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雨巫女さまじゃなくて、秋雨ちゃんと呼びたかった。  作者: 氷澄そら
エピローグ そして、これから。
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43/43

第43話 晴れの日に、名前を呼んだ。

 出発を翌日に控えたまひるは、宿の部屋で荷物をまとめていた。

 窓の外は晴れている。

 あの日からずっと、島の空は明るかった。


 今日は、秋雨(あきさめ)に会いに行く。

 まひるは明日帰る前に、言わないまま持ち帰りたくないことがあった。


 まひるは白いシャツに紺のスカートを合わせていた。

 薄い水色のカーディガンを羽織っている。

 島に来る前なら、なかなか手に取らなかった色だった。


 鞄の中には、雨の日に使ったタオルも、祭りでもらった小さな紙袋も入っている。

 最初にこの島へ来た時より、荷物は増えていた。

 けれど、本当に増えたものは、鞄の中には入らないんだなと思った。


「それ、こっちに入れた方が潰れないわよ」


 紗和が、畳の上に膝をついて言った。

 灰色のワンピースに、島で買った淡い青の羽織を重ねている。

 まひるの服と色が似ていて、気づいた時、まひるはなんとなく目をそらした。


「ここ入る?」

「入れるために畳むのよ」


 紗和は、まひるが丸めて押し込もうとしていた服を取り上げ、丁寧に畳み直した。

 まひるはその手元を見ながら、中途半端な姿勢で座っていた。

 帰る準備をしているのに、まだ帰る実感はなかった。


 明日、島を出る。

 船に乗って、海を渡って、駅に出て、自分の家に帰る。

 ずっと過ごしていた、いつもの日常に戻る。

 けれど、窓の外から聞こえるさざ波の音の方が、まひるは耳に馴染んでいると感じていた。


「さて、まひる」


 服を畳み終えた紗和の声が低くなった。

 窓の外を見て、ぼんやりとしていたまひるは背筋を伸ばす。

 紗和も正座のまま、まひると向き合う。


「はい」


 あの雨の日の話は、もう何度もした。

 誰かを助けたい気持ちと、一人でリスクを背負うことは同じではない。

 まひると紗和の視線が交錯する。

 紗和は軽く頷き、畳み直した服を鞄に入れた。

 それから、鞄の口を閉めずに、その上に手を置く。


「今日は、秋雨ちゃんに会いに行くのよね」

「うん」

「一つだけアドバイスしてあげる。言いたいことはね、言ったほうがいいのよ」


 紗和の言葉を受けて、まひるはぽかんとした。


「それって誰目線?」

「経験談」


 紗和はようやく鞄の口を閉めた。

 ぱちん、と留め具の音がする。

 それだけで、帰る準備が一つ終わってしまった。


「夕飯までには帰ってくるのよ」

「分かってる」

「危ないことは?」

「しない」

「よろしい」


 紗和は微笑んだ。

 まひるは立ち上がった。

 畳の上に置いていたスマホを拾い、鞄とは別の小さなポーチを肩にかける。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 宿を出ると、祭りの名残がところどころに残っていた。

