第27話「おやすみ、ゾディアック」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ゾディアックは目の前に広がる、戦いの爪痕を見て後頭部を掻いた。
参ったな、と唇を動かす。お気に入りだった滝が無くなり、少しショックを受ける。まだ水源は生きているだろうか。
しかし、いくら有り余る魔力を持つゾディアックであっても、失われた自然を取り戻す魔法は覚えていない。時空間魔法を覚えていれば話は別だが、それが使える冒険者や魔物など、片手で数えられる程しかいない。諦めた方が無難だろう。
溜息を吐いて後方に目をやると、若干顔色がよくなったロゼがスカートの汚れを払いながら立ち上がるのが見えた。
「もう、動けるのか?」
「ああ。魔力も少しだが回復した。少なくとも、AだかSだかの冒険者には負けないくらいにはな」
自信満々の顔でそう言うと、魔力を服に回す。淡い光がロゼを包み込んだかと思うと、破けていた部分が修復され、汚れていた部分も綺麗になっていく。僅か数秒後に光は消え失せ、代わりに綺麗なゴシックドレスが現れる。
「凄い! 服も直せるんだ」
「ふん。我流の回復魔法だ。ちょっと工夫を凝らせばこれくらい誰でも出来る」
「本当に? 俺でも、出来るかな」
「当たり前だ。今度教えて……」
ロゼはゾディアックを見て顔を逸らすと、腕を組んで鼻を鳴らす。
「それで? ご飯だったか? 何処で食べるんだ?」
「えっと……すいません、ここです」
「は?」
ロゼは「何言ってんだこいつ」と言った目を向ける。
「俺の持っている携帯食料……です」
「……まぁ、物は別にいい。だがお前、何を考えている?」
「……少し、お話を聞きたいと」
本当は惚れた相手ともう少しだけ一緒にいたいという気持ちもあったが、そんなことは口が裂けても言えない。
ロゼは憮然とした表情で腕を組んでゾディアックを見る。
「……分かった」
そして、静かに頷いた。
戦った場所から少しだけ移動し、ゾディアックが以前キャンプをしていた広場に2人は腰を下ろした。周りは木々に囲まれている。魔物の気配もするが、こちらに近付こうとはしていない。
「はい、どうぞ」
兜を外し、籠手も外したゾディアックは、地面に倒れた木の上に腰かけるロゼに、サンドイッチが乗った皿と飲み物が入った容器を手渡してくる。
「お前阿呆だろ」
「え?」
「今私が攻撃したら、お前の顔引き裂けるぞ」
「……かもしれない。ただ、不意打ちをしてくるとは思わなかったから……」
ロゼは溜息を吐いた。
「確かにその通りだが」
そう言ってゾディアックから容器をふんだくる。サンドイッチに挟まった厚い肉から、食欲をそそる匂いがしてくる。ゾディアックは少し離れ、ロゼの正面に座ると同じような食べ物を取り出し口に運ぶ。ロゼはそれを見て、小さな口で啄むようにサンドイッチを食べ始める。
「……美味しい」
自然と零れた言葉だった。主に人間や魔物の血肉しか食べて来なかったロゼにとって、新しい味が口内に広がった。
「サイ・ホーンの肉か?」
「凄い。その通り」
「調理次第でこうなるのか。料理の腕も鍛えなければ、兄様に笑われる」
「兄様?」
「……なんでもない」
ロゼはそれっきり何も言わずにサンドイッチを頬張り、飲み物を飲んだ。レモンの酸味と蜂蜜の甘みがちょうどよかった。
「おかわりは?」
「もら……いや、いい」
喉を鳴らして空気を切り替えようと、ロゼは2つ目のサンドイッチを食べているゾディアックを睨む。
「それで、話っていうのはなんだ」
ゾディアックは口内の物を飲み込み、食べかけのサンドイッチを紙袋で包む。
