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フラワ、治癒師になる

 冒険者ギルドのトイレは思いのほか居心地が良く、ついつい用を足してしまった。

 しかも、でっかい方な。


 受付嬢は、もう営業スマイルをくれませんでした。

 無言でギルドカードをカウンターに置き、淡々とその使い方を説明してくれました。


 ギルドカード活用法、その一。

 ギルドカードに触れて、「ステータス・オープン」と唱えてみよう。

 君の視界に、白枠と数字が浮かぶはずだ。

【強さ】、【かしこさ】、【素早さ】、【運】。

 大きな文字と数字の、この四つが基本能力値。

【攻撃力】、【防御力】、【敏捷性】、【スキル力】、【精神力】、【魅力】。

 この六つが現状能力値。

【HP】、【SPスキルポイント】、【EXP】の3つが変動値。

 そして、一番大きな文字で一番上に書かれている数字が【レベル】だ。


 ギルドカード活用法、その二。

 ギルドカードがあれば、冒険者ギルドでいくらでも飲み食いできるぞ。だけど、注意しよう。そのツケは未来の君自身にいっちゃうぞ。


 ギルドカード活用法、その三。

 ギルドカードを指で挟み、憎いあいつに向かって投げてみよう。大ダメージを与えることができるぞ。


「乱暴に扱うなって言っただろうが、おい」

 受付嬢が声にドスをきかせて言った。

 

「あれ、私ったら、また声に出してた? もう、馬鹿馬鹿」

 ポカポカと自分の頭を叩く。


「本当に金取るからな、再発行」


 あれ、受付嬢が怖いままだ。

 私、また何かやっちゃいました?


「それで、このあと、私、どうすればいいんですか? 学校の先生に言われたんですよ。受付の人の言う通りにしなさいって。フラワは頭があんまり良くないから自分で考えて行動するなって」


「そうですね。私もそう思います」

 無表情で受付嬢。

「そちらの通路へ進むと、『ジョブチェンジの間』という札のかかったドアがあるので、そこへ入って、指示に従ってください」


「ええ、なんだか怖いから、お姉さん、一緒に来てくださいよ」


「忙しいので」


「すごく暇そうじゃないですか、立ってるだけで。あの人なんてあくびしていますよ」

 もう一人の受付嬢を指さす。


「忙しいので」


 取りつく島もない。

 まあいいや。そんなに難しいことじゃなさそうだし。けなげに一人で頑張ってみよう。

 

 言われた通り、通路を進んでいたら、『関係者以外立ち入り禁止』というドアがあった。

 私も登録したからギルド関係者ってことだよね。


「そこじゃねえよ、馬鹿。『ジョブチェンジの間』っつったろが」

 受付嬢が顔だけのぞかせて言った。


 やっぱり、私のことが心配だったらしい。

 もう、お姉さんたらツンデレなんだから。


 あっ、ここだここ。『ジョブチェンジの間』って札が下がってる。


 ドアを開けると、横長の部屋に出た。壁にはドアが四枚。それぞれ文字が書かれている。

 戦士、スカウト、魔法使い、治癒師ヒーラー

 端っこに小さな机があって、そこに薄い本が置いてある。『冒険者ジョブについて』って書いてある。わかんなかったら、これを読めってことね。


 床には大きな文字で、「希望する『冒険者ジョブ』のドアへお進み下さい」と書いてある。


 治癒師ヒーラー治癒師ヒーラーっと。

 空気が読めて、癒し系の私にピッタリのジョブだと思うのです。

 それに、ほら、イケメンの戦士が治癒師ヒーラーの女の子と恋に落ちるの、定番だし。


 治癒師ヒーラーのドアを開ける。

 今度は縦長の部屋。

 ドアが三枚、上級治癒師ハイ・ヒーラー戦闘治癒師バトル・ヒーラー格闘治癒師モンク、の札が下がってる。


 奥に小さな机があって、そこに赤い水晶玉が、でん、と乗っている。


 床には、また案内が書かれている。

「基本ジョブへチェンジされる方は、奥の水晶玉へ触れてください。上級ジョブへランクアップされる方は、希望されるジョブのドアへお進みください」


 いきなり上級治癒師ハイ・ヒーラーになれないかな。

 試しにドアを開こうとしたけど、鍵がかかってた。

 そりゃあ、そうだよね。


 これに触ればいいのね。簡単簡単。

 赤い水晶玉に手を伸ばす。

 おっ、手を近づけると、なんか、水晶玉の中がモヤモヤする。おもしろ。


 指を開いて、わにわにさせながら近づけたり、さささっと素早く動かしたり、と、いろいろと遊んでみる。

 そんなことをしてたら、ドン、と机に足を盛大にぶつけた。


 ボテっと水晶玉が床に落ちた。

 やばっ、ひびとかはいってないよね。


 ドキドキしながら、水晶玉を拾う。


 いきなり、世界が真っ赤になった。

 なに? 死んじゃった感じ?

