フラワ、大都市に立つ
ホワワワ、と口から変な声が出た。
長旅の末に、やっとたどり着いた大都市ブレン・ブルー。
石畳の道路。でっかい建物。
行きかうのは綺麗な馬車に、オシャレな人々。
ヤベー、都会ヤベー、と一人テンションが上がりまくる。
あっちを見たり、こっちを見たり、キョロキョロしたり、ウロチョロしたり。
うん、田舎者丸出しだね。
でも、仕方がないのさ。
王国の端っこの山奥で生まれ育った、このフラワ・パンダヒルは正真正銘の田舎者なのだから。
「フラワって、街に出たこともないんでしょう? 逆にすごいよね」
とか馬鹿にしてくれた同級生のミレットさん、私は大都会ブレン・ブルーに来ちゃいましたよ。
しかも、これから、この街で暮らす予定ですよ。
「フラワの家って、あれよね。山一つ越えたとこにある、掘立小屋でしょう。毎日通ってくるなんて、偉いね」
なんて、パンダヒル家をディスってくれた同級生のアリアさん、私、この大都会のまん中に住みますから。
村のまん中に家が建ってることを、さんざん自慢してくれたけど、もう、そんなステージにいませんからね、ワタクシ。
おっと、頭の中で同級生を見返している場合じゃない。
とにかく、冒険者ギルドに行かないと。
モリア先生が、「冒険者になるなら、まずは冒険者ギルドに行くんですよ。そこで受付の人の言う通りにするの。いいですか。必ず言う通りにするんですよ。自分で考える必要はありません。言う通りにするんです。あなたはあまり頭が良くないので、考えて行動するとろくなことになりませんからね」って言ってたもの。
あれ?
私、先生に嫌われてた?
そんなことないよね、満面の笑顔で送り出してもらったもの。
「がんばるんですよ。フラワさんは体力だけはあるんですから。ドブさらいや、荷物運びには向いています。うまくいけば、Dランク冒険者くらいにはなれるかもしれませんよ」
なんて期待してくれていたし。
……期待してくれていた、のか?
よし、冒険者ギルドに行くぞ。
さっそく、前から歩いてきた人の良さそうなおっちゃんに声をかける。
「すみません、冒険者ギルドって、どこですか?」
「ああ、それなら……」
おっちゃんは道を教えてくれた。
でも、聞いた端から忘れていく。
だって、固有名詞多すぎるんだよ。なんたら通りを突っ切って、なんたら店の角を曲がって、とか。
「わかったかい?」
「ちょっと難しくて。暇だったら案内してもらえませんか?」
「すまんね。そうしたいのは山々なんだが、私も急いでいてね」
「そう言わないで案内してくださいよ。私、ついさっき、この街に来たばかりのうら若い乙女なんですよ。この街の住人として、紳士的に、温かく対応してくださいよ」
「いや、だから、私も急いでいるんだよ。ほかの人に頼みなさい」
「あなたが押しに弱そうで、暇そうだから声をかけたんですよ。こんな若くて綺麗な女の子が案内してくれって言ってるのに、なんなんですか。あなたはそれでも男ですか」
「なんて、失礼な奴だ。だいたい、言うほど綺麗じゃないだろ。顔は平べったいし、田舎臭いし、なんか臭うし。足を止めた私が馬鹿だったよ」
おっちゃんは、行ってしまった。
おかしい。
母さん仕込みの交渉術が通用しないなんて。都会の男は一味違うということだろうか?
まあいいや。次にいこう。
私もパンダヒル家の人間だ。
パンダヒルの人間はハートがオリハルコンでできている、と村でも評判だったのだ。
すいませ~ん、と私は次のターゲットに声をかけた。
◇◇◇
ついた。
やっとついた。
目の前の石造りの古めかしい建物を眺めながら、私は大きく息を吐いた。
看板に『ブレン・ブルー冒険者ギルド』って書いてある。
間違いありません、ここが、探し求めた、冒険者ギルドです。
ああ、長かった。
何人に声をかけたことか。
そして、どれだけ、暴言を喰らったことか。
「その帽子、酷いね」「髪型、変じゃね? 髪の毛黒過ぎねえ?」「なんか獣臭い」「ぷっ、顔、平たいね」
うん、すげえ、ディスられたよ。
なに、都会人ってそんなに偉いの?
