113話 意外な所からの、『驚き』。
日辻さんとほのぼのとした気持ちで、帰路に着いている時。
「ぎゃあっ!?」
「いやぁあっ!!」
かなり聞こえにくかったけど、それでも数人の男女の悲鳴が聞こえた。悲鳴のニュアンスから、かなり切羽詰まっている状況なのは明らかで…私みたいに悲鳴が聞こえた人で、周囲はざわつき始めた。
「…日辻さん、聞こえましたか?」
「めう。」
「いやぁ、あんな濃厚なもんを見られるなんて…やっぱり世界は、人間は面白いなぁっ!!」
影の精霊が至極愉快な声を上げた所を見て、私は影の精霊にナビを頼み、ノリで日辻さんをムンズと掴んで現場へ向かった。小春なら、そう言う現場へ連れて行くのは躊躇うんだけど…日辻さんなら何か良いかなって。
「めうめぇっ!?……後で好きなオカズ、作ってもらうから。」
日辻さんから聞こえた発言に、どこか薄ら寒いモノを感じてしまった。私が作れるモノで、それなりにお安い素材で作れる料理をリクエストしてもらえる事を、願うしかない。
「ここやで〜。」
人混みを縫う様に進んだ裏路地に、薄い膜の様なモノが張られていた。シャボン玉の様に淡く繊細な雰囲気なのに、触れると膜の薄さ以上の厚みを感じる弾力が伝わってくる。どんな攻撃も、触れた瞬間に跳ね返ってきそうな安定感。…影の精霊のお腹よりは張りが固いかな。
「んもうっ!!お嬢さんったら…ウチのお腹の固さ、覚えとるんか?恥ずかしいわぁ。」
…まぁ、何と言うか当たり前の様に、影の精霊が人一人通れる隙間を作っていた。…良く出来るよな、本当。
後、人の肩に散々乗っかっていてその発言は正直ないと思います。影の精霊らしいけどさ。
隙間に素早く体を滑り込ませると、僅かに匂ってきた鉄錆びの臭いに、全身に緊張感が巡った。この場合、『匂い』ではなく『臭い』が正しいと、直感的にそう感じたのだ。
「…日辻さん、私の鞄に。影の精霊、『隠密』よろしくお願いします。」
「はいな〜。」
日辻さんは黙って私の鞄の中…ではなく、私の後ろの方に隠れて、影の精霊の間抜けな声で、私の姿は影の精霊に存在感やら諸々を操作される所を最初から見ていない人には、見えなくなった。…と、思う。
影の精霊の仕事は私がスマホを操作して行う認識阻害とかよりとても…あの姿や性格からは考えられない程、繊細で緻密なんだけど…如何せんアイツは気分で変えていくから…。
「誉めた後に貶していくなんて…流石やお嬢さん。」
基本は誉めたいんですけど…と言う言葉は、路地を進む毎に濃くなる鉄錆び――血の臭いと肌を刺す緊張感で、口から出なかった。
…アイツか。
そこまで長い路地でもないみたいで、体感で一分もしない内にそこまで辿り着いた。
壁に寄り掛かりながら、至る所から血を流してグッタリしている男性、その反対側に、腕を壁に何らかの方法で固定されている、悲痛な面持ちの女性…そして、腰に実用性が高そうなナイフを下げ、片手でかなり小振りなナイフを弄ぶ男性…。
ぶっちゃけ、ここに来るまでにちょっとした会話があって、それを聞く限り…恋愛的な縺れがあったみたいだ。刃傷沙汰にまでなるなんて…恋愛と言うのは魔物なんだなぁ。…じゃない。現実逃避してる場合じゃない。
どうする…相手の力量が分からないけど、あのナイフ男はただ者じゃない感じがする。ここで下手に魔法を使ってしまったり、私があの男性の間に入ったりするのは早計な気が…。
だったら、影の精霊に相手を…いや、これは最後の手段だな。でも…だったら、どうしよう。
「めぅめ、コトハさん。」
「え、あ…はいっ?」
日辻さんが、私の事を名前で呼んだっ!?
あ、あまりの動揺で、凄く大きな声が出そうになった…日辻さんともそれなりに付き合い長いけど、まさか名前を…こんなタイミングで呼ばれるとは思わなかった。
「…どうしましたか?」
コホンと小さく空咳をしてから、私は日辻さんに向き直った。日辻さんが私の名前を呼ぶぐらいだから、何かあるのだろう。
「めう。僕をあのナイフ男に向かって投げて。」
…え、えっと?