「……もう一度、名前を聞いても?」
「……ローレンタリア・ゼルヴィナス・ミラーカ」
「何とお呼びすれば?」
「ロゼでいい。さっさと本題に入れ」
ロゼは腕を組んで顔を横に向ける。
「……S級を倒してしまう、財宝を護りし強き魔物が古城に存在する」
「ん?」
「これは、ロゼのことで間違いない?」
「ああ。……なるほど。それで私を討伐しに来たわけだ」
「いや違う。正確には調査をしにきた。ただまさか吸血鬼が出てくるなんて」
「あれは私の城だぞ。自分の住処を守って何が悪い」
ゾディアックは吸血鬼という種族の魔物が出てきた時、心底驚いた。
1000年前に起こった、人間対魔物の戦争で、吸血鬼の一族は滅んだとされていたからだ。まさかそれが、城主をやっているとは思わなかった。
「じゃあロゼは、あの城を守り続けている吸血鬼と」
「ああ。自慢じゃないが、300年は生きているぞ」
「外に出たりは?」
「ほとんどしないな。たまに飛び、空で寝る時くらいしか出ない。食料は配下の魔物達が取ってきてくれるし、城内で暴れた阿呆を捕まえて食えばこと足りる」
「つまらなくないか?」
「ふん。冒険者や魔物が多く訪れるおかげで、娯楽には困らんよ」
「そうか。なら……」
ゾディアックが声色を変える。
「ここ最近でキャラバンを襲ったことはあるか? それか配下の魔物達に指示を出した、またはそいつらが勝手にやって、報告してきたこととかは?」
「……ないな。冒険者と戦った、ということも、ここ最近はない。城の警備がほとんどだ。なぜそんなことを聞く?」
「ひと月前、ギルバニア王国が保持している北方の要衝、ラジンスム城塞に食料を届けに行ったキャラバンの一団が襲われた。全員死亡、護衛についていた4人パーティの冒険者達も一緒だ」
冒険者は4人、ないしは8人でパーティを組んでクエストに挑むのがセオリーだ。必ず組め、というわけではないが、組んだ方が効率は上がるし、自身の負担も減ることは想像に難くない。
仲間達と絆を育みながら、互いに技術を高め合い共に成長していく。確かにパーティ同士のいざこざも少なくはないが、それでもパーティを組む価値は充分にある。自分とは違う職種の冒険者と交流を深めるのは決して損をしない。
冒険者という存在をよく知るロゼも、そのことは知っているため、ゾディアックの話を聞いて鼻で笑った。
「4人の冒険者は弱かったんだろうな」
「いいや」
ゾディアックは眉根を寄せ否定する。
「S級が4人、大ベテランのパーティだった。その人達を含むキャラバン全員が、鋭利な刃物で斬り裂かれたような爪痕を残して死亡していた。高確率で魔物だと思う……。君と戦ったのは全くの誤算だった。俺は、君を討伐しに来たんじゃない。話を聞きたかったんだ」
「なるほど」
得心したようにロゼは頷く。
「お前の予想は正しい。ここら一帯の魔物について……いや、ギルバニア王国から北方の魔物生態事情は一番私が理解していると言っても過言ではない。だから思い当たる魔物は何体か出てくる……だが」
ロゼは両足を上げて、勢いをつけて腰を上げる。軽くジャンプするように木から降り、ゾディアックを見つめる。
「S級というのは冒険者の中でも上級の連中だろう?」
「……上級どころか、超級だよ。連携も凄い」
「じゃあ私が知る中で、そんな奴らを4人相手にして倒せる魔物は……恐らく存在しない。何処からか紛れ込んだ奴がいるな」
ロゼは口角を上げた。
「退屈な夜が無くなりそうだ」
小さく呟くと、ロゼはゾディアックに流し目を投げる。
「面白いぞ、ゾディアック。私もその魔物を探してやろう。お前に負けたいい憂さ晴らしが出来る相手かもしれん」
