2-05 親睦旅行(1)出発、そして開戦。
「うーん、快晴。旅行日和だ」
数日後、孝たち都台大学の新入生は、お互いを知るため、そして大学のことをよく知る上級生と交流するために毎年企画されている親睦旅行のために、チャーターしたバスで群馬の伊香保温泉に向かうことになっていた。なお、3つある学部全て日程は同じだが、行き先は学部ごとに異なっている。また、アドバイザースタッフと呼ばれる上級生の同行者がバス1台につき2名同乗することになっており、孝の乗るバスに同乗するのは、アパートで真下の部屋に住む楓と樹の双子姉妹だった。
「やあ、八坂くん。おはよう。この1泊2日の間、ボクと樹がキミたちのクラスのアドバイザースタッフとして同行するから、よろしくねー☆」
出発前、集合場所である大学の駐車場に向かうために家を出たところで、同じく出かけるところだった楓や樹と会い、そんなことを言われた。
「あ、おはようございます。はあ、そうなんですか。こちらこそ、よろしくお願いします」
しかし、いまいちリアクションが薄い孝だった。
「なんだよー、テンション低いぞー? もっと、テンションアゲアゲで行こー☆」
そんな孝に朝からハイテンションな楓は不満を示し、背中をバシバシ叩いて自らのペースに引きずり込もうとする。
「朝はあまり強くないんですよ……ふわぁ、眠い」
しかし、孝は基本的に早起きが得意ではないため、頑張って起きることはできても、普段より行動力もテンションも低くなってしまうのだ。
「か、楓ちゃん。朝からそんなに大きな声出したら、ご近所さんに迷惑になるよ……」
すると、楓の双子の妹、樹が止めに入った。まあ、現在の時刻は午前6時半。太陽が昇り始め、起きている人も多いだろうが、だからといって騒いで良いわけではないので、樹のほうが正しい。それを悟った楓も素直に引き下がり、孝は三木姉妹と一緒に大学へ向かった。
「ね、寝過ごしたぁっ!?」
なお、桜はというと、目覚まし時計を止めて二度寝してしまい、集合時間ギリギリで駆け込んできた。だが、その髪はボサボサ、化粧をする余裕も無くすっぴんという、なんとも残念な姿だったが。
孝たちを乗せたバスは八王子から中央道へ入り、圏央道を経由し、関越道へ。それなりに時間がかかることもあり、孝は出発早々に寝てしまった。しばらくして目を覚ますと、バスは関越道のサービスエリアでトイレ休憩のために停車するところだった。
「う、ん……遠藤、いまどの辺だ?」
まだ免許を持っておらず、風景だけではどこのサービスエリアなのかわからない孝は、眠い目をこすりながら隣に座っているはずの卓巳に訊ねてみた。
「んっとねー、今は上里サービスエリアだよー」
だが、返ってきたのは桜の声。ハッと目を覚ました孝が隣を見ると、出発時に隣に座っていたはずの卓巳の姿は無く、代わりに走行中に化粧を済ませたらしい桜が座っており、卓巳は後ろのほうで眠っていた。
「なんで、橋本さんが隣に? 出発するときは遠藤が隣にいたような気がするんだが……」
「あたしが八坂くんの隣に座りたい、って言って代わってもらったの。遠藤くんも移動中は寝る、って言ってたからね」
孝の疑問に対し、桜は平然とした声で答える。
「そうなのか。まあ、別になんでもいいんだけど。彼女がいるオレは他の女の子に心が揺れ動くことは無いし」
そんな桜に対し、孝は「彼女がいる」部分をやけに強調して主張し、休憩を終えたバスは再び動き出した。
さすがにそれ以上孝が寝こけていることもなく、バスが高速道路を下りて一般道へ入ろうとする頃、孝の携帯がメールの受信を告げる着信音を鳴らした。
(お、椿か。へえ、椿たちも今日からうちと似たような感じで親睦旅行に出発するのか。行き先は……伊香保温泉? まあ、いくらなんでも、そんな偶然は無いよな……)
孝はそれに対する返信で宿泊先の施設を訊ねたが、「なんとかタワーだったと思うけど、忘れた」と返ってきた。
(同じ、伊香保のどこかに椿たちも来ているみたいだけど、ホテルまで同じなんていう奇跡的な偶然でも起こらない限り、会うことはないよな。でも、『なんとかタワー』ねえ……)
伊香保の街中を行くバスの車窓から外を眺めながら、孝は先ほどまでよりずっと、この旅行が楽しくなるのを感じていた。会える確率は低いとしても、ゼロではないのだから。
