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奈落への誘い

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


「ねえ、メロ、入学してすぐに、令嬢が襲われた事件があったよね」

「ええ。御嬢様がその現場に居合わせ、危機に瀕しましたね……」


 朝、着替えをしながら傍らに控えるメロに切り出すと、彼女は目を細め、非難をのせた声でそう呟いた。


「う、うん、それでさ、その時襲われたのがフィーナ先輩っていうんだけど、その人、どうやらゲームに出ていた、みたいなんだよね」

「なるほど。ゲームのシナリオで記されていたから、と考えれば、貴族学校に紛れ込んだ者がいた、ということも、納得できなくもないですね」

「それでさ……先輩は死んでたみたいなんだ。私があの場に居合わせていなかったら」


 昨日思い出した、フィーナ先輩のこと。


 それから止まらない、もしかしたらという思考。


 そんなことを考えていたらきりがないかもしれないけどもしあの場に私が居合わせていなければ、フィーナ先輩は死んでいた。


 そう考えると、とても怖い。


「ちょっと、怖くなっちゃって。もし、私があの場に居合わせていなかったらフィーナ先輩が死んでいたと思うと」

「私は毎日恐ろしいですけどね。御嬢様は危険を顧みずに人を救おうとするので」


 きっぱりとしたメロの言葉に面食らっていると、メロは淡々と続ける。


「シナリオで殺されると決まっていたのなら、あの場にいて御嬢様はそのシナリオに飲み込まれ、命を落としていた可能性もあったということ。他人の心配より、まずは自分の心配をして頂きたいです」


 確かに、私も巻き込まれていた可能性は充分にある。


 メロは、心配している。私がフィーナ先輩が死んでしまうかもしれないと思う恐怖と同じ。いや、それ以上の恐怖を感じているのか。


「それに、あの場に御嬢様がいたとしても、令嬢は亡くなっていたかもしれません。大切なのは、未来、でしょう?」

「……そうだね、ごめん。そうだった」


 メロと、皆とこれからを生きていく。


 ああしていれば、こうしていればと過去のことばかり考えて、立ち止まっている時間はもう私にはない。


 それに今、フィーナ先輩は生きているのだそれ以上でもそれ以下でも無い。その事実に変わりは無い。だからちゃんと前を向いて、未来を見ていないと。


「やっぱり、メロとアリーさんは似てるな……」

「アリー? どなたですか」

「うん、用務員さんでね。メロと似てるんだ。話し方とか、雰囲気は全然違うんだけど、言葉の感じ……っていうのかな。多分方向性みたいなものがメロと似てて、話をしていると元気がもらえるんだ」

「……そうなんですか。背格好、年代、顔の作り、髪と瞳の色を教えてください」

「ええ?」

「どんな人物か把握している必要がありますから」


 きっぱりと話すメロに気圧され、アリーさんの外見を思い返す。


「背格好は、私より高いよ。年は……二十代……かなあ。髪の色は紺色で、瞳の色は赤と黄色だよ」

「赤と黄色……? 左右で瞳の色が異なるのですか?」

「うん。一度だけ見たことがあって。綺麗な色だったよ。前髪がすごく長いから、あんまり見えないけど」

「そう、ですか……」


 私の言葉を聞いて、メロはどこか考え込むように遠くを見つめている。思えば、メロが体育祭で学校に来た時、アリーさんはいなかったから紹介する機会が無かった。






 屋敷を出る時間になり、メロと共に馬車へと向かっていると、丁度門番のブラムさんと庭師のフォレストが、何やら箱や袋を抱えどこかへ運ぼうとしているのが見えた。


「どうしたんですか?」

「ええ、昨日配達が届きまして、今丁度受け取りを」


 近付いて尋ね、ブラムさんの手元を見ると、どうやらピアノの絵柄が描かれた包みを持っている。


「ピアノの絵……?」

「はい、ピアノ線を新調したんです」

「へえ……ピアノ線……」


 一方のフォレストが押す台車には液体が入った瓶が大量に積まれ、とても重そうだ。


「うわ、重そうですね……肥料ですか? お疲れ様です」

「ありがとうございます、実はこれ、油なんです」


 フォレストは瓶を一つ手に取り、私に見せる。するとそこには確かに火気厳禁の文言が記されていた。


「この油は、花を永久に保存することも出来るんです。もしよろしければ、完成したものを今度お持ちしますね」

「すみません、いつもありがとうございます」

「いえ、こうして御嬢様にお仕えすることは、俺の生きがいです。その為なら、俺は何だって、どんな努力だって致します。御嬢様のための犠牲は厭いません」


 にっこりと笑うフォレスト。いやそこまでしなくても。


「御嬢様、そろそろお時間です」


 後ろに控えていたメロが、私に近付く。そうだった。学校に行かなければ。


「じゃあ、行ってきますね」


 ブラムとフォレストに声をかけると二人は礼をして返してくれる。


 そのままメロと共に馬車へ向かい歩いていると、メロは思い出したようにぽつりと呟いた。


「あの油があれば、屋敷を火の海にすることも可能でしょうね」


 いくらなんでも不吉すぎるし物騒すぎる。


「まぁ、管理はフォレストがしてるし大丈夫だよ」


 安心させるようにメロの肩をぽんぽんと叩くと、彼女は目を細め、振り返ってじっと後ろを見つめていた。











 早いもので、とうとう文化祭の前日になってしまった。ということで今は講堂にて灰かぶりの絶賛リハーサル中である。


 舞台の上ではアリスとレイド・ノクターが本番の衣装を着て演技をし、ルキット様は舞台袖で魔法使いの衣装に身を包み、優雅に椅子に座ってルキット様の言う下僕たちに扇で自身を扇がせていた。


