第29話「下劣な人間め。恥を知れ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
槍使いである冒険者の女性は、リザードマンの一撃に耐え切れず吹き飛び、尻餅をつく。
目の前には湾曲した剣を持った蛇頭のリザードマンが、長い舌を出しながらゆっくりと近づいてくる。
ランサーは後ろを振り向き、仲間の冒険者に援護を求めようと口を開く。だが、声は出なかった。
一番頼りになるパーティのリーダーが、すぐ近くに倒れていた。重剣士であった彼は、下半身のない死体と化していた。それに群がる犬型の魔物、青い体毛が特徴的なコボルトが血肉を漁っている。コボルトがひと噛みするごとに、肉塊と化したそれが少しだけ揺れ動く。
悲鳴を押し殺して周囲に目を配る。だが、映るのは絶望的で凄惨な光景だった。
悲鳴を上げてバラバラにされている格闘家、リザードマンに胸を貫かれている技巧者、頭を噛み砕かれ痙攣している女白魔道士……仲間達が自分以外死んでしまっていることしか伝わってこない。
目線を動かし、馬車や荷物の物陰に隠れているキャラバンの人々を見るが、全員視線を逸らすか、心無いヤジを飛ばしてくるだけだった。
「な、何してんだよ! こんなザコ共にやられてんじゃねぇ!」
「ハズレの弱っちい冒険者引いちまったよ……金出しときゃよかった」
最早助かる見込みはない。ランサーは覚悟を決めて正面に向き直ると、リザードマンが剣を振り上げていた。
ランサーは両目を強く瞑る。
一瞬風が切れる音がすると、顔に生暖かい物がこびりついた。だが痛みはない。歯を揺らしながら細目を開けると、目の前に漆黒の鎧を着た、両手斧を持つ騎士がいた。
♢◆♢◆♢◆
リザードマンを縦に真っ二つにすると、重力で2つに割れたそれが落下する。
「言葉が通じる奴はいるか!?」
いつものたどたどしい喋り方は消え失せ、ゾディアックは大声で呼びかけるも、魔物達は反応を示さない。どうやら人語を理解できる程知能が高いわけではないらしい。
問いかけた直後、前方からコボルトが雄叫びを上げて飛びかかってくる。迫りくる鋭い牙は、コマ送りのように見える。
ゾディアックは両手斧を下から上に掬い上げるように振る。コボルトの胴体が千切れ飛び、血と内臓が周囲に散る。
ゾディアックは駆け出し、敵視を集めながら斧を振る。リザードマンが曲剣で防ぐが、鍛え上げられていない鈍だったため、小枝のように折れた。勢いを全く殺せず、そのまま首が胴体と別れを告げる。
数匹のコボルトが迫り来るのを見て、斧を横薙ぎに振る。刃ではなく、広い身の部分で敵を打つ狙いだった。線ではなく面で攻撃を仕掛けた結果、まともに当たったコボルト達は石ころのように吹き飛び絶命する。
魔法を使うまでもない。ゾディアックは雄叫びを上げ、血の海の中を進む。
♢◆♢◆♢◆
馬車の近くにいたリザードマンの胸に爪を突き刺す。生臭い血の臭いが鼻をつき、ロゼは顔を歪めて爪を抜いた。こちらに寄りかかろうとする力尽きたリザードマンを避け、舌打ちする。
「碌なもん食べてないな。吸ったらこっちが腹壊す」
小腹がすいたため血を吸ってやろうと思ったが、断念するしかない。
足に噛みつこうと口を開いて来たコボルトの頭を爪で貫く。どいつもこいつも動きが遅く、コマ送りのように見える。
次いで複数の魔物が迫ってくる。コボルト3体、リザードマン2体の編成だ。
ロゼは親指の腹を噛み、血を流す。そして、手を振って流れる血を周辺に散らす。飛び散った血は地面に行かず、空中に留まる。
「つまらん」
浮遊する血を中心に魔法陣が浮かび上がり、刹那、そこから鋭い大きな棘が出現し、5体の魔物を貫いていく。
