疑問と不審 02
「……何だって?」
俺は耳を疑った。
だってそうだろう?
悊人氏のような変わり者でもなく、邑璃のような百合でもなく、生粋のお嬢様であるところの星陵院咲来が、あんなことを言ったのだから。
「ですから、わたくしのものになる気はありませんか? と言ったのです」
「………………」
やっぱり聞き違いではないらしい。
それにしても一体どういうつもりだ?
「分からないな。俺のことをバラすだけでも、あんたには十分のはずだろう? 本家に対しての取引材料にだって使える。なのにどうして、よりにもよって俺なんかを欲しがるんだ?」
「理由は二つですわ。一つは邑璃さんを変えられると見込まれたあなたなら、わたくしにとってのプラス要素になるかもしれないという事。そして二つ目は単純に、邑璃さんへの嫌がらせですわ」
「嫌がらせ?」
「わたくし、彼女が嫌いなんですの」
「それはなんとなく分かってた。そもそも争う相手を好きになれというのも酷な話だしな。あんたの感情はまっとうなものだと思うぜ。だがそこまでするほどのものか? 嫌いなら蹴落とせばいいだろう。今のあいつなら簡単に蹴落とせる」
何せ本人にその意欲がないのだから。
当主候補から蹴落とされたところで、ショックすら受けないだろう。
「ですから、彼女にショックを与えたいのですわ。そこまでするほどのことか、とあなたは訊きましたが、わたくしにとってはそこまでするほどの事なのです。ライバル関係ということを差し引いても、わたくしは彼女のことが大嫌いなのですわ」
「………………」
過去に何かあったんだろうか。
たとえば、迫られたりとか。
毒牙にかけられたりとか。
……うわあ。
普通にありえそうな気がしてきた。
だとすれば当然の心境、もとい被害者だな。
「当主候補から蹴落として差し上げたところで、彼女はきっと悔しがったりしてくれませんわ」
「……よく分かってんじゃねえか」
「ですがあなたを奪って差し上げたらどうなると思いますか?」
「………………」
「わたくしの目から見ても、邑璃さんがあなたに夢中だということは一目瞭然ですわ。そのわたくしがあなたを手に入れ、ペットのように従えているのを見れば……」
「……っつーか俺はペット扱いか!」
「言葉のあやですわ」
「……本心が垣間見えただけのような気が……」
この女も常識人に見えて実は結構……
「と、とにかく! あなたがわたくしのものになってくださるのなら、この件は黙っていて差し上げますわ。如何ですか?」
「如何も何もペットになれと言われて従う奴がどこにいると思ってるんだ」
「あら。立場的には今と大差ないでしょう? 今のあなたは塔宮邑璃のペットのようなもの。ただ飼い主が変わるだけですわ」
「………………」
「ペット扱いのま女装趣味の変態野郎的な汚名まで被るか、それとも飼い主を変えて自らの世間体を守るか。どちらを選ぶかなんて考えるまでもないでしょう?」
「………………」
咲来は気づいていない。
その言葉を聞く俺の表情が、どういう風に変化しているのかを。
俺も自分で驚いている。
俺の中にここまでの激情が存在していたことに。
「ったく……どいつもこいつも……!」
「え……?」
俺は聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟いて、咲来に迫った。
「!?」
そのまま咲来のドレスを乱暴に掴み、床に押し倒す。
「ちょ……何するんですの!?」
状況が理解できていないらしい咲来は、ただ俺を睨みつける。
「馬鹿かあんたは? いいところのお嬢様が護衛も付けずに男と二人きりで密談して、更には相手の神経をここまで逆撫でしてくれたんだ。こうなるとは思わなかったのか?」
「………………!」
「どうせ俺の尊厳なんて、あんたらにとってはクズ同然なんだろう? だったらクズらしく、腹いせにここであんたを滅茶苦茶にしてやろうか?」
「は、離しなさい! 無礼な!」
床に組み敷かれた咲来は精一杯抵抗しているが、所詮は女の力。俺にとっては抵抗の内に入らない。
「や、やめて! 離しなさい! 誰があなたなんかに……!」
「………………」
俺の下で暴れる咲来を見て、盛大な溜め息が漏れた。
なんか、酷く虚しい気分になってきた。
そしてそのまま離れる。
「………………え?」
咲来に背を向けたまま、俺は続ける。
「バラしたければ好きにしろ。俺はあんたのものにはならない。これ以上俺を好き勝手されてたまるか」
「…………わたくしを、滅茶苦茶にするのではなかったのですか……?」
乱されたドレスを整えながら、それでも強がる咲来。
さっきまではあんなに怯えていた癖に。
「自惚れるな。あんた程度の為に俺が手を汚してたまるか。あんたには腹いせする価値すらない」
「なっ……!」
いや。実際のところかなりその気になったけど。
だけど結局のところ、そんな事をしても何の意味もない。
状況は変わらないし、変えられない。
だったら無駄だ。
咲来を傷つけるだけならまだしも、俺の気分だって悪くなる。
こんな女のために俺が気分を害するなんて理不尽だ。
だからやめた。
もう、どうでもいい。
どうなろうと知ったことか。
俺は咲来を振り返らないまま、乱暴にドアを開けて部屋を出た。




