最も重要な責務
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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準備室で提出された小テストの採点をしながら、昨日のミスティアの顔を思い返す。
昨日はミスティアの屋敷に行った。
二週間ぶりのミスティアの顔色は目に見えて悪くないものの、
どこか戸惑っている様子で胸が痛かった。
今日屋敷に訪問したのは、様子見ももちろんあるが、
アーレン家への報告がメインだ。
手紙という手段も勿論用いるべきだったが、
報告自体は、あの屋敷に残して置かない方がいいものだった。
ミスティアを襲った奴が死んだ。
牢へ護送される前、発狂し、家族全員皆殺しにして屋敷に火を放った。
表向きは事故として処理されたが、
ミスティアは気が付く人間だ。手紙に残したり、
話しを少しでも聞かれたら、そこから隠された真実に辿りつく。
自分を襲った奴が、発狂して家族皆殺しにして死んだ……なんて話は聞かせたくねえし、
事故で死んだとしてもミスティアの心にいい影響は与えないだろう。
だから、夫人と話をしている間、ミスティアを遠ざける為、
ミスティアと比較的会話をするアリス・ハーツパールを連れ屋敷に行くことにした。
授業中、ミスティアはよくアリス・ハーツパールに教科書を貸してやるし、
こちらの授業を妨げないようメモで会話し、勉強を教えていたりする。
仲は悪くないだろうから、ミスティアとお茶でも飲んで貰い時間稼ぎをしてもらう。
そして、それが、屋敷で静養しているミスティアの気晴らしになればいいと思った。
友達同士気楽に話をして、少しでも傷が癒えればと。
どこからか聞きつけ同行を申し出て来たヘレン・ルキットも加えた。
ヘレン・ルキットは婚約者ぶってる問題児が好きだ。
てっきりミスティアに嫉妬を抱き良く思っていないと思っていたが、
ヘレン・ルキットが街で襲われた際ミスティアに助けられたことで、
ミスティアに恩義を感じているらしい。
同じ傷を持つ者同士、ミスティアの支えになりたいと思ったのだろう。
そうして二人を連れ、屋敷に向かい、
ミスティアを遠ざけ夫人と話をした。
夫人は俺に、ミスティアが望むなら、学校の退学、隣国の留学をするつもりだと言った。
学校に通いたいと願うなら、通わせるとも。
俺も、それに同意だった。
斧で襲われる。親ならば、そんな場所絶対に通わせたくねえ。
恋人である俺だって、通わせたくないと思うのだから、ミスティアの母親である夫人は、
絶対、何があっても通わせたいとは思わねえ。
ミスティアは、世界で一番安全な場所に居るべきだ。
ミスティアと離れることより、ミスティアが傷つくほうが百倍辛い。
どうせ後二年経てば一緒に住むんだ。
そうすれば、朝と晩、沢山話も出来る。
たった二年の間、全く会えなくたって、ミスティアが無事ならそれでいい。
でも、ミスティアは俺と一緒にいることを選んだ。
テストまでには戻る、と。そう言った。
ミスティアの選択。俺はそれを尊重したい。
もう一人よがりで勝手に別れたと思い込んだりしない。
二人で互いを尊重して生きていきたい。
何があっても守ることを伝えると、
ミスティアは俺にお礼を言った。しっかり、俺の目を見て。
男に斧で襲われて、男が怖くないわけがない。
本当は、俺だって怖いはずなのに。
いくら恋人と言えど、同じ男。それに俺はあの場にいた。
嫌でもあの時の記憶を思い出させちまう。
なのにミスティアは愛おしそうに俺を見つめ、俺にお礼を言った。
ミスティアに信頼されている。信じられている。
次も、絶対に自分を守ってくれるのだと、ミスティアは俺を信用していた。
絶対守ってやらねえと。
それが、恋人として、旦那として、そして男としての義務だ。
「あ? どうぞ」
ふいに扉をノックする音が聞こえ、机から顔を離し扉に向かって声をかける。
扉が開くと、そこに居たのは婚約者ぶってる問題児。
「よう、どうした? 提出物でも頼まれたか?」
