第62話「もっかい、しよ……?」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
私の目の前に、炭と化した冒険者の死体が転がっている。
全部で6人。その中には、勇者の証を持つ冒険者もいた。我が命を燃やして放った一撃は、冒険者達を焼き尽くした。
だが、胸元に刺さった剣のせいで、徐々に弱っていっているのがわかる。天に与えられたこの時間で、私はこの世から消え失せる決意を固めなければならない。
もう生きている意味はない。仲間達は冒険者達の手にかかって死に、妻を殺され身籠っていた赤ん坊も殺されてしまった。僅かな兵と民だけは、生き残れるかもしれない。
今回の戦いは魔族側の勝利と言えるだろう。
だが、これから人間達との溝は深まるばかりだ。また戦争になる。自分はもうすぐ尽き果てる。次の魔王候補達は、血気盛んな連中ばかりだ。和平という腑抜けた文字は、天地がひっくり返ってもあの者達の口からは出ないだろう。
死んだら天国とやらに行けるのだろうか。魔王の私も、行けるのだろうか。
少しだけ期待しながら、玉座に座り、目を閉じる。このまま城は崩れ、私は瓦礫の下敷きになるだろう。
惨めな死に様とは思わない。ただ願うのであれば。
もう少し、穏やかに死にたかった。
それだけだった。
♢◆♢◆♢◆
驚くほど鮮明に流れていた映像が、途絶える。代わりに、ぼんやりとした光が見えてきたと思うと、ゾディアックはゆっくりと瞼を開けた。
ぼやける視界、右側は真っ暗であるため、左目だけで天井を見つめる。
木で出来た、何処かで見たことのある天井だった。
頭に鈍痛が走る。いったい、自分はここで何をしているのだろうか。
ゾディアックは冷静に今までの出来事を思い出す。
ゾディアック・ヴォルクス。年齢は21歳。まともな教育を受けておらず、10歳で冒険者になり、Jランクにまで登りつめ、実力者と評されている。
そうだ、自分は冒険者だ。ある仕事を請け負って、デスタンの村まで来た。そしてある魔物を討伐するために古城を……。
古城……。
「ロゼ!!」
艶やかな金髪と黒いゴシックドレスを着た、少女の後ろ姿を思い出したゾディアックは、絶叫するように名を呼んで飛び起きる。
直後、激痛が走る。痛みで胸元を押さえ首を垂れていると、部屋の扉が開く。
「ゾディちゃん!! 目が覚めたのね!!」
両手にゾディアックの着替えを持ったモナが、ほっとしたような顔になる。
ゾディアックは胸元を握りしめたまま、片目でモナを見る。
「モナ、さん。何で俺、ここに」
「ああ、起きちゃダメよ! 知り合いの白魔道士さんは2日間は絶対安静だって言っていたし、とりあえず安静にしなさい!」
着替えを棚の上に置いてゾディアックの両肩を押す。女性の細腕からの力は弱々しかったが、かえってそれがゾディアックを冷静にさせた。その力を借りるように上体を下げていく。
モナは息を吐いて腰に手を当てる。
「それだけ元気があれば大丈夫そうね。心配して損したかも」
「モナさん、俺、何でここに」
「昨日血塗れで、あなた運ばれてきたのよ。もう村中大騒ぎ」
「運ばれて?」
その時の記憶はない。ロゼに告白して気絶したまではまだ覚えているが。
そうだ、と口を動かしてモナに問う。
「モナさん、俺を運んだ人は?」
「ああ、あの可愛らしい金髪の女の子?」
「そう!」
やはりロゼが運んでくれたのだ。嬉しく思うと同時に焦りの表情を浮かべる。村の中は冒険者だらけだ。優秀な魔道士がアナライズしたら、吸血鬼のロゼは一発で素性がバレてしまう。
「その子は今何処に?」
「あの子なら……」
モナが答えようとした時だった。部屋の扉が開き、少女が姿を見せる。
「モナー。洗濯物全部取り込んでおいたぞ」
「あ、ロゼちゃん。ご苦労様」
「? 何だ、嬉しそうな顔して……」
疑問符を浮かべていたロゼは、ベッドに目を移す。
ゾディアックと目が合い、徐々に赤い目が大きくなっていく。
「……ロゼ」
呟いたと同時だった。
ロゼはゾディアックに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「ゾディアック!! よかった、目が覚めたんだな。何処か痛くないか。お腹減ってないか? 体調悪くないか? すぐにそこら辺にいる白魔道士誘拐してくるからちょっと待って……」
