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1-12 夏休み、臨海学校準備編【リメイク版新規エピソード】

「早いもんだな、もう1学期が終わって夏休みに入るのか」

 孝が椿と付き合うことを決めてからおよそ1週間。世間では梅雨明けが発表され、孝たちの松林高校でも1学期の終業式を迎えていた。蒸し風呂と化した体育館での校長の長話に、そこかしこで体調不良者が続出し、校長が全部話しきることを断念するなど、多少のハプニングはあったが、孝自身を含む1年1組の面々や、明日実が所属する3組はどうやら体調不良者は出なかったようだ。

「さて、それではみんなお待ちかねの通知表だ」

 教室に戻り、ホームルーム。担任の後藤の言葉に、あちこちから「待ってない、待ってないですからっ!」などと悲鳴じみた声も聞こえたが、当然のごとく黙殺され、通知表は手渡された。

「それと、夏休みと言えば宿題だよな。毎年、科目別の担当教諭によって内容は異なるが、今年は国語、数学、英語の3科目で、課題のプリント集を解いて休み明けに提出、だそうだ」

 各々通知表を見て顔を引きつらせている中、追い討ちをかけるかのように後藤が取り出したプリントの山を目の当たりにし、勇太や拓也など、数名ほどが某有名画家の傑作絵画のモチーフのようになっている。

「3科目それぞれに、両面印刷のプリント問題集を10枚ずつとか、とんでもない量だな」

 孝はそのような状態には陥っていないが、それでも多少顔が引きつっている。

「孝くん、勉強会みたいな感じで一緒に宿題をやらない? 私、数学が苦手だから教えて欲しいんだけど」

 すると、椿が困った顔で勉強を教えて欲しいと頼んできた。

「ああ、わかった。細かい話は後でな」

 孝は即答で了承して見せた。

「さて、通知表に宿題と、みんなにとっては嫌なものが立て続けに来たわけだが、学校側もそこまで鬼じゃあない。ここでひとつ、いい知らせを配ろうか」

 宿題に関する教室内のざわめきがある程度収束したところで、後藤が新しいプリントを取り出し、配布し始めた。それを受け取った前列の席から順に、通知表や宿題以上のざわめきが広がっていく。

「プリントは行き渡ったな? そうだ、臨海学校だ。夏休みの後半、8月の23日から2泊3日で、千葉の九十九里浜だ。詳しいことは、配ったプリントに書いてあるから、よく読んで、各自支度を整えておくように。それじゃあ、これで終わりにしよう。臨海学校まで登校日は無いので、あまりハメを外し過ぎないように、臨海学校で元気な姿を見せてくれ」



「孝、助けてくれぇ……」

 解散するなり、凄まじいまでの宿題の量に、勇太が孝に泣きついてきた。

「わからない部分を教えるのは構わないが、最初から頼るのだけは認めないからな」

 宿題を丸写しするような真似をさせてしまえば、何のための宿題かわからなくなるので、孝はあらかじめクギを刺しておく。

「わ、わかった」

 勇太はやや目を泳がせているが、孝の協力無しにはこの宿題の山を攻略することはできない自信があるので、その条件を呑んだ。



 その後、7月が終わるまでの間に孝は家に椿、明日実、それと勇太を招いて、1科目につき3日間をかけてみっちり宿題を終わらせるための勉強会を開催し、宿題を全て片付ける頃にはどちらかと言えば勉強が苦手だったり嫌いな明日実と勇太が揃ってグッタリしていたのだった。この間、さすがに明日実も孝にちょっかいをかけている場合ではないことを自覚していたのか、真面目に勉強会に参加していたことを追記しておく。

 また、余談ではあるが、孝の両親、孝介と恵子は先日旅行から戻った際に、旅行についていろいろと考える、と言っていたにも関わらず、その舌の根も乾かぬうちに、再び出かけている。ただ、今度は国内、九州へ向かう、といつもの置き手紙で明言している点で、今までとの違いを示したのだろうか。期間もおよそ2週間程度、と区切っており、孝はそれを逆手にとって今回の勉強会に充てたのだ。もっとも、別に両親が在宅していたところで孝が勉強会を開くのに何の問題も無いのだが、6畳の自室に4人も入るのは、主に集中力とかの面でよろしくないため、広い居間を使えるほうがやりやすいのは確かだった。それでも、少し目を離すと孝の部屋を家捜ししようとする者がいたりするので、なかなか大変ではあったのだが、それこそ語るまでもない余談である。



