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第35話「で? 誰を殺せばいい?」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 ギルバニア王国はオーディファル大陸内で一番大きな国であり、様々な人種が入り乱れて暮らしを営んでいる。

 人間(ノンプア)、亜人、果てには魔物まで。

 移民を受け入れない体制を築いているにも関わらず、国内の生活事情はかなり混沌と化している。


 そして、いくら移民を受け入れないと豪語していても、周りの国々から向けられる厳しい目は無視できない。移民の受け入れ事情に関しては、各国積極的に取り組んでいるにも関わらず、ギルバニアだけは消極的過ぎた。最強の武力と最高の国土を誇る国だからと言って、他国と(いさか)いを起こす訳にはいかない。


 そういった物の対策として行われているのが、年に2回開催される「ヴレント・フェスティン」と呼ばれる祭りである。

 祭りを行うだけで、国外からはいい顔をされるようになったが、国内の反応は芳しくない。祭りが行われるたびに、街の情景が変わるからだ。

 国外の者達を爪弾きにする為か、スパイ対策か、種族間での争いが激増している影響か、それとも不法入国してきた移民が居座っているせいか、騎士団の不穏な空気のせいか。

 兎にも角にも、混沌とした国なのだ。


 ギルバニアにて、表向きは冒険者として活動している技巧者(メカニック)のラルドは、もう何度目かも分からないほど、ギルバニア国内の地図を書き直している。裏の仕事を円滑に進めるには、正確な地図が不可欠だ。が、面倒くさいのが正直なところだ。

 ラルドは何度も辞めようと思った。だがこうした地道な努力の成果を、裏稼業ではハッキリと感じることが出来るため、嫌いではなかった。


 下級層だけ描かれている地図を見る。ここだけでも面積が広い。人種も様々であるため、道も様々である。

 メインストリートは祭りということもあり、いつも以上に騎士団が目を光らせているため、当然通らない。空は論外。地下は亜人の巣窟であるため除外。消去法で裏路地を使うしかない。


