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2-06 親睦旅行(2)ホテルの夜

「お、ようやく戻ってきたか。なあ八坂、さっき話していた2人組、1人はこないだ写真を見せてくれた彼女さんだろ? もう1人は誰だ?」

 孝が自分の部屋である1104号室へ戻ると、同室の卓巳と義仁はとっくに戻っており、ベッドに寝転がって寛いでいた。孝が戻ってきたのに気づくと、卓巳が起き上がってそう訊ねてきた。

「ああ、彼女の椿と、友達の明日実だよ。2人は埼玉の光陵大学の学生で、偶然にも同じ日程でオレたちと同じホテルに泊まるみたいだ」

 孝は別に隠すようなことでもないので、明日実のことも口頭で簡単に説明した。

「へえ、そいつはまたすごい偶然だな。それで、大丈夫だったのか?」

 卓巳は驚いたような声を上げると、孝に訊ねた。

「ん? 大丈夫だったか、って何がだ?」

 卓巳が何を指しているのかわからない孝が聞き返すと、

「いや、偶然の再会を果たした彼女さんたちと話しているところに、橋本さんが乱入してっただろ? アレで修羅場になってるんじゃないか、って相沢と心配してたんだよ」

「そういうこと。で、どうなったんだ?」

 卓巳は少し詳しく説明し、義仁も同意して改めて孝に訊ねる。

「まあ、修羅場と言えば修羅場なのかもな。とはいえ、別によくドラマとかであるような、いわゆるキャットファイトにはならずに口でのやり取りだけだけど、橋本さんに勝ち目は無いね。どんなアピールをしようとも、オレの気持ちは揺らぐことはないから」

「おお、言うねえ。ごちそうさま」

 堂々とノロケる孝に対し、義仁は苦笑とともに応えるのだった。

「っと、悪い、電話だ。ん、椿からか。はい、もしもーし」

 と、孝の携帯が着信を告げた。椿からの電話に、嬉しそうな声で応答すると、

『もしもし、今大丈夫? さっきのことをもう少し詳しく聞きたいんだけど、いい?』

 椿は先ほど会った時のトゲトゲしい雰囲気をまるで感じさせない声で孝に訊ねる。

「ああ、大丈夫だよ。まずあの子、橋本さんは本人も言ったとおり、大学でのクラスメートだ。けど、もちろんそれ以上の関係は無い。あるとしたならば、せいぜい今オレが借りてるアパートの隣同士、ってくらいだ」