己の血を媒介に発生させる闇魔法、本来はかなりの出血量を必要する血晶槍だが、魔力が高く吸血鬼であるロゼは、少量の血で破壊力のある物を展開出来る。
棘は液体に戻り、魔物達が力無くその場に倒れる。
「つまらん……!」
遠くで戦っているゾディアックに目を向けると、斧を振り回し魔物を千切り飛ばしている。まるで暴風のようだ。
「あ、あの」
「あ?」
不機嫌そうに後方に目を向けると、馬車の荷台から数名の男女が見てくる。
正面にいる、緑色の髪をした女性が、不安そうに眉を下げながら口を開く。
「あなたは、味方ですか?」
「……さぁな。死にたくなければそこにいろ」
この人間達を殺すのは簡単だったが、時間の無駄であり、やる意味がない。
ロゼは足早に、ゾディアックの元へ近づいて行った。
♢◆♢◆♢◆
両手斧を投げ、コボルトを斬り裂く。
「戻ってこい!」
そう叫ぶと、敵に刺さった斧は回転しながらゾディアックの手元に戻り、刃を金色に光らせる。
ゾディアックは、今度は刃を寝かせて横薙ぎに斧を振る。斧から黄金の斬撃が飛び、こちらに向かってきていた10体以上のリザードマンの上半身が宙に浮く。
「ゾディアック! いつまでまどろっこしいことをやっているんだ!」
「ロゼ」
隣に立ったロゼがゾディアックを睨みつける。
「真空破なんて小技使ってないで一気に片付けるぞ!」
そう吐き捨てるように言うと、今度は自分の掌を犬歯で噛む。白い掌が赤に染まっていくのを見て、ロゼは魔力を込める。
掌の中心に血煙が渦巻き、それは大きく細長くなり、形を成していく。そして現れたのは、赤黒い長槍だった。
ロゼはそれを握ると一歩踏み出し、上空に投げる。曇天を貫くような槍は、赤い線に見える。
空高くに投げられた槍は空中で分散し、細かな無数の槍に分かれると、周辺の魔物達に凄まじい速度で向かっていく。知能の低い魔物達は逃げ惑うも、成す術なく槍に貫かれていく。
貫かれた魔物達は、血反吐を撒き散らし、体中から血を噴出しながら絶命していく。容易に体を苛まれる様子を見る限り、相当威力が高く、そして趣味の悪い魔法だ。
悲鳴が至る所から上がり続け、数秒後、一帯が静寂に包まれた。
ロゼは息を吐き出し、目を閉じて眉根を寄せるとゾディアックに近づく。
「今のは……?」
「紅姫の射槍。私の一族に伝わる魔法……」
そこまで言って言葉を止めた。わざわざ喋る必要もない。
ロゼはゾディアックに近付き目を開けると、血に染まった指を向ける。
「さぁ邪魔者はいなくなった。続きを……」
「待ってくれ。キャラバンの人達が無事かどうか聞いてくる」
「はぁ!?」
そう言って踵を返したゾディアックは、足早に馬車へと向かう。
「……もう!!」
地団太を踏んで、ロゼもその背中を追った。
ゾディアックは馬車から降りるキャラバンの人々を見て安堵の息を零す。
そして、近くで両膝を抱え、首を垂れて座っている、先ほど助けた女ランサーに近づく。
「……大丈夫、か?」
そう言って声をかけると、ランサーは顔を上げ、ギロリとした目をゾディアックに向ける。向けられた目には憎悪と怒り、そして悲しみが籠っていた。
「……なんでもっと早く、助けに来てくれなかったの」
ランサーは立ち上がり、拳を握り締めながらゾディアックを見上げる。
「え?」
「あなたが、あなたがさっさと来てくれたら! みんな死ななかったのに!」
「ま、待ってくれ。俺はクエストを受注したばかり、ここに来たのは、出現場所だったからで……その、えっと、君達が襲われたかどうかは、知らなかった」
鬼の形相を涙で濡らしながら、ゾディアックに暴言を吐く。