 外された提灯。畳まれた白い布。空き地に積まれた屋台骨。

 まひるが神社へ向かって歩いていると、道端で荷物を運んでいた島の人が顔を上げた。


「まひるちゃん、明日帰るんだって?」

「はい」

「また来なさいな」

「はい、来たいです」

「今度はちゃんと正面からね」


 まひるは足を止めた。


「それ、みんな言ってません?」

「島の噂は回るのが早いからねえ」


 島の人は笑って、荷物を抱え直した。

 まひるは茶化されているのに、不思議と嫌ではなかった。

 噂になるだけのことをした自覚はある。

 むしろ、笑い話として捉えてくれて助かった。


 神社に着くと、境内はいままでの静けさを保っていた。

 並んでいたものは片づけられ、白い布だけが風に揺れている。

 太鼓の音も、人の声も、もうない。

 それでもまひるは、祭りで舞った秋雨の気配を覚えていた。


「えーっと……あ、いた」


 社務所の前に、秋雨がいた。

 生成りのシャツに、淡い色のスカートを合わせている。

 髪はゆるく結ばれていて、雨巫女さまの衣でも、雨合羽でもなかった。


 ただの秋雨だった。

 そしてその隣に、源一郎が立っている。

 二人は何かを話していたらしい。

 秋雨はまひるに気づくと、先に手を振った。


「まひるちゃん」


 まひるは、ポーチの紐を握り直した。


「お待たせ」

「待ってないよ」

「本当に?」

「少しだけ」

「待ってるじゃん」

「少しだけ待ってない」


 秋雨はそう言って笑った。

 その笑い方は、祭りの日より軽かった。

 源一郎が、折り畳まれた紙を手にしたまま、まひるの方を見る。


「こんにちは。秋雨からまひるさんがこの時間に来ると聞いてな」

「わたしに用事ですか?」

「ああ。前総代さまから、言伝を預かっている」

「げ」


 まひるは、反射的に背筋を伸ばした。

 また例の件を言われるのだろうと思った。

 余計なところへ首を突っ込むな、とか。

 次は床下から入るな、とか。

 そう身構えたのに、源一郎は紙を一度見下ろしただけだった。


「『次は土産を期待している』……以上だ」

「……それだけですか?」

「それだけだ」

「本当に?」

「そう預かっている。見てみるか?」


 まひるは、源一郎から白い紙を受け取る。

 そこには達筆で、『次は土産を期待している』とだけ書いてあった。

 まひるの顔が渋くなった。

 秋雨が隣で、口元を押さえている。


「……お土産って、何を持ってくればいいんですか」

「残念ながら、それは書いていないな」

「一番困るやつじゃんもう」

「考えて来い、ということだろう」


 まひるは、紙を握っていた指をゆるめた。

 真面目な顔で、意地悪な宿題だけを置いていく。

 前総代さまらしかった。


「分かりました。次は、お土産も持って正面から来ます」


 源一郎は、かすかに笑った。

 それから、秋雨の方を見る。


「秋雨」

「うん」

「このあと、社務所に寄ってくれ」

「今じゃなくていいの?」

「急ぎではない」


 源一郎は、まひるを一度見て、それから秋雨に視線を戻した。


「まひるさんとの時間を大切にな」


 秋雨は、驚いたように源一郎を見た。

 それから、静かにうなずく。


「……うん」


 その声は、雨巫女さまとして呼ばれた時のものより、ずっと自然だった。

 源一郎は、そのまま社務所の方へ戻っていった。

 境内には、また風の音が戻ってくる。


「行こっか」


 秋雨が言った。


「どこに?」

「思い出一日目記念日の場所」


 まひるは笑った。


「懐かしいね」

「覚えてた?」

「覚えてるよ」


 二人は、境内の端へ歩いた。

 そこは、まひるが最初に島を歩いた日に、秋雨と並んで動画を撮った場所だ。


 社殿から影が伸びていて、石畳の上に木漏れ日が落ちている。

 あの時、秋雨が「思い出一日目記念日」と言った。

 まひるはその言い方を、今も覚えている。

