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1-13 夏休み、臨海学校その1【リメイク版新規エピソード】

 8月23日、午前7時。今日から臨海学校が始まる、ということで、孝たちは眠い目をこすりながら学校に集合していた。ここから、各クラスごとにバスに分乗し、千葉の九十九里浜を目指すのだ。なお、初日はほぼ移動のみで終わってしまうため、夕飯の支度から、各クラス、各班ごとの活動が始まる。実際に海で泳いだりするのは、2日目だけだ。

 集合後、点呼を取り、順次バスに乗り込んでいく。孝と椿は1組なので1号車、明日実は3組なので3号車に乗車するはずだったのだが……

「おい待て、明日実はこっちじゃないだろうが」

 いつの間に紛れ込んだのか、1号車に乗り込んだ孝の隣に明日実が座っていた。

「わたしも孝くんの隣がいい」

 などと堂々と主張するも、当然受け入れられるはずも無く、孝の説得を明日実が渋々ながら受け入れる形で、明日実は本来乗るべき3号車に移動し、一行は予定の時間を15分ほど遅れて出発したのだった。


 松林高校1年生、6クラス分の生徒を乗せたバス6台は、網の目のごとく繋がっている高速道路網を駆使して走り、午後3時過ぎ、宿舎となるホテルに到着した。

「んぅ……?」

 走っている間のほとんどを寝て過ごしていた孝は、目を覚ましたとき、やけに柔らかい感触が頬に当たっていることに気づいた。

「あ、孝くん。起きた? 着いたみたいだよ?」

 もぞもぞと動き出した孝に、上から声がかけられた。

「つ、椿……?」

 その声に一気に目を覚ました孝は、自分がどういう状況になってるのかを察し、顔を赤くしていた。

「別に、気にしなくてもいいんだよ? 私が膝枕をしてあげたかった、それだけなんだから」

 そう、出発早々に眠ってしまった孝は、隣の席に座っていた椿がその頭を引きずり倒し、半強制的に膝枕の姿勢に持ち込んだのだ。それを見て、通路を挟んで反対側の座席にいた勇太は奥歯をかみ締め、拓也はネタを確保、とばかりにデジカメに収めていた。他のクラスメートも、特に男子が孝への嫉妬で暴れだしそうな雰囲気になりかけたが、走行中の車内で暴れるには狭すぎる点と、椿が先手を打って「しーっ」と指を口元に当てて静かにするよう要求したため、何事も起こらず、孝は膝枕をされ続けたのだ。なお、同乗していた観光バスのガイドさんも空気を読んで、マイクを使わない肉声で、かつ最低限の案内に留めていた。

「へぇ……ホントに海が目の前なんだな」

 ホテルの駐車場に停まったバスから降りると、ホテルからわずか20メートル、道路1本挟んですぐ目の前に、砂浜が広がっていた。

「そうだねー♪ 潮の香りがすごーい♪」

 孝の呟きに反応したのは椿ではなく、いつの間にか横にいた明日実だった。

「うおっ!? 明日実、いつからそこにいた!?」

 孝たちがバスを降りた時点では他のクラスのバスは到着していないか、ちょうど駐車場に入ってくるところであり、明日実がいることを想定していなかった孝は本気で驚いていた。実を言うと、孝がここまで驚いていたのには、先ほどまで椿にされていた膝枕の件が気恥ずかしく、明日実には知られたくない、という想いが動揺を生んだからでもあるのだが、なんとか隠し通そうと必死に取り繕っていた。

「んー? ホント、たった今だよ? 孝くん、ちょっと様子がおかしいみたいだけど、バスの中で何かあった?」

 しかし、割と冷静なことが多い孝が動揺しているという点だけで、明日実にとっては違和感があったようだ。スッ、と目を細めて問いかけてくる。

「い、いや何も無かったぞ?」

 孝もなんとか平静を装って返そうとしたが、わずかな動揺を隠し切れず、返答にやや詰まってしまう。それだけでも明日実には疑う理由としては十分だったろうが、ここでさらなる爆弾を放り投げたヤツがいた。

「孝なら、バスの中で愛しの彼女に膝枕してもらってたぞ?」

 スッと近づき、クク、と悪役まっしぐらな笑い方をしながら爆弾を投下した男――勇太は、少し距離を置いて孝たちの様子を見ている。

「ゆ、勇太てめえ……!」

「ふーん……膝枕、か」

 一応、孝と椿は正式に交際している恋人同士なので、イチャつくことに誰かの許可が必要などということはない。ないのだが、一種の閉鎖空間であるバスの車内でイチャつかれたこと、それを真横で見せ付けられた勇太の心中は、お察しいただけるだろうか。そんな勇太のささやかな復讐に、孝は抗議の声を上げたが、夏の浜辺だというのに底冷えするような明日実の声が響き、孝は黙り込む。後ろで見ていた勇太や他の男子すらもその迫力に野次の声を上げることすらできずに黙り込んだ。すると、明日実は駐車場だということをまるで気にした様子もなく、その場で座り込むと、