数十分後、バスはホテルに到着。伊香保温泉の片隅に位置しながら、15階建てのビルが2棟並んだ、『伊香保ツインタワー』に泊まることになっている。このホテルは、1階のエントランスと、3階、6階、そして9階の渡り廊下で繋がれている部分を除けば、2棟の建物が独立した構造になっている。
バスを降りた一行が正面玄関を入ろうとしたところ、孝は正面玄関の脇にある団体客のリストに気づいた。孝たち都台大学は当然のこととして、その隣にもうひとつ、「光陵大学」と書かれていた。すると、
「このホテルには、うちと全く同じ日程で、埼玉から来ている大学も泊まるそうだ。わかっていると思うが、大学生として恥ずかしくない行動を取るように」
後ろから、引率の教授が声をかけてきた。
(埼玉……それに、この光陵大学って、オレが受験して落っこちたところだったはず。と、言うことは、だ……)
足を止めて団体客のリストを眺めながら考え事をしている孝。すると、
「八坂くん? どうしたの?」
孝の少し後ろから歩いてきていた桜が立ち止まっている孝に気づいて、訊ねる。
「ああ、いや、なんでもないよ。気にしないでくれ。あ、ほら。女子はあっちの西棟だろ?」
孝は軽く首を振ると、正面玄関をくぐり、男子部屋が割り当てられている東棟のほうに向かうが、何食わぬ顔で桜がついてこようとしているのに気づいて、女子部屋が割り当てられている西棟のほうを示してやると、桜は軽く舌打ちして西棟のほうへ向かった。
(やっぱり、そうなのか。椿たちも、このホテルに……)
そこに再び椿からのメールが入り、孝は自身の考えが間違っていなかったことを悟る。予想もしていなかった場所で会えるかもしれない嬉しさがある反面、初対面以来、やけに熱烈的なアプローチをかけてくる桜と出会ってしまったら、どうなってしまうのかと不安にもなるのだった。
「おーい、八坂。早く部屋に荷物を置いてこないと、時間が無くなるぞ。他の人も待ってるから、早く来い」
考え事をしながら歩いているため、他の者より移動速度が低下していた孝に、同部屋になっている卓巳が声をかけた。卓巳や義仁はすでにエレベーターに乗り込んでおり、孝を待ってくれていた。
「あ、ああ。済まない、今行く」
卓巳の声で我に返った孝は、荷物を抱えてエレベーターに乗り込んだ。
孝たち都台大学には女子部屋の西棟、男子部屋の東棟ともに15階建ての建物のうち10階から14階が割り振られている。もうひとつの光陵大学には5階から9階が割り当てられているようで、孝を待っていたエレベーターにも数人ほど、見知らぬ顔が相乗りしていたが、彼らも8階で降り、エレベーターには孝たちだけになった。他の都台大学の学生は卓巳や義仁が孝を待っている間にとっくにエレベーターで上がっていったらしい。ちなみに、両棟ともに最上階の15階はいわゆるVIPルームのような構造らしく、こうした団体客には開放していないそうだ。
「ここだな、俺たちの部屋は。へえ、いい眺めじゃないか」
3人の部屋は、11階、1104号室。窓から外を眺めると、近くにはこの建物に匹敵するような高さの建物は存在しないため、かなり遠くまで見通すことができていた。彼方にうっすら見えているビル群は都心のものだろうか。
「3時に9階の渡り廊下の真ん中にある集会場に集合だったな。10分前だし、そろそろ行かないとまずいんじゃないか?」
外を眺めるのに夢中になっている卓巳と義仁に、孝が時間が迫っていることを告げる。先ほどまでとは立場が逆転している。
「お、おう」
2人はややバツが悪そうに窓から離れると、孝とともに階段で9階へと下りて集会場へと向かった。本音はエレベーターを使いたかったが、みんな考えることは同じ。上から降りてきたエレベーターは満員で乗れなかったのだ。待っていたら集合時間に遅れてしまうため、たった2フロア分だと割り切って階段で下りることにしたのだった。
集会場は大宴会場としても使用可能な、300名以上収容できる広さを誇っている。孝たち都台大学の法学部1年生は全部で250名。これにクラスごとに付けられた上級生のアドバイザーが各クラス2名で10クラス分、20名。引率役の教授が10名の、計280名なので、まだ少し収容人数には余裕があった。