 あの時はまだ、雨巫女さまという言葉の重さも、秋雨がどんなふうに笑うのかも、何も知らなかった。

 何も知らないまま、隣に立って笑っていた。


「まひるちゃん、明日、帰るんだよね」


 秋雨が言った。

 何度も確認したことを、もう一度確かめるように。


「うん、そう。わたし、帰るんだよね」


 秋雨は、石畳に落ちた木漏れ日を見ていた。

 まひるは、境内の奥を眺めていた。


「実感ないなあ」

「うん」

「秋雨ちゃんも?」

「私はね」


 秋雨は顔を上げない。

 それでも、言葉は止めなかった。


「私はもう雨巫女じゃないのに、まひるちゃんもいなくなっちゃうんだなって思ってるの」

「うん」

「だからね、明日まひるちゃんが帰るって思うと、全部なくなるみたいで怖くなる」


 秋雨は、そこでようやくまひるを見た。


「本当はね、帰らないでほしいくらい、寂しい」


 まひるの胸の奥が、ぎゅっと狭くなった。

 でも、まひるは目を逸らさなかった。


「わたしも」


 まひるは言った。

 いつもは照れて言えない言葉を、振り絞って声に出した。


「帰りたくないくらい、寂しい」


 言ってしまうと、もう戻せなかった。

 でも、戻したくもなかった。


「でも、帰らなきゃって思う」

「うん」

「帰って、駅とか、道とか、変な味のアイスがあるコンビニとか、いつも行く本屋とか。秋雨ちゃんが来た時に、今度はわたしが案内したいから」

「……うん」

「だから、明日帰って、はい終わり。じゃないよ」


 秋雨は、顔を上げてまひるを見た。


「わたしは、秋雨ちゃんと会ったことを、思い出だけにしたくない」


 秋雨の目が揺れた。

 雲が風に吹かれ、太陽の光を隠す。

 薄暗くなった境内で、秋雨はその言葉を聞いていた。


「私も、思い出だけにしたくない」

「秋雨ちゃん、目、潤んでるよ」

「泣いてない」

「なんだか陰ってない?」

「大丈夫、辞められてるよ」


 秋雨は、両手を胸の前で握った。


「物語なら、ここから次の章に入るんだと思う」

「うん」

「でも、自分のことになると、全然綺麗じゃない。明日が来なければいいのにって思うのに、明日が来ないと、まひるちゃんの家にも行けない」


 秋雨は、泣きそうなまま笑った。


「寂しいのに、楽しみなの。帰ってほしくないのに、まひるちゃんが帰る町を見たい。どっちも大事なの、変だよね」


 それでも、雨は降らなかった。


「こんな気持ち、雨巫女だったら困ったと思う。きっと、雨雲が慰めに来たと思う。一緒に泣いてくれたと思う」

「うん」

「でも、秋雨なら、持ってていいんだよね」

「そうだよ」

「じゃあ、持ってようかな」


 秋雨は、まひるを見た。


「まひるちゃんが帰るのが寂しくて、次に会えるのが嬉しい。その両方とも、私のものにする」


 まひるは、すぐには何も言えなかった。

 秋雨の言葉が、雲が晴れて陽の差す境内に落ちた。

 雨にも、役目にも、島にも預けない。

 ただ秋雨の言葉として、そこにある。


 まひるは、形に残したいと思った。

 秋雨が心を残すように、自分も持って帰りたいと。


「秋雨ちゃん」

「なあに?」

「写真、撮ってもいい?」

「今?」

「うん、その、二人で」


 秋雨が、目を瞬かせた。


「二人?」

「今日の秋雨ちゃんは、今日しか撮れないから」

「動画じゃなくて?」

「写真がいい」


 言っている途中で、頬が熱くなる。

 でも、止めなかった。


「明日になったら、今日の秋雨ちゃんはいないでしょ。だから切り取りたい。わたしと秋雨ちゃんが隣同士だった、証拠にしたい」

「証拠」

「うん。雨巫女じゃなくて、秋雨ちゃんがちゃんとここにいたって。わたしの隣で、寂しいって言って、嬉しいって言って、これからを話したって」


 まひるは、スマホを持ち上げた。


「だから、撮りたいの。二人で」


 秋雨はすぐには笑わなかった。

 けれど、一歩だけまひるの隣へ寄った。


「私も、残したい」