「孝くん」

 まるで抑揚のない声音で孝を呼んだ。

「わたしにも、膝枕、させてくれるよね?」



 結論から言えば、孝が明日実の膝枕を堪能することは無かった。あの後すぐ、全クラスがホテルに到着し、全体点呼がかかったからだ。もっとも、仮に点呼がかかっていなくとも、そろそろ椿が介入してきていただろうが。それでも、あからさまにホッとしている様子の孝に、明日実は悔しげな表情を浮かべて点呼に向かうのだった。


 夕飯の支度から、いよいよ臨海学校の本格的なカリキュラムとなる。あらかじめ決めてある班ごとに、野外での調理実習よろしく自分らの夕飯を作るのだ。

「とはいえ、メニューはカレーライスだし、問題ないだろ」

 孝が班長を務めるこの班は、孝に勇太、拓也が男子メンバー。そして女子メンバーに、椿のほか、新岩紀子あらいわ・のりこ、そして三峰絵梨みつみね・えりという名前の女子が入っているが、孝は、いや勇太や拓也もだが、同じクラスでありながら、紀子も絵梨も、どちらとも話したことが無いのだ。今回の班分けにおいて、あらかじめ男子は男子で3人班を、女子は女子で3人の班を作り、当事者同士で話し合ってその班同士を組み合わせ、男女6人の班を作ったのだが、孝が椿のいる班と組んだところ、紀子と絵梨が椿の班に入っていた、というわけだ。

「じゃあ、オレたち男子で米を炊くから、女子のほうでカレー鍋をお願いしていいか?」

 各班ごとに分配された食材を受け取り、いざ調理開始。孝は自炊に慣れているためカレーも1人で作れてしまうが、ここでは班員をまとめて協力しなくてはならない。しかし、勇太や拓也はやはり家庭では料理などしているはずもなく、あまり戦力にはならない。また、女子のほうも、椿は孝と同等以上に料理ができることを確認してあるが、これまで話す機会すらなかったあとの2人は、どの程度できるのかがわからない。さりとて、最低でも椿がいる以上、全てを事細かに指示することが必要だとも思えないので、男子と女子で役割を分けてとりかかることにした。

「わかったわ。それじゃあ……」

 それを受けて、副班長として女子側を率いる椿がそれぞれの分担を決めていく。



『いっただっきまーす!!』

 他の班などで多少のドタバタはあったようだが、壊滅的な失敗をしてしまった班は無く、一同は無事に夕飯のカレーを完成させた。

「うん、美味い!」

 皆で協力して作ったカレーに舌鼓を打つ勇太。なお、勇太も拓也も、米を炊く作業にはほとんど参加していない。孝はそれぞれに米研ぎをやらせようとしたが、研ぎ汁を捨てる際に汁だけでなく米そのものまで流しそうになっていたため、早々に諦めたのだ。その後は、参加していないのがバレないよう、手伝っているフリをさせ続けていたが、どうやらバレずに済んだようだ。

「紀子? 絵梨も、変な表情かおして、どうかしたの?」

 食べ始めて早々にしかめっ面をしている2人に気づき、椿が訊ねてみると、

「んー、悔しいけど、美味しいなって思ってね」

「そうそう。最初はさ、いくら椿ちゃんの彼氏で、この班の班長とはいえ、八坂くんみたいな男子が料理のことで仕切るなんて、って思ってたんだけどさ……」

 浮かない表情をしていた紀子と絵梨だったが、その口から語られたのは、この夕飯を作るに当たって指揮を執った孝を見直す発言だった。

「あたしも、それなりに料理には自信あるつもりだったけど、ちょっとアレには敵わないかな」

「そうだね、わたしは紀ちゃんや椿ちゃんに比べたら料理はできないけど、それでも男子には負けない、って思ってた。でも、八坂くんには勝てないし、勝てなくてもいいかな、って思えるわ」

 孝の料理に関する技量は、女子をも上回ると、紀子も絵梨も白旗を上げた。

「ふふ、でもね? そんな孝くんも、完全無欠じゃあないんだよ?」

 班分けの際、孝のことを「地味」などとこき下ろしていた紀子や絵梨に対して、「班行動で一緒に過ごせばわかるよ」と話した椿。素直になった友人たちに、食事中の孝の様子を見るよう促すと、当の孝は――

「か、辛い……」

 皿に盛られたカレーがあまり減っておらず、食が進んでいないようだった。

「……えっ? 辛い? このカレーって、中辛だったよね?」

 思わず近くにあったゴミ箱の中に捨てられている有名メーカーのカレールーの箱を見ながら確認するように呟いた紀子に、

「うん。今日私たちが作ったのは中辛だったよ。でも、孝くんは辛いのが苦手みたいでね。甘口じゃなくちゃダメみたいなの」

 椿が頷いて、事情を明かす。

「あ、甘口って……なんかすごく意外ね」

 まるで想定外のところにあった孝の弱点に、絵梨がため息を漏らす。なお、孝は椿たちが自分を話のタネにしていることは気づいていたが、水を片手にカレーと格闘するのに忙しく、話に混ざることも、反論したりすることもできないのだった。また、この夕飯の調理はクラスごとにそれなりに離れた場所で固まったために、明日実が孝にちょっかいをかけにくる余地はまるでなかったことを追記しておく。