「買い物って、水着かよ……」

 お盆を過ぎ、臨海学校まであと数日になったある日のこと。孝は椿から買い物に付き合ってほしい、と頼まれ、それを快諾して待ち合わせの北羽村駅に向かうと、椿だけでなく明日実もいた。久万谷くまがやのほうに向かうと言うので、両手に花、というような状況で電車に乗り、久万谷へ。久万谷の駅ビルにはいろいろな店舗が入っているので、迷いなく歩を進める椿たちに着いていくと、そこは女性用水着を中心に取り扱うお店だった。あまりの居心地の悪さに、孝のボヤきが漏れる。

「だって、臨海学校での水着は派手過ぎない限りは自由って書いてあったし、それに何より、私は去年の水着が着れなくなっちゃってるの。だから、孝くんに選んでほしいんだけど、ダメ……かな?」

 すると、椿がやや上目遣いで顔を赤らめながら孝に頼む。

「い、いや……ダメじゃないけど」

 あまりに可愛すぎる椿の姿に、孝もまた顔を赤らめ、照れながら答える。

「ちょっとお2人さん、わたしもいるってこと、忘れないでね?」

 そんな、初々しいカップルぶりを見せ付ける孝と椿に、明日実が割って入り、存在をアピールする。

「あ、ああ……忘れてはいないぞ。でも、まさかとは思うけど、明日実までオレに水着を選んで欲しいとか、言わないよな?」

 違っていて欲しい――そんなわずかな希望を胸に孝は明日実に訊ねた。

「えっ? 選んでくれないの?」

 しかし、孝の希望はたった一言で打ち砕かれた。元より身長差があるとはいえ、上目遣いで見つめられてはたまらない。椿と付き合うようになって以降、デレデレになった孝は明日実からの視線アピールにも弱くなったと自覚している。もちろん、いくらデレデレになっても、一線を超えるつもりは無いが。

「はぁ……言っておくが、オレのセンスには期待するなよ?」

 孝は椿が頷くのを横目に見てから、仕方ない、という態度を前面に出してようやく了承して見せた。なお、孝が椿と付き合うようになったということは、明日実の恋は実らなかった、ということになるが、実際はそれ以降も良き友達として、明日実は孝や椿と一緒にいる。なんだかんだで、明日実はムードメーカーとして無くてはならない存在になっていたようだ。無論、当人はスキあらば孝をかっさらう気でいるので、そのような行動に出た際は椿が全力で阻止せんとしている。


 結局、椿も明日実もそれぞれ自分で候補を選び、その中から孝が選ぶ、という形を取り、椿はビキニタイプを、明日実はワンピースタイプに決めた。その後、選んだ水着を試着。高校生離れした驚異の胸囲を持つ椿に、店員をはじめとした店内にいた女性たちはため息をつき、孝は椿を直視できず、顔を真っ赤にしていた。なお、明日実も水着はよく似合っていたが、椿のような反応は得られず、やや不満そうな表情をしていた。

「ところで、孝くんは水着を買わないの?」

 買い物を済ませ、帰ろうと椿や明日実に声をかけようとした孝だったが、その機先を制するように明日実が訊ねてきた。

「うん? 別にオレは去年までのがまだ着れるだろうからな。買う予定はないぞ?」

 孝は首を横に振って否定する。

「え、去年までのって、まさか中学の学校指定の?」

 すると、孝の中学時代を知る椿が声を上げる。

「ああ、そうだけど、何か問題がある?」

 孝にとって、水着とは着て泳ぐだけのものであり、デザインにこだわりはなく、「着られればそれでいい」という考えのため、椿が何を気にしているのかわかっていなかった。

「何か問題がある、どころか問題しかないわよ。中学の時はアレが学校指定だったから仕方なかったけど、せっかく高校生になって、学校指定っていう制限が無くなったのよ。新たに課された制限だって、派手すぎなければOK、っていう制限とも言えないものでしかないんだから、あんなダサい水着をいつまでも着るのはどうかと思うわ」