 水晶玉、落としたのまずかった?


 赤い色は、すうっと消えて、今度は雲の上みたいなふわふわとした地面に立っていた。

 目の前に女の人がいた。ソファに、だらん、とだらしなく座って、なにやらブツブツと言っている。

 スケスケの服を着たナイスバディのすごい美人。

 エロいなあ、エロいなあ、と彼女を舐めるように見る。


「本当にいいんですかあ? 私、知りませんからね」

 エロ美人が怒鳴るように言って、はあ、とため息をついた。


「ルシディア様って、なんでああ適当なのかしら。大丈夫なの、本当に?」

 言ってジロリと私を見る。


「あの、私、やっぱり死んじゃったんですかね」


「死んでないわよ。『導きの玉』に触ったんでしょう。ジョブチェンジするために」


「あっ、みんなここに来るんですね。良かった」


「普通は、声だけなんだけどね」


「おっ、ひょっとして、特別待遇ですか? 私、たくさん良いことたくさんしてきましたからね。当然と言えば当然ですね。お姉さんのエッチな体を目に焼き付けておきますね」


「……これでいいの? 本当に?」


「はい?」


「いえ、なんでもないわ。私は、六小神ろくしょうしんが一柱、ロベリアンネ。水と癒しを司る神よ」


「あっ、ただの露出狂のお姉さんじゃなくて神様なんですね。六小神ろくしょうしんって、光と闇の神ルシディア様の下にいる、使いっぱしりの神様ですよね。ちゃんと知ってますよ」


「絶妙に苛立たせる子ね。天罰当てて欲しいわけ?」


「神様なんですから、ちょっと失礼なくらいで怒っちゃ駄目ですよ。格が下がりますよう」


 ロベリアンネ様が、ため息をついた。

 幸が薄い神様なんですね。


「まあいいわ。私は上の言う通りにするだけよ。ところで、純粋な疑問なんだけど、あなた、なんで治癒師ヒーラーを選んだの。ちゃんと、自分のステータス見たの?」


「もちろん、見ましたよ。でも、人のステータス見たことないから、よくわからなかったんですよ」


「そうね。だいたい、基本能力値の平均値30前後が普通かしら。あなたは平均値でいえば、60オーバー。かなり基礎能力が高いわね」


「実はハイスペックだったという」


「【かしこさ】が、3しかないけどね。普通、あなたのステータスなら、戦士かスカウトを選ぶと思うんだけど」


「嫌ですよ。回復をするだけの簡単なお仕事がいいんです。そ、れ、に、治癒師ヒーラーってなんか、モテそうじゃないですか。仲間内で取り合っちゃうみたいな」


「……まあいいわ。レベルが上がれば、少しは、かしこさも上がるでしょうしね」

 言って、ロベリアンネ様はずいっと近づいてきた。私の頭に手を乗せる。

「フラワ・パンダヒルよ、汝を我が眷属たる癒し手に任じる」


 ロベリアンネ様の手がピカーと光った。

 まぶしい、と目を閉じるけど、やっぱりまぶしい。というか、なんか光が頭の中に入ってきた気がするんだけど。


「はい、おしまい」


「あれ、私、服が変わってますよ」


 いつの間にか白いスモッグみたいなのを着てる。袖口とか襟元とか銀の糸で刺繍されてる。シンプルだけど高そうな服だ。

 しかも、手になんか銀色の杖みたいなの持ってる。これも高そう。


「ジョブチェンジすると初期装備をプレゼントすることになってるのよ」


「ええ、それじゃあ、スラムに住んでいるお金に困っている人たちを大量にギルドに連れてきて、ジョブチェンジさせて、装備品を売るみたいなお金集めが成り立っちゃうじゃないですか。盗賊団とかの反社会勢力の資金源になったりしませんか?」


「かしこさが3の割には、変なところに頭が回るのね。売ってもいいけど、私の使徒がもれなく、粛清しに行くと思うわよ」


「わあ、怖い。じゃあ、足が付かないように売らないとですね」


 ロベリアンネ様がまたため息をついた。


「あっ、そういえば、玉、落としちゃったんですけど、大丈夫ですか? 欠けたりしてません? もしあれなら、神様の力で、直してくださいよ」


 と言ったところで、また世界が真っ赤になった。

 赤いのが消えたと思ったら、水晶玉の乗った小さな机の前に立っていた。


 もちろん、服は高そうな白いスモッグ。銀の杖もちゃんと握ってますよ。

 フラワ・パンダヒル、15歳。晴れて、治癒師ヒーラーになったのでした。

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