも」

「モナさん、俺、何でここに」

「昨日血塗れで、あなた運ばれてきたのよ。もう村中大騒ぎ」

「運ばれて?」


 その時の記憶はない。ロゼに告白して気絶したまではまだ覚えているが。

 そうだ、と口を動かしてモナに問う。


「モナさん、俺を運んだ人は?」

「ああ、あの可愛らしい金髪の女の子?」

「そう!」


 やはりロゼが運んでくれたのだ。嬉しく思うと同時に焦りの表情を浮かべる。村の中は冒険者だらけだ。優秀な魔道士がアナライズしたら、吸血鬼のロゼは一発で素性がバレてしまう。


「その子は今何処に?」

「あの子なら……」


 モナが答えようとした時だった。部屋の扉が開き、少女が姿を見せる。


「モナー。洗濯物全部取り込んでおいたぞ」

「あ、ロゼちゃん。ご苦労様」

「? 何だ、嬉しそうな顔して……」


 疑問符を浮かべていたロゼは、ベッドに目を移す。

 ゾディアックと目が合い、徐々に赤い目が大きくなっていく。


「……ロゼ」


 呟いたと同時だった。

 ロゼはゾディアックに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。


「ゾディアック!! よかった、目が覚めたんだな。何処か痛くないか。お腹減ってないか? 体調悪くないか? すぐにそこら辺にいる白魔道士誘拐してくるからちょっと待って……」

「お、おう、おう?」


 目の前に広がるロゼの顔を見て、ゾディアックが瞳を激しく動かす。


「はいはい、落ち着いてロゼちゃん」


 手を叩いてモナが制すると、ロゼがギロリとそちらを睨む。


「そんな怖い顔で睨まないの。私の前でキスでもするつもり?」

「え?」


 呆けたような顔になり、ゾディアックに視線を映す。2人の距離は唇が触れそうなほど近かった。


「……っ!!?」


 顔を真っ赤にしたロゼは、ゾディアックの顔に拳を叩き込んだ。


♢◆♢◆♢◆


「……まぁ、元気になってよかった。あはは」

「うん、さっきまた死にかけたけどな」


 ベッドにあおむけで寝ているゾディアックは、頬を腫らした顔でムッとする。

 椅子に座っているロゼは気まずそうに視線を逸らす。


「さっき来た白魔道士の人怒ってたよ。「何で怪我増えてるんですか!」って」

「め、面目ない……」


 ロゼの一撃を食らって昏倒した後、ゾディアックを回復させた白魔道士が訪れた。高齢だったが、纏う雰囲気はまさにベテランといった感じだった。

 軽い受け答えと魔力の回復、それと記憶障害がないかどうかのチェックを受けて、特に異常が見当たらないという結果になった。

 砕けた右腕だけは、まだ満足に動かせない。長く見て一週間は骨がくっつかないらしい。定期的に魔力を送り込み、自己修復を促したり、回復魔法を使用するのがいいだろうとアドバイスをもらった。


「ロゼは、ここにいて平気なのか?」


 疑問に思っていたことを口に出す。冒険者が大勢いるこの場所は、ロゼにとってモンスターハウスに等しいはずだ。


「最初は顔馴染みが何人か手を貸してくれて、私の素性を看破されずにすんだ」

「顔馴染みがいたのか……」

「そしたら、その後冒険者達が一斉に逃げ出してな。Jランクなんていう超実力者のお前がボロボロにされたのを見て、自分達じゃ手に負えないと思ったらしい。今この村にいるのは、極少数の冒険者と、村の老人達だけさ」

「そうか」


 短く返事をして、安堵する。これでロゼが狙われる心配はない。

 すると、ソワソワとした様子のロゼが話しかける。


「なぁ、ゾディアック」

「ん?」

「その、私を好きってことなんだけどさ……」


 ゾディアックは布団をかぶる。


「な!! 逃げるな!!」

「うぉおおお……今になって凄く恥ずかしくなってきた」

「馬鹿かお前! 男らしく告白したんだから堂々としろ! まったく……せっかくかっこよかったのに」

「かっこよかった?」

「へ!? あ、ああ……えっと……うん……」


 沈黙が流れる。気まずくはなく、何処か甘酸っぱい雰囲気に包まれる。


「……好きだよ、ロゼ」

「う」

「本気だ」

「本気か? 一応言っておくけど、私と一緒にいたらお前、もうまともに冒険者続けられないかもしれないぞ。旅だって出来ない」

「元から目的のない旅をしていたんだ。もしロゼと一緒にいられるなら……そうだな。何処かに腰を落ち着けて、細々と冒険者をやるのもいいかもしれない」


 真剣な眼差しに、ロゼの微笑む姿が映る。


「馬鹿だなぁ、お前。吸血鬼に惚れる冒険者がいるかよ」

「ここにいる。そう言えば、ロゼは?」

「え? ああ。私はお前と一緒にいても、もういい立場になったよ。自分の城を放棄して、仲間も兄様の所に送ってしまった。もう伯爵を名乗る資格もないかもな。別に裏切り行為ってわけでもないから難しく考えてもいない」