 すると孝は平然と、桜について椿に説明する。事実、やましいことなどなにも無いのだから。

『隣同士って言っても、何も無いんでしょ?』

「当たり前だ。まあ、向こうからのアプローチは凄まじいけどな。けど、オレが好きなのは椿、お前だけだ。橋本さんが何を仕掛けてこようとも、揺るぎはしない」

 さらに念を押すように訊ねる椿に、孝は自信に満ちた声で応える。かつてのヘタレっぷりは、見る影も無い。

『それなら安心だね。ありがとう、孝くん。たぶん、夕飯の時に食堂で会うと思うから、また後でね』

 椿は電話の向こうでクスリと笑うと、電話を終えようとする。

「ああ、食堂で会えるといいな。じゃあ、また後で」

 孝もそれに応え、電話を切った。すると、卓巳と義仁が揃ってベッドの上で悶えていた。

「どうしたんだ?」

 2人の様子がおかしいことを不思議に思って孝が訊ねると、

「どうしたもこうしたもあるか。お前らの会話が甘ったるくて砂糖吐きそうになってたんだよ」

「全くだ。漫画とかだったらこの場に砂糖が山盛りになってただろうな。これぞバカップル。しかも自覚なしとか非常にタチが悪い」

 2人とも、孝と椿の電話の会話の内容の甘ったるさに悶えていた、と抗議する。

「そうか? それは悪いことをした」

 孝も素直に謝った。改善されるかどうかはわからないが。

 その後は騒動を呼び寄せるような存在が近くにいないおかげか、実に穏やかに夕暮れ時の時間は過ぎていった。


「ん、そろそろ時間か。食堂行こうぜ」

 3人で雑談に興じていると、日が暮れたようで外が暗くなってきた。孝が時間を確認すると、午後6時15分。夕飯まで、あと15分となっていた。

「そうだな、あまりギリギリになると、席を見つけるのにも苦労しそうだしな」

 15分前という時間帯が早いのか遅いのかはわからないが、卓巳や義仁も寝転んでいたベッドから起き上がり、6階にある食堂へ向かうのだった。


 ホテルの食堂は6階の渡り廊下に設置されており、先ほど集会を行った9階の部屋よりもさらに広い。渡り廊下の長さいっぱいに部屋の幅は設計され、奥行きも実際測ったわけではないが、9階の部屋より大きい気がする。それでも、テーブルが部屋中に所狭しと並べられ、すでに半分近くの席が埋まっている。

「お? 席は自由に選べます、だと?」

 食堂にやってきた孝たちは、入り口に掲げられた看板に気づいた。

「ってことは、別に大学ごとに固まる必要は無いって事か。八坂、お前どうするんだ? 彼女を探し出して一緒に食べるのか?」

 その看板の意味を理解した義仁が孝に訊ねる。

「いや、その辺で適当に座ればいいだろう。っていうか、たぶんこっちから探そうとしなくたって――」

 義仁の問いかけに孝は首を振り、さらに言い募ろうとした、その時。

「あっ、孝くん! こっちこっち! 一緒に食べようよっ!」

 孝が来たことに気づいた椿が手を振りながら孝を呼んだ。

「な? こっちから出向かずとも、向こうから寄ってくるんだから」

 大声で名前を呼ばれてちょっと恥ずかしい孝は顔を赤くし、苦笑しながら椿や明日実のもとへと歩み寄っていく。

 6人まで座れるテーブルを確保していてくれた椿と明日実のおかげで、卓巳や義仁も一緒のテーブルにつくことができた。円形のテーブルなので、上座も下座も無く、現在の席順としては椿のいる位置を基点とした場合、左隣に孝、右隣に明日実が座る。孝の左隣には卓巳、そして義仁と続き、義仁はちょうど椿の真正面になる。合わせても5人なので、現状では孝の真向かいは空席。

 夕飯はバイキング形式で、席に着いたら各自食べ始めていいらしいので、それぞれ食べたいものを皿に盛り付けてきて、さあ食べようか、と思ったところ、

「うわーん、出遅れたぁっ! あ、孝くん見っけ! 一緒に食べよう、よ……」

 部屋で変な姿勢で居眠りでもしていたのだろうか、少し頬に妙な痕がついている桜が食堂に飛び込んできた。どういう目をしているのか、瞬時に孝を発見すると、小走りで駆け寄ってきた。しかし、孝とともに椿や明日実がいるのに気づいて足取りが重くなる。

「残念ね、桜さん。孝くんは私たちと食べるの。あなたの入るスキは無いわよ?」

 それまでの和やかな雰囲気は一変し、椿の底冷えするような冷たい声が飛ぶ。

「うぐっ、く、空席がひとつあるじゃない!」

 そう、桜の言うとおり、空席は確かにあるといえばある。

「ええ、空席はあるわよ? でも、孝くんの隣は私。桜さん、別に入ってきてもいいけど、あなたはそこで空いている孝くんの真向かいにでもどうぞ」

 だが、空席は孝の真向かい。鼻で笑ってそれを指摘する椿の顔は、3年に渡って交際してきた孝でさえもあまり見たことの無い、悪い顔をしていた。

「うぅ……ねえ、遠藤くん。行きのバスのときみたいに、席を替わってくれない? 後でジュースでもごちそうするから」

 桜はそれを論破できる材料を持ち合わせておらず、苦し紛れに現状で孝の左隣に座る卓巳に交渉を持ちかける。バスの車内での実績があり、さらに対価まで示すことで、桜には勝算があった。

