第44話「D.E.C.K」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
リリウムは国を守る特記戦力の副団長……つまり2番目に腕の立つ団員であるため、国中に顔が広まっている。
騎士団としての活躍もまたギルバニアだけでなく、各国に及ぶほどであり、こういった祭りの日では有名人のような扱いを受けている。
そのため、夜とは言えまだ人通りが多いメインストリートを避けながら、リリウムは宿に向かっていた。
服装も鎧ではなく、ふんわりとした膝下丈のボルドーカラーのフレアスカートにブラックのブラウスという、長身に見合った服装で目立たないようにしていた。
人目をかいくぐり、目的地に辿り着く。
近くから騎士団の目線を感じながら、リリウムは宿の中に入る。
広々としたホールで周囲を見渡していると、受付の男性がリリウムを捉え、顔を真っ青にすると、慌てた様子でカウンターから出てくる。
「こ、これはこれは。リリウム・ハーツ副団長。その恰好はいったい?」
「……私服だと何か問題でも?」
男性は激しく頭を振って否定を示す。
「とんでもございません! な、何かこの宿に問題でも?」
明らかに焦りの色を見せている男の、胸元にあるネームプレートを見る。
パースというらしい。この宿の受付係、金色のプレートを見る限り、フロントの統括を務めているのだろう。黒のスーツにワックスをつけたオールバックの髪、中肉中背、年齢は40くらいに見える。目が細く、顔が丸い。
汗が浮かび上がる額をハンカチで拭い、人当たりの良い笑顔を見せている。
「驚かせてすいません。ここで流血沙汰を起こそうというわけではないのです」
「そうなのですか」
パースはホッと胸を撫で下ろす。
「いやぁ、”人が散らばると”掃除が大変でございまして。となると、ご用件は」
「……友達と約束をしていてね」
「なるほど、ご友人が」
嘘を吐いたリリウムは悠然と返事をする。
「お名前をお聞きしても? 係りの者に案内させます」
「ゾディアック・ヴォルクスが連れて行った、女性の友人だ」
細かった目が少しだけ見開かれると、パースは頭を下げて、受付に指示を出し始めた。
♢◆♢◆♢◆
案内された部屋の扉をノックする。受付から、既に話は飛んでいるため、すんなりと扉が開いた。
「あ……り、リリウム、さん」
ゾディアックが姿を見せた。
呼吸が乱れており、汗を大量にかいている。
目を丸くしたリリウムの目線が、室内に行く。激しい呼吸を繰り返す女性の息遣いが聞こえてきた。
顔に、熱が帯びるのを感じる。
「……お、お邪魔のようですね。2時間後にまた来ます」
「ち、ちが、違います!! 誤解です、これは!」
「い、いや、無理でしょ。どう見たってあれじゃないですか」
「と、とりあえず中に」
「入れるわけないでしょ! 馬鹿じゃないですか!?」
「だ、大丈夫です。むしろ、見て欲しいというか」
リリウムを眩暈が襲った。世界が揺れる。別に他人の"行為"にあれこれ言うわけも無いし、空気も読めると思っていたリリウムだったが、「見て欲しい」という普通に考えればありえない願いに、言葉を失ってしまう。
世界は、乱れている。
「大丈夫です、その……手伝ってほしいというか」
「正気か!!!!???? いやちょっと意味が、本当に意味が分からない!」
「し、静かにした方が……」
ぐっと息を呑む。
ギャアギャアと騒いでいると、部屋から他の宿泊客が出てきてしまうかもしれない。お忍びで男と出会っているとしたら、騎士団の沽券に関わる。
リリウムは覚悟を決めて室内に足を踏み入れた。
♢◆♢◆♢◆
「は? 激辛料理?」
室内の椅子に座ったリリウムは目を丸くしながら、ベッドに腰かけているロゼの説明を聞く。
「宿に戻る途中で激辛ラーメン? とか売っている店があってな。興味が湧いて食べてみたんだ」
「ちなみに特盛」
「な、何故一番量が多い物を……」
「そしたらもう全然食えない。口の中痛くてヒリヒリするんだ。ゾディアックなんて回復魔法を使いながら食べても、全然減らないし……」
「面目ない」
ロゼは汗をタオルで拭う。
リリウムの顔から熱が引いていく。別の意味で赤くなりそうだった。
ロゼがテーブルの上に乗ったラーメンをリリウムの前に差し出す。
「食べてくれ」
「……まぁ、お腹減ってましたし、辛いの平気なんでいいですけど」
箸を手に取りながらゾディアックに目を向ける。
「用があったのでは? 監視を通じて私を呼び出すとは、余程のことだと思うのですが」
ゾディアックがロゼに目で合図する。ロゼが頷いて、口を開く。
