114話 この羊…恐ろしい存在だな。
日辻さんに、その言葉の意味を聞き返そうとした時…ナイフ男が片手で弄んでいた小振りなナイフをきちんと持ち直し、グッタリして動けない男性に向かって歩みだした。
「っ、すみません日辻さん!!」
「めぅ、任せて。」
四の五の言ってる間なんてないと、ええい、ままよ!!って気持ちで日辻さんを掴んで、ナイフ男に向かってぶん投げた。
「んっ!?」
ぶん投げた時、指から伝わった感触に思わず変な声を上げてしまった。
いやだって…普通日辻さんは、小春と違った感じのフワフワモフモフな訳なんだけど、私の指に伝わっていた感触は…何かこう、羊毛をギュッと固めた様な感じと言うか…わぁ、そのまんまだな!!
「あがっ!?」
それなりの痛みを訴える声とゴツッと言う鈍い音が聞こえたので、コレ普通に私が危険を省みずに出て制圧した方が良かったんじゃないかなっ!?と顔をあげると…。
「めふぅ…良い仕事した。」
日辻さんが、いかにも一仕事やりきった職人の顔をしてナイフ男をモフッと毛で包んでいた。…ナイフ男に目立った怪我は見えないから、多分大丈夫…だと思う。気絶してるけど。
…なんか、この毛玉だるま?みたいな状況…昔見た事あるな。どんな時かは、流石に覚えてないんだけど…その時は、ルナさんが日辻さんを使ってあんな風に人を捕縛をしていた記憶が僅かにある。
って、今はソレどころじゃないか。
「ひ、日辻さん?何をしたかは…見れば分かりますけど、え…一体何を?」
「め。人が動くのが難しいなら、僕が動けば良いかなって。」
わぁ、日辻さんったら察しの良い方だなぁ…。
ヒクリと口角が引き攣った私だったが、直ぐにハッとなって、怪我をしている男性に駆け寄った。
「すみません、大丈夫ですか?…って、大丈夫な訳ないですね。今から治療します。」
一番怪我が酷いお兄さんに近付くと、私の耳元で影の精霊が「早く止血せんと、もーボチボチで輸血が必要になってくるで〜。」と言ってきたので、素早く回復魔法を展開した。…いまだに私の中で回復魔法と治癒魔法の違いが曖昧だけど、今回は治癒魔法より回復魔法の方が良いと思ったのだ。
「あ、ああ…ありがとう、ございます?」
とは言え、この人達にとっては私達はいきなり現れた訳だから…更に言うなら、日辻さんのアレもあるから、辛うじて警戒はされていないけど…かなり困惑した顔をしている。
「私は、そこのギルド職員の夜風、と言います。悲鳴が聞こえたので来ました。…助けるのが遅くなってしまい、すみません。」
「あ、いえ…危ない所を助けていただいただけでなく、怪我まで治してくださって…。」
目に見える傷は一通り癒えたけど…先程影の精霊は、輸血が必要になるかもしれないとか何とか言っていた。…不安にだから、小声で影の精霊にこの人の状態を聞こう。
「もう大丈夫やね。にしても、あのナイフの兄ちゃん凄いなぁ。全部絶妙に致命傷にならんけど、普通に治療したら微妙に痕が残る感じの傷を付けとるんやから…。」
私が小声で問い掛ける必要もなく、影の精霊が私の耳元でそう言った。…うっとりした感じで言わないでくれないかな影の精霊コノヤロウ。今はお前がMだとか、あのナイフ男がSだとかは関係ないんだから。
「めうめ、何かオヤツない?」
「…日辻さん、今は我慢していてください。」
何とも言えない気持ちになってしまったので、取り敢えず深く溜め息を吐いて切り替える。まだ女の人が残っている。
「あの姉ちゃんは、擦り傷と靴擦れ以外はピンピン元気やで。」
「そうですか。」
恐らくナイフ男が術者だったのだろう。先程まで壁に貼り付けられていた腕は解放されているが、私達のやり取りがあまりにアレだから、呆気に取られて動けない…みたいな感じだ。仕方ないか。
仕方ない…と思いはするけど、そんなに口を大きく開けてポカーンとした表情をするのはどうかと…せっかくの美人が台無しである。下手すると、百年の恋も冷めちゃうよ?
せめて男性側にあまり顔が見られない様に立ち振舞いながら、私はお姉さんの擦り傷と靴擦れを治療した。




