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無知の天秤

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


私の人生は、着々と終わりに近づいているのかもしれない。

そしてその原因は、最終的に全て私が原因になっているから、実にままならない。


あれから、私とレイド・ノクターとは完全に「二人は恋人同士」という目で見られている。

どこへ行ってもだ。

「愛の無い婚約者同士」ではない。「愛のある婚約者同士」になっている。

愛が無ければ、教室で二人きりで抱き合い、

「温かいね」なんて言ったりしないというのが周囲の見解である。

私もそう思う。他人であったなら。


完全にレイド・ノクターは私との婚約に、

手段を問わない姿勢になっているのだろう。

完璧な王子様は確かに王子様だったのだ。

ザルドくんがノクター家の当主になる為なら、

どんな茨の道でも突き進む強い意志を持っている。

完全に王の資質だ。


ということで、昼休み。

クラスメイトの面白がりの目から逃れるように流浪し、

空き教室が文化祭の準備により軒並み使用され締め出しを食らい続けた結果、

私は用務員室にお邪魔しようと決めた。


文化祭で、普段使わない教室が使われてたりしている。

忙しいかもしれない。そうだったら、撤退しよう。そう決めて。


用務員室の扉の前に立ち、ノックをする。

中からアリーさんののんびりとした返事が聞こえ扉を開くと、

アリーさんは窓際の植木鉢に水をやっているところだった。


「ああ、ミスティアさん。お昼ですよね? どうぞ座ってください」

「ありがとうございます」


アリーさんのお言葉に甘え、用務員室のソファに座る。

アリーさんは手を洗って、ティーセットの準備をし始めた。


「ふふ、ミスティアさんにお出ししようと思って紅茶を買っておいたので、

 お会いできて嬉しいです」


ふわりと柔らかに笑うアリーさん。

迷惑だったかもしれないという懸念が和らぎ、少しほっとする。


「文化祭の準備も始まってますし、ミスティアさんは人気者ですから、

 お忙しいかなと思っていたので」

「いえ、私は全然……」

「そういえば、ミスティアさんのクラスの出し物は灰かぶりだとか。

 ミスティアさんはどんな配役なんですか?」

「監督です、それでここ最近は、脚本やデザインのチェックをしていて」

「へえ、監督ですか。ミスティアさんは舞台に立たれないのですね……」


何だかアリーさんは納得いかないような顔をして、

「でも」と付け足した。


「灰かぶりに、ミスティアさんの似合う役は、無いですからね」


きっぱりとして、それでいて言い捨てるような言葉。

あんまりアリーさんらしくなくて次の言葉を紡げないでいると、

アリーさんは慌てたように手を左右に振った。


「ああ! 姫の役が合わないと、そういう意味ではありませんよ。

 ただ、僕は、灰かぶりについて、ずっと思っていることがあって」

「思っていること、ですか?」

「ええ、どうして灰かぶりは、魔法使いを選ばなかったんだろう、って」


アリーさんは、カップに紅茶を注いでいく。


「だって、灰かぶりが苦しめられ、潰されていく中手を差し伸べたのは、

 王子ではなく魔法使いでしょう?

