泥の味がしました
ブレン・ブルーに来て、二週間が経った。
今日も今日とて、ラビットボール狩り。
「はい、ルース」
適度に弱らせたラビットボールをルースに渡す。
「ありがとう」
ルースがラビットボールにパンチ。
ラビットボールは死にました。
一発です。
ルースは【レベル】7まで上がった。
相変わらず、ルースのステータスの上りは悪い。
でも、そこは魔法道具で盛りました。
【HP】アップのネックレス、【攻撃力】アップのベルトとグローブ、【防御力】アップのマントと籠手。
【敏捷性】アップのブーツ。
しめて100万エネル。
もう、ガンガン稼せいだよ。完全にラビットボールハンターだよ。
でも、その甲斐あって、ルースの現状能力値は平均20まで上がった。【HP】もなんとか30台。
ラビットボールなら簡単に倒せるくらいにはなった。でも、効率を考えて、私が捕まえて、弱らせて、止めをささせている。
「そろそろ、別のモンスターを相手にしたらと思うんだけど」
昼食時にルースが言った。
「ラビットボールじゃ、【レベル】が上がりにくくなってきたし」
それは私も考えていた。
ラビットボールを倒して得られる【EXP】では、いい加減レベル上げも限界だ。
私なんか、もう全然上がってないよ。
それでも【レベル】10までいったけどさ。
ちなみに、基本能力値が、【かしこさ】以外、500を越えた。
現状能力値にいたっては、2000オーバー。
【HP】は、なんと1万ですよ。
そうそう、現状能力値は戦闘時にしか発揮されないけど、基本能力値は普段でも影響があるらしい。
意識して力を出そうとすれば、かなりの怪力が出せるし、疲れるようなことがなくなった。素早く動こうと思えば、高速で動ける。
【運】はよくわからないけど。
「じゃあ、午後は場所を変えてみようか。あっちの森にスライムがいるんだって」
遠くに見える森を指さす。
次の狩り場もちゃんとリサーチ済みですよ。パンダヒルの女は抜かりがないのだ。
「スライムって、どうやって倒すんだい。ぐにょぐにょしてるんだよね」
「えっ、スライム獲ったことないの? 私の実家なんて、いろんなところにスライムがへばりついてたんだから。スライムはひっくり返しておくと、自分では反転できないから死んじゃうよ」
朝、家から外に出ると、壁や塀にベットリくっついていたものですよ。
それを棒でツンツンして、剥がして、裏返しに置いておくと、死んでしまう。あとはそれを干しておけば、干しスライムのできあがり。
へえっ、と感心するルース。それから、微笑んだ。
「フラワは何でも知ってるね」
「でも、私、【かしこさ】3なんだよね。自分ではかしこい方だと思ってたんだけどなあ」
他のステータス値は、うなぎ上りなのに、【かしこさ】だけが、頑なに上がらんのよ。
なんなの。ロベリアンネ様の嫌がらせ?
◇◇◇
やってきました。
森。
ギルドの壁に貼ってある依頼書に、「ブレン・ブルー近郊の森で、スライム大発生。退治を願う」っていうのがあった。
依頼というより、ギルドからのお願いってところだね。スライムの死骸の買取価格が上げられていて、一体、なんと1000エネル。
あのスライムが1000エネルですよ。
たっぷり稼がせて、もらいます。
茂った下草。林立する木々。
木の葉の天井に遮られて、日の光はろくに届かない。
薄暗くて、じめじめとしている。
そしてスライム。
木の幹に、べた~、と張り付いてる青い半透明のゼリー。大きさは直径30センチ弱の潰れた半円形。
そんなのが、あの木にも、その木にも、びっしりくっついてる。
くっつかれても別に害はないけど、どんどん増えるから、その重さで木が折れたりするの。
「見ててね」
私は近くの木にへばり付いたスライムの背中をむんずとつかむと、ポイっと投げ捨てた。
裏側(くっついていた平らな方)が上を向いて転がる。
「こうしておけば、そのうち色が濃くなるの。死んだ証拠だよ」
「攻撃とかはしてこないのかい?」
「してこないけど、裏側に触るとくっついちゃうから気を付けてね。くっつかれるとかぶれるからね。あと、潰すと、汁が出るんだけど、それもかゆくなるから触らないように気を付けて」
よし、とルースが気合を入れて、スライムを剥がしにかかった。
両手で背中を持って、ふん、と剥がす。そして、ポイっ。
大丈夫そうだ。
二人で次々とスライムを剥がしては、放り出す。すぐに、地面はひっくり返ったスライムでいっぱいになった。
まあ、ほぼ私がやったんだけど。
倒して得られる【EXP】はラビットボールより、多かった。
おまけに、探すまでもなく、そこらかしこの木の幹にくっついているので、次々と倒していける。
「あっ、レベルが上がった」
ルースが笑顔で言った。
簡単だし、得られるお金も経験値も多い。しばらく、この森でレベル上げをしよう。
でも、なんでこんなにおいしい仕事なのに、誰もやってないんだろう。
ギルドに戻ったら、受付嬢メリッサに聞いてみよう。
その時だった。
何か青い棒のようなものが、木の間から伸びてきた。
シュルシュルと伸びてきた青い棒が、ルースを絡めとって、さらっていった。
一瞬の出来事だった。
「ルース」
私は棒というか、紐というか、が伸びてきた方へ走った。全力で走った。
ルースが見えた。
その姿が、ふっ、と消える。
なに、どういうこと?