「うるさい! どうせ自分は強いから遠くで眺めていたんでしょ! わざわざ私達が死んだ後に助けに来て、名声を集めようって考えだったんでしょ! そうに決まってるわ!」
ランサーは錯乱している。精神的に限界を超えてしまったのだろう。ゾディアックはなんとか宥めようとするも、口下手であるため火に油を注ぐ結果になってしまうかもしれない。
ゾディアックは黙して言葉を聞き入れた。
「何が凄腕よ! 私を助ければ全部帳消し!? 仲間はみんな死んだわ! 死ね! あんたが死ねばよかったのに!」
仲間の死と、キャラバンからの雑言を思い出していたランサーは、鬱憤を晴らさんとゾディアックに言葉を投げ続ける。
キャラバンの人々は、どうすればいいのか分からずオロオロしている。
嵐が過ぎ去るのは当分先かと、ゾディアックが思っていた時だった。
「お前達が弱いのが悪いんだろ」
ランサーの言葉が止まる。
ロゼがゾディアックの隣に立ち、冷ややかな目をランサーに向け、腕を組む。
「お前達8人でパーティを組んでいたのに、魔物達に押されっぱなしだったじゃないか。私達が来なければキャラバンごと全滅していたぞ」
「それは」
「たったひとりで助けに来た騎士に、おまけに魔物を全部追い払って安全を確保した、勇気ある者に対して向ける最初の言葉が「死ね」か? 感謝が先だろう。お前はそこら辺で死んでいるコボルト並みの知能しか持ち合わせていないのか?」
ランサーは怒りで唇を戦慄かせる。
「命を救ってくれた恩人に対する態度がそれか! 下劣な人間め。恥を知れ」
冷笑を浮かべ、ロゼはゾディアックの腕を取る。
「お、おい」
「キャラバンのクソ人間共! そこで無様に泣き喚いているクズ女と、仲間だったゴミ共拾ってさっさ失せろ!!」
そう言ってゾディアックの腕を引いてその場を去ろうとする。
ゾディアックはされるがままで、引っ張られていく。
「……っ~~~!!!」
ランサーは声にならない叫び声を上げて、地団太を踏むと、髪の毛をくしゃくしゃに搔き乱しながら、その場に土下座するように蹲ると、大声を上げて泣いた。
♢◆♢◆♢◆
しばらく歩き、慟哭も聞こえなくなった場所で、ロゼはゾディアックの腕を振り払う。
「どうしてお前は何も言わなかったんだ!!!」
同時に大声を出す。
「あんな馬鹿みたいなこと言われ続けて、情けなくないのか!」
「か、彼女だって辛い思いをしていた」
「それで!? あいつはお前に思いをぶちまけて、辛い思いをするかもしれないお前の気持ちは無視して、自分だけ気持ちよくなろうっていう女だったぞ! 殴っても誰も文句は言わない! むしろ殴り飛ばせ!」
「……俺は辛くないよ。それより、彼女の言う通りだ。俺がもっと早く来ていれば、あの人達を助けられたのかもしれないのに……」
ゾディアックは悔しそうに歯を噛み締める。
「……馬鹿らしい」
ロゼの周囲に紫電が漂う。
「憂さ晴らしだ。付き合え」
「だから、俺は別に」
「私の憂さ晴らしにだ! 馬鹿!!」
ロゼの、宝石のように輝くワインレッドの瞳がゾディアックを睨む。
――慣れている。あんな言葉は。だから、辛くない。
ゾディアックは心に何かが引っ掛かるのを感じながら、斧を構える。正直、全く集中出来ていない。
それを証明するかのように、真正面から迫りくるロゼの拳を避けれず、まともに食らい吹っ飛ぶ。
「本気を出せゾディアック! あの女の望み通り、死ぬことになるぞ!」
目の前が揺れてる。ゾディアックは頭を振って眩暈を治し、上体を起こす。そして、片膝をついて斧を力強く握り締める。
3度目の戦いが始まろうとした時、空から雨が降り始めた。




