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第46話「さらばだ、暗黒騎士」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 朝になろうとしていた。

 空が白んでいる。窓から景色を見ていたゾディアックの視線が後方に向く。


 ロゼが既に準備を整えていた。視線が合うと、鼻で笑われる。


「D.E.C.Kが現れるとはな。やれやれ。この国も色々と抱え込んでいるらしい」


 机に置かれている鏡の前に行き、髪を整えながらそう言った。


「国も、人間も……いや、違うか。この世界に生きている全ての者達は、何かを抱えている。お前もそうだろう、ゾディアック」

「……どういう意味だ」

「お前の中にいる奴さ。いつか話してみたいね」


 目を見開いた。コバルトブルーの目が爛々と輝いている。


「さぁ、行こう」


 ロゼは一瞥もくれず、鏡から視線を外した。

 歩き始める小さな背中に問いかけようと思ったが、頭を振って壁に立てかけてあるハルバードの柄を握った。


♢◆♢◆♢◆


 白んでいた空が明るくなっていく。鳥の短い鳴き声が周囲に木霊する。

 早朝とはいえ、既に道には疎らに人が歩いていた。大半は店の準備を行っている。今日が最終日であるため、気合いが入っているのだろう。


「3日もすれば飽きると思ったが、最後まで見たかったな」


 名残惜しそうに、屋台を準備する男女の集まりを見て、ロゼが呟く。


「今日は騎士団の演舞もあるらしい。騎士団のファンは多いから、もしかしたら、今までで一番の客入りになるかもしれない」


 メインストリートを歩いて行くと、出口の門が見えてくる。相も変わらず大きな門は、人がいないせいか余計に大きく、そして禍々しく見える。

 ロゼが門を見ながら鼻で笑う。


「なるほど。なら、さっさと出ていかないとな。特別項目、吸血鬼退治なんてされたらたまったもんじゃない」

「心外だな」


 その声は、目の前から発せられた。

 ”先程までは誰もいなかった場所に”、赤黒い鎧を着た騎士団団長、フォールン・アルバトロスが立っていた。


 既に剣を抜いており、切先を地面に刺すように押し当て、柄の上で両手を重ねている。

 強者の雰囲気、これから戦おうとしてもおかしくない。そんな空気がフォールンの周りを渦巻いていた。


「……透過幻影(インビジブル)でも使っていたのか?」

「まさか。そんな低級な魔法、使うまでもない。君達に気づかれないように移動することなど、私にとって呼吸をするに等しい行為だ」

「堂々と気持ち悪いことを言うじゃないかロン毛。丸坊主にしてやるぞ」


 ロゼの前に腕を出して静止させる。恨めしそうな顔を向けられるが、無視した。


「何か用でしょうか?」

「いや。せっかく手伝いをしてくれた冒険者様のお帰りだ。見送ろうと思ってね……不要だったかな?」


 ゾディアックはリリウムの言葉を思い出し、慎重に言葉を選ぶ。


「ありがとう、ございます。フォールン団長」

「うむ! こちらこそだ」


 それを聞くと、ロゼの手を引いてフォールンの横を通り過ぎようとする。


「壁。上には行ったかい?」


 すれ違う所で、足を止める。視線を向けずに頷く。


「気持ちいい場所だ。私のお気に入りなのだよ。ゾディアック、君とは仲良くなれそうだ」


 これ以上話すこともないと判断し、足早に門へと歩いて行く。


「また来るがいい。隣の子もだ。いつでも歓迎するぞ。この国で暴れさえしなければ、私はお前達に刃を向けないことを約束しよう」


 遠ざかっていく2つの背中にそう呼びかける。

 一度も振り向きはしなかったが、フォールンは満足そうに頷き、


「さらばだ、暗黒騎士」


 そう呟いて、視線を外した。


 絡みつくような視線が外されたのを感じたのは、門を抜けた直後だった。

 振り向くと、既にフォールンの姿はなく、閑散としたメインストリートが映るだけだった。


「くっそ。気持ち悪い奴だったな」


 ロゼが悪態をつく隣で、ゾディアックは自分の顎に手を当てる。


「……フォールン。あいつ……」


 気になることがあった。

 フォールンは、自分と同じ匂いがしたのだ。ということは恐らく、いや、ほぼ確実に持っているのだろう。


 もう1人の、自分を。

 強者たる自分の魂を。


 ゾディアックは、華やかな祭りをしていた場所とは思えない、不気味で暗く、恐ろしいメインストリートから視線を外せず、ロゼの手を力強く握り締めていた。


 それに対し、特に振り払う事も無く、逆に握り返す。

 2人はしばらくの間、大きくそびえ立つ壁に、見下ろされ続けた。


♢◆♢◆♢◆


「じゃあ、ここまでだな」


 テレポでデスタン村まで近づくとロゼがそう告げた。


「私は自分の城に帰るよ」

「俺が送って」

「やめておけ。他の冒険者に見られたら危ないだろう。心配するな」


