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第52話「出来損ないの力を、思い知れ!!」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 インプの服装は、人間(ノンプア)とほぼ同じである。ほぼと付いているのは、作られている素材が違うせいだ。人間の方は麻(リネン)や綿(コットン)といった素材に対し、インプは自分の魔力を素材として服を疑似的に生成している。


 たった今、ロゼが背中を切り裂いたインプが着てる服も、魔力で作られたものだった。可愛らしい少し丈が短いグレーのワンピース。チラと見える脇や、膝から上の素肌が扇情的であり、これに興奮する男は多いだろう。


 ロゼは確かな手応えを感じていた。服を切り裂き、皮膚を抉る感触が伝わっていた。しかし、血は一滴も流れてなく、そのまま切り裂くことが出来なかった。


「甘いわね、伯爵!!」


 ロゼが手を引くのと同時に、振り返りつつ腕を振り被る。


「私はずっと待っていたのよ! この時を!! 純血の吸血鬼を屠る時を!!」


 鋸の刃のように、歪んだ銀の爪が胴体に迫り、体を横にして避ける。

 その後、後退して距離を取ろうとするロゼを追うインプは、十指の爪を乱雑に振り始める。間に玉座を挟むと、爪によって粉々に砕かれる。


「なんてことをするんだ。兄様からの贈り物なのに」

「椅子の心配するなんて、随分と余裕じゃない!!」


 相手が腕を振り上げて飛びかかってくるのを見ていると、背に窓が当たる。

 舌打ちして横に飛び、攻撃をやり過ごす。インプの一撃は窓に当たり、辺りに硝子片を撒き散らした。雨と風が砕けた窓を突き破って一気に室内に入り、熱くなっているインプの顔に当たる。


 ロゼが右手に魔力を込め、魔法による牽制を行おうとする。

 それと同時に、インプも可視化する程の高密度な魔力を手の平に練り上げ、巨大な火球を作る。ロゼよりも早く生成した手のひらサイズの火球を握り締め、剛速球をロゼに投げる。


 火球を止めるために腕を振る。空気が振動し、人ひとりは潰せるほどの大きさを持った氷球がロゼの前に現れ、勢いよく射出される。それは床を凍らせながら火球と衝突する。

 相殺すると思っていたロゼは目を見開く。火球の威力は全く落ちず、氷球は気体となって消え失せた。


 眉をひそめ、火球を避けると、派手な音を立てて壁に衝突し、周囲を紅蓮の炎で焦がした。

 何とか攻撃をやり過ごし、片膝をついて敵の位置を確認しようと顔を上げた時だった。

 既に目の前に、インプが迫っていた。両者同時に腕を振る。


 剣と剣がぶつかい合うような、甲高い音が鳴り響くと、ロゼは大きく仰け反る。

 力負けした。見た目は非力な少女であるにも関わらず、インプの力は上位の魔物以上だ。

 押し負けたことを自覚すると顔を歪め、返す刀でもう一度腕を振る。


 だが、インプの動作はロゼを圧倒していた。素早く足に魔力を込めると跳躍し、ロゼに顔面目掛けて蹴り上げを行う。

 足には青い稲妻が纏わりついている。瞬間的な身体能力強化を行い、威力を底上げしようという狙いだ。

 攻撃をしようと仕掛けているロゼは、そのカウンターを防ぐ術を持っていない。


「ふむ」


 手強い。


 まるで他人事のように嘆息し、冷静にそう思うと、顎に衝撃が走る。

 世界が反転し、一瞬の失神(ブラックアウト)を味わい、後方に大きく吹っ飛ぶ。


「出来損ないの力を、思い知れ!!」


 インプは雄叫びを上げると、爪を天に掲げてロゼに迫った。 


♢◆♢◆♢◆


 エントランスを抜け、階段を上がっている途中だった。

 上階から爆音が聞こえてくる。戦闘が始まっていることを知り、ゾディアックが駆け足で階段を上り終えると、道が3つに分かれていた。


「道はどれだ、ジャック」


 焦りが混じる声色で、後ろにいるジャックに問う。


「私が先導します。ただその前に、ひとつだけお願いが」


 前に出るジャックの背中を見る。


「何だ」

「魔物を仕留める時は、ロゼ様を巻きこまないよう、お願い致します」

「分かってる」

「ああ、それと」


 ジャックは振り向いて、ほくそ笑む。


「フラれても八つ当たりは厳禁です」

「……フラれること前提には話をするな」


 ジャックがカラカラと笑う。緊張が少し解れた気がした。

 その時、再び大きな音が響く。2人は表情を整え、廊下を進んでいった。


♢◆♢◆♢◆


 ロゼが吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 息を吐き出し体勢を整えるが、容赦のない追撃が迫りくる。

