大人の階段の~ぼる~♪
何だか悪夢の連続受難の特売セールみたいな一日だったが、しかしそれで終わりではなかった。
「あ、棗生くんよ!」
「噂の君だわ!」
「時の人登場ね!」
寮の部屋に戻ろうとした俺が最初に見たのは、何故か俺たちの部屋の前でたむろっているクラスメイト&寮生たちだった。
「?」
「なんだろうね?」
俺も邑璃も訳が分からずにただ首をかしげるばかりである。
一体どういう状況なのか?
「ねえ、棗生くん!」
「は、はい?」
あの男装以来、俺の事を『棗生くん』と呼ぶ女子が増えたことは記憶に新しいが、何だかその呼び方にいつも以上の熱が籠っているように聞こえるのは気のせいだろうか?
聞こえてしまうだけではない。
どいつもこいつも何故か俺を見つめる瞳に熱が籠っているのだ。
それは期待だったり好奇心だったり、別の何かだったり。
とにもかくにも嫌な予感しかしない状況だった。
「棗生くんって実は男だってほんと!?」
「………………」
「………………」
俺と邑璃フリーズ。
周りには期待に満ちた目をした女共。
「……えっと、誰がそんなことを?」
大体予想はつくけど、聞かずにはいられない状況だった。
「小学生くらいの男の子がみんなにいいふらしてたわよ」
「ね~」
「あの子も可愛かったね~」
「………………」
春日位天華か!
あんのクソガキ!
俺を変態呼ばわりするだけならまだしも、よりにもよって学校中に言いふらしやがったのか!!
「ち、ちなみになんて言ってたの……?」
「そ、それは聞かない方がいいと思うけど……」
「お願いだから聞かせて」
「……『塔宮棗生は女装して興奮する変態野郎なんだぜ~!』だって」
「………………なあ、あいつ殺してもいいか?」
邑璃を振り返った俺はよっぽど殺意に満ちた目をしていたのだろう。
邑璃はめずらしくびくりと体を震わせてからぶんぶんと首を横に振った。
「き、気持ちは分かるけど落ち着いて。あ、相手は子供だから。ね?」
柄にもなく俺を宥める側にまわる邑璃。
それだけ俺の様子にびびっているのかもしれない。
そりゃあ俺だって今まで色々酷い目にあわされてきたけれど、それでもまあ、受難人生として諦めている。
しかし今回のは我慢の限界を超えかけているぞ。
意に沿わない女装をさせられているだけでも不愉快極まりないというのに、なぜ女装趣味で興奮する変態野郎などという噂を広められなければならないのだ。
さすがにキレるぞ。
暴れたい気分だぞ!
子供であっても容赦なんてしない気分だぞ!
「それよりもこっちの質問に答えて欲しいんだけど。ねえ、棗生くんは男なの?」
「あー……まあ、一応……」
ここで否定するのも往生際が悪すぎるので肯定しておく。
さすがに堂々と開き直れるほど神経は太くないので歯切れの悪い返事になってしまうが。
「………………」
俺の一番近くにいた女子は何を考えているのか、いきなり俺の下半身に手を当ててきた。
「っっっ!!!???」
ずだんっ、と壁際まで飛びずさる俺。
こいつ今ナニしやがったーーーーっ!!??
「うん。ちゃんとついてるわ」
俺のナニ部分を触った手をワキワキさせながら周りを振り返るセクハラ女子。
「こらーっ! なっちゃんにエロいことしていいのはわたしだけだって言ってるでしょーっ!!」
手をばたつかせながら怒る邑璃に拳骨をくらわせる。
「いたいっ!」
ちっとは空気読め。
「しかもけっこう立派だわ」
「何の話をしている!」
「ナニの話?」
「……この学校にはこんなのしかいないのか? なあ? コレがお嬢様学校の生徒の実態なのか?」
そんなのは嫌すぎる。
お嬢様学校の生徒らしい淑女であってほしい、というのは勝手な押し付けかもしれないが、それにしたってコレはあまりにも酷い。
「なっちゃん。ソレは夢を持ち過ぎだよ~。女子高の女の子なんて猫をかぶる相手がいない分、かなりはっちゃけてるのが現実なんだから」
「うう……」
男子校の実態がアレみたいなものか?