まずは引率役の教授の1人が旅行中の注意事項をいくつか挙げる。特に同じホテルに宿泊する他大学の学生に迷惑をかけるようなことをしないなど、中高生ならともかく、大学生になってまで言われるまでも無いような話ばかりであった。もっとも、中にはこういう旅行でハメを外す者もいると思われるので、警告は必要なのだろうが。
続けて、各クラス付きのアドバイザースタッフが次々に登壇しては自己紹介をし、大学生活の楽しさやサークル活動及び部活動の魅力を語り、その場で勧誘するものもいた。教授が注意をしないところを見るに、一種の恒例行事のようだ。
「ボクは三木楓。4年生だよ。双子の妹の樹と一緒に、アメリカンフットボール部のマネージャーをやってるから、興味がある人は一度グラウンドに見学に来てねー☆」
もちろん、孝たちのクラスのアドバイザースタッフとして同行している楓と樹も登壇したが、樹はやはり楓の斜め後ろに隠れるような立ち位置で、挨拶は全部楓が発言していた。
その後、上級生や隣にいる仲間たちとの親睦を深めるために全員参加でのゲーム大会が行われ、2時間ほどでこの集会はお開きとなった。
「それでは、解散します。この後は一旦自由時間となり、午後6時半に、6階の渡り廊下にある大食堂で夕飯となります。食堂では埼玉の光陵大学さんも同じ時間に利用されますので、席の数は十分あるはずですが、お互い譲り合って利用するようにしましょう」
途中から司会進行を務めていたアドバイザースタッフが解散宣言と、次の予定を告げると、さっさと立ち上がって自室に戻る者、その場に留まって周囲の仲間たちと談笑したり、アドバイザースタッフに突撃してさらに詳しい話をお願いしていたりするなど、思い思いの行動を取り始めた。
孝は早々に部屋へ戻ることを選び、卓巳や義仁とともに集会場を出た、その直後。
「やっさかくーん♪」
背後から桜が人込みをかき分けながら猛然と駆け寄り、最後は飛びつくような腰へのタックル。
「うおっ!? 危なっ! いきなり何するんだ、橋本さん!?」
そんな不意打ちにも、孝は少しよろけただけで、倒れることなく踏ん張りきった。しかし、それでも身体、特に膝周りにかなりの負荷がかかったようで、膝を気にしながら腰にしがみつく桜に抗議する。
「だってぇ、部屋が別々で寂しいんだもん、もう少し構って欲しいな?」
すると、身長差に加えて桜が孝の腰にしがみついているため、自然と上目遣いで見上げるような格好で桜がのたまう。
「何を言ってるんだ? 男女で部屋を分けるのは当たり前だろう。これが個人的な友人同士の旅行だったらその限りではないかもしれないけど、大学が主催する公式行事だぞ。男女できっちり分けないと、何かあったらどうするんだ」
呆れた様子で孝がボヤきつつ、後ろから腰にしがみついている桜を引き剥がそうとする。
「えぇー、あたしはむしろ大歓迎なんだけどなー」
桜も離れたくないと踏ん張りつつ、男女の過ちバッチコイ、な姿勢を見せる。
「オレや大学側が構うんだ!」
しばしの攻防の末、どうにか桜を引き剥がすことに成功した。と、その時。
「孝くん……!?」
聞き慣れた声が、孝の耳に届いた。直前まで、まだ追ってくるであろう桜を警戒して背後を気にしていたが、声が聞こえた瞬間バッとそちらへ振り向いた。
「椿、それに明日実も……」
孝の目に、およそ2週間ぶりに会う恋人と友達の姿が飛び込んできた。2人はエレベーターで9階へ上がってきて、部屋へ向かう途中、渡り廊下の先で聞き慣れた孝の声が聞こえるのに気づいて、部屋へ向かう道を逸れて渡り廊下のほうへ来たようだ。
「八坂くん、待ってよぉ」
桜が追いかけて来て、再び孝の腰にしがみつこうとする。
「うるさい黙れ。せっかくの再会を邪魔するな。……あ、上野さん。いいところに来てくれた。済まないんだけど、ちょーっと橋本さんを預かってくれないかな?」
「はいよー。パッと見でも状況は把握できたから、引き受けるわ。早く、行ってあげな」
しかし孝はがっしりと桜のタックルを受け止めると、さらに続いて出てきた薫に声をかけて桜を薫のほうに突き飛ばし、引き取ってもらう。薫は孝と桜の置かれた状況、そして孝の頼みごとに素早く周囲の状況を見回し、先日写真を見せてもらった椿がいることに気づくと、抵抗する桜の首根っこを抑えて拘束し、孝を促す。
