私の彼氏だもんね
大神官様と予言者ロベリアに従って、玄関フロアに戻る。
てっきり、ルースを呼びつけるかと思ったから、大神官様の方が移動するらしい。
まあ、ルースをロイドさんに監禁させたままにした方が良いと判断したのかもしれないけど。
向かいながらも、大神官様と他愛のない話をする。とはいえ、大神官様の耳は光ったままだから、適当なことは言えない。
嘘を見破る相手って、後ろ暗いことが無くても緊張するなあ。
玄関ホールについた。
それまでの道筋で、同行する神官たちがどんどん増えていった。三人だったのが、ぞろぞろとした行列になってしまった。
ホールのまん中くらいにある幅広の階段。
その下で、四角い形に炎が燃えている。
炎の檻の中には、ルースがまだ倒れている。
大丈夫かな。熱くないかな。
駆け寄りたい衝動にかられる。
でも、今は下手な動きをしたら、まずい。
大神官様の登場に、炎の側にいた神官たちが、うやうやしく頭を下げる。
その中に、ロイドさんもいた。
「彼を目覚めさせてくれ」
階段の半ばほどで、大神官様は足を止めると言った。
はいっ、と偉そうな中年の神官。
あっ、さっき蹴っ飛ばした人だ。
「目覚め」
中年神官の手から白い光が飛んで、炎の檻に入った。キランと炎の檻の中が光る。
わっ、なんだ、とルースの声が聞こえた。
私は階段を飛び降りた。そのまま炎の檻に飛び込む。
ルースが怯えた顔で、周囲を見回していた。
起きたら、四方が炎に囲まれてるんだもん、当たり前だよ。
「フラワ、これ、どういう状況?」
ルースは、私を見て、少しホッとした顔になっていた。
「話せば長くなるんだけど、ここ、ロベリアンネ神殿だよ。今から、大神官様に質問されるから、正直に答えて」
「だ、大神官様。本当に、どういう状況だよ」
私が説明する前に、ホールに大音声が響いた。
大神官様の声だ。
「私はこの神殿の大神官ハウネス・ローガである。ルーシフォス・バックネットに問う。汝は魔王か?」
「ま、魔王? 違います。俺は……」
言いかけたルースの言葉をさらなる大神官様の問いがかき消す。
「では、汝は魔王の眷属、ないし魔王に組する者か?」
「違います」
「汝は魔王に関係のある者か?」
ルースが答えを躊躇った。
驚いて、ルースの顔を見る。
魔王に関係があるの?
どういうこと?
「関係はあります。俺は……」
その時だった。
私たちを囲い込んでいた炎が大きく膨れ上がった。鎌首をもたげる蛇みたいに、折れ曲がって、頭上に落ちてくる。
ロイドさんの仕業?
それとも大神官様?
考えている暇はない。
全力で拳を床に叩きつける。
ズゴンっと床に穴が空いた。
ルースの腕をつかむと、その中に放り込む。
「心手」
ニョキニョキニョキッとスケスケの手が宙に現れる。
私は穴の中に飛び込んで、ルースに覆いかぶさると、心手に炎を防ぐよう指示を出した。
イメージ的には、たくさんの手をものすごいバタバタさせて、煽る感じね。
「フラワ、なにが……」
私の下でルースが身じろぎする。
「じっとしてて」
心手が、100本で高速パタパタしてるおかげで、炎は穴の中までこない。
でも、このままじゃ、じり貧だよ。
どうしよう。
外では、いくつもの怒号が飛び交っている。なにが起こったの?