「いえ、少し先生にお尋ねしたいことがあって、お時間よろしいですか?」
問題児は、遠慮がちに目を伏せながらも、後ろ手で扉を閉める。
聞きたいことがあると言いながら、こちらに隙を与えねえ。
「ああ、少しだけならな」
採点を中断し、答案を端に寄せる。
すると問題児は口を開いた。
「昨日、ミスティアの屋敷に行ったのは本当ですか」
「ああ、行ったぞ」
「僕も行きたかったです、
手紙を出しているのですが、確定的なことは濁されるし、
僕の両親は理由を知っているみたいですが、
教えてくれませんし……」
遠回しに責めるような、
それでいて話を聞き出そうとするまどろっこしい問題児の言葉。
少しでも問題児に屋敷へ行くことが漏れれば同行を願い出てくるのは目に見えていたから、
俺はこいつが学級長の委員会に出ていた時アリス・ハーツパールに屋敷へ行く話をした。
だがそうしたのは、問題児だからじゃない。
ミスティアを襲った男は、一年の男子生徒だ。
自分を襲ったような奴と同じ年の、
同じ制服を着た男子生徒なんて連れていけたもんじゃねえ。
「知ってるも何も、家庭の事情だろ、気のせいじゃないのか?」
「……先生は何か知ってるんじゃないですか?」
「学校側は、家庭の事情で休むとしか言われてねえ」
「……ミスティアはいつも早朝に登校します。
その間、学校で何かあったんじゃないですか?」
疑問形で尋ねてくるわりに、問題児の口調は断定的だ。
全てあたりを付けてからここに来て、
俺の反応で答えを合わせようとしている。
気に入らねえ問題児だ。
ミスティアが黙ってる。それが全てだろうが。
「……例えば、実際ミスティア・アーレンに何かあったとしよう、
公に話されないのは何か事情がある。黙っている俺に尋ねて何になる?
話されない理由を考えるべきじゃないのか?」
否定をすることを想定していただろう問題児は、
一瞬だけ視線が揺れる。
「学級長として、心配なのは分かるが……」
「……婚約者です」
問題児が、力を込めて呟く。
「僕と、ミスティアは婚約者です」
次は、自然に、何かの枷を外したように。
「婚約者には知る権利がある、そう思いませんか」
問題児が、勝利を宣言するように、俺に聞く。
前の俺は、動揺していただろう。
もしかしたら、
ミスティアはこの婚約者に気があるくらいに思っていたかもしれない。
だが今の俺は違う。何の不安も無い。
ミスティアと俺は、信頼し合っている。その事実が、
ただただ静かに心にしみわたっていく。
「婚約者だろうが何だろうが、知らなくていいことはあるだろ。
ミスティア・アーレンは一人の人間で物じゃない。感情があるからな。
お前の言う知る権利があるのなら、同じように知られない権利があるだろ」
しっかりと、問題児の目を見据えて話す。
「冷静になれ、お前が今できる最善は、待つことだ」
「……」
「な?」
問題児が下手に嗅ぎまわり、
ミスティアの長期休みに、
好奇心に似た疑問を持つ者でも現れたら大変だ。
念を押すと、問題児は俯く。
「……、失礼しました、少し、頭に血が上っていたようです、
ごめんなさい、先生」
「気にするな、同じクラスの生徒が長く休んでいたら心配にもなるよな」
「ありがとうございます、では、僕はこれで」
問題児が、貼りつけたような控えめな笑みを浮かべ、教室から立ち去る。
扉が閉じられるのを確認して、答案を取り出す。
少し頭に血が上っていたなんて言ったが、少しどころじゃない目つきだった。
あいつもあいつで、変なこと起こさねえといいが、
あの調子じゃ分かったもんじゃねえ。
ミスティアの想いが俺にあることを知り、
俺を刺しに来るならぶっとばすだけで済む。
だがミスティアと無理やり心中でもされたらたまったもんじゃない。
ちゃんと俺が気を付けて、見ててやらねえと。
今度こそ、ミスティアを守ってやらねえと。
俺は固く誓うと、
また机に向きなおり、採点を再開した。
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