田舎から単身出てきた心細げな少女に、ちょっとだけ親切にしてくれる優しさ。
そういうの期待しちゃダメなの?
まあいいか。
なんとか、たどり着いたし。
気を取り直して、冒険者ギルドの木製の扉を開く。
ガヤガヤと喧騒が、酒や料理の匂いと一緒に、私をむわっと包んだ。
広い店内。白と黒のモザイク模様のタイルが張られた床。
丸机のテーブルセットが並んでいて、そこで飲み食いしている人たち。
戦士っぽく鎧を着てたり、魔法使いっぽくマントと帽子をつけてたり。白や青の教服姿や、裸に革ベルトを巻いただけの蛮族っぽいスタイル。
いろんなかっこうをした人が、テーブルについている。
彼らが、彼らこそが、冒険者たちだ。
奥にはカウンターがある。そこに赤い制服を着た若い女性が二人立っている。
あの人たちが、先生が言ってた、受付の人に違いない。
よし、さっそく話しかけてみよう。
ちょっと美人で、なんかキラキラした感じで、顔ちっさくて、もう種族が違うんじゃないかって感じだけど、私は臆さない。
だって、パンダヒル家の女だもの。
パンダヒルの女は図太い、と村で評判だったのよ。
「すみません。私、フラワ・パンダヒルです。15歳です。夢と希望で胸がいっぱいで、うまく言えませんけど、冒険者になりに田舎から出てきた、素朴で純情な女の子です」
我ならが、見事な挨拶だ。
「こんにちは、フラワさん」
受付嬢がニッコリと微笑んだ。
まぶしい。なんてまぶしい笑顔なんだ。
これが、都会の営業スマイルというものか。
まるで、本気で歓迎しているように見えやがるぜ。
「では、まずは冒険者登録をいたしましょう。こちらの用紙にご記入をお願いします」
受付嬢がスッと用紙をカウンターに置いた。
ペンも一緒だ。
でも、インク壺がない。
ねえ、ないよ、インク。
「すみません。私、田舎者なんで、インク壺ないと、字が書けないんです。田舎者ですからねえ。えへへ」
田舎者を強調することで、あなたのミスではありませんよ、と優しく角を包み込む。
なにせ、相手は受付嬢。これから毎日顔を合わせることになる相手だ。
嫌われたら、嫌がらせをされるかもしれない。ちょっとしたことでも細心の注意を払わなくてはならないのだ。
「ああ、大丈夫ですよ。そのペンは魔法道具ですから。インクは不要なんです」
ホワワワ、と私は驚きの声をあげる。
魔法道具きたっ。
さすが、冒険者ギルド。ペンからして、違う。
私は銀色のペンを、恐る恐る握った。
か、軽い。まるで羽のよう。
よし、書くぞ。
私は用紙に向き合った。
冒険者登録用紙と大きく書かれ、その下に、氏名、年齢、性別、住所などの記入欄がある。
ええと、
氏名=フラワ・パンダヒル。
年齢=15歳。
性別=女(乙女)。
住所=なし。
他店での冒険者歴=なし(初めてなので、優しく教えてね)。
冒険者ジョブ(未経験の方は希望ジョブを記入)=治癒師。
アピールポイント=男子から告白されたことがあるので、私は可愛くて性格がいいんだと思います。
その他=イケメンで、王子様っぽい感じの男性がタイプです。もちろん、お金持ちがいいです。
よしよし、いい感じに書けたぞ。
私は受付嬢に得意顔で紙を出した。
受付嬢は登録用紙を、さっと眺め、ニッコリ。
あれれ、さっきより、スマイルの光量が落ちているような。
「では登録いたしますね。しばらく、お待ちください」
「私も、食べたり、飲んだりしていていいですかあ? ここに来るまで、ひと月かかったんですけど、その間、干しスライムと水しか口にしてないんですよ。お金あんまりないんで、ギルドのおごりか、ツケにしてください」
「大丈夫ですよ。ここでの飲食はギルドカードに記録され、報酬分から自動的に引かれますから」
「要するに、いくら飲み食いしても、迷惑をかけるのは未来の自分だけってことですよね。未来の自分が、さらに未来の自分に迷惑をかけるようにしていけば、結局、誰にも迷惑をかけないですむってことですよね」
「いや、その理屈はおかしい」