「フラワ・パンダヒル。無事か」
上から声がした。
顔を上げると、ロイドさんがのぞいていた。
「さっきの、ロイドさんの仕業?」
「だったら、君たちを案じはしない。状況が変わった。手を貸してくれ」
「ルースの安全を保証してくるなら」
「完璧結界」
ロイドさんが唱える。
穴の中に、白い半透明の膜がかかった。
「10分程度は持つ。物理攻撃も精神攻撃も弾く」
「じゃあ、10分間だけ手を貸します」
体を起こす。
丸くなっていたルースが顔を上げた。
「ルース、この中にいて。絶対に出てきちゃダメだよ」
ルースは状況に追いつけないような顔。
当たり前だよ。私だって、わけがわからないんだもん。
でも、今は行動しないと。
私が空けた穴は2メートルくらい。そこから、ジャンプで飛びだす。
炎の檻は消えていた。
神官たちが殺気だって、宙を見上げている。
宙には黒いものが浮かんでいた。
人。いや、背中にコウモリみたいな翼がある。
昆虫みたいな光沢のある黒い肌をした女。それも顔には、あの予言者ロベリアの面影がある。頭から、角が生えてるけど。
黒ロベリアは人を腕に抱いている。
大神官様だ。
「私のことは構うな。こやつを」
大神官様が、かれた声で怒鳴る。
ど、どいう状況なの。
ますますわけがわかんないんだけど。
隣のロイドさんを見上げる。
「私が隙を作る。君は大神官様を助けてくれ」
ロイドさんが小声で言った。
私が答える前に、ロイドさんが唱えた。
「輪刃」
薄紫色の光がロイドさんの手に現れて、いくつもの輪になった。
ロイドさんが手を振ると、紫の輪が黒ロベリアに向かって飛んでいった。
黒ロベリアが、大神官様を盾にする。
紫の輪は軌道を変えて、黒ロベリアを避けていった。
「大神官様を殺す気かい?」
黒ロベリアがロイドさんを睨む。
その時、黒ロベリアを避けて彼女の後方に飛んだ紫の輪が、旋回した。黒ロベリアの翼を背後から貫く。
私はその瞬間動いた。
黒ロベリアに向かって全力で、ジャンプし、心手で彼女の腕を開く。同時に、大神官様を心手で救出。
そのまま着地する。
「大丈夫ですか? 大神官様」
大神官様は目を白黒させている。
その間に、宙に向かって、地上から猛攻撃が行われた。
ロイドさんが手から光線を放つ。
偉そうな中年神官が、赤いカミナリを放つ。
ほかの神官たちも次々と攻撃スキルで、黒ロベリアを攻撃している。
たぶん、ロベリアが正体を現して、大神官様を人質にとったとか、そんなだったんだろう。
それにしても、攻撃が黒ロベリアにあんまり効いていない気がする。
ロイドさんと偉そうな中年神官の攻撃以外は、全然、ダメージを与えてないみたいだし、二人の攻撃を受けても、すぐに傷が治ってしまう。
「正義光線」
大神官様が両手を前に突き出す。
白色のぶっとい光線が黒ロベリアを覆い、さらに天井を貫いて、天へと伸びていった。
すごい、正義光線すごい。
名前もすごいけど。
大神官様が正義光線とか叫ぶの、反則ってくらい面白かったけど。
「なんと……」
大神官様の声。
黒ロベリアは光線の消えた後にも、まだ存在していた。体から煙を出しているし、黒くてツヤツヤした肌はただれてるけど、でも無事だ。
その火傷も、すぐに治っていく。
「弱いねえ。人間どもは」
黒ロベリアが言って、ケタケタと笑った。
そして、一直線にこちらへ飛んできた。
「死ね、大神官」
黒ロベリアの手に大きな鎌が握られている。それを大神官様に向かって、振り下ろす。
私はそれを両手の平を合わせて受けた。
マンガで読んだことがあるぞ。
なんていうんだっけ、この技。
「邪魔をするな、ガキ」
黒ロベリアが、怒鳴って鎌を引こうとする。
うわっ、すげえ、力。
でも、なんとか耐える。離さないよ。
「なんだ、お前」
黒ロベリアが真っ赤な瞳で私を睨む。
「フラワ・パンダヒルよ」
私はニッコリ笑った。
行け、ニョキニョキ心手。
黒ロベリアを殴りまくるイメージ。
そうか、こうすれば流星群拳ができるじゃないか。
心手で。
私のイメージを受けた、スケスケの手たちが、黒ロベリアを殴る。殴る。殴る。
黒ロベリアの体に、次々と拳の跡がつく。
いくつかの心手で四肢をつかんでいるから、吹っ飛ぶに、吹っ飛べない。
見えないパンチを連続で受け続け、ぐったりとする黒ロベリア。
なんだかよくわかんないけど、悪者っぽいから、徹底的にやってやるよ。
心手、流星群拳。
黒ロベリアにさらなる、追加攻撃を加える。屍になるまでやってやんぞ。
グッタリとして、ぼろ雑巾みたいになった黒ロベリアを、さらに殴る、殴る。
その時、黒ロベリアの両目が光った。
えっ、なに。
次の瞬間、私は蹴った小石みたいに、風を切って吹っ飛んだ。
壁に激突する寸前で、心手を使って、体を支える。
あれ、体が、動かない。
力が出ない。
頭がクラクラする。
黒ロベリアがグニャグニャと変形している。なにが起こってるの?