「本当か!? 手伝って」
「勘違いするな。協力するわけではない。勝手に探すだけだ。それと――」
ゾディアックを指差す。
「まだ私はお前と戦って生きている。またお前とも戦う。今度は負けん」
「え、でもさっき負けを」
「一度の敗北、お前の命令を聞いて、それも今終わった。つまりだ。もう私は帰っていいことになる。違うか?」
面食らったように、ゾディアックは口を開き、破顔した。子供のような笑い顔をすると、何度か大きく頷く。
「その通りだ、ロゼ。君への命令は終わりだ。帰っていい。ただ……また話を聞きに行くかもしれない」
「そうなったらもう一度勝負だ。次は私が勝つ」
ロゼはそう吐き捨て、それ以上何も言わずに、空へと跳躍した。一瞬で空に輝く星のように点になり、城の方角へと飛び去っていく。
「……ロゼか。名前、聞けたな」
情報を手に入れたゾディアックは、満足そうな笑みを浮かべ、星を眺めた。
♢◆♢◆♢◆
空を飛び、城の前まで帰ってくると、ジャックが立っていた。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「……お嬢様はやめろ」
垂れ下がったもみあげを耳にかける。顔に当たる風が心地いい。
「マントがありませんね? ……それに魔力も著しく減っている模様。戦ったのですか?」
「ああ」
「結果は?」
「……また負けたよ」
「……余程の猛者ですなぁ。して、なぜお嬢様はご健在なのでしょうか」
ロゼは含み笑いをし、瞼を閉じる。
「一緒に飯食ったら帰されたよ」
「は?」
「まぁそんなことはいいんだ。今度再戦して勝てばいい。それよりもジャック。全員を集めろ」
ロゼはしっかりとした足取りでジャックとすれ違い、門へ向かう。
「これから楽しくなりそうだぞ」
立ち止まって振り返りながらそう言うと、月光がロゼを照らす。浮かび上がった巨大な影が、門に貼りつく。それは、ロゼの心から溢れる闘志の様であった。
ロゼは月を眺める。
大きな月の光を見続けながら、ロゼはゾディアックのことを思い出していた。
♢◆♢◆♢◆
活動拠点であるデスタン村の宿屋に宿泊しているゾディアックは、部屋のベッドに腰かけ、目の前を見続ける。薄暗い部屋、小物はベッド以外に丸テーブルと椅子が2つだけ。
蛍光雷虫の動きが鈍重になっていき、部屋の明るさが無くなっていく。そして、部屋が真っ黒になると。
目の前に、ゾディアックと同じ装備をしている漆黒の騎士が現れる。
騎士は腕を組み足首を交差させ、背中を壁に預けてゾディアックを見続ける。
兜をしているため顔までは見えない。
『変わった奴と知り合いになったな』
黒い光沢を放つ鎧が揺れ動いている。
「ああ。ビックリしたよ。あんな綺麗で、可憐な子がいるなんて」
『だが吸血鬼だぞ。今のお前……いや、”俺”からしたら敵だろう』
「そうだね。だけど、それでも、あの子と仲良くなりたい。気になる子なんだ」
目の前の騎士は肩を竦める。
『その活発な気持ちを常に出せ。そうしたら冒険者として生きやすくなる』
「はは。本当にね」
ゾディアックは自嘲気味に笑う。
「苦労をかける」
『……構わんさ。お前は俺だ。俺が決めたことなら最後までついていく』
騎士が闇に溶けていく。
「おやすみ、ゾディアック」
『ああ。おやすみ、ゾディアック』
その言葉を最後に、完全に闇に溶けた騎士は消え失せ、世界が黒に覆われる。
直後、蛍光雷虫の動きが活発になり、部屋が明るくなっていく。
ゾディアックは立ち上がり、窓へ近づくと月を眺める。
大きな月の光を見続けながら、ゾディアックはロゼのことを思い出していた。