所詮女子高もそうでしかないのか?
現実とはかくも残酷なものでしかないのだろうか。
確かに寮では下着姿で歩き回る女子とか、ラーメン大盛り食べつくした後にケーキをいくつも食べている恐ろしい女子の姿もあったけれど。
それくらいならまあ許容範囲ではあったのに……
「いや……今はそれどころじゃなかった」
とうとうバレてしまったのだ。
前回の件もあって危機感はかなり薄いのだが、だからといってあやふやにしていい問題でもないだろう。
「えっと……私、つーか俺はまあ、一応男なんだけどな。真実を知ったところで君たちは一体俺をどうしたいんだ? 退学にしたいっていうんなら俺的には大歓迎なんだけどさ。まあそのあたりは理事長と交渉してくれ」
こいつ、つまりは邑璃を指さす。
俺が退学を望んでも邑璃は絶対に許可を出さないだろう。
学園長達すら退けた我が儘理事長なのだ。
しかし一般生徒達の意見ならどうなるか分からない。
教師たちは退職に追い込まれれば生活に困るが、生徒たちの方は別に転校しようと思えば出来るのだ。
さすがにこの規模での転校や退学はありえないだろうが、少なくとも教師たちと同じような脅迫は通じないと思っていいだろう。
しかし返ってきた返答は、
「似合ってるからいいんじゃない?」
というものだった。
「……いいのかよ?」
俺は周りの女子を見渡す。
それぞれの反応は、
「可愛いし」
「かっこいいし」
「どさくさに紛れて触れそうだし」
「ナニも立派だし」
……最後の方の発言はともかくとして。
どいつもこいつもこの状況をおかしいと思っている奴はいないようだ。
そのあたりが世も末という感じなのだが、俺的には騒ぎにならなくて助かったと思うべきなのだろうか。
「まあ、あれよね。よくわからない内に特別クラスに男子も転校してきたことだし、今更女装男子が一人いたところで問題はないんじゃない?」
「そ、そういうものか……」
当主候補が集められた特別クラスの事は、すでに学園内では話題もちきりらしい。
俺と邑璃と咲来はいきなりクラス変更を余儀なくされたのだが、周りは特に不審には思わなかったというのだからこの学校の生徒の順応性はどこか異常だ。
……それよりも面白そうな奴らが転校してきたことの方が重要だったのかもしれないけれど。
何せ当主候補の面々はとにもかくにも美形揃いなのだ。
さすがは塔宮の血筋というべきか。
美少年・ショタ美少年・美青年・美少女・美女。
世代別美形オンパレードのような特別クラスのメンバーについては、どこから流出したのかすでにブロマイドまで出回っているというのだから恐ろしい。
そこには何故か俺の写真まで含まれているらしいが、そこは考えないようにしよう。
「というわけでなっちゃんはこのまま学園残留決定なんだよ。よかったねえ」
俺の横で邑璃がにこにこ笑いながらそんなことを言う。
全然よくないのだが、そんなに嬉しそうな顔をされると何も言えなくなってしまうのだった。
「あ、変態野郎。こんなところにいたのか」
「っ!」
廊下の先、十メートルほど向こうから聞き覚えのある声が届いた。
忘れもしないあのくそ生意気な声。
春日位天華がそこに立っていた。
その横には遠巳坂枢もいる。
二人並んで立っていると歳の離れたお姉さんと弟みたいな雰囲気だったが、そんな二人組になごむような余裕は俺にはなく、
「きーさーまーーーーっっっ!!」
「うわっ! なっちゃん!?」
俺は天華めがけて一直線に走った。
「なななな!!??」
「あらあら~」
自分めがけて走ってくる俺に対して恐怖を感じたのか、天華は慌ててその場から逃げ出そうとするが所詮は子供の足、すぐに捕まった。
俺は捕まえた天華を脇に抱え上げて睨みつける。
「よくもまあある事ない事広めてくれたもんだなあ? ええおい!?」
「ふ、ふん! ある事ない事なんか言ってないぞ! ぼくは本当のことを言っただけだ!」
俺に抱えられながらもじたばたと暴れる天華。
しかしもちろんそんな事で俺の拘束が緩まるはずもない。
「誰が女装して興奮する変態野郎だ! 俺は女装なんかで興奮したことは一度もねえ!」
断じてない!
