第28話「後ろは任せた!」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
まだ日が昇り始めたばかりの時間帯。白んできた青空に太陽の光が混じる。
ゾディアックはその空の下、デスタンの村にて、宿屋の庭で剣の素振りを行っていた。薄手のシャツに動きやすいズボンというシンプルな出で立ち。周囲を破壊する恐れがある大剣は使わず、手頃なロングソードを持って、剣を振り続けた。
まるでゾディアックの周囲に、本当に敵がいるかのように見える。それは、ゾディアックの剣術が完成されているものであることを示していた。
デスタンは、昔起こったギルバニア王国と魔族達との戦争時、王国側の兵士が作った拠点を改良して出来た村だ。
重要拠点として活躍したこともあったため、戦争が終わった時は、王国側の勝利を祝う人々で道は埋め尽くされていた。
だがそれも過去のことで、今では寂れた村になっている。人口200人。住んでいる殆どが老人であり、移住してくる者はおろか、観光客も冒険者も訪れない。
はずなのだが。ここ最近は武装した冒険者達や観光客で、村中人で溢れかえっている。夜になると祭りのように騒がしくなり、とてもじゃないが、寂れた村という言葉は相応しくない情景となっている。
S級を倒してしまう、財宝を護りし強き魔物が古城に存在する。
こういった噂やクエストが各地に出回り、ここは冒険者達の拠点になってしまい、冒険者の数は、既に村の人口を超えてしまっている。
ゾディアックもその中のひとりであり、そして悪い意味で目立つ存在だった。
誰とも組まない凄腕の暗黒騎士。Jランクという高過ぎるランクを保持しているため、誰も声をかけようとはしない。
「あらぁ、ゾディちゃん。おはよう」
だが、声をかける者もいる。
ゾディアックは素振りを止め、剣を鞘に収め腕で額に浮かんだ汗を拭う。声の方に目を向けると、寝間着姿の老婆が宿から出てきた。
その白髪と顔の老け方はまだ40代に見えるが、実年齢は75であり、とてもじゃないがそうは見えないほど若々しい。
「朝から精が出るわね」
「……はい」
近くのベンチに置いてあった手ぬぐいを手に取り、顔を拭く。
「もう素振りは終わり?」
「はい」
「じゃあ朝食を準備しないとね。1時間程待ってくれるかしら?」
「……ゆっくりで、大丈夫です。モナさん」
「そう? ありがとう」
老婆――モナは、美麗な笑顔を見せる。モナはこのデスタンで生まれ、ずっと宿屋を営んでいる女性であり、唯一ゾディアックに部屋を貸している人物だ。
Jランクという忌み嫌われる対象である冒険者を泊めているため、周囲には黒い噂が立っているが、本人は全く気にしていない。
ゾディアックはモナに心の底から感謝していた。何かお礼をしたいと常に思っている。
一番の礼は、噂になっている謎の魔物を討伐する事だろう。この村を襲う前に、仕留めなければならない。
「ねぇ、ゾディちゃん。お願いをしてもいい? 最近ここら辺で暴れている魔物を狩ってきてくれないかしら?」
「……俺が?」
ゾディアックは首に手ぬぐいを巻く。
「……クエストの依頼は集会所か……」
「もう集会所には提出しているわ。でも、誰も取ってくれなくてねぇ」
「内容は?」
「低級の魔物討伐。コボルトとリザードマン。どの時間帯でも、自分達の縄張りに入ったら襲い掛かってくる野蛮な連中よ……キャラバンにいる私の友達が、襲われたらと思うとね」
モナは顔に影を落とす。
古城の魔物を討伐しに来た冒険者達は全員実力者であり、名を上げたい者達ばかりだろう。であれば、ウォーミングアップにもならないこのクエストを受ける者はいないかもしれない。
「分かった。俺が行こう」
「本当に!? ありがとう、ゾディちゃん。今日の朝ご飯、ゾディちゃんの好きなオーロラベジタブル作ってあげるわ!」
ゾディアックは笑顔を返す。モナを悲しませたくはなかった。自分に出来る恩返しをしていこうと思ったゾディアックは、モナと一緒に宿へと戻った。
♢◆♢◆♢◆
エントランスの復旧作業が完了し、機動力はないが破壊力を持っているオーガ達も使えるようになった。
「いいか、お前達! 暗黒騎士のことは私に任せて、昨夜話した謎の魔物を探してくるのだ!」
魔物達が気合の入った掛け声を出す。
「場合によっては討伐しても構わん! 私には報告するように!」