 火球を避け、インプの爪による攻撃を防ぎ、時に切られて吹き飛ぶ。致命的な一打は受けていないが、防戦一方であり、追い詰められるのは時間の問題であった。


 振り下ろされる爪に対し腕を十字に構えて防ぐ。だが、完全には防ぎきれず、皮膚に爪がめり込む。

 負けじとロゼが拳をインプの顔面に叩き込む。インプの首がガクンと後ろに倒れ、可動域ギリギリまで仰け反る。


 だが、インプの力は弱まらない。インプは歯を食いしばって、皮膚にめり込み続けている爪を思いっきり振り下ろす。

 鮮血が舞い、ロゼから苦痛の声が上がる。

 

 それを聞いて、インプが破顔する。

 勝てる。出来損ないと罵られてきた自分が、混血種という淘汰されるべきとまで言われた自分が、純血の吸血鬼伯爵に対し実力で圧倒している。


 声高らかに笑って目を向けると、蹲っているロゼが双眸に映る。真っ赤な血を滴らせながら、苦悶の表情を浮かべ腕を押さえている。

 好機と思うと、インプがロゼを掴もうと腕を伸ばす。抵抗されるものの、難なく美しく輝く金髪を掴み上げる。まるで流水のように美しく流れ、ツヤのある髪を握り潰し、勢いよく腕を振ってロゼを壁に向かって投げる。


 肉がぶつかる音が響く。

 受け身も取れず壁にぶつかり、床に突っ伏す。

 インプは追撃をしようと一気に距離を詰め、ロゼを足蹴にする。


「死ね! 死んでしまえ! 父さんと母さんの恨みを思い知れ!!」


 恨み言を叫びながらロゼの体を踏み続ける。痛みを堪える小さな声が、ロゼの口から漏れる。だが、それ以上の抵抗はなかった。

 足蹴にするのをやめ、鼻息を荒くしながら、ボロ雑巾のようになったロゼを見下ろす。

 もはや微塵も脅威を感じない。インプは勝利を確信していた。


「弱るフリのはずが、本当に弱っているなんて。あなた、間抜けな吸血鬼ね」


 小馬鹿にしながら腕を振り被る。処刑を行う刃のように、右手の五指を揃える。

 そして何の躊躇いもなく、ロゼの腹に爪を突き刺した。


 ロゼの叫び声が木霊する。

 インプは大笑いしながら勝利に酔いしれる。


「このまま血を吸い出して上げるわ! 混血種に血を吸われて死ぬ吸血鬼なんて、後世に語り継がれる笑い話になるわよ。光栄に思いなさい、あなたはそれの主人公になれるんだから。私に力を寄越して、無様に死ね!!」


 口元を歪めて、腹に突き刺した爪から血を吸い始める。あとはもう、ロゼが干からびていく様をゆっくりと眺めて待つだけだ。


 徐々に体内の血液に、別の血が混じっていく。血を同調させるために体の細胞が動き始める。すると、若干力が抜けていき、世界が揺れ始める。


 血を吸っているはずなのに、全然力が湧いてこない。

 世界が、揺れている。


「……あれ?」


 力が抜けていく。

 世界が揺れている。


「……あ、あれ?」


 インプは再び呆けたような声を出す。

 何故ならば、眼前に広がる世界が、大きく揺れ動いていたからだ。

 明らかにおかしな状態になっている。


 その違和感がなんなのか、決定的な答えは出なかったが、考え始めるにはもう遅かった。

 笑顔を浮かべていたインプは目を点にし、何が起きたのか必死に理解しようとする。顔から余裕が無くなっていく。


 まともな思考が出来なくなっており、体も言うことを聞かないらしく、爪を腹から抜こうにも腕が動かない。ただ血は吸い続けている。困惑していると、力無く膝が折れ、両膝をついてしまう。