すぐに分かった。
沼だ。沼に引きずり込まれたんだ。
地面に広がる大きな沼。
倒れた木や枯れ枝なんかが浮かんでいる。
私は全力疾走したその勢いのまま、沼に飛び込んだ。
【HP】30とはいえ、強い攻撃を受けたら死んでしまう。
躊躇なんてしてられない。
目やら耳やら鼻やらに泥が入ってきて、痛い。なんにも見えなくて、怖い。
でも、そんなことに構ってられるか。
ルースの方が、ピンチなんだ。
なにかが体にぶつかってきた。柔らかい棒状の物。
きっとルースをさらってったやつだ。
ルースを返せ。
棒をつかんで、引っ張る。引っ張る。
ブチッと、切れた。
ブルブルとした振動が泥を通して伝わってくる。
でっかいなにかが震えてる。暴れてる。
柔らかい棒がたくさんぶつかってきた。それを手当たり次第に、引っこ抜く。
そうしながら、そいつらが伸びてきた方向に向かって泳いだ。
ブヨン、とした大きな壁にぶち当たった。
イメージ的にはでっかいスライム。
この野郎、と壁に両手を突っ込んで、無理やり開く。
ブチブチブチ、と壁が破ける。
壁が動いた。
私は気にせずに、柔らかい壁を手当たり次第に、引き裂いた。
気が付くと、地上に打ち上げられていた。
顔の泥を払うと、視界が開ける。
沼に巨大な丸っこいものが浮かんでいた。
太い触手が、そこからいくつも伸びている。
そのうちの一つに、銀色の物が巻き取られていた。
私は、丸っこいものに飛び乗ると、その銀色の物に取りついた。
ルースだ。泥にまみれたルース。彼の鎧の一部から泥が取れ、見えていたのだ。
ルースを抱き上げて、地面に戻る。
まずいよ、ルース、息してない。
息してないよ。
絶望感が襲う。
呼吸が、乱れる。頭が働かない。
ルースが。死んじゃった。
ルースが。
落ち着け。落ち着けフラワ・パンダヒル。
息をしてないだけかもしれない。
まだ、生きてるかもしれないじゃない。
そうだ。
ロック・トロアンが川で溺れた時だって、息をしてなかったけど、大丈夫だったじゃない。
先生はあの時、どうしてたっけ。
ロック・トロアンを助けて、それから……。
胸だ。
胸に手を当ててた。
心臓が動いているかどうか、調べたんだ。
さっと、ルースの鎧を脱がせて。
服も脱がせて、むき出しの胸に手を当てる。
ドクン、ドクン。
動いてたあ。心臓、動いてる。
生きてる。
よし、次だ。
ええと、確か、ええと。
私の頭に、ロック・トロアンのたらこ唇に口づけする、ミアン・ベル先生の姿が思い浮かんだ。
キ、キス。キスだ。キス。
キスして、息を吹き込むんだ。
私は白くなっているルースの秀麗な顔を見た。
違う、これは蘇生法なの。
やましい気持ちがあるわけじゃないの。
って、そんなことを考えてる場合じゃない。このままだと、本当に死んじゃうぞ。
ルースが死んじゃうぞ。
私は、頭に浮かんだ、ロック・トロアンに口づけするミアン・ベルの図、をできるだけ細かく思いだした。
確か鼻をつまんでた。
それから口を開かせて。
大きく息を吸って。
フラワ・パンダヒルの初めてのキスは泥の味がした。
途中、ルースが泥を吐き出した。
大丈夫、絶対助かる。助けてみせる。
自分にいい聞かせながら、何度もルースに息を吹き込んだ。
ケホッとルースが息を吐いた。
胸が上下する。
ちゃんと呼吸をし始めた。
やった、良かった。良かったよ。
目から涙がこぼれた。