第45話「世界で一番好きなんだから、本当だ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「初めて王国に行った時、色々とありましたねぇ」
コーヒーが入ったコップを2つ運んできたロゼは、テーブルの上にコップを置き、ソファに腰を下ろす。灰色のソファは柔らかな弾力でそれを迎え入れる。
「浴衣、凄く似合ってた」
「ふふ。ありがとうございます」
ゾディアックの隣に座ったロゼはそう言うと、腕を絡めて体を押し当てる。
太い腕から伝わってくる柔らかな感触と、甘く、少し色っぽさが混ざる匂いがゾディアックの鼻腔をくすぐる。
「ロゼ」
「はい?」
「……すごい、いい匂いするから、ちょっと離れて」
抱きついただけでは終わらず、指と指が絡む。恋人繋ぎと俗に言われる形になると、満足そうな溜息が、ロゼの口から発せられる。
「……何ですか、嫌なんですか?」
「いや、そうじゃなくて、その」
「興奮しちゃいます?」
はにかむような笑みが向けられる。
問いかけには答えず、眉根を寄せて目を横に逸らす。
「顔、真っ赤ですよ」
「うるさい」
「可愛い」
ロゼは目の前にある頬に、唇を押し当てる。薄い桃色のそれが頬に触れると、ゾディアックは諦めたようにロゼを見据える。
「ビックリするんだけど」
「またまたぁ。期待してるくせに」
この小悪魔には勝てそうにないと思い、誤魔化すように微笑んでみせる。
「何笑ってるんですか」
「可愛いと思って」
「ばか」
そう言ってロゼは体を押し付けると、満足そうに笑みを浮かべる。
「ギルバニアの祭りは凄かったなぁ」
あれは、ある意味ではロゼとの最初のデートでもある。それを思い出して感慨深い気持ちになった。あそこまで多くの生きる者達が集い、笑いあっていたのを見るのは初めてだった。
「街も綺麗でしたし、宝石箱みたいな街だなと思いました」
「素敵な表現だな」
「サフィリアもいいですけど、ああいう街でデートしても楽しいでしょうね」
「新しい服買ってから行かないとな」
腕からロゼの頭が動く感触が伝わってくる。
「ただ、1日目だけは雰囲気が違いましたね」
「俺もそう思った。だからあの後、気になって調べてみたんだ。そしたら“屋台“が出たのはあれが2回目だったんだって」
「じゃあ最初からはなかったんですね」
「ああ。どうやら人間があれを企画したらしい。それも、異世界から来たんだと」
ロゼの目が見開かれる。
「それって、サフィリアで話題になっている、あの探偵と同じ?」
「恐らくは。ただ、屋台を考案した異世界人が「日本」とかいう場所から来たのかどうかは分からない」
「なるほど。でも、屋台は嫌いじゃないですね」
「キャラバンの露店と大差ないしな。あれ」
何も持っていない方の手で、ロゼの頭を撫でる。嬉しそうな声が返ってくる。金色に輝く美しい髪を手櫛で梳く。滑らかでサラサラとしている。
「ありえないなぁ」
「はい?」
「最初殺し合いしていた仲だとは思えない。俺達」
「……今となってはいい思い出ですよ!」
「俺の裸も?」
「あの時は不可抗力でした。今見ても全然平気ですよ」
ゾディアックはワザとらしく肩をすくめる。
「花火」
「ん?」
「花火、凄かったですね。あれは今でもすぐに思い出せます」
「そうだな」
「サフィリアでも毎年キャラバンの大出店が行われる日には、花火が上がるようになったのは嬉しかったです」
ギルバニアの祭りはかなり評判が良く、特に花火は一番の目玉である。訪れた人々の反応は上々であり、各国にその存在は知れ渡っている。それに影響されサフィリアでも「俺達も決まった日に花火を打ち上げよう」という話がキャラバンから上がり始め、ついには許可された。
キャラバン達が自分達お手製の花火を打ち上げ、芸術点を競い合う催しは見ていて面白い。中には魔法を混ぜたド派手な物も存在する。
「最初は驚きました」
「花火に?」
「花火もですけど、あれが魔法じゃないなんて」
ずっと花火は魔法だと思っていたロゼにとって、人の手で作られている物と知った時は、少しだけ落胆した。もし魔法だったら、自分でも使ってみたいと思っていたらしい。