「な、なんで? ……何、が……?」


 酸素が上手く取り込めない。掠れた呼吸音がいやに大きく聞こえてくる。

 ようやく爪を抜くことが出来たが、目の前がぼやけている。圧倒的優位に立っていたにも関わらず、インプは自分が蹲っているこの状況を理解出来なかった。


「ふぅ」


 ロゼが嘆息する。その声を聞いて、重い頭を動かし、何とか正面に目を向けると、ロゼは立ち上がって見下すような笑みを向けていた。

 まるで喜劇を見ているような薄っすらとした笑みには、殺意が混じっている。

 インプの霞む目に、何故かそれが鮮明に映った。


「絶対に血を吸ってくると思っていた。私の魔力を手に入れれば、確かに純血の吸血鬼に勝るとも劣らない実力を身につけることが出来るだろうしな」


 いつの間にか、状況は形勢逆転していた。

 服の汚れを手でゆっくりと払うと、ロゼが言い続ける。


「だから君に、わざと私の血をあげようと思ったんだ」

「わ、わざ、と……?」

「吸血鬼は全身が武器だ。自分の血を媒介に、武具や魔法を生成する。吸血すれば、吸い出した相手の力も少なからず手に入る。

 そこでだ。君に血を吸われる前に、血液を魔法で猛毒にした。これで、こっちの水は甘いと思った馬鹿は楽しそうに血を吸って、後から悶絶する、というわけだ」

「ば、馬鹿な……何を……! 自分の血液に、猛毒を……付与したら、体が……もたない!」


 青い顔で蹲りながら必死にそう声を出すと、上から鼻で笑われる声が聞こえた。


「そうだよ。だから慣らしたんだ。君と戦っている間に猛毒にな。確かに君は手強かったが、まぁそれくらいの余裕はあったよ」


 真っ青な顔に絶望の色が混じる。インプは「嘘よ」と口元だけを動かす。

 さて、と言って、ロゼはインプの首元に指を当てる。

 白い陶器のような指は、少し力を込めれば相手の息の根を止める武器になりえる。

 それに怯えるように、インプの荒い呼吸が止まり、肩が大きく跳ね上がった。


「お前、歳は?」

「……え?」

「少なくとも100は行っているだろう。長い間よく生きてこられたな。さっき言っていた父親と母親のおかげか」


 インプが鋭い視線を向けるが、あまり力は入っていない。

 毒が辛いのか、すぐに項垂れてしまう。


「お前達が、お父さんを……殺し、たんだ」

「父親が吸血鬼か。血と掟にはやたらと煩(うるさ)い一族だからな。君の父親もそれを承知でインプと番(つがい)になったんだろう?」

「だからって……お母さんも殺す、ことはなかった。お父さんは……お母さん、が、大好き……だったのに……」

「そこはどうでもいい。何で私を狙った」

「吸血鬼を……探しても、いない。全員が、姿を……隠している。……だから、魔物達の間で、有名に……なって、いた。お前を狙って、情報を聞き出して、殺そうとした……それで力をつけて、お父さんを殺した……吸血鬼、を、この手で……殺してっ……!!」


 拳を握り、怒りに震えるインプだったが、次の瞬間、激しく咳き込み、嘔吐する。

 吐瀉物の中には血も混じっていた。ロゼの血という名の猛毒が、順調に体を蝕んでいるのだろう。

 相手に万が一にも反撃させないよう、ロゼは話を続ける。


「悪いが、私は君の父を知らん。ずっとこの城に”閉じ込められているからな”」

「どういう……こと?」

「この城はな、牢獄なんだよ。私も中々の問題児でね。なまじ力があるから、伯爵という地位に着いてしまった。そのことをよく思わない連中がこれまた多くて。そのせいで何度も痛い思いをしてきたよ。頑張って抵抗した結果がこれさ。古城という名の、牢獄の主さ」


 インプから離れる。不自然な距離の取り方に、インプが狼狽する。


「ど、どこに……」

「安心しろ。君のことは忘れない。目的は一緒だ。ついでに願いを叶えよう」

「え?」

「私も、ある吸血鬼をぶっ殺したいのさ。だから、もし君の両親の仇を見つけたら、胸に杭打ち込んで、縊(くび)り殺してやる」


 そう言うと、ロゼは踵を返した。


「ただ君はここで終わりだ」


 その言葉を聞いた瞬間、インプの顔が恐怖で支配される。明らかな殺意を感じ取ってしまった。

 死にたくないという感情が沸き起こり、必死に声を出そうと嗚咽を漏らす。


「……ま、待って……!」

「私はトドメを刺さない。分かっているだろ? この世界で魔物を討伐するのは」


 玉座へと続く扉が開く。そこには吸血鬼のジャックと……


「冒険者と相場が決まっているのさ」


 漆黒の暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスが、大剣を肩に担いで立っていた。


 


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