というかあり得てはならない!!
「じゃ、じゃあ何に興奮するっていうんだよ!」
「そ……そんなのっ!」
俺は天華を抱えていない方の手を振り上げて拳を握りしめ、
「そんなの男だったらエロ本に決まってるじゃないかっ!!」
そして力説した。
「「「「………………」」」」
一同沈黙。
女子高の、女子寮の中、女子に囲まれたこの状況で、女装した男がエロ本に興奮すると力説した。
何か致命的な間違いを犯してしまった気もするのだが、女装で興奮する変態野郎よりもエロ本で興奮する健全なエロ男子という認識の方がまだマシだと思えるからこの行動はきっと正しい。
……正しい、よな?
正しいはずだ。
しかしここで予想外の返答が。
「えろほんって何?」
「………………」
春日位天華。
本来ならば小学六年生のショタ美少年。
くそ生意気な口のきき方をする子供。
そして俺を変態呼ばわりする天敵。
しかし偏った部分でピュアだった!!
小学六年生でエロ本の存在を知らないというのは、今の時代だとかなりレアなのではないだろうか。
「なあってば。えろほんって何なんだよ?」
「……えーっと」
恨みつらみは山盛りてんこ盛りなのだが、果たしてこのピュアな存在を俺の一存で穢していいものなのだろうか……
俺が説明に困っていると、
「うおわっ!?」
様子を見守っていた女子たちが我先にと押し寄せてきた。
「わわわわわたしが教えてあげるわ!!」
「いえいえあたしが!」
「おねえさんに任せなさい!」
「手取りナニとり教えてあげるわ!!」
赤い布を前にした闘牛のような鼻息の荒さで俺たちを取り囲む女子……もとい猛獣たち。
はっきり言って、怖い。
「あ……わわわわ……何こいつらナニコイツラ……」
その怖さが天華にも伝わっているのか、俺の脇でがたがたぶるぶると震えている。
さっきまで俺を睨みつけていたその目は、俺に助けを求めるものに変わっている。
「とりあえずお風呂に行きましょう!」
「お姉さんたちと一緒に裸の付き合いをしましょう!」
「ショタ少年の生態研究……じゃなくて大人の世界への第一歩として!」
おーい。ヤバイ本音が漏れてるぞ~。
今こいつを引き渡したら、間違いなくぼろぼろにされるだろうなあ。
露天風呂であんなことやこんなことをされつつも、まだ女を知らないいたいけな少年がどんどん穢されていくんだろうなあ。
でもちょっと羨ましい気もするなあ。
小学生くらいまでなら確か保護者同伴で女湯にも入れるらしいし。
役得と言えば役得なのかもしれないな。
本人がどう思うかはこの際どうでもいいけど。
「た……助けて……」
くそ生意気な目はなりを潜めて、今や闘牛の群れの中心で震えるウサギのごとく俺に助けを求める天華。
「……お前ね。俺に対してよくもまあそういう事が言えるよな」
「うう……だって……」
さっきまで人を変態野郎呼ばわりしていて、その相手に助けを求めているのだ。
虫が良すぎるのは子供の特権なのかもしれない。
「ま、あれだ」
「?」
俺は天華を降ろしてにっこりと微笑む。
スマイル一万円くらいの笑顔だ。
「大人の階段上ってこい♪」
そして闘牛……もとい飢えた女子たちの群れに天華を押し出したのだった。
「「「「きゃあああああああああっっっ!!!」」」
「ぎゃあああああっっっ!!!!」
我先にと襲い掛かる闘牛……じゃなくて女子。
子供らしくない悲鳴を上げる天華。
そしてあっという間に露天風呂へと連れ去られていくのだった。
「あはははは! ざまあみろ!」
それを仁王立ちで見送る俺。
「……鬼だね、なっちゃん」
「俺を変態野郎呼ばわりするようなガキ相手なら鬼でも悪魔にでもなるね」
「そういうところも好きだけどね」
「………………」