「お、おう、おう?」
目の前に広がるロゼの顔を見て、ゾディアックが瞳を激しく動かす。
「はいはい、落ち着いてロゼちゃん」
手を叩いてモナが制すると、ロゼがギロリとそちらを睨む。
「そんな怖い顔で睨まないの。私の前でキスでもするつもり?」
「え?」
呆けたような顔になり、ゾディアックに視線を映す。2人の距離は唇が触れそうなほど近かった。
「……っ!!?」
顔を真っ赤にしたロゼは、ゾディアックの顔に拳を叩き込んだ。
♢◆♢◆♢◆
「……まぁ、元気になってよかった。あはは」
「うん、さっきまた死にかけたけどな」
ベッドにあおむけで寝ているゾディアックは、頬を腫らした顔でムッとする。
椅子に座っているロゼは気まずそうに視線を逸らす。
「さっき来た白魔道士の人怒ってたよ。「何で怪我増えてるんですか!」って」
「め、面目ない……」
ロゼの一撃を食らって昏倒した後、ゾディアックを回復させた白魔道士が訪れた。高齢だったが、纏う雰囲気はまさにベテランといった感じだった。
軽い受け答えと魔力の回復、それと記憶障害がないかどうかのチェックを受けて、特に異常が見当たらないという結果になった。
砕けた右腕だけは、まだ満足に動かせない。長く見て一週間は骨がくっつかないらしい。定期的に魔力を送り込み、自己修復を促したり、回復魔法を使用するのがいいだろうとアドバイスをもらった。
「ロゼは、ここにいて平気なのか?」
疑問に思っていたことを口に出す。冒険者が大勢いるこの場所は、ロゼにとってモンスターハウスに等しいはずだ。
「最初は顔馴染みが何人か手を貸してくれて、私の素性を看破されずにすんだ」
「顔馴染みがいたのか……」
「そしたら、その後冒険者達が一斉に逃げ出してな。Jランクなんていう超実力者のお前がボロボロにされたのを見て、自分達じゃ手に負えないと思ったらしい。今この村にいるのは、極少数の冒険者と、村の老人達だけさ」
「そうか」
短く返事をして、安堵する。これでロゼが狙われる心配はない。
すると、ソワソワとした様子のロゼが話しかける。
「なぁ、ゾディアック」
「ん?」
「その、私を好きってことなんだけどさ……」
ゾディアックは布団をかぶる。
「な!! 逃げるな!!」
「うぉおおお……今になって凄く恥ずかしくなってきた」
「馬鹿かお前! 男らしく告白したんだから堂々としろ! まったく……せっかくかっこよかったのに」
「かっこよかった?」
「へ!? あ、ああ……えっと……うん……」
沈黙が流れる。気まずくはなく、何処か甘酸っぱい雰囲気に包まれる。
「……好きだよ、ロゼ」
「う」
「本気だ」
「本気か? 一応言っておくけど、私と一緒にいたらお前、もうまともに冒険者続けられないかもしれないぞ。旅だって出来ない」
「元から目的のない旅をしていたんだ。もしロゼと一緒にいられるなら……そうだな。何処かに腰を落ち着けて、細々と冒険者をやるのもいいかもしれない」
真剣な眼差しに、ロゼの微笑む姿が映る。
「馬鹿だなぁ、お前。吸血鬼に惚れる冒険者がいるかよ」
「ここにいる。そう言えば、ロゼは?」
「え? ああ。私はお前と一緒にいても、もういい立場になったよ。自分の城を放棄して、仲間も兄様の所に送ってしまった。もう伯爵を名乗る資格もないかもな。別に裏切り行為ってわけでもないから難しく考えてもいない」
「戻ろうと思えば、戻れるのか?」
「ああ」
そう答えると、唇を尖らせる。
「何だよ。私にいなくなってほしいのか?」
「……ロゼは、俺と一緒にいたいのか?」
「なっ……」
「俺はいてほしいと思っている。隣にいて、一緒に生きてほしいよ。ロゼの色んなことを知りたい」
「ば、ばか。やめろ。やめろばか。こっぱずかしい台詞を吐くな」
照れ顔で両手をぶんぶんと振って顔を隠すロゼが可愛らしく、ゾディアックは笑ってしまう。
「笑うなぁ!」
「ご、ごめん! だってロゼが可愛くて」
「~~~っ!! このばか!! 調子に乗るな!!」
椅子から立ち上がり、軽めにロゼはゾディアックの胸元を叩く。
「ちょ、やめて、ロゼ。痛いって」
「うるさい! 死ね! 死んでしま……」
