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絶望廻りの探求者

※嘔吐表現があります。

「お前は、やっぱり最悪な人間だ!

 信じた俺が馬鹿だった!」


ミスティア・アーレンを怒鳴りつけると、

彼女の顔が、苦しそうに歪む。


俺の手には、ナイフが握られていて、それを彼女に突き刺している。

彼女の身体から、どんどん血が出て、彼女はゆっくりと崩れ落ちる。


違う、俺は、こんなことがしたかったんじゃない。

早く、抑えて、止血しなければいけないと思うのに体が動かない。

違う、こんなことがしたかったんじゃない。俺は、彼女が、非道な行いをしたから、

俺は、この女が、全部、全部持っているのに、

人の気持ちが分からないから。だから、それを俺は。俺は。


「なんてことを言うんですか!? ミスティア様はいつだって私を助けてくれました!

 本当に心優しく清らかな方なんです!!

 ミスティア様は、そんなこと絶対しません!!」


そう言って、アリス・ハーツパールが、

倒れて血を流すミスティア・アーレンに駆け寄り、俺を睨みつける。

嘘を言っているようには思えない。けれど、認められない。

だって、もしそうなら、俺は。


「う、う、う……嘘だ、み、ミスティア・アーレンに言わされて……」


「嘘じゃありません! もしかして、

 ずっとミスティア様を誤解して、酷いことを言っていたんですか?

 今までずっと、こうやって、彼女を刺して来たんですか?」


「俺はっ……」


「ミスティア様、傷だらけじゃないですか!

 こんなになるまで、一方的に、どうして!!」


目の前の、倒れたミスティア・アーレンは、血だまりの中にいて、

俺が刺した腹だけじゃなく、腕や、足や、顔からどんどん血が溢れてくる。


「俺は、俺は、俺は、」


「傷つけたいわけじゃなかった、なんて言わないよね?」


ミスティア・アーレンに駆け寄ろうとする俺の腕を掴んで睨む。


「最低なのは、いつだって君の方だったろう」

「そうです、最低なのはいつだって貴方のほう」


レイド・ノクターと、アリス・ハーツパールが、淡々と口にする。


血だまりに、ミスティア・アーレンが飲み込まれるように沈んでいく。


違う、待ってくれ、俺は、ずっと今までこうして、

間違いで、何もしていない人間を、

むしろ、正しい人間を、傷つけ続け、

踏みにじり続けて来たということか。


待ってくれ、行かないでくれ、待ってくれ、待ってくれ!