そういうところを好きになられるのもちょっと複雑だけど。
「あらあら~。てんちゃんったら本当に大人の階段上っちゃうのかしらね~」
そしてすっかり忘れていた遠巳坂さん。
「つーか、なんでここに居るんですか? 遠巳坂さん」
今更だが根本的な疑問を投げかけてみる。
「枢でいいわよ。なっちゃん」
「……じゃあ枢さんで」
「わたしとてんちゃんは今日からしばらくここに住むことになったのよ」
「ええっ!?」
「仕方ないんだよ~。いきなりみんなが来ちゃったから住む場所なんて確保できなかったし。とりあえず暫定的に各寮で分担して引き受けることになったんだ~」
「待て待て。確か迎賓棟があっただろうが! 一時的ならそっちに放り込めよ!」
「無理だよ。だってあそこは特別な行事があるとき以外は解放されないもん」
「理事長権限はどうした! 女子寮に男を放り込むよりはよっぽどマシだろうが!」
自分の事を棚に上げてそんなことを言ってみる。
しかし言わずにはいられない。
子供の天華はまだしも緋樫・斗織・羽塁・静留は年頃の男だろうが!
そんな奴らを女子寮に分担して放り込むなんて正気の沙汰とは思えない。
「迎賓棟は建物の構造上、電気と空調システムが連動している部分が多いから維持費がかかるんだよ。それにお客様を迎える場所なんだから出来れば綺麗に保っておきたいしね。なるべく人が住む場所にはしたくなかったの」
「むむむ……もっともらしい事言ってるけど、実はそっちの方がおもしろそうだったから、とかいう理由じゃないだろうな?」
「そそそそそそんなここととなないよ!」
「目を逸らすな」
犯人は墓穴を掘った、みたいな。
「うふふふ。いいじゃない。面白いっていうのは結構重要よ。特に青春時代にはね」
「そりゃあ青春過ぎた人にはそうかもしれませんけどね」
「………………」
その場の温度が五℃ほど下がったかと思うと、枢さんの右手が俺ののど仏に伸びてきた。
「!!??」
そのままぐりぐりと圧迫される。
「なっちゃん。わたしはまだ大学二年生なのよ~。学生時代まっさかりのわたしはまだ十分に青春時代だと個人的には思うのだけれど、なっちゃん的にはどうかしら? うふふふふふ」
「………………」
ぐりぐりぐりぐり、とのど仏を潰されそうな勢いでまくしたてられる。
枢さんの背後には虎か竜でも控えていそうな空気だ。
怖い怖い怖い怖い!!
恐怖に支配された俺はのど仏を抑えられたままこくこくと頷くことしかできなかった。
「うふふふ。分かってくれて嬉しいわぁ」
「………………」
「……なっちゃん。くーちゃんのことはあんまり怒らせない方がいいと思うよ。静かな怒りってのが実は一番質が悪いから」
それはよく分かる。
というか身を以て理解させられている。
リアルタイムで!
にこにこしながら人ののど仏を圧迫してゴゴゴゴゴゴ、なんてオーラを発揮している目の前のお姉さんは間違いなく恐怖の対象だ。
「何か言ったかしら? ゆーちゃん?」
「ナ、ナニモイッテナイヨ」
目が泳いでる。
ついでに片言風になってる。
明らかに動揺しまくっている。
こいつをここまで震え上がらせることができる存在もちょっと珍しいのではないだろうか。
「わたしとてんちゃんは二階の空き部屋にお世話になるから、何か用がある時は遠慮なく遊びに来てね」
「天華と一緒の部屋なんですか?」
「さすがにまだ子供だしね。一人部屋っていうのも可哀想でしょ?」
「た、確かに」
それにエロ本の存在も知らないようなピュア坊やに何を心配しろというのだろう。
「じゃあまた明日ね~」
ひらひらと手を振りながらその場から去っていく枢さん。
俺はのど仏を押さえながら、そして邑璃は安堵のため息をつきながらそれを見送ったのだった。