黒ロベリアの体が二回りほど大きくなった。
脇腹の辺りから、さらに二本の腕が伸びる。翼もさらに二枚増えた。
しかも、顔が完全に変わってるよ。おでこに目があるし。口も大きく裂けてるし。
せっかくの美人が台無しだよ。
黒ロベリアが、グギャアっと雄たけびみたいな声を上げた。
衝撃波がきた。
壁に体が押し付けられる。
他の神官たちも吹っ飛ばされて、転がった。
無事なのは、半透明の結界を張って防いだっぽい大神官様と、ロイドさんだけだ。
黒ロベリアが大神官様に向かって、手を振るう。
大神官様の張ってた白い半球状の結界が吹き飛んだ。
大神官様の体が大きく裂けて、血が噴き出す。
老人になんてことすんのよ。
全力でダッシュ。
大神官様に止めをさそうと、長いかぎ爪のついた手を振り下ろす黒ロベリアに、飛び蹴りする。
学校でガキ大将のブロッチ・ジャンスに見舞って以来の飛び蹴りだ。
黒ロベリアの背中にヒット。
ちょっとよろける。
えっ、そんだけ?
私の【攻撃力】7200だぞ。
黒ロベリアが振り返り、キシャアと鳴いた。
か、体が動かない。
なんか、スキルっ攻撃っぽい。
黒ロベリアの四本の腕が大きく後ろに引かれた。
四つの掌が赤く光る。
なに?
なんかヤバそうなんだけど。
防御。防御。
6000の【防御力】、私を守って。
黒ロベリアが光る四つの手の平を私に向かって突き出した。
視界が真っ赤に染まる。
熱い、熱い、熱い。
痛い、痛い、痛い。
これ、ダメっぽい。
死ぬかも。
ううっ、もっとルースとイチャイチャしたかったよお。
せっかく、イケメンの彼氏ができたのに、死にたくないよ。
唐突に、激痛が消えた。
視界が戻る。
えっ、ここどこ?
屋内だったはずなのに、空が見えるよ。
壁も床も無くなってるよ。
奥の方に転がってる白っぽい柱。白石の瓦礫。
削られた地面には、もうタイルどころか床石さえなくて。
神殿の壁どころか、周囲の建物さえなくなってる。
黒ロベリアが、一人ポツンと立っている。
ルースは?
「ルース」
大声で呼ぶ。
代わりに答えたのは黒ロベリアだ。
「お前、何者だ。なぜ、生きている?」
よく見ると、変形が戻ってる。腕は二本だし、翼も二枚、目も二つだ。
「あんたこそ、何者よ」
「私は魔王様が腹心、ベルゼベルズ。魔王様が、再びこの世に生を得るとともに生まれた勇者を、抹殺する役目を負っている」
魔王の腹心?