 肩が触れ合う。秋雨の髪が、まひるの髪にかすかに触れた。

 画面の中に、境内の光と、まひると、秋雨が入る。

 これは何度でも増えていくものの、一枚目だった。


 まひるがシャッターを押そうとした時、社務所の方から声がした。


「雨巫女さまー」


 秋雨の肩が、小さく止まった。

 まひるも声のする方を見る。

 声の主は、木の枝と社務所の角に隠れて見えない。

 ただ、『雨巫女さま』という言葉だけが、これからの話をしていた二人のところへ、境内の風に乗って届いた。


 まひるは、秋雨より先に息を吸った。

 それから、社務所の方へ向かって、明るく声を返した。

 できるだけ大きく、お腹の底から吹き飛ばすように。


「雨巫女さまじゃなくて、秋雨ちゃんでーす!」


 秋雨が、まひるを見た。

 目を丸くして、それから、吹き出すみたいに笑った。

 まひるの顔が赤くなるのも気にしないで、秋雨は子どものように笑っていた。

 社務所の方から、声が慌てたように返ってきた。


「あ、すみません。急ぎじゃないです、秋雨ちゃん、後で社務所寄ってってくださーい!」


 まひるは、スマホを持ったまま胸を張った。


「……だそうです」

「まひるちゃん、元気いっぱいすぎ」

「だって、秋雨ちゃんは秋雨ちゃんでしょ?」

「うん、だけど、あははっ」

「ちょっと、笑い過ぎ!」


 秋雨は、風に揺れた髪を指で押さえた。

 笑ったまま、社務所の方を見ている。

 雨巫女さま。

 秋雨ちゃん。

 その二つの呼び名が、今は同じ空の下にあった。


「……秋雨ちゃん」


 まひるがもう一度呼ぶと、秋雨はまひるの方を向いた。


「なに?」

「写真、撮ろうよ」

「うん」


 まひるはスマホを持ち上げる。

 画面の中に、もう一度、まひると秋雨が入った。


 写真の中で、秋雨が笑っていた。

 画面の端で、まひるの口元もゆるんでいた。

 それだけで、十分だった。


「見せて」

「どうぞ」


 秋雨が画面を覗き込む。

 同じ写真を、同じ距離で見た。


「私、こうやって笑うんだ」

「そうだよ」

「まひるちゃんも笑ってる」

「それはいいでしょ」

「かわいいね」

「もう見せない」

「ずるい。私も私の隣で笑ってるまひるちゃん欲しい」


 まひるの指が、スマホの端を強く握った。

 秋雨は、画面の中の二人を見つめている。


「今日はまひるちゃんが、私の名前を呼び直してくれた日の思い出記念日だね」


 まひるは、何も言えなくなった。

 代わりに、スマホを秋雨の方へ寄せた。

 二人で同じ画面を見る。

 写真の中の二人は、ぎこちなくて、でもちゃんと笑っていた。


 まひるは、スマホと一緒に自分の身体も秋雨に寄せた。


「じゃあ、次はウチに来てね」

「まひるちゃんの家に?」

「うん」

「私、何を持っていけばいい?」

「何もいらない」

「でも」

「じゃあ、秋雨ちゃん」

「私?」

「うん。秋雨ちゃんが来てくれたらいい」


 秋雨は、すぐには返事をしなかった。

 まひるは、スマホをポーチの中にしまった。

 秋雨は、まひるを見た。


「まひるちゃんも、変わったね」

「わたしが?」


 まひるは思わず聞き返した。

 秋雨はうなずく。


「うん。最初の日のまひるちゃんは、私の傍に近づこうとしてくれた」

「それ、褒めてるの?」

「褒めてる。嬉しかった。勇気を出してくれたんだよね」


 言われるまで、まひるはそんなふうに考えていなかった。

 ただ、間違えたくないと思っていた。

 雨巫女さまに近づいて、触れて、それで終わりにするのではなく、秋雨と友だちになりたかっただけだ。


 秋雨は明るい声で続けた。


「私ね、まひるちゃんの家に行きたい。まひるちゃんの町を見たい。私が秋雨として歩ける外の世界を、一緒に歩きたい」

「うん」

「本屋に行きたい。変なアイスも食べたい。傘を差して、雨の日をただの雨の日にしてみたい」

「うん」

「それで、まひるちゃんの隣で、普通だねって言いたい」