「ふいぃ……」

 夕飯が済んだところで、クラスごとに時間を区切っての入浴。孝たち1組は、2組とともに初日の今日は1番手。ホテルの大浴場は温泉を利用しており、湯船に浸かるや否や孝がオッサン臭い声を上げていた。誰も得をしないので男湯の詳細な描写は避ける。


「ねえねえ椿ちゃん。八坂くんのどこに惹かれたの?」

 一方、女湯はというと、姦しいどころの話ではなかった。数人のグループごとに思い思いの話を持ちかけていたが、中でも椿は湯船の中で紀子や絵梨に挟まれ、質問責めにされていた。

「どこ、って……孝くんとは中学時代からの同級生なんだけど、他の皆が私の胸ばっかり見てる中でも紳士的に接してくれてたところとか、やっぱりさりげない優しさ、かな」

 改めて聞かれるのは恥ずかしいのか、顔を赤くして答える椿。

「そっかぁ、彼女の目の前で言うのもなんだけど、八坂くんってブサイクでもないけど、でも決してイケメンでもないから、椿みたいに可愛い子がどうして、って思ってたけど、やっぱ男は顔じゃなくて中身、ってことね」

 紀子は椿の答えに、疑問が解消してスッキリした表情をしていた。

「きゃうっ!?」

「で、確か椿ちゃんと八坂くんが付き合いだしたのって、夏休みに入る少し前よね? もう八坂くんとはヤることヤったの?」

 すると、絵梨が椿の背後に回り込み、その巨乳をわしづかみにしながら訊ねた。不意打ちを食らって素っ頓狂な声を上げさせられただけに留まらず、あまりにも明け透けな質問内容に、周囲は聞き耳を立てる一方、訊ねられた椿は動揺してさらに顔を真っ赤にさせていた。

「絵梨ぃ……アンタはオヤジかっ!?」

 顔を真っ赤にして黙り込んだ椿に代わり、紀子が絵梨の頭を引っ叩いてツッコむ。

「紀ちゃんは気にならないの? こんな可愛い女の子と付き合ってる高校生男子だなんて、毎日のようにヤりたい衝動を抑えてるに決まってるわ!」

 しかし絵梨は反省する様子を見せず、さらに熱弁を振るう。

「そりゃ、気にならないって事もないけど、それでも大浴場こんなところでおおっぴらに聞くような話でもないでしょうよ」

 紀子も本音としては気になるようだが、それでも絵梨よりは常識人なようで、大浴場こんなところでのそういう質問は控えるよう忠告する。

「えーっと……さっきの質問についての回答は、【NO】よ。孝くんがどういう風に考えているかまではわからないけど、少なくとも今までそういうことを求められたことは無いわ」

 すると、ようやく再起動を果たしたのか、椿が小さな声で絵梨の質問に回答を寄せた。

「ウソ……なに、八坂くんって不能なわけじゃないでしょ?」

 まさかの回答に、絵梨がショックを受けたように震える。

「コラコラ、失礼なこと言わないの。単純に、八坂くんが紳士的に振る舞っていることの証明でしょ。草食系、とまでは言えないかもしれないけど、年がら年中そういうことばかり考えているような普通の高校生男子とは違う、ってことなんだろうね」

 そんな絵梨を紀子が嗜め、先ほど椿の話にあった孝の紳士性を肯定してみせる。そうしていると、ガラリと脱衣所に繋がる扉が開けられた。

「ちょっと、時間過ぎてるんだけど、まだー?」

 その言葉に椿たちが周囲を見回すと、いつの間にか自分たちを除いて誰もいなくなっていた。

「ごっ、ごめん! すぐに出るからっ!」

 話に夢中になるあまり、クラスに割り当てられていた入浴時間を過ぎていたらしい。3人は気まずい雰囲気の中、入浴を終えるのだった。


 なお、続いての3組&4組の入浴時間では、明日実が湯船の縁で足を滑らせ、湯船にウルトラマンのごとく飛び込んでしまうハプニングはあったが、それ以外は特に何も起こらず入浴を終えていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回:1-14 夏休み、臨海学校その2【リメイク版新規エピソード】 7/17 06:00更新予定!


7/15 サブタイトルを修正しました。

旧:1-13 夏休み、臨海学校初日【リメイク版新規エピソード】

新:1-13 夏休み、臨海学校その1【リメイク版新規エピソード】

話の区切りが初日・2日目・3日目という具合に行かなかったので。公開した部分のストーリー展開に変更はありません。

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