薄々、そんな感じはしてたけどさ。
ってか、大神官様、なんで気づかなかったのさ。
嘘破りできてないじゃん。
「私の炎獄爆発を、間近で喰らって、生きているなど……。もしや、貴様が勇者なのか?」
ゆっくりと近づいてくる。
「私的には、ただの治癒師だと思ってるんですけど」
「大神官を生かしておけば良かったな。まあいい。どちらにしても殺すことには変わりない」
「でもでも、ちゃんと私の正体を知ってからにした方がいいんじゃないですか? そうしないと魔王様も安心できないんじゃないですか?」
黒ロベリアあらため、ベルゼベルズが顎に手を当てて考え込む。
「……魔王様はともかく、他の連中がうるさそうだな。しかし、生け捕りにするには危険だ」
「全然、大丈夫ですよ。私、大人しい性格なんで。模範的な捕虜になること間違いなしです」
ベルゼベルズが私の前に立った。
とん、と胸を指で付く。
いで、いでで。痛いよ。
「上級鑑定」
薄紫色の光がベルゼベルズの指先から流れて、私の体を覆う。
すぐに、光は消えた。
「勇者ではない、か。だが、人間にしてはステータスが高すぎる。本気の私に匹敵するじゃないか」
「嫌疑が晴れたんなら、殺さないでくださいよ。ねっ、ねっ」
往生際が悪いと言われようと、死ぬのは嫌だ。まだ、まだやりたいことがあるんだから。
エッチなことだって、興味あるんだぞ。
「お前、黙れ。考えがまとまらん」
グーパンチされました。
星が見えました。
吹っ飛んで地面を転がる。
「呪いでもかけておくか。その上で四肢を切り落として封じておけば、さすがに、なにもできんだろう。ドロンカロスに調べさせれば、なにか分かるだろう」
すげえ物騒なことを言われてる。
生かしてはくれるみたいだけど、さすがに酷いぞ、魔王の腹心。
ベルゼベルズは、ヒタヒタと寄ってくると、なんとか体を起こした私の頭に手を置いた。
「腐敗呪」
視界が黒く染まった。
体の中に、なにか気持ち悪いものが入り込んでくる。
うう、吐きそう。なに、これ。
しかも、なんか、全身が、ヒリヒリするんだけど。
痛い、痛いよ。
視界が戻った。
ベルゼベルズが大鎌を握ってる。
邪悪な笑顔。
「痛いぞ。いい声で鳴けよ」
ベルゼベルズが大鎌を振り上げる。
ダメだ。防御も、回避も、無理っぽい。
大鎌が宙を滑り、私の腕に振り下ろされる。
その時、視界の端で、紫色の何かが光った。
ベルゼベルズが態勢を崩した。大鎌の切っ先が、私の体をかすめながら地面に突き刺さった。
「今だ、ルース君」
叫び声。
黄金の光が、飛んできて、ベルゼベルズの黒い体を通り抜け、私の真横に来た。
剣を振り下ろしたルースが立っていた。
その体は、黄色い光に覆われている。
「遅くなって、ごめん、フラワ」
ルースが微笑んだ。
生きてた。ルースが生きてた。
その事実が、体の内側を蹂躙するような気持ち悪さと、肌をあぶるようなヒリヒリした痛みを忘れさせた。
生きてたよ、ルースが。
「き、貴様、勇者……」
ベルゼベルズがうめき声をあげる。
黒い体がゆっくりと縦に割れていく。
ベルゼベルズが、両手を動かそうとするけど、その両手が黒い塵になってポワポワと宙に溶けていく。
ベルゼベルズは二体になって左右に倒れ、塵も残さずに消えた。
「フラワ、すぐに治すから……」
ルースが私に光る手を伸ばす。
ふらっと、その体が揺れた。
倒れてくる。
支えようと手を伸ばすけど、ぐちゃっと音がして、私の右手は地に落ちた。
私の代わりにルースを支えたのは、ニコニコした細い目のイケメン青年だった。
ロイドさんだ。
「よく、もたせた、フラワ君」
「ロイドさん、ルースは? どういうこと?」
声がしゃがれていた。
「ともかく、治療が先だ。ひどい有様だよ」
言う、ロイドさんの顔がマジになってる。
そんなに酷いの、私。
確かに、右手はボテっと取れちゃったけど。
「上級治癒」
ロイドさんが、白く光る手の平をかざす。
白い光が私の体を包む。