 あの場だけ何か別世界なんだよな。


 ルキット様は、他薦では無く自薦で魔法使いに立候補をした。彼女曰く「魔法が使えるってとっても素敵じゃないですかあ」らしい。


 後で魔法に憧れがあるか問いかけたところ、

「貧乏女が姫役なんでしょう? なら私、同列の人間役なんて我慢ならないわ。人とは思えないほど可愛いってあるでしょう? だから魔法使いなの。それに、世界で一番可愛い魔法使いが居たっていいでしょ?」

と、生き生きと笑みを浮かべた。

魔法に憧れがある仲間ではなかったことは少し悲しかったけど、人が生き生きと何かを語る姿は素敵だし、好きだ。


 そして私がしたくてしたくてたまらなかった大道具係は、ロベルト・ワイズがリーダーとしてその役を担った。ゲームでは彼が魔法使いであったけど、ルキット様が魔法使いだから変わったのだろう。


 彼の真面目さからして確認は絶対怠らないが、シナリオの強制力の可能性もある。後でしっかりと確認し、本番直前も見ておかなければならない。




「休憩入りまーす!」


 文化祭委員の掛け声で、本番さながらの空気が変わり、一気に団欒ムードと化す。おそらくこういう時に監督として役者へ何かしら伝えることをするのだろう。


 私は前世時代、幼稚園、小学校と、劇に参加する機会が多く、それらは様々な時代情勢を加味され、基本的に全員何かしらの役を与えられており、私も数多の役をこなしてきた。


 村人四、町民七、鳥十二だ。鳥十二は鳥類の抗争をモチーフにした物語だった気がする。


 だから、名の与えられていない役柄には慣れ、さらに喋らない役、動かない役は大得意だ。


 一方灰かぶりは動くしよく話す。一人でに「夢見ることを諦めないわ!」とか普通に言うし、歌いだしたりするのだ。


 的確なアドバイスをあげたいのは山々だが、ぱっと思いつかない。しかし今現在、何事も無くスムーズに事が進んでいる。アリス含め他役者は、台詞を間違えることもないし、完璧に演じている。すこぶるありがたい。ありがとう皆。ありがとうアリス。君はいつだって私の心のスターだ。たまに挙動がおかしいけれど。


 まぁ、最終的にすべての工程が終わったら、

総評として私は何かを言わなければならない。今は、トイレにでも行こう。


 そう考えて講堂から出て歩いていくと、丁度トイレのすぐそばのところで、誰かが屈みこんで浮かない顔をしている。


 これ、完全に吐いてしまう感じでは。


「……どうしました? 顔色が優れないようですけど」

「アァッ あ、いえ、ちょっと無くしものをしておりまして……。それが、気がかりというか……、心苦しいといいますか……」


 アリスだ。アリスだった。丁度物陰で髪色が判別できなかったばっかりに大事故が起きた。


それにしてもアリスの無くしものとは一体……。


「ミスティア!」


 無邪気な声と共に、肩のあたりから手が飛び出てくる。反射的にずれるとエリクが真後ろに立っていた。


「劇の練習中? 俺も混ぜて」


 柔らかく低いエリクの声。いつの間にか背後からエリクが迫って来ていたようだ。


「駄目ですよ。演劇の練習は。お話が分かったら当日の楽しみが半減してしまいますから」


 灰かぶりは、きゅんらぶ世界でも大分メジャーな話で、大人も子供も名前と結末くらいは知っているほど広域的に知られた物語だ。


 しかし結末を知っているとは言えど、配役やどのように演じるかによって、まるでホロスコープのように姿を変え化けていく。みたいなことが本に書いてあった。


 なら、なるべく知らない方がいいということだ。良く分からないけど。


「えー」


 エリクが口を尖らせる。思えば、前世的には高校二年生に該当するとして、エリクの話し方や所作は少し幼い様な。でも、ご主人ごっこは終わったし、これからどんどん成長していくことだろう。


「ちょっと人の婚約者に対して馴れ馴れしくありませんか、ハイム先輩」


 突如氷のような冷たさの声が発され、その方向に目を向けると、レイド・ノクターがゆっくりとこちらに歩いて来た。


 するとエリクは、気だるげな瞳をレイド・ノクターに向ける。


「あは。笑える。ミスティアの気持ちは違うでしょ? ミスティアが結婚したいと思ってる訳じゃないし」

「彼女の気持ちがどうであれ、婚姻は絶対です。ハイム先輩も、そろそろ身の振り方を考えた方がいいですよ」

「へえ、どんな?」


 冷ややかな目を向け合う二人。


 そしてエリクはくすくすと愉快そうに喉を鳴らし笑い始めた。


「まぁ、結婚したいならすれば? それで全部手に入ると思うならね」

「どういう意味ですか? ハイム先輩」

「自分で考えれば、いいんじゃない? ノクターくん」


 ぽん、とレイド・ノクターの肩を叩いて、エリクはくるりとこちらを向いた。


「じゃーねミスティア。劇楽しみにしてる」


 笑みを浮かべ、去っていくエリク。残される私、レイド・ノクター、アリス。


 辺りはまるで、人生の命運がかかった試験中かのような張り詰めた空気に包まれていた。


●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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