「悪いが断る。今はバスのときとは状況が全然違う。俺には修羅場を間近で眺めながらメシを食う趣味は無いし、正直八坂とその彼女はバカップルそのものだけど、似合いのカップルでもある。誰も間に入る余地は無いから諦めたほうが賢明じゃないか?」

 だが、卓巳は即答で桜の交渉を却下し、周囲の様子を伺いながら食事を再開する。

「イヤよ。始まりはアパートで孝くんが挨拶に来た時の一目ぼれだったけど、あたしの恋心はもう誰にも止められないわ! 彼女がいたって、奪い取るまで! 恋ってのはね、障害が多いほど、燃え上がるものなのよ!」

 桜は拳を突き上げて略奪愛を宣言すると、孝の向かいにあった空席のイスを掴み、そのまま孝の左隣にいた卓巳に体当たりを仕掛けた。

「うぐおっ!?」

 桜の主張を聞いた瞬間、卓巳は嫌な予感がして箸をテーブルに置き、身構えていたため、夕飯の皿への被害は無かったが、イスごと体当たり、という蛮行は卓巳の座っていたイスをなぎ倒すには十分だった。卓巳はイスごと床に転がり、桜は倒れた彼を一瞥すらすることなく、空いたスペースに堂々と自分のイスを置いて孝の左隣を確保した。

「そ、そこまでするか……。遠藤、大丈夫か? オレのせいで、済まないな」

「あ、ああ。大丈夫だ、大したことは無い。八坂のせいじゃないから、気にすんな」

 あまりの暴挙に、加害者の桜を除く全員があ然としながらも、起き上がった卓巳はしぶしぶながら孝の真向かいへとイスごと移動した。

「ったく、とんでもないじゃじゃ馬だな。まあ、橋本さんがどの位置で食べようとも、オレたちには関係ないよな、椿」

 孝は呆れたような目で桜を一瞥すると、彼女に背を向けた。

「ええ、そうね。私たちはカップル流の食事を楽しみましょ。はい、あーん」

「ん、あーん」

 椿は頷くと、自然な流れでおかずをつまみ、孝の口元へ運んで食べさせた。途端に漂う甘ったるい空気に、彼らが見える範囲の他のテーブルを含めた周囲が一斉にため息をつく。

「あのさ、お2人さん? みんなが見ているところで、よくもまあそんなことができるね? 恥ずかしくはないの?」

 周囲がため息をついたりする中、席の移動を終えて食事を再開した卓巳が冷静にツッコミを入れる。

「孝くん、変わったね。前はなんだかんだ理由をつけてそういうのから逃げ回ってたのに、今すっごく自然な感じでやってたよ」

 そこに、明日実が口を挟む。高校時代は「恋人同士だからこそ許される行為」だとか言って逃げたり、椿と交際を始めてからはなるべく人目につかない場所でしかやらなかったりと、割とヘタレな部分が見え隠れしていたが、こんな衆人環視の中で平然と「あーん」に応じるのは、成長した証なのだろうか。

「あ、済まん。久しぶりに会えたことが嬉しくて、ついやっちまった」

 指摘を受けた孝は苦笑して後頭部を掻きながら謝った。と、左隣で桜が不審な動きをしていることに気づいた。

「で、橋本さんは何をしているんだ? 念のために言っておくけど、君からじゃ何があっても“あーん”はやらないからな? そういうのは、恋人同士だからこそ許されるイベントであるからして」

 孝にとって伝家の宝刀ともいえる一言で先制パンチを仕掛けると、桜はビクッとして動きを止めた。

「……バ、バレた?」

 とてもバツが悪そうに、一言だけ呟いた桜に対し、

「ああ、みんなに謝るために振り返ったら、丸見えだったよ。おかずをつまんで、タイミングをうかがってたみたいだけど、残念だったね」

 孝は完全に桜を突き放し、食事を再開した。さすがに椿もそれ以上は「あーん」をやろうとはせず、卓巳や義仁も混ざって時々会話を交わしながら、和やかに食事を取ることができた。