 そう言って手が離れる。一瞬、両者の手が空を掴むように、名残惜しそうに少しだけ指先が動く。


「また、会おう。ロゼ」


 薄い笑みを蓄えたゾディアックの表情に対し、冷ややかな目線を送る。


「いいのか?」

「え?」

「今度は戦うぞ。全力で」

「……いいよ、それで。俺も全力で戦おう」


 フッと笑い、鋭く尖った犬歯を見せる。


「ああ。祭りは楽しかった。また会おう」


 そう言って、ロゼは黒い鴉のように空へ跳躍し、飛び去っていた。

 言いようのない寂しさを覚えながら、ゾディアックはデスタンの村へと入っていった。


♢◆♢◆♢◆


 宿屋に着くと待っていたのは、出迎えの言葉でも、他の冒険者達の罵声でもなく。

 モナの恐怖に引き攣った顔だった。


「ゾディちゃぁぁああああん!!」

「も、モナさん?」


 小走りでゾディアックに駆け寄ったモナは、腰に抱きついて見上げる。


「大丈夫!? 怪我してない!?」

「は、はい。特には」

「あーよかった。ゾディちゃんに何かあったらどうしようかと……」

「何かあったんですか」


 若干落ち着きを取り戻したモナは、まるで天に祈るように両手でひとつの拳を作り、視線をせわしなく動かしながら小声で呟く。


「例の謎の魔物による被害者。凄く増えたのよ。この3日……いえ、2日間で」


 ゾディアックの目が、鋭くなった。

 祭りの余韻に浸る暇もなく、モナから詳しい話を聞こうとし始めた。


♢◆♢◆♢◆


 時を同じくして、ロゼもまた、城の代理主であり警備を務めていたジャックから同じ話を聞かされた。


「騎士団にバレながらも御無事の生還、おめでとうございます。そして祝杯へ、と行きたいところですが、状況が状況です」

「……確かなのか?」

「ええ」


 ジャックは苦虫を嚙み潰したような顔を地面に向ける。


「城内の魔物、153体。全員が謎の魔物に襲われ……」

「なんということだ」


 ロゼはショックを受け、玉座に座ると額に手を当てて項垂れる。


「内、150体は食屍鬼(グール)

「は?」

「全員今日の朝復活しました」

「何だよ! 焦らせるな!」


 グールは特性上、死体であるため「死」という概念が欠如している。グールを完全に滅ぼすには肉体を灰にするか、ある特殊な武器で封印をしなければならない。

 敵はグールを襲ったはいいが、殺すまでは至らなかったダメージしか与えられなかったのだろう。


「全く。心配して損した」

「そんなことを仰いますな。全員痛い思いをしたのですから」

「あいつら痛覚死んでるだろ……。それで?」

「はい。残りは全てオーガ)です。全員が切られており、1体は干からびておりました」


 眉根を寄せて、瞼を閉じる。


「……ざけやがって」

「しかし、悪いことばかりではありません。やはり、と言っては何ですが、敵の主な活動時間は夜です。同族の可能性は非常に高いですぞ」

「なら……仕留めるしかないな」


 鋭い目線をジャックに向ける。


「私の仲間を傷つけたクソに決着をつけるぞ。ジャック」

「お嬢様。もう1つ問題が」

「何だ」

「人間達の被害も甚大らしく、激昂した者達がこの城の主が犯人だとしてこちらに向かおうとしているらしいです。村に潜伏中のインプからの情報でございます」


 舌打ちして頭を掻き毟る。金髪の髪が乱れるが、整えるのも億劫だ。


「まだ来ないよな」

「相手も準備があるでしょう」

「なら、今日の夜から作戦会議だ。明日は全員をエントランスに集めろ」

「承知いたしました」


 そう言って2人は玉座から出ていった。


「……」


 何者かの視線をしっかりと感じながら、ロゼは威風堂々と歩き、エントランスへと向かった。


♢◆♢◆♢◆


『10人以上は死んだらしいな』


 宿のベッドに腰かけていると、目の前に立っている漆黒の騎士が腕を組んでそう呟く。


『どうするんだ、止めるか?』

「今更無理だろ。誰も俺の話は聞かない」


 項垂れて、両手で作った拳を見つめる。


「冒険者達がロゼに会う前に、なんとか見つけ出して討伐するしかない」

『現実的じゃない』

「それでもやるしかないんだ。俺ならやれる」


 漆黒の騎士が肩を揺らす。


『何だ。やる気満々じゃないか。そんなにあの子が好きか。あの吸血鬼が大事か』

「……悪いか?」

『いいや。だが、人々を守る為にお前は冒険者になったんだろう? それを忘れるなよ』


 兜の奥が光ったような気がした。


『もしロゼが犯人だったら。お前、殺せるのか』

「……」

『覚悟を決めろ』

「分かってる」


 そう答えると、嘆息して騎士は闇に飲まれ消え去った。

 ゾディアックもそれ以上何も言わず、ただ黙って拳を見つめ続けた。

 

 明日中に見つけ出すしかない。ロゼが犯人じゃないことを証明するために。

 ロゼじゃない。それだけを信じ、両手に力を込めると、瞼を強く閉じた。

 


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