手を伸ばすと、同時に、ミスティア・アーレンは血の海に沈む。



「待ってくれ!」





叩き付けるように叫び、目を見開くと、そこにあったのは廊下でも学校でも無く、

見慣れた部屋の、暗い天井だ。

はっきりとした意識の中、時計の針が時を刻む音がやけに大きく感じる。


「夢……か」


この夢を見るのは、もう何度目だろう。

あれから、二週間が経っている。

それから眠りにつき、この夢を見て、魘されて起きる、

毎日、毎晩、この夢を見る。けれどそれは一度では無く、何度も。

もう何度目かは分からなくなってしまった。


身体も、頭も重い。確かに呼吸をしているはずなのに、苦しい。


「もっと、苦しまなければ」


ミスティア・アーレンは。無実だった。

逆に、アリス・ハーツパールを、助けた存在だった。


朝登校した時、アリス・ハーツパールが黒板を見て、

絶望したような表情をしていた。


出自への疑念の声、騙していたのかという非難が、

アリスに直接向けることはされないまでも、

声を潜めて会話されていく教室は、異様な空気に包まれていた。


アリス・ハーツパールはただじっと黒板を見つめるだけ。

肯定も否定もしないから、庇いようが無い。どう動くべきか判断に迷い、

動くことが出来なかった。けれど、犯人の見当はつけていた。

ミスティア・アーレン。

その日、彼女は訪れるのが一番遅かった。きっと陰で笑って、

こちらの様子を見ているのだろうと思った。

なのに彼女は、教室に来るとアリス・ハーツパールを庇った。

自分の立場なら、到底言えないと。

アリス・ハーツパールの立場に沿った考えを示した。


ミスティア・アーレンの言葉で、

教室の空気が、一瞬にして変化した時、彼女の目的を悟った。


公然の場で、アリス・ハーツパールを晒しあげ、庇うことで、

自分の心証を上げようとしたのだと。

ミスティア・アーレンは、自分の考えを示すと、

アリス・ハーツパールを連れ、どこかに去っていく。


このままだと、アリス・ハーツパールが危ないと言うことに気付き、

慌てて駆け出し、二人の姿を探すと、

別棟でミスティア・アーレンは一人、佇んでいた。


その姿は、あまりに顔色が悪く、致命的な間違いを自覚したような様子で、

アリス・ハーツパールに何かしら反抗されたのだと思った。


「お前は、どこまで人を裏切れば気が済むんだ……!」

「……お前は、全部、あるのに、全部、持っているのに

 本当に、人の気持ちが無いのか……?」

「お前は、やっぱり最悪な人間だ!