 当然馬鹿正直に裏路地を通ったら、この国を守る騎士団に目を付けられて人生が終わりを迎えてしまう。

 それを避けるために、細かな地図を作成し、使われなくなった建物や小道、道を潰して作ろうとしている建物の工事現場等の位置を把握している。

 多少の警備ならかいくぐれる。

 ラルドにはその自信があった。


♢◆♢◆♢◆


 その自信が体現したかのように、工事現場に入るまで警備の気配をまるで感じなかった。


「やっぱ俺って天才だぜ」


 首にかけたヘッドフォンとコードが揺れる。コードレスが流行っているらしいが、そいつらは何も分かっちゃいない。邪魔くさいと思っているコードがあるからいいのに。

 「立ち入り禁止」と書かれてある看板が目に入るが、何の抑止力にもならない。ラルドは薄暗い建物の中を、近所を散歩するかのように進んでいく。


「お祭りいきたいなー」

「我慢しろエメ。この仕事終わったら楽しもうぜ。大金持って、な」


 エメとラルドは邪悪な笑みを互いに見せ合った。


♢◆♢◆♢◆


 目的の喫茶店前に辿り着く。周りには祭りのパレードを見たいがために、人々が大勢待機しているため、下手に動こうとしなければ目立たない。


「よぉ遅刻した依頼人さん」

「手短に話すわ」


 謝りもしない。その声は刺々しかった。ラルドは刺激しないよう注意を払うことにした。


「おお。そっちの方がこっちも都合がいい。で? 誰を殺せばいい?」


 声のトーンを落とし、ラルドは隣に立つ、虚空を見つめている女性からの言葉を待つ。


「暗黒騎士。それとそのツレ」

「特徴は?」

「騎士は分からないけどツレなら分かる。特徴を言う」


 女は淡々と口頭で特徴をラルドに伝える。エメは全く話を聞かず欠伸をする。

 言い終わると同時にラルドは特徴を記憶し、数回頷く。


「一応聞くぜ。何で殺したい?」


 ただの興味本位だった。女性は一度言葉に詰まり、ギリと音を立てて歯を噛む。


「仲間を、殺された……」


 なるほど、とラルドは思う。よくある復讐依頼だ。だが嫌いじゃない。シンプルだからこそターゲットの狙いも付けやすいし、高額なやり取りも可能だからだ。


「了解。この”エメラルド兄妹”に任せておけ」

「……頼んだわよ。凄腕の殺し屋さん」


 ワザとらしく頭を下げるラルドを、女槍使い(ランサー)は隈を蓄えた目を向けて言った。


♢◆♢◆♢◆


 2人は街のメインストリートを1本外れた小道を歩いていた。祭りを楽しんでいた者達が、巣に帰る蟻のように、休むべき場所に足を進めている。


 その人々と、夕陽の照らされる街の様子は、幻想的な風景を描いていた。まるで絵画のような世界が眼前に広がっている。

 激しい音楽や下品な映画が好きなラルドだが、芸術という観点においては絵を見るのも好きだった。


「絵、また描いてみっかな」

「やめておいた方がいいよー。お兄ちゃん、ド下手糞だしー」


 湧き出た創作意欲が心無い言葉によって削り取られる。


「そういうのは私の役目ー」

「お前風景画は描けねぇだろうが」

「描いてないだけー」


 エメはどこか気の抜けた声を出しながら、ラルドの頭を叩く。


「やめろ!!」


 ラルドとエメは兄妹だが、ラルドは160も身長がなく、少年のような見た目をしている。顔立ちもあどけなく、頬も柔らかく園児のような張りを持っている。

 逆にエメは170オーバーという、女性にしては長身な見た目をしており、スポーツに打ち込むような晴れやかで健康的な顔つきをしている。そのため、ラルドと並んで歩くと親と子のように見えなくもない。