「じゃあ、またな。椿、明日実も」

「うん、またね。孝くん」

 食事を終え、食堂を出たところで孝は椿たちと別れ、それぞれの部屋へ戻っていく。なお、6人のうち席を立ったのは5人。孝、卓巳、義仁、椿、そして明日実。出遅れた上に孝にちょっかいをかけるなどしていた桜は1人だけ取り残された。だが、先ほどの暴挙を見ていた者も多いため、誰も慰めの声をかけようとはしない。

「ううっ、このくらいじゃ、あたしは諦めないんだからっ……!」

 半分涙交じりの桜の声が、静かな食堂に響くのだった。



 孝は夕飯の後少しして、9階の渡り廊下の部分で椿や明日実を呼び出して談笑していた。椿や明日実の部屋は9階にあるので、すぐ近くだ。

 ここ、9階は光陵大学のテリトリーとも言えるフロアなので、基本的に都台大学の関係者はいないはずなのだが、孝がそこにいることをどうやって察知したのか、またしても桜が突撃してきたのだ。当然、邪魔をされた面々は不機嫌になり、力を合わせて撃退しようと試みるも、桜はやはりしぶとく、孝は最後の切り札を切った。数分ほどして、切り札となる彼女が姿を現した。

「やっほ、八坂くん。アタシに何か用? ……ああ、そういうことね」

 孝が切り札として呼び出したのは、薫だった。現在このホテル内にいる者の中では、小学校の頃から桜と付き合いがある彼女しか、現状で確実に桜を御することのできる人物はいないからだ。この程度のことで引率の教授を呼ぶのはさすがにやりすぎなので候補からは除外してある。

 そして薫は周囲の状況を読むことに長けており、呼び出されて来た場の状況を瞬時に判断し、喧々囂々の言い争いをしている椿と桜を一瞥すると、桜の背後から忍び寄り、羽交い絞めにして拘束した。

「げえっ、薫!? なんで、ここに?」

 桜は背後から襲撃してきた人物の正体に気づくと、驚きの声を上げた。

「なんでって言われても、八坂くんに呼ばれたからよ。アンタがまた邪魔してくるから助けてくれ、ってね。さー、部屋に帰るよー。じゃ、八坂くん。それと、彼女さんやお友達も。騒がしくして悪かったわね。もう、邪魔はさせないからごゆっくりー」

 薫はあっけらかんとここに来た理由を話すと、がっちりと桜を拘束したまま、エレベーターまで引きずるようにして連行し、姿を消した。

「ふう、これでひと段落かな。それにしても、椿があんなに感情をむき出しにするのも珍しいな。付き合い始める前、明日実とやり合った時くらいじゃないか?」

 薫と桜が完全にエレベーターの扉の向こうへ消えるのを確認して、孝は大きく息を吐いた。椿に目を向けると、激しい言い争いをした結果、息を切らしているようだ。

「あの子、昔の明日実とはまた違った感じでイラッとするのよね。孝くんがあんなのに言い寄られているかと思うと、どうしても感情が抑えきれないの。孝くん、この旅行が終わったら、今度はゴールデンウィークに遊びに行くから、あんなのの誘惑に負けたりしないでね?」

 すると椿は、孝に抱きつくようにして呟く。

「わたしも、昔のわたしを見ているようで、あの子は嫌いだわ。同族嫌悪って言うのかな、こういうの。椿に負けたことは、今は納得できてる。でも、あの子には負けたくない。孝くん、信じてるからね。椿やわたし以外の女の子にオトされたりしないでよね!」

 明日実も、はっきりと桜のことを嫌いだと言い切った。

「大丈夫だ。もともと眼中に無いから。あと、明日実。さりげなく諦めてませんアピールをするな」

 対する孝は、2人の心配を笑い飛ばすと、納得できてるとか言いながら、自身をまだ孝の恋人候補に数えている明日実に釘を刺し、談笑を終えて2人と別れたのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

次回:2-07 親睦旅行(3)単純、そして帰宅。 2/14 06:00 更新予定!

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