「正しい知識を持った上で、経験を積んだ者でないと作れないらしいです。見るだけにしておけってことですかね」
「そうだな。でも、俺は花火を魔法だと思う。誰も傷つけずに人を魅了するあの大きな花は、立派な魔法だよ」
ロゼは破顔する。
「ちょっとロマンチストですね、ゾディアック様」
「恥ずかしくなってきた」
「いいじゃないですか。もっと言ってください」
ロゼの声が弾む。コロコロと表情を変えるため、見ていて飽きない。ふわりと浮く金髪の毛先をゾディアックは指先で掴むと弄び始める。ロゼは何も言わない。それを幸せに感じているからだ。
「そういえば」と唐突にゾディアックは呟く。
「リリウム副団長、元気かな?」
「……は?」
「ほら。一応俺達に警告してくれたし、味方だったからさ。1年、いや、2年近く会ってないしお礼したいなと」
そこまで言った瞬間、ロゼが胸元を掴み、自分の方にゾディアックを引き寄せた。突然生じた視界の動きに困惑し、首に何か柔らかいものが触れたせいで、さらに困惑した。
「ロ、ロゼ?」
首筋にキスをしたロゼが、柳眉を逆立ててゾディアックを睨む。真紅の瞳は怒りを表しているかのように光っている。
「……私がいるのに、他の女の話をするなよ」
拗ねたような声が発せられる。首に顔を埋めたままであるため、くぐもっていたが、ハッキリと聞き取れた。
「悪かったよロゼ」
腰に手を回すと、わざとらしい溜息がロゼの口から零れる。
「あーあ、ゾディアック様は私よりあっちの方がいいんですかそうですか」
「ロゼ」
「身長高いスレンダーな美人がいいですか。吸血鬼よりD.E.C.Kですか。そうですかそうですか」
ゾディアックは声を押し殺して肩を揺らす。
「笑うなぁ!」
「ロゼがそんなに拗ねるから……」
「だ、だって。あの人綺麗でしたし、大人びた人の方が好きなら勝ち目ないじゃないですか……」
若干声が震えていた。
「それはないな。だって俺が一番好きなのはロゼだ。絶世の美女が現れてもロゼには勝てない」
「……本当ですか?」
「ああ。世界で一番好きなんだから、本当だ」
今度はロゼが肩を揺らした。くぐもった笑い声が聞こえる。
「……ロゼ」
目元を擦って笑った顔を見せる。
「凄い台詞ですね。言ってて恥ずかしくないんですか?」
「意外とロマンチックなこと言ったと思ってるから、凄く恥ずかしい」
「全然ロマンチックじゃないですよ」
首から離れ、深紅の瞳が覗き込むようにゾディアックを見つめる。両者共に、ほんのり赤くなった顔を見つめ合う。
そして、ロゼはゾディアックに跨ると笑みを浮かべ、白い歯を見せた。
「大好き」
唇を重ねる。2人の体が密着する。
押し付けるような口付けだった。口の端から小さく、それでいて可愛らしい声が漏れる。それがたまらなく愛おしくなったゾディアックは、ロゼを強く抱きしめた。小さな口から嬌声が零れ落ちる。
数十秒後、顔が離れ、先程よりもずっと近くなった顔を見つめ合う。ゾディアックは見上げる形で、頬を朱に染めるロゼを見据える。
「……舌入れようとしましたね」
少し乱れた呼吸で悔しそうに言う。
「駄目だったか?」
「別にいいですけど、私歯が鋭いので、ゾディアック様の舌が切れちゃうじゃないですか。私からやった方が安全です」
「してくれるのか?」
「もちろん! 口技に関しては私の右に出る者はいません!」
力強くそう言い放つ。それがおかしく、ゾディアックは口角を上げる。
「だから、私だけ見ていてくださいね」
そう言って、体重をゾディアックに預けると、自然と唇がぶつかる。
先程よりも早く離れると、額と額をくっつけ合う。
「……昔の喧嘩は凄かったなぁ」
「喧嘩というか戦いというか。私がゾディアック様と一緒に生きる決心をした時が、一番凄かったですね」
少し首を前に出せば、唇が触れる距離で喋り続ける。浅黒い肌に、金色の髪が触れる。
「あの時死にかけたからな。俺」
「私に酷いこと言うからですよ。ゾディアック様」
「なんて言ったっけ? 確か……」
2人は密着しながら、再び昔話を始めた。