 だが、力も殺しの腕も、ラルドが上である。兄妹間のスキンシップを終え、ラルドは眉間に皺を寄せるとエメから離れる。


「さっさと見つけろ。お前の魔法なら行けるだろ」

「でもさー、そもそもさー、ここにいるのー?」

「これだけデカい祭りだ。それに、冒険者ならギルバニアに来たがる。騎士かその相方、どっちかが来ている可能性はたけぇよ」

「んー、確かにー。りょーかいー」


 エメは右手の指を鳴らす。次いで左耳の近くで指を鳴らす。これが彼女の詠唱だ。十指の腹に蛍光塗料で描いた魔法陣を使い、鳴らす指に応じて簡単に魔法を発動出来る。


 エメを中心に風が舞う。


「うん、丸聞こえー」


 舌を出して術の成功を確信する。術の名は「頬を撫でる音(ビエント・ソニード)」。暗殺者(アサシン)が持つ隠密系の術を、エメがアレンジしたものだ。

 能力内容は単純であり、指定の範囲内で起こった音を全て聞くことができる。何百、何千という音の波が、津波の如く一気に押し寄せてくるため、常人では頭が割れてしまう。


 だがエメはそれを聞き分けることが出来る。そういう機械を兄に作ってもらったからだ。

 集中して聞く単語は「暗黒騎士」「金髪」「凄腕」「相方」「J」「カップル」……。


「さーて。見つかるかなー」


 エメは耳に飛び込んでくる音に意識を集中させ、糸を手繰り寄せるように言葉を掴んでいった。


♢◆♢◆♢◆


「で、風呂はどうする」


 ゾディアックがそう聞くと、ロゼはわざとらしく両手で自分の体を抱く。


「……変態!」

「なんでだよ。何もしないって」

「本当か? 「先にシャワー浴びてこいよ」って感じだったぞ。慣れていたぞ。お前本当は女遊び激しいんじゃないか?」

「女性とふたりっきりになるのなんか初めてだよ!」


 そう言った後、何故か情けない気分になり、項垂れる。


「どうせ雰囲気暗いボッチですよ……」

「いじけるなよぅ、ゾディアック。私は嬉しかったぞ」

「……馬鹿にしてるでしょ」

「半分な」


 小馬鹿にするようなロゼの笑みに、何も言えなかった。


 その時だった。波紋のように広がる魔力に気づいたのは、両者同時だった。交わっていた視線は、窓の外に向けられる。


「妙な魔力だ」

「これって」


 ゾディアックはその術に覚えがあった。暗殺者(アサシン)職業(ジョブ)は触り程度しかやったことがないが、音を拾う、または消す術があるのを覚えていた。


「心当たりが?」

「ある。暗殺者がよく使う盗聴用の術だ。こんな街中でどうして……」

「暗殺者は魔法が得意か?」


 ゾディアックは首を横に振る。


「これは二重魔法(デュアル)だ。魔法陣を組み合わせて精度を上げているし、感知されにくいように術式を工夫している。普通の冒険者じゃ気づけないかもな」

「誰かを探している?」

「誰を?」


 沈黙。そして、ゾディアックの目線がロゼに向けられ、ロゼもまた自分自身を指差す。

 吸血鬼であるロゼがギルバニアにいると分かったら、騎士団に討伐されてしまう。祭りでバレたのか。


 ゾディアックが立ち上がり、部屋に備え付けられている机の引き出しから紙とペンを取り出し、文字を書いてロゼに見せる。


 ――適当に喋って。


 その文字に頷きを返す。ゾディアックは再び文字を書き始める。


「ま、私達には関係ないか。タコ焼き食べる?」

「タコだけ食べて」

「……それだとただの「焼き」になるぞ」


 紙を見せる。


 ――他に盗聴器とかそういう類が部屋にないか探る。


 それを見るとロゼは立ち上がり、ベッドの上に移動する。


「おお! フカフカだ」

「いつものベッドと違うな」


 机の中を全部漁る。特に怪しい物はない。


「夜景も綺麗だし言うことないな」

「そういえば、明日は花火があるらしい」


 カーテンの裏も捲るが何も無し。


「花火?」

「田舎娘のお前には分からないか」


 クローゼットの中身も大丈夫、ベッドの下も、シーツを捲っても、枕の下と中を見ても問題は見当たらない。

 そして浴室を調べようとした時、先程まで感じていた魔力が焼失した。

 恐らく範囲を出たのだろう。2人は顔を見合わせる。


「バレたかな?」

「かも?」


 自嘲気味に笑う高い声が部屋に響く。


「私、狩られちゃうかも」

「そうなったら、俺が必ず守るよ」


 ゾディアックの真剣な眼差しと声を聞いて、ロゼは照れを隠すように枕を手繰り寄せ、抱きしめながら顔をうずめた。


♢◆♢◆♢◆


 気づかれたのは想定内だったが、まさか二重魔法まで見破られるとは思わなかった。数にして10人、エメはショックを受けながらも口元に笑みを浮かべる。


『まさかナンパして金髪の美少女を連れてくるとは』

『イケメンですからね、おまけに体躯もいいですし』

『凄腕の暗黒騎士、か。職業もめずらしいから目を引くし、金もいっぱい持っているんだろうな』

『顔も腕も素晴らしい。嫉妬しちゃいますね』


「み~つっけた~」


 エメは魔法を解いた。

 目の前にそびえ立つ大きな建物に勤める従業員達の会話が聞こえ、この建物の中から、二重魔法まで気づいた冒険者の女の声が聞こえた。そして男の声もハッキリと。


「マジか。流石エメだ」


 まさかこれほど早く見つかるとは思わなかった。ラルドが鼻を擦る。エメが照れくさそうに頬を掻く。

 

「えへへー。お兄ちゃん、どうするー? 乗り込むー?」

「ばーか。目立つだろうが。明日、タイミングを見計らって仕留めるぜ」

「りょーかいー!」


 もし流れという物があるのだとしたら、こちらが掴んでいる。

 ラルドの勝利を確信した笑みが月光に照らされる。不穏な空気が王国内に漂い始めた時、街中に音楽が流れ始める。


 1日目の祭りの終了を告げる、柔らかな音色に舌打ちして、ラルドはヘッドフォンをつけた。



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