言い終わる前に、ゾディアックは呻き声を上げて胸元を押さえる。
すると、血相を変えたロゼが叩くのをやめる。
「ゾ、ゾディアック!? おいしっかりしろ! モナ呼んでくるからちょっと待って……」
踵を返して出ていこうとしたロゼの手を引っ張る。
「ふわっ!?」
ロゼの小さな体がゾディアックの上に乗る。軽いとは言えど、この傷ついた体に走る衝撃は中々に大きかった。
だが、ゾディアックは笑っていた。それを見たロゼが、顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「騙したな。この性悪め……!」
「ごめん。ロゼを抱きしめたくなった」
「またお前は……はぁ」
小さな手を握りしめる。ロゼはそれに目を向ける。
「本当に、痛くないか?」
「かなり痛かった。けど、今は大丈夫だよ」
「……それはそれで癪だな。あれは私の至高の一撃だったんだ。それを食らってその発言は少し悔しい」
「ロゼ」
「何だ」
「返事を聞いてない」
「むぅ……」
口元をもごもごとさせ、意を決したように息を吸うと、ロゼの赤い瞳がゾディアックの青い瞳と重なる。
「私も、一緒に、いたい、です……」
「……何で敬語?」
「う、うるさい! これは緊張して……っていうか何でお前はそんな余裕たっぷりなんだ!」
「滅茶苦茶緊張しているんだけどなぁ」
「嘘つけ! お前絶対遊び……慣れ……て……」
2人ははたと気づく。お互いの距離に。それはもう恋仲同士があることを行う距離と同等だった。顔が目の前にあり、言葉を発するために必要な口が、互いに触れそうになっている。
沈黙。時間にすれば10秒もない。そして、どちらからともなく。
唇を、合わせた。
2人は目を閉じて、その感触を確かめる。両者初めての経験だった。いや、ロゼは一度行っているが、あの時とはまるで別の感触だった。
欲情が胸中を渦巻く。ただ唇を押し付け合うだけの行為が、これほどまでに興奮し、安堵感を覚えるものだったとは知らなかった。
これが、幸せ、というものなのだろうか。
唇が離れ、2人は視線を交わす。
「ゾディアック」
「ん」
「……その」
「……うん」
「もっかい、しよ……?」
再び押し付け合う。
技術もへったくれもない、たどたどしいものだ。
だが、それでよかった。2人はそれで幸せだった。
再び離れる。
ロゼの顔は明らかに紅潮しており、興奮を抑えきれていない。
「……して」
「……なにを?」
「……言わせるな、変態」
「言ってよ」
「……キス、して?」
ゾディアックは左腕を動かし、ロゼの体を強く抱きしめる。
勢いで再び口元が重なり、驚いたロゼは両目を強く瞑る。
「んっ! んぅ……」
普段の態度からは絶対に聞けないような、可愛らしい声に興奮し、キスの勢いが増す。
ロゼが酸素を取り込もうと口を開くと、そこに舌が入れられる。
「!!!?」
両目を開き驚きを隠せないように呻き声が出るが、離れようとはしない。
鋭い歯が舌を傷つけ、鋭い痛みが走るが、お構いなしだった。薄目を開けて、ロゼの様子を見る。
ロゼは再び目を閉じそれを受け入れ、顔にかかっていた金髪を耳にかけていた。その動作はなんとも妖艶だった。
完全に2人の世界に入り込んでいたため、周りの音など聞こえもしていない。
荒い呼吸音が重なり、ロゼが唇を付け、お返しと言わんばかりに舌を入れた。
その時ドアの扉が、開いた。
「あ、ロゼちゃんいる? 晩御飯何食べる? あとゾディちゃんも……」
明るい声と綺麗な笑顔を貼り付けた、エプロン姿のモナが姿を見せる。
ロゼとゾディアックは唇を押し付け合ったまま、両目を見開いてそちらを見る。
「……あらー」
3人、動かず。
まるで時が止まったような空間で、最初に動き始めたのはモナだった。
「……おばさん、お邪魔しちゃったかな?」
頬に手を当て、ニヤニヤとした顔で2人を見る。
「……あ……あ」
「………」
唇を離した2人は、声にならない声を発する。
「1、2時間後くらいにまた来るから。ごゆっくり……」
口元を両手で隠しながら楽しそうに言って、モナが部屋を出た瞬間。
「死ね!! この変態!!」
「えええええっ!!!?」
ロゼの鉄拳が、ゾディアックの頬を抉った。