「サンキュー。後でジュースの1本でも奢るよ」
孝は薫に礼を言うと、椿たちのもとへ歩み寄った。
「よっ、久しぶり……っていうほどでもないか。まさか、こんなところで会えるなんて、思ってなかったよ」
「ホント、すごい偶然だよねっ! ねえ、椿。……椿?」
明日実がやや興奮したように言い、椿にも同意を求めようとしたが、反応が無いので、顔を覗きこんでみると、椿は静かに涙を流していた。
「お、おい椿!? どうしたんだっ!?」
突然泣き出した椿に孝は激しく動揺し、血相を変えて訊ねる。
「ううん、なんでもないの……なんだか、会えたら嬉しくなっちゃって……」
どうやら、衝動的なものだったようで、1分ほどで椿も泣き止み、ハンカチで涙を拭いて再会を喜んだ。と、そこへ、
「あっ!? 待ちなさい、桜っ!」
「やーさーかーくーん!!」
桜が薫の拘束を振り切り、勢いをつけて孝に背後からタックルした。
「ぐおっ!? いい加減にしろっ! 邪魔をするなと言ったはずだ!」
背後からの不意打ちということもあって、怒りをあらわにした孝は桜をいつになく力ずくで引き剥がし、勢い良く突き飛ばすと、再び椿たちのほうへ向き直った。なお、桜はすっ転んでいる。
「孝くん、その子は? 今の大学での知り合い?」
やり取りをポカーン、として見ていた明日実がようやく再起動、桜のほうを指差して孝に訊ねる。すると、
「あたしは橋本桜。八坂くんのクラスメートで、恋人候補だ!」
桜は即座に起き上がって会話に乱入してくるどころか、堂々と、とんでもない発言をしている。
「孝くん……浮気?」
椿が、今にも再び泣き出しそうな表情で訊ねる。
「そんなわけないだろう。橋本さんが勝手にそう主張しているだけだ。オレの彼女は椿、お前だけだ」
孝は椿を落ち着かせるべく、穏やかな声で話す。それを援護するように、
「はっ、お互いに苗字で呼び合うような関係で、よくもまあ恋人候補だなんて言えたものね。恋人候補を自称するなら、せめてわたしや本当の恋人である椿みたいに、ファーストネームで自然に呼び合えるようになってから、出直したほうがいいんじゃない?」
明日実が腰に手を当て、勝ち誇ったように桜に言う。さすがに漫画とかでよくあるお嬢様系キャラではないので「おーほほほ」などといういっそありえない高笑いまでは出なかったが。
「そっちの椿って人はやさ……じゃなくて孝くんに写真見せてもらったけど、そこのアンタはなんなのよ!?」
しかし、桜は少々不利な状況でも、負けを認めてあっさり引き下がるような殊勝な少女ではない。苛立ちを隠そうともせず明日実に噛み付く。
「わたし? わたしは古川明日実。孝くんとは小学校時代の同級生で、高校で再会したときに孝くんをめぐって椿とライバルだったの。結果的には椿が選ばれてわたしは負けちゃったけど、孝くんが選んだんだから、一応気持ちの整理はつけられているわ。それ以来、2人の親友よ」
今にも本当に牙をむいて飛び掛ってきそうな雰囲気をかもし出す桜を軽くあしらうように、明日実は2人との関係を明かす。
「あ、古川さんも桐生さんもこんなところにいた。一緒に歩いていたはずなのに、急に姿が見えなくなったから、探しちゃったよ」
椿や明日実の背後、西棟の通路から顔を覗かせた女性が2人を呼んだ。
「あっ、ゴメンね、面倒かけちゃって。今、行くわ。じゃあ、孝くん。また後でメールか電話をするわね。それと、そこの……桜さん、でしたか。孝くんは私の恋人です。絶対に、渡しませんからね!」
椿は探しにやってきた女性に謝ると、桜に指を突きつけて宣戦布告とし、明日実やその女性とともに西棟のほうへ姿を消し、それを合図に孝も椿たちに軽く手を振り東棟のほうへと去っていく。
「あ、あんな女になんか負けないんだから……!」
後には、悔しげに肩を震わせ、拳を握り締めて宣戦布告を受け止める桜と状況を見守る薫の2人が残されたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回:2-06 親睦旅行(2)ホテルの夜 2/13 18:00 更新予定!