「戻ろうと思えば、戻れるのか?」

「ああ」


 そう答えると、唇を尖らせる。


「何だよ。私にいなくなってほしいのか?」

「……ロゼは、俺と一緒にいたいのか?」

「なっ……」

「俺はいてほしいと思っている。隣にいて、一緒に生きてほしいよ。ロゼの色んなことを知りたい」

「ば、ばか。やめろ。やめろばか。こっぱずかしい台詞を吐くな」


 照れ顔で両手をぶんぶんと振って顔を隠すロゼが可愛らしく、ゾディアックは笑ってしまう。


「笑うなぁ!」

「ご、ごめん! だってロゼが可愛くて」

「~~~っ!! このばか!! 調子に乗るな!!」


 椅子から立ち上がり、軽めにロゼはゾディアックの胸元を叩く。


「ちょ、やめて、ロゼ。痛いって」

「うるさい! 死ね! 死んでしま……」


 言い終わる前に、ゾディアックは呻き声を上げて胸元を押さえる。

 すると、血相を変えたロゼが叩くのをやめる。


「ゾ、ゾディアック!? おいしっかりしろ! モナ呼んでくるからちょっと待って……」


 踵を返して出ていこうとしたロゼの手を引っ張る。


「ふわっ!?」


 ロゼの小さな体がゾディアックの上に乗る。軽いとは言えど、この傷ついた体に走る衝撃は中々に大きかった。

 だが、ゾディアックは笑っていた。それを見たロゼが、顔を真っ赤にして頬を膨らませる。


「騙したな。この性悪め……!」

「ごめん。ロゼを抱きしめたくなった」

「またお前は……はぁ」


 小さな手を握りしめる。ロゼはそれに目を向ける。


「本当に、痛くないか?」

「かなり痛かった。けど、今は大丈夫だよ」

「……それはそれで癪だな。あれは私の至高の一撃だったんだ。それを食らってその発言は少し悔しい」

「ロゼ」

「何だ」

「返事を聞いてない」

「むぅ……」


 口元をもごもごとさせ、意を決したように息を吸うと、ロゼの赤い瞳がゾディアックの青い瞳と重なる。


「私も、一緒に、いたい、です……」

「……何で敬語?」

「う、うるさい! これは緊張して……っていうか何でお前はそんな余裕たっぷりなんだ!」

「滅茶苦茶緊張しているんだけどなぁ」

「嘘つけ! お前絶対遊び……慣れ……て……」


 2人ははたと気づく。お互いの距離に。それはもう恋仲同士があることを行う距離と同等だった。顔が目の前にあり、言葉を発するために必要な口が、互いに触れそうになっている。


 沈黙。時間にすれば10秒もない。そして、どちらからともなく。


 唇を、合わせた。

 

 2人は目を閉じて、その感触を確かめる。両者初めての経験だった。いや、ロゼは一度行っているが、あの時とはまるで別の感触だった。

 欲情が胸中を渦巻く。ただ唇を押し付け合うだけの行為が、これほどまでに興奮し、安堵感を覚えるものだったとは知らなかった。


 これが、幸せ、というものなのだろうか。

 唇が離れ、2人は視線を交わす。


「ゾディアック」

「ん」

「……その」

「……うん」

「もっかい、しよ……?」


 再び押し付け合う。

 技術もへったくれもない、たどたどしいものだ。

 だが、それでよかった。2人はそれで幸せだった。


 再び離れる。

 ロゼの顔は明らかに紅潮しており、興奮を抑えきれていない。


「……して」

「……なにを?」

「……言わせるな、変態」

「言ってよ」

「……キス、して?」


 ゾディアックは左腕を動かし、ロゼの体を強く抱きしめる。

 勢いで再び口元が重なり、驚いたロゼは両目を強く瞑る。


「んっ! んぅ……」


 普段の態度からは絶対に聞けないような、可愛らしい声に興奮し、キスの勢いが増す。

 ロゼが酸素を取り込もうと口を開くと、そこに舌が入れられる。


「!!!?」


 両目を開き驚きを隠せないように呻き声が出るが、離れようとはしない。

 鋭い歯が舌を傷つけ、鋭い痛みが走るが、お構いなしだった。薄目を開けて、ロゼの様子を見る。

 ロゼは再び目を閉じそれを受け入れ、顔にかかっていた金髪を耳にかけていた。その動作はなんとも妖艶だった。


 完全に2人の世界に入り込んでいたため、周りの音など聞こえもしていない。

 荒い呼吸音が重なり、ロゼが唇を付け、お返しと言わんばかりに舌を入れた。


 その時ドアの扉が、開いた。


「あ、ロゼちゃんいる? 晩御飯何食べる? あとゾディちゃんも……」


 明るい声と綺麗な笑顔を貼り付けた、エプロン姿のモナが姿を見せる。

 ロゼとゾディアックは唇を押し付け合ったまま、両目を見開いてそちらを見る。


「……あらー」


 3人、動かず。

 まるで時が止まったような空間で、最初に動き始めたのはモナだった。


「……おばさん、お邪魔しちゃったかな?」


 頬に手を当て、ニヤニヤとした顔で2人を見る。


「……あ……あ」

「………」

 

 唇を離した2人は、声にならない声を発する。


「1、2時間後くらいにまた来るから。ごゆっくり……」


 口元を両手で隠しながら楽しそうに言って、モナが部屋を出た瞬間。


「死ね!! この変態!!」

「えええええっ!!!?」


 ロゼの鉄拳が、ゾディアックの頬を抉った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