「かしこまりました!」
「ロゼ様、次は勝ってね!!」
「次負けたら飯奢りで!」
「やかましい! さっさと行ってこい!!」
魔物達が蜘蛛の子を散らすように城から出ていく。ロゼは鼻をすんと鳴らし、自分も出ようと階段を降り始めた。
その背中に、男の笑い声がかかる。ジャックだ。不機嫌を露わにした表情で振り向く。
「何だよ、ジャック」
「いえ。2回も負けた主に愛想をつかさない、あの子達は優しいなと思って」
「あいつらは私の実力を知っている。そして性格もな。魔神と戦った時も私は敗北を味わい、それでも最後に相手を殺して勝利を収めた。最後まで、諦めない奴が勝つのさ」
眉根を寄せたまま口元だけ笑みを作る。
「信じているあいつらの為にも、何度負けてもゾディアックに立ち向かってやる」
「……それでは私は、お嬢様の勝利を信じ続けましょうか」
背筋を正し、ジャックは表情を整える。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「うむ。吉報を持って帰ってくるぞ!!」
首を垂れるジャックに対しそう言うと、ロゼは城を飛び出していった。
♢◆♢◆♢◆
時刻は昼頃、ロゼは山の方まで飛び、騎士と謎の魔物を探す。
騎士、ゾディアックに至っては、何処に住んでいるかはだいたい検討がつく。デスタンだろう。だがそこに行くつもりはなかった。
デスタンには大勢の冒険者達がいる。どれも実力者だとすれば多勢に無勢。わざわざ死にに行くような特攻を仕掛けようとは思わない。それは馬鹿な戦闘狂が行うことだ。
とりわけ今のロゼはゾディアックと謎の魔物以外興味がない。ゾディアックを襲うのは、村の外でだ。
ロゼは空を飛びながら探索をするが、人っ子一人見当たらない。違う場所を探そうと方向転換しようとした時だった。
悲鳴が聞こえた。若い女の声だ。ロゼは声の方向に一気に飛ぶ。冷たい風が頬を撫で、針が刺さったような感覚に襲われる。
目を細めながら飛び続けると声は徐々に大きくなっていった。
そして、魔物達に襲われている人間の集団が見えた所で空中浮遊する。
「あれは――キャラバンか?」
人間達の物資を運んだり、自分達の商品を売りに様々な国を旅する商人団体をそう呼ぶ。
見る限り中規模のキャラバンだが、コボルトとリザードマンに襲われている。護衛だろう冒険者達は死んでいるか、目の前の敵に手一杯といった様子だ。
冷めた顔で空中から冒険者を数える。8人いたのだろうが、死体を除けば3人にまで減っている。武器を見るにそれほどランクは高くない。コボルトとリザードマンの集団は全部で50はくだらない。
憂さ晴らしに全員吹き飛ばしてやろうか、と思った矢先、遠くから凄まじい魔力を感じた。その魔力に覚えがあるロゼは、表情を明るくし視線を動かす。
遠くから、馬に乗った暗黒騎士が現れた。
♢◆♢◆♢◆
「よく我慢してくれた。帰っていいぞ!」
魔力酔いしにくい馬を借り、魔物が出現する場所まで行くと、既にキャラバンが襲われていた。
馬を借りて正解だった。足だと間に合わなかった可能性が高かった。
ゾディアックは馬から飛び降りると、背中に背負った両手斧の刃を閃かす。
「――暗喜」
呪詛と共に魔法の銘を呟く。魔力を放出し無理やり敵を魔力酔いさせ、こちらに意識を集中させる、敵視稼ぎの闇魔法を発動する。
すると、魔物達の目線を集めることに成功した。そのまま戦闘に入ろうとしたところで。
「待てぇい!! 待て待てぇ!!」
上空からあの声がする。ゾディアックは兜の下に笑みを浮かべると、目の前に黒いマントを羽織ったゴスロリ服の金髪吸血鬼、ロゼが降り立つ。
「ゾディアック! こんなザコより私と戦――」
「ちょうどいい! ロゼ! 協力して魔物を倒そう!」
「――え……っは!?」
ゾディアックはロゼの返答を待たず擦れ違う。
「ちょ、待て! どういう」
「背中は任せた!!」
ロゼは手を伸ばして声をかけるが、ゾディアックは無視して敵に突っ込む。そして斧を振り、目の前にいたリザードマンの首を吹き飛ばした。
鮮血が舞い、魔物達が大騒ぎし始める。なんとも癪に障る声だ。
ロゼは行き場のない手を戻し、拳を握る。
「……喧しい低級魔物共が!! 皆殺しにしてくれる!!」
その次は、ゾディアックだ。
ロゼは歯を剥き出しにし、美しい顔を怒りに染め台無しにすると、魔物の群れに突撃した。