 綺麗な服を用意して、侍従までつけて馬車を出したのは魔法使い。

 なのに、灰かぶりは舞踏会に向かってから、魔法使いに対して何かを想う様子が無い。

 だから、ただ美味しいところを奪うような王子も、

 最後は忘れられる魔法使いも、ただされるがままの灰かぶりも、

 ミスティアさんには似合わない」


言い切るアリーさんの言葉。何だろう。やっぱりアリーさんらしくない。

アリーさんらしくないけど、元々アリーさんはこんな感じだったような気もして、不思議だ。


「アリーさんは、魔法使いに幸せになって貰いたいんですか?」

「勿論です。灰かぶりを助けたのは、間違いなく魔法使いですからね。

 魔法使いは、幸せになるべきです。何があっても、魔法使いだけは」

「……じゃあ。実は魔法使いは、変装した王子様だった、というのはどうですか?」


アリーさんの、望む結末。

そうするには、ちょっと強引かもしれないけど、物語なのだし。


「魔法使いになって、灰かぶりを助け、自分の元へと導いた。

 灰かぶりはそのことに気付いていたけれど、王子様が黙っていたから、言わなかった。

 というのはどうですか」

「でも、その灰かぶりは、魔法使いも、王子様も見ていない間に、

 舞踏会に行くため、何か悪いことをしたかもしれませんよ」


唐突な設定追加。

舞踏会に行くために、悪いこと。

何だろう、あんまり思いつかないや。


「うーん、でも、そんな灰かぶりを受け止める度量を持っていますよ、魔法使いの王子様は。

 大丈夫です。きっと」

「そう、ですか?」

「はい。勿論です」


アリーさんは切なそうな、安心したような声色だ。

念を押すように肯定すると、アリーさんは静かに微笑む。


「……ああ、紅茶、どうぞ。

 お砂糖は二杯ですよね」

「はい。ありがとうございます」


アリーさんから紅茶を受け取る。

優しくて暖かい香りがする。

今度、紅茶に合うようなクッキーを持って来ようと考えていると、

アリーさんが向かいのソファに座り、静かに口を開いた。


「ミスティアさんが、ここのところ、暗い顔をなさっているのは、

 ノクター家の子息の方とのお噂のことですか?」

「え……?」

「何も、聞かないでおこうとも思ったのですが。

 やっぱり、一人で抱え込んでいるミスティアさんを見て、気が変わりまして」


アリーさんが、知っている。

用務員であるアリーさんの耳に入るまで広まっているのか。

どうしよう。本当に。レイド・ノクターとアリスが結ばれた時、

このままだとアリスは嫌なことを言われたりするし、

レイド・ノクターの立場も悪くなる。


「ノクター家の御子息について、何か嫌なことが……?」


良くない未来を想像していたせいか、暗い顔になっていたらしい。

アリーさんが不安げな声色で首を傾げる。


「いえ、そんなことはありません。ただ、本当にただの婚約関係なのに、

 その間に恋や愛があると、噂がひとりでに歩いて行くのが、辛いといいますか」

「そうなんですか……大変ですね、噂は、否定すれば否定するほど疑われるものですし、

 かといって肯定してしまえば、言わずもがなですし……」

「ええ、その通りで、打つ手なしというかこのまま噂が無くなるのを待つしか出来ないと言うか……」

「ねえ、ミスティアさん」


アリーさんが、真っすぐとこちらに顔を向ける。


「そういった辛いことがあれば、いつでも仰ってください。

 一人で抱え込まないで、僕に全て話してください。

 聞くことでしか、僕はあなたの悲しみを癒すことが出来ないかもしれませんが、

 それでも、僕はあなたの役に立ちたいです」


真摯な、アリーさんの言葉。

その言葉に、安心を覚える。何故だろう。

いつもいつも、アリーさんの言葉は、自然と心の中に入って来て、勇気をくれる。

まだ会って半年ほどなのに、アリーさんには全てお見通しなような、

そんな気さえしてくる。


「ありがとう、ございます……」


なんだか、アリーさんは屋敷の皆……メロに近いものを感じる。

何でも話をすることが出来て、その言葉に安心を覚える。年齢も、性別も違うはずなのに。


「では、お昼食べましょう。まずはお腹を満たして、

 これから出来ることは、僕も一緒に考えますから」


アリーさんの言葉にはっとする。

そうだ。お昼を食べなければ。時計を確認すると、休憩時間が半分を過ぎていた。

アリーさんと話をすると、いつも時間が一瞬にして過ぎてしまう。

私は昼食を済ませるべく、弁当の包みに手を伸ばした。














「ああ、アーレン嬢、こんにちは」

「あっ、こんにちはー」



用務員室を後にして、別棟を歩いていると、

向かいの廊下からフィーナ先輩のお兄さんであるネイン先輩が歩いて来た。


正直、とても気まずい。


出会いから、約半年。

フィーナ先輩と友人になってから度々すれ違ったりしているが、

あまり仲がいいわけでもないというか、微妙な距離を保っている。


というかそもそも話すことが無いのだ。

あちらは生徒会で大忙し、私も引き留める理由も無ければ社交性も無く、

「こんにちはー」「あっこんにちはー」で終わり。

それを出会った当初から今まで繰り返しているから、

「あっこんにちはー、そうだネイン先輩聞いてくださいよー、この間ー」なんて語り掛けたら、

驚愕で心臓発作が起きることもありえなくはないほど、

私たちは決まりきったルーティーンをこなしている。

最早職人芸だ。喫茶店で「マスター、いつもの」と常連客が注文し、マスターは、

「トリプルクリームフラペチーノミルク抜き生クリームマシマシ

 ピーマン抜きナポリタン大盛り」を出すくらい、

息の合った「こんにちはー」「あっこんにちはー」という掛け合いを繰り返している。

今日もそのルーティーンをこなすわけだが、やっぱり何となくの気まずさは消えない。


「あの、さ、突然で申し訳ないんだけど」


さよならルーティーン。驚きで心臓が死ぬ。

生徒会の役員であるフィーナ先輩のお兄さんから持ちかけられる、

「突然で申し訳ないこと」なんて一体どんな要望だろうか。


「ノートとか、拾ったりしてない? たまにフィーナが持ってる感じの……」

「授業とかで使うノートとかですか?」

「ううん、日記帳とか、そういう感じのもの、かな?」

「いえ、ちょっと覚えが無くて……すみません」

「ううん! 拾ったりしてないならいいんだ。気にしないで」


私の答えにどこかほっとした様子を見せるネイン先輩。

ノートの落とし物なんて、覚えが無い。

さらにいえばフィーナ先輩がたまに持ってるノートの存在も知らない。

ネイン先輩の言動の意味を考えていると、ネイン先輩は不意に壁に目を向ける。

その視線を追うと、壁には文化祭で開かれるチェス大会の告示ポスターが貼られていた。


「チェス大会、アーレン嬢は出ないの?

 フィーナからとても強いと聞いたけれど」

「え、いや……出ませんね……」


正直ゲーム系は前世時代の血が疼く。

目立つところではしたくない。


「そうなんだ。僕、生徒会の選挙があるから、

 その宣伝や顔を覚えてもらう為にって出ろって言われてさ。

 アーレン嬢と戦うこと、ちょっと楽しみにしてたんだけど、残念」


ネイン先輩もチェスが強いことで有名と、フィーナ先輩が言っていた気がする。

聞き覚えがある。なのに、明るく社交性がありそうなネイン先輩の声とその言葉に違和感を感じた。

心の中で反芻すると、その声がノイズ交じりに聞こえる。


『フィーナから、ずっと、助けを求める声が聞こえていた。

 当主にさえなれば、立派な当主になれば、俺たちは報われると思っていた。

 なのに、フィーナは死んでしまった』


『フィーナはね、春に襲われて、夏に死んだんだよ。

 それまで一度も寝台から降りることは叶わなかった』


『僕はフィーナを犠牲にしたんだ。だから、絶対に……』


脳の中に流れ込んでくる、映像と、音。

目の前で穏やかに笑うネイン先輩が、この世の終わりのような表情で、妹の、

フィーナ先輩の末路について、語っている。


ネイン先輩と、フィーナ先輩は、ゲームで、出ている。


そして、フィーナ先輩は、すでに、死んでいた?


●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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