あ、気持ちいい。
そういえば、自分に治癒かけたことなかったな。
こんなに気持ちいいんだ。
取れちゃった右手が戻ってる。
すごいね、上級治癒。
白い光が消えた。
とたんに、体の内側にゾワゾワとした気持ち悪さが広がっていく。肌がまたヒリヒリする。
痛い、内側も外側も痛い。
「状態異常か。人間鑑定」
ロイドさんの指先から紫色の輪が飛んできて、私の頭上でパッと広がる。そのまま、足元まで下りていく。
「腐敗呪? なんだこれは」
ベルゼベルズにやられたやつ。
というか、高レベルの治癒師のロイドさんが知らないってヤバいんじゃないか。
「状態異常回復」
ロイドさんの手がまた白く光った。
白色光が私を包む。
今度は、別に気持ちよくなかった。
スッキリもしない。
相変わらず、気持ち悪さと痛みは続いている。
「すまない。君にかけられたスキルは私では解除できないようだ。自分に治癒をかけ続けることはできるかい?」
「ええと、接触治癒」
胸に手を当てて唱える。
ロイドさんが使った回復スキルに比べれば弱々しい白い光が体を包む。
あ、少し楽になった。
「君の【SP】なら、ずっとかけ続けても大丈夫だろう。とにかく、しばらくはそれでしのぐしかない。大神官様が健在ならば完全回復で治せただろうが」
ロイドさんが周囲を見回した。神殿なんて跡形もなくなっている。
「どうやら、生き残ったのは私と、君、それにルース君だけのようだ」
「状況を教えてください。ルースはどうなったんですか?」
あの弱かったルースがベルゼベルズを倒したのだ。
なにが起こったのかわけがわからない。
「大神官様がルース君を審問した直後に、炎檻が閉じただろう。あれをやったのがロベリアだった。正体を現したロベリアは大神官様を人質に取ったんだ。ロベリアは魔王の手下だったんだ」
「ロイドさんはその可能性も考えていたんですよね」
「ああ、そうだ。ただ、下手に動けば、大神官様の命が危なかった。大神官様の彼女に対する信頼は厚かったからね」
「それがわからないんです。大神官様は嘘破りができるじゃないですか。なんで、ロベリアに騙されてたんですか」
「そこだよ。私にもはっきりとした理由はわからないが。嘘破りに対する防護策を持っていた可能性がある。脅威だよ、本当に。彼女だけのユニークスキルならいいんだが、ほかにも使える敵がいるとなると、誰を信用していいんだかわからなくなる」
スパイがどこにいるかわからない状態になるかもってことか。
嘘破りは、権力者には必須のスキルなのかも。
「ルースは何者なんですか。ベルゼベルズは勇者だって、最後に言ってましたけど」
「魔王の腹心のお墨付きをもらったわけだ」
ロイドさんが満面の笑顔になった。
未だに抱いているルースに目を向ける。
「魔王がこの世に生まれると同時に、それに対抗する存在が生まれる。それが勇者さ。当然、魔王側もそのことは知っていた。だから、ロベリアは勇者をあらかじめ排除する手を打ったんだろう」
「でも、ルースのステータス、本当に低かったんですよ」
「ロベリアが、正体を現した段階で、私は確信したよ。彼が本物の勇者だとね。ロベリアの狙いが勇者の抹殺だとわかったからには、彼を守るのが最優先だった。大神官様には申し訳ないことをしたが」
ロイドさんが寂しげな顔になった。
彼にとっては二者択一だったのだろう。
「ロベリアが正体を現したことでルース君の力も覚醒たんだろう。私がルース君の元へと行ったとき、彼の体は黄金の光を放っていたよ。目覚めた彼は、自分が何者か知っているかのようだったな」
そういえば、ルースは自分が必ず強くなることを知っているみたいだった。
きっと勇者であることを知っていたんだ。
「恐らく、ルース君は魔王やその眷属と対したときにだけ、勇者の力を発揮できるんじゃないかな。人が有するには強大すぎる力なのかもしれない」
「その辺は、本人に聞くしかないですね」
少し声が尖った。ルースに隠し事をされていたのが、地味に効いている。