「お姉さん、スマイル、スマイル」
「はっ、私としたことが、すみません。あまりにも、ば、オリジナリティあふれる発想に、つい。フラワさんは、本当に、ば、エキセントリックな方ですね」
「わかりますぅ? 学校では不思議ちゃん的なポジションだったんですよ」
「腫物扱いされているのを、不思議ちゃんポジションって言う人いますよね」
「あれ、お姉さん、さっきから私に当たりがきつくなってません? 私、新人なんだから、もっと優しくして欲しいですよ。ほら、もっとニコニコしてくださいよ。お姉さんから笑顔をとったら、何にも残りませんよ」
会ったばかりの受付嬢と交わされる、このフランクなやりとり。
するっと人の懐に入ってしまう、自分のコミュニケーション能力が怖い。
では、少々お待ちください、と真顔で受付嬢に言われ、私はまん中のテーブルの空いている席についた。
すでにテーブルについていた三人の青年が、えっ、という顔で私を見る。
なにしろ私はパンダヒルの女。パンダヒルの女は図太い、図々しい、ずる賢い、の3Zだって、村の人たちがヒソヒソ話してたの。
「すみません。私、フラワ・パンダヒルって言います。今日、この街に来たばっかりの、可憐な乙女です」
「あ、ああ、よろしく」
戦士風のちょっと素敵なお兄さんが言った。
「私の故郷って、すごく遠くて。この街に来るまで一ヵ月かかっちゃったんですよ。その間、干しスライムと水しか口にしてないんです。お兄さんたち、とっても美味しそうなもの食べてるから、つい、座っちゃいました。ひょっとして、迷惑でした?」
そう、私がこの席に座ったのは、なにもほかに席が無かったからではない。
むしろ、空いているテーブルばっかりだ。
「それは大変でしたね。良かったら、どうぞ、召し上がってください」
一番年長そうな白い神官衣を着た治癒師のお兄さん。
とっても空気が読める人ですね。
治癒師はこうでなきゃあね。
「わあ、ありがとうございます」
大皿に盛りつけられたフライドチキンを、さっとかっさらい、かぶりつく。
美味い。塩をまぶしただけの干しスライムとはわけが違うよ。涙でそう。
「冒険者登録したみたいですが、冒険者ジョブはなにを選んだんです?」
「あっ、今、ちょっと話しかけないでもらえます。味わっているので」
「ああ、すみません」
三つ目のフライドチキンを平らげたところで、受付嬢に呼ばれた。
「ごちそうさまでした。また奢ってくださいね。あんまり強そうじゃないけど、親切で素敵な先輩たち」
油ぎった手を小さく振ってテーブルを去る。
私ったら、ついさっきギルドに来たばかりだというに、もう馴染んでいるじゃない。
やっぱり、都会こそが私の肌に合っているのに違いない。
「こちらがギルドカードです」
言って受付嬢がカウンターに金属製っぽいカードを置いた。
「わあ、武器になりそうで素敵」
「くれぐれも乱暴に扱わないでくださいね。再発行には2000エネル(2000円)かかりますよ」
「はあい。心にとどめておきます」
ドキドキしながらギルドカードに手を伸ばす。
すっ、と受付嬢がギルドカードを取り上げた。
えっ、なに、フェイント?
それともさっきの三人組の誰かのことが好きとか、そういう感じのやつ?
私の愛しい、あの人に近づきやがって、的な?
「まずは、その油でテラテラとしている手を洗ってきましょうか」
ニッコリ笑いながら受付嬢。
「じゃあ、お姉さん、ハンカチ貸してください」
「お断りします」
断固として拒否されました。
ああ、世知辛い世の中だわ。
それとも、あれか。
若さに対する嫉妬的なやつか。
そいえば、目元に小じわがあったような気がするなあ。
化粧で誤魔化していても、結構、年いってるんじゃない。
「そういうことは声に出して言わない方がいいと思いますよ」
受付嬢の冷たい声。
「あれ、私ったら、声に出てました? もう、私のドジ」
ポカっと頭を叩く。
「早く手を洗ってこないと捨てますよ、これ」
「はあい。すぐ行ってきます」