 まひるの中で、何かが明るくなった。

 島へ来た時、まひるは秋雨のいる場所へ踏み込んだ。

 今度は、まひるの町を秋雨に見せたい。


「だから、約束」


 秋雨は真面目な声で言った。

 まひるも真面目にうなずく。


「でも、欲張り過ぎかな」

「秋雨ちゃん、全部やろう」

「え、全部?」

「全部」

「やりきれるかな」

「やりきれなくてもいいよ」

「いいの?」

「うん、少しずつやっていけばいいんだよ」

「そっか、それでいいんだ」


 まひるが言うと、秋雨は目を丸くした。

 それから、ふっと笑った。


 境内を風が抜けた。

 カーディガンの裾が揺れる。

 秋雨の髪も揺れる。


 晴れているのに、風の奥に雨の匂いがあった。


「私、雨巫女じゃなくなったら、何もなくなるのかと思ってた」


 まひるは、明日にはこの島を出る。

 今、隣にいる秋雨とも、一度離れる。

 そのことを考えると、喉の奥がきゅっと狭くなった。

 けれど、秋雨がさっき言った「寂しい」は、ちゃんと晴れた空の下にあった。

 だから、まひるも言ってよかったと思った。


「友達って忙しいんだよ」


 まひるはそう言って、一歩前に出る。

 太陽の光を浴びて、いっぱいの笑顔を見せる。


「でもさ、時間はこれからたくさんあるからさ、秋雨ちゃん!」


 石畳に落ちた木漏れ日が、靴の先で揺れていた。


「——思い出記念日、いっぱい作ろうよ!」


 秋雨はまばたきをして、それから笑った。

 晴れた空の下で。

 雨のない境内で。

 まひると秋雨は、二人でちゃんと笑った。


「うん」


 秋雨も一歩前に出て、まひるの隣に並んだ。

 二人は、陽の光の下、黙って顔を見合わせた。


 風が通り抜ける。

 さっきまでなら言えなかった言葉が、境内の真ん中にいくつも並んでいた。




 境内の石畳の先に、鳥居が見える。

 鳥居の向こうに、宿へ続く道がある。

 その先に船着き場があって、海の向こうには、まひるの家がある。


「海の向こうでも、外の世界でも。私たち、つながってるね」


 秋雨が言った。

 自然と、二人は手を握っていた。


「うん、途切れてない。ほどけてない」


 二人で境内を歩いていく。

 雲はいつの間にか、消えていた。

 遠くまで続いている青空の中、太陽だけが二人を見ていた。



 友達になって、喧嘩した。

 雨の中で泣いて、仲直りした。

 山の祠へ向かって、涙を返して、祭りの日に女の子が舞った。


 雨巫女さまという呼び名は、きっとすぐには消えない。

 けれど、呼び直す声がある。

 呼び返す声がある。

 何度でも、名前を呼べる人がいる。


「秋雨ちゃん、わたしね」


 雨が降れば、傘を差せばいい。

 濡れたら、拭けばいい。

 寒ければ、温かいものを飲めばいい。

 泣いたら、隣にいればいい。

 そんな当たり前のことを、これから少しずつ増やしていく。


「あの雨の日に、会えてよかった」


 まひるが言うと、秋雨は一度だけ足を止めた。

 それから、ゆっくりまひるを見る。


「私もあの日、まひるちゃんに会えてよかったよ」


 秋雨は、晴れた境内で笑った。

 その声に、雨は混じらなかった。

 ただ、名前を呼ぶみたいに、まっすぐ届いた。


「だから、次に会った時も」


 雨は、二人を濡らした。

 涙は、何度も言葉を隠した。

 それでも、消えなかったものがある。

 傘の下で近づいた距離。

 雨音の中で聞こえた声。

 泣いたあとにも、まだ呼べる名前。


「また、隣に立ってね」


 雨巫女さまではなく。


「秋雨ちゃんの隣にね」


 その言葉に、秋雨が笑う。

 晴れた境内を、まひると秋雨は歩いていく。


 あの雨の日が、ここまで連れてきてくれた。

 だから今度は、二人でその先へ行く。


 ずっと、ずっと一緒に。

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