 信じた俺が馬鹿だった!」


ありったけの言葉を、ミスティア・アーレンにぶつけた。

憎しみが止まらない。どうしてお前はそうなのか。

学びも、医術も、血統も、何もかも申し分ないほど全て持っていて、

どうしてそこまで根性が腐りきっているのか。

どうして、偽りの優しさでは無く、善意の優しさが持てないのか。

何で、どうしてと。


憎しみを、怒りをぶつける俺と、悪女ミスティア・アーレンの間に入ったのは、

アリス・ハーツパールだった。

俺からミスティア・アーレンを庇うようにして、

立ちはだかる。アリス・ハーツパール。


そんなアリス・ハーツパールが話した、真実。


詰め寄られたアリス・ハーツパールを、

助けたのはミスティア・アーレンだった。


俺に怒りをぶつけるアリス・ハーツパール。

呆然とするミスティア・アーレン。

冷静に見る、レイド・ノクター。


あの場で紡がれた言葉を、空気を、何もかを、

俺は一生忘れることはない。
















真実を知ってから、絶望しない暇なんてものはなかった。

今まで、ずっと、無実のミスティア・アーレンを侮辱し続けた。

到底許されることじゃない。許されていいはずがない。

俺は、ずっと間違っていた。何処からではない。すべて間違っていた。

無実の、いや、それどころか正しい人間である彼女を、罵倒し、蔑み続けた。


かけた言葉を、ひとつひとつ思い返す。

酷いものだ。全てが醜い侮辱の言葉。

はじめから、酷い言葉をかけた。

そんな言葉をかけてもなお、

ミスティア・アーレンは校外学習の時、俺の足を手当てした。

優しい令嬢だと思う。俺はそんな彼女を、愚弄した。

礼すらまともに言えていない。

知ろうともせず、状況で彼女を決めつけ、踏みにじり続けた。

醜い言葉を止める瞬間も、尋ねる瞬間もいくらでもあったのに、

それをしなかった愚者。浅はかさを呪う。呪って、苦しんで死ねればいいのに。


無知は間違いなく罪だ。

何が最低だ。何が劣悪だ。それらは全て、俺だった。

彼女は、ずっと、正しい行いをしていた。

間違えていたのは、俺だ。

いつだって、貴族としても、人としても間違っていたのは、俺の方だった。


なんてことを、してしまったのだろう。

謝罪なんかでは許されない、取り返しがつかないことをした。


だから、俺は、

何よりも誰よりも不幸になって、惨めに苦しんで、

痛みを受けながら死ぬことにした。

まず初めに、学校を辞めることを決めた。退学届けに記入し、

それは今日提出する。提出し、しっかりと受理されてから、

両親に説明し、彼女に正式に謝罪に向かう。家紋の印も、封蝋も、

父の書斎から、借りた。これが明らかになれば、俺はただでは済まされない。

殴られるだろうし、折檻を受ける。それでもいい。

俺は苦しまなければならない。痛い思いをしなければ。


ミスティア・アーレンへ、可能なら会する機会を設けてほしいという連絡は、

既にした。両親への説明よりも、退学の受理を先にしたのは、

両親が下手な真似をしない為だ。

きっと今伝えれば、

両親はアーレン家へ許してもらえるよう働きかけるだろう。

でも、それではいけない。俺は許されないことをしたのだから、

苦しまなければいけない。罰せられなければいけない。

許しを乞う働きかけはしてはならない。


それに、黙って退学すれば、早く廃摘されるだろう。

当主の資格は、俺にはとうに無い。

妹が、婿を取ればいい。俺は廃摘して、国を出る。

もう二度と、彼女の前に姿を現すことが無いように。

最も劣悪で、苦しくつらい仕事に就き、苦しむ。

下劣で、汚く、最低限生きながらえるだけの食事だけはして、

永遠に苦しみ生き続け、一生を過ごす。

死ぬ間際には、ありったけの切れ味の悪いナイフをかき集めて、

苦しみながら死のう。俺の身体の何もかもを潰して。

今だって、こんな喉も潰してしまいたい。彼女を蔑んだ目も抉り出して。

何もかもこの世から消してしまいたい。

けれど俺はまだ苦しんでいない。喉や目を潰せば、明日、いや、今日、

退学届けを提出することは出来なくなるから、まだ出来ない。


ああ、朝が来る。
















「……今までの非道な行いは、全て俺の身勝手な感情による愚かな勘違いだった。

 本当に、すまなかった」


昼、退学届けを提出しようと廊下を歩く途中、ミスティア・アーレンと出会った。

今話をしてもいいと言われ、教室へ移動し、頭を下げ、跪き、退学届けを差し出す。

それを見せると、彼女は戸惑いの声を発した。


説明の為、顔をあげると、彼女は目を見開き、顔色を青くしていた。

学校を辞め、国を出て、今後について彼女に話すと、

彼女は焦ったように、俺の家の心配をして、俺を止めようとする。


「心の傷は、一生消えないものだ、だから俺は、当主になる資格も無い」


俺は、最低の人でなしだと言うのに。

この優しさを踏みにじり続け、侮辱したのだ。

今すぐにでもここから飛び降りて、死んでしまいたい。 


「その退学届け、見せてください、本当に退学届けかどうか、

 確認する義務があります」


彼女は暫し考え込んだ様子を見せた後、そう言った。

退学届けを彼女に差し出すと、彼女は暫し眺めた後、手に取り、

一気にそれを引き裂いた。一瞬何が起きたのか理解できず、

反応が遅れている間に退学届けは散り散りに破かれ、床に散らばる。


「あああああ!」


声を上げ、必死に拾い集める。これが無ければ、退学することが出来ない。

そう何度も人目を忍んで父親の部屋に入り、

家紋の印や封蝋を使用することは出来ない。

これが無ければ、償えない。贖罪が、俺の罰が。


「ろ、ロベルト・ワイズ!」


肩を思い切り掴まれ、名前を呼ばれる。

ミスティア・アーレンが、こちらを見ている。

目が合い、息をのむ。


「今回、今回私は特に何も感じていません。

 それに私が、アリスさんに忘れてくれって頼んだことも原因です」


「しかし、だとしても、一方的に愚弄する俺は外道だ」


「その、何かあった可能性ということを否定しているわけではありません

 ……だから、その、確認を、

 今後はお互い確認を徹底するってことで、この話は、もう終わりにしませんか」


終わり。

終わらせて、いいわけがない。

償わなければならない。俺は、非道な仕打ちをしたのだ。

ミスティア・アーレンの過失なんて、何処にもない。

俺が、間違いを犯した。俺が全て悪い。


「でも、それでは君への過ちの償いには……」


「いや、でも、こう、今だって、過ちを犯そうとしていますよ、

 私、望んでませんし、家族も困るし、その、あなたは人生を、捨てようとしている。

 本当に、望んでないんですよ、貴方が人生を捨てることを私は、

 償いをしようとして償いが増えるなんて本末転倒じゃないですか?」


償いをしようとして、償いが、増える?