 椿が心底げんなりしたような表情で中学時代の水着を振り返り、買い替えを提案する。なお、孝や椿の中学時代の水着は、男子は紺一色のハーフパンツ型と、一見悪くなさそうに見えるのだが、ワンポイントも無いため、非常に野暮ったいのだ。さらに女子は、現代ではもはや伝説とも言える、スクール水着。もちろん色は紺で、胸元に大きく名前を書くようになっていた。さすがに、小説や漫画などと違い、平仮名で名前を書いているような猛者はいなかったが、毎年の生徒総会で水着の変更が議題に上がる程度には、嫌がられていたようだ。それでもその議題が可決されなかったのは、全学年において、スク水賛成派と反対派が拮抗していたからに他ならない。毎年のように激論を繰り広げ、総会の時間切れで採決に至れなかった年があったり、採決に至れてもギリギリのところで反対派が上回って改正案が否決され続けてきた結果、孝たちが在籍している間には水着は改定されなかったのだ。

「でも、去年のがサイズ的に着られなくなったわけでもないのに、もったいなくないか?」

 それでも買い替えを渋る孝。

「孝くん。あの水着に関してはね、まだ着られるとか、そういう話じゃなくなってるの。正直な話、あんなダサい水着を着た孝くんを見たくないのよ。……あ、そうだ。孝くん、確か誕生日がこの時期じゃなかったっけ?」

 椿も退くわけにはいかないと、恋人としての本音もぶちまけて説得を試みるが、ふと思い出して、孝に誕生日を訊ねる。

「あ、ああ。この時期も何も、明日の8月20日が誕生日だよ」

 いつも以上に真剣な瞳で見つめてくる椿に多少の戸惑いを滲ませながら、孝が答えると、

「明日? それなら、ちょうどいいわ。孝くんの水着、私がプレゼントしてあげる」

 椿はニッコリと笑うと、孝の腕を取り、歩き始めた。傍目には腕を組んで歩く仲睦まじいカップルのようでいて、実態は、今日に限っては、だが彼女に強制連行される彼氏の図、でしかなかった。もっとも、孝にとっては椿の巨乳が腕に当たることで理性を保つのに必死で、強制連行されることに抵抗する余裕すらなかったりするのだが。

「ちょっとぉ!? わたしを置いていかないでよーっ!」

 トントン拍子に話が進んだために、話に割り込めず様子を見ていた明日実が置いてけぼりをくらい、慌てて2人の後を追いかけていった。


 同じ駅ビルの中には先ほどの水着の店とは別に、スポーツ用品全般を扱う店舗も入っており、そこでは季節商品として水着が陳列してあったが、すでに8月も下旬に差しかかろうとしている時期なので、割引セールが始まっていた。品にもよるが、おおよそ3割から6割程度までの値引きがされた値札がデカデカと貼られた水着が所狭しと陳列されており、孝はしばらくの間、椿や追いついてきた明日実によって、着せ替え人形のような状態にされるのだった。


「疲れた……」

 結局、全ての買い物が済んで、帰りの電車に乗ったのは夕暮れ時。始発駅なので余裕で椿や明日実とともに座席に腰を下ろした孝は、そう一言漏らすと、ぐでん、と座席に深く背を預けて寝息を立て始めた。

「……」

「……」

 眠ってしまった孝を間に挟み、両側に陣取る椿と明日実は無言で視線を交わす。その目は雄弁に語っていた。「膝枕がしたい」と。


 しかし、互いに牽制し合い、どっちも行動に移せないまま、電車は無情にも北羽村に到着するというアナウンスを流し、孝は起こされた。

「寝ちまってたのか。オレさ、あまり寝相が良くないって昔から言われるんだけど、2人に寄りかかったりしてなかった?」

 ホームに降り立ち、思い切り背伸びをしながら孝が訊ねると、

「だ、大丈夫だったよ? ね、椿?」

「え、ええ。大丈夫よ。(むしろ寄りかかって欲しかった……)」

 明日実も椿もこくこくと首を縦に振った。

「ん? 椿はどうかしたの?」

 小さな声で何か呟いたような声が聞こえた気がしたので訊ねてみたが、「なんでもない」と返ってくるのみだった。


 いよいよ、2泊3日の臨海学校が始まる。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回:1-13 夏休み、臨海学校その1【リメイク版新規エピソード】 7/14 06:00 更新予定!

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