「この国、ある殺人事件が往来してないか?」
「事件が絶えることはないです。もっと具体的な内容を求めます……毒は入ってなさそうですね」
麺を取りながら話を続ける。
「剣で殺されている。それと、まるで血を吸われたような死体になっていないか。お前私の正体に気づいているんだろ?」
「吸血鬼事件」
麺を啜る。一気に刺すような辛みが押し寄せ、舌を刺激する。普通ならこれで悶絶するのだが、リリウムは眉一つ動かさず口に運び、飲み込む。
「辛くは」
「平気ですよ。水も結構です」
ゾディアックの申し出を断り、再び箸を動かす。
「吸血鬼事件の話ですね。複数の犠牲者が出ており、生存者はおりません。騎士団の中からも被害者が出ておりまして。こちらとしても、かなり憎く、そして危険な相手ではあると判断しています」
「血を吸われていたのか?」
「ええ。ゴッソリと。まさか国の中に吸血鬼を入れてしまうとは、一生の不覚です。遺体も酷いもので、人々は恐れ震えあがっています。まぁ、あれなら蘇生は出来ない」
「蘇生?」
「いえ、何でもありません」
喉を鳴らして頭を振ると、リリウムは二口目に突入する。
「最初に言っておくと、私じゃない。私は犯人を捜しに来たんだ。ゾディアックとは成り行きだった」
「それで?」
「情報が欲しい。もし吸血鬼なら私の手で葬りたい。同族のケジメは同族で」
「ふざけるな」
声色が突然変わったため、ゾディアックとロゼは目を見開く。
リリウムの持っていた箸が静かに置かれ、怒気の混じる瞳を2人に向ける。
「今回……そう、ロゼさん。いや、ロゼ。あなたに手伝いを求めたのは、あなたの疑いを晴らすこと。この事件の主犯かどうかを見極めることでした。結果として、あなたは安全だと判断しました」
「なら」
「ですが、吸血鬼であることには変わりないです。騎士団は魔物を憎む者が多く、この街が好きな人達ばかりです。吸血鬼同士の争いをこの国の中で起こすわけにはいかない」
ティッシュで口の周りを拭く。上品な仕草だ。そしてそれを捨てると、悠然とした態度で喋り続ける。
「あなたはこの国にいる限り”敵”なんですよ、ロゼ。敵に国の情報を渡しますか? 重ねて言いますが、今回は特別だったんです。なので、これ以上情報に関しても事件に関しても首を突っ込まないように。それとゾディアックさん」
目を、腕を組んで立っているゾディアックに向ける。
「吸血鬼と一緒にいる冒険者という時点で、あなたに対する警戒心は強いです。なので、あなたも同様です。敵とまでは言いませんが、味方でもありません。どうか今日は素敵な夜を過ごし、明日になったらさっさと帰ってください」
立ち上がり、再び2人に目を向ける。
「この事件は、騎士団が解決します。それでは」
踵を返し部屋を出ていこうとする。
「待った」
ゾディアックの声が背中にかかる。
「……まだ何か?」
立ち止まり、背中を向けたまま声を出す。
「どうしてもひとつ聞きたい」
「どうぞ」
「敵だと明確に言っている相手がいるのに、どうしてあなたはここに来た?」
「……おふたりが犯人だったら、私が決着をつけようと」
「だとしたらもっと護衛を呼ぶべきなんじゃ」
「見くびらないで欲しいですね。ゾディアック・ヴォルクス……私は、強いですよ」
そう言って、腕を上げて指を見せた。
ゾディアックは目を細めて、リリウムの指についたアクセサリーを見る。
蒼く光る、リング。リリウムが魔力を注いでから出てきたアクセサリーだ。何か、異様な雰囲気を醸し出している。不気味な魔力を流している。
それを、ゾディアックは知っている。
それがなんなのか理解した瞬間、戦慄した。
「……D.E.C.Kなのか、お前」
「……はぁっ!!?」
声を荒げたロゼがゾディアックの隣に立ち、同じくアクセサリーを見る。
「嘘だろ……」
「……失礼します」
ロゼの口から零れた言葉を無視し、リリウムは部屋から出ていった。
何故か、その背中は寂しそうであった。
部屋に沈黙が流れる。2人はしばらく呆然としていた。
先に口を開いたのはロゼだった。
「ははは……本当城から出てみるもんだ。何が敵だよ……あいつの方は、言うなれば”この世界全員の敵”じゃないか……!!」
ロゼの声は震えていた。
ゾディアックは、何も言えなかった。
徐々に、夜は更けていった。
♢◆♢◆♢◆
D.E.C.K。
オーディファル大陸には様々な生物が存在する。
その生物達の中で最も強く、最も恐ろしい、特別な力を身につけた生き物を、畏怖の念を込めてこう呼んでいる。
その力は神に匹敵するとも言われ……。
”初代魔王、ゾディアックを殺した力”でもある。