「本当に、私はそれを、全く、一切、望んで、ないんですよ」


望んでいない。望んでいない。なら、別の償いを。

考えても、思いつかない。どうすればいいのか分からない。

このままでは、退学が出来ない。

国を去り、ミスティア・アーレンの元を立ち去ることが出来ない。

俺は、存在するだけで、彼女に嫌悪を抱かせる存在なのに。


「私も、その放置するつもりだったというか、

 嫌いなら嫌いでいいかな、どうでもいいというか、

 とにかく放置して、アリスさんとレイド様に迷惑かけたので、

 お互い様です」


どうでもいい。

そう言われて、切り裂かれたように胸が痛む。この痛みを感じたのは、

何度目だろうか。じくじくと痛み、胸を押さえていると、視界が滲み、

自分が泣いていることに気付く。止めようと思うのに止まらず、

ミスティア・アーレンの手を煩わせないように、俯くと、

心配げな声色で、彼女が言葉を紡ぐ。


「その、本当に、学校辞めるとか、国を出るとかは、本当やめてください。

 望んでないので、約束してください、今ここで」


「……でも」


「約束してください」


「わ、わかった……」


「信じてますからね、絶対ですよ、

 やっぱり勝手に辞めますっていうのだけは本当にやめてくださいよ」


「……」


強く念を押すような、ミスティア・アーレンの言葉。

その目は射抜くようにこちらを見ている。

国は、出られない。学校もやめられない。ならば、俺はどうすればいいのだろう。

どう償えばいいのだろう。


「今日放課後、時間空いてます?」

「ああ、空いているが」

「あの、クラス旗、手伝ってくれませんか、人手が欲しくて」


切羽詰まったような、ミスティア・アーレンの言葉。

そんなことで償えるとは到底思えないが、それが彼女の望みなら。

何だってしよう。


「……分かった、全部やる」

「半分でお願いします。では、これにて解散、ということで……」


そう言って、彼女の足が扉へ向かうが、また、身体を翻す。

おそらく、俺が動かないことを不審に思ったのだろう。


「あの」

「ああ、俺はここに残る、大丈夫だ、行ってくれ」


ミスティア・アーレンは、頷き、去っていく。

その後ろ姿を目で追って、扉が閉じられるのを、ただ眺める。


するとふと、さっきのミスティア・アーレンの言葉が蘇ってきた。


「嫌いなら嫌いでいいかな、どうでもいいというか」


あれは、ただ、思ったことを言っただけだろう。

ただ思った、率直な、自分の思いを。


彼女にとって、俺は、どうでもいい存在なのか。



「うっ」


口元を抑えて、駆け出し、手洗いに駆け込み吐く。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

ふと、過った己の感情のおぞましさに、胃液がこみ上げてくる。

こんな邪な感情は抱いてはいけない。これは違う、これは駄目だ。

おかしい。絶対に抱いてはいけない感情だ。間違いだ。

俺は、彼女を愚弄し、傷付けた。

侮辱をした。罵倒した。どうでもいい存在だからなんだ。

彼女に嫌悪されていない。何も思われていない。

俺は屑だ。人間の屑、人でなし。当然だ。


俺には傷付く資格なんて無い。

俺は、こんな感情を抱いてはいけない。

これは、俺の目から流れる涙は、


世界で一番醜く、汚いものだ。

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あああああ〜胃が〜〜!!ロベルトくん〜!!! マジで…マジでほんとに正義感強くて真面目だから…ほんとに、どうしてこんなことに…。 育った環境と誤解と思い込みが重なって感情の高まりがより迷走させて…根が…
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