「そうだな。だが、まずはここから立ち去ろう。人が集まってくる前に離れた方がいい」
ロイドさんがまた周囲を見回す。
なにしろ街のど真ん中だ。爆発の範囲外にはすでに、人垣ができている。
「どうしてですか? 事情を話さなくていいんですか? 領主様とかに」
「敵側が嘘破り対策を持っていると考えた方がいい。ルース君の正体は隠すべきだ。どこにスパイがいるか分からない以上はね」
◇◇◇
ルースの寝顔をじっと見ている。
イケメンだなあ。本当、イケメンだなあ。
おまけに、人類の切り札、勇者様なんだよね。
へっへへへ、と変な笑いが出てくる。
私の彼氏なんだぜ、このイケメン勇者様。
ベッドで寝息をたてるルースは、私の知っている、よわよわのルースのまま。
窓の外からは、街の賑わいが聞こえてくる。大通りに面した宿だから、人通りも多いのだ。
ロベリアンネ神殿での戦いから三日が経った。
ロイドさんの手配で、私とルースはこの宿にこもっている。
かなりお値段のする宿みたいだよ。
部屋にシャワーもあるしさ。
「ルース君が目覚め次第、街を出よう。ロベリアンネ神殿で、私たちは死んだことになっているからね」とロイドさん。
ロベリアンネ神殿にいた人たちは全滅。私たちもそのどさくさに紛れて死んだことにした。
ロイドさんの言うには、ルースが勇者であることは隠した通した方がいいそうだ。
「私の想像通り、勇者が魔王や魔王の眷属と対した時にしか力を発揮できないんだとすれば、人間に殺される可能性がある」
魔王に操られた人間に。
十分ありえる。
現に、ルースは冒険者ギルドでも迫害されていたんだから。
「まずは君の治療をしよう。私に二つ当てがある」
ベルゼベルズの腐敗呪は、常に私の体を蝕み続けている。
もう、常時、接触治療状態だよ、こっちは。
馬鹿高いスキル力のせいか、無言で、光らないようにできるからまだいいけど。
それでも、回復が追いつかないんだよね。
ちょっとずつ腐ってくんだよ、体。
マジで勘弁してよ。
だから、時々、ロイドさんに上級治癒をかけてもらわないといけない。
気を抜くと、腐臭が。黄色い液が。
ロイドさんいわく、完全回復が使える人間は、世界に数人しかいないらしい。
ロイドさんの言った一人は、ルシディア教皇国の教皇様。
ロイドさんの上司らしい。
教皇直属って、ロイドさん、実は結構、大物?
私たちは、まずはそちらに向かうことになった。ロイドさんにしてみれば、報告を兼ねてってことかも。
「ルシディア教皇国は安全なんですか?」
「絶対安全ということはないね。敵が、潜入している可能性はある。だが、それでも、教皇国が対魔王の中枢であることには変わりないんだ。どこかで、必ず行かなくてはならない場所なんだよ」
そういうわけで、ルースが目覚め次第、ルシディア教皇国へと向かうことになった。
今いる、ヴァクテイン王国の東にクルネド王国があって、そのさらに東にある国だ。
めっちゃくちゃ遠いよ。
何日かかるの。
その間、ずっと腐ってるの、私。
メンタル強め女子の私でも、毎秒腐り続けるこの体のまま、数ヵ月旅するかと思うと、気が滅入ってくるよ。
あっ、ルースが身じろぎした。
そろそろ起きるのかも。
まあ、ネガティブになってもしょうがないよね。
彼氏と旅行をすると思えば、悪くないかも。ドキドキかも。
ルースの目が開いた。
「おはよう、ルース」
「おはよう……」
ぼお~、としている。超可愛い。
ゆっくり体を起こして、髪の毛をかきまわす。
それから私を見る。
「フラワ、大丈夫? 顔色悪いよ」
「えっ? 光の加減じゃない」
いかんいかん、接触治癒をやめてしまった。
接触治癒。
心の中でつぶやく。
とにかく、見た目だけでも取り繕わないとね。中身は腐敗してても、外側は可愛いフラワ・パンダヒルだよ。
「ねっ、別に顔色悪くないでしょ。いつもの可愛い私でしょう?」
「本当だ。いつもの可愛いフラワだ」
ルースがまぶしい笑顔で言った。