112話 興味は元からあったし。
日辻さんが去ってからの仕事量が思っていたより多くなっていて、残業と言う二文字が頭を掠めたが…そこから我ながら必死に仕事を片付けた。この時ばかりは、自分の体力と惰性で鍛えていったタイピングスキルを誉めたくなった。
まぁ、チラリと横目で先輩達のデスクを見たら、私と変わらないような量を涼しい顔でこなして、なおかつオヤツものんびり気味に食べていたから…私なんてまだまだなんだと痛いほど思ったが。
「いやぁ…パウンドケーキ美味しかったですね、日辻さん。」
そんな苦い気持ちを緩和する様に、舌にはあの時食べたパウンドケーキの味が再生された。疲れた時に食べたのと、まさか私の分まであったと思わなかった衝撃、時間ピッタリに現れた日辻さんに対する呆れで、凄く印象に残っているのだ。
…いや、日辻さんに対して酷いとは思うけど、本当に呆れ以外に言葉が見つからなくて。
「めぅ…お酒の香りが上品だった。紅茶との相性も良い感じだった。」
日辻さんの言う通り…私には少しお酒の味が強く感じたけど、甘く華やかな香りにシットリとシロップを含んだ生地が、何とも大人っぽかった。銘柄も何もない、メーカーから出しているティーバッグで淹れた紅茶でも、ケーキの余韻が残る下で味わうと上等なモノに思えた。
まぁ、そもそも私の舌では茶葉の種類は辛うじて分かっても、どのメーカーから出してる銘柄とか分からないんだけど。
「ですねぇ。ルナさんだったらコーヒーに合わせそうですが…アレ、合うんですかね?」
洋酒にコーヒーって…余りイメージないな。私があまりコーヒーを飲まないからかもしれないが。
実際、私達と一緒にオヤツを食べていた何人かはコーヒーを飲んでいたし…試してみたら、中々クセになる組み合わせなのかもしれない。…私はまだあの苦味を美味しいとは感じないから、試そうとは思わないけど。
「めぇ…好きな人は好きな感じ?僕は好き。」
…今更だが、日辻さんの一人称ってルナさんと同じ『僕』なんだなぁ…でもなんだか、日辻さんに合ってる気がする。日辻さんが『俺』とか言ってるイメージないなぁ。いや、言ってたら言っていたでギャップ萌えかもしれないが…何だろう、「めふぅ…あの執事さんの家で味見した煮込み料理も美味だった。」とか言ってる日辻さんには、『俺』と言う強い言葉がイマイチしっくりこない。
「煮込み料理、ですか。あんな時間に良くありましたね。」
「何でも、お客に出した余りって。めぇ…野菜の旨味素晴らしい。」
野菜の旨味が素晴らしい、煮込み料理か…何だろう。煮込み、と言っているからスープの類いではないだろうし…ポトフやシチューとかしか思い浮かばない。でも、あの手のメニューはあまりこの時期には向かないかなぁ。いや、思いやりのある柚季さんの事だから、あえてホカホカ料理の可能性もなくはない…かな。
逆に、冷たい煮込み料理って何だろう…冷やしおでんは、どちらかと言えばお浸しみたいに冷たいお出汁に野菜とかを入れるし…うう、基本的に決まったレシピしか家でやらないから、こう言う料理の知識が乏しくて本当嫌になる。
「めう、今日のご飯は何?」
「え〜、まだ決めてないですねぇ。」
何か、冷やしおでんとか言ってたら作りたくなってきたな…私の魔法や影の精霊が入れば味は直ぐ染みそうだし…うん、これにしようかな。
下手にお肉類を使ってしまうと脂が固まって浮いちゃうから、たんぱく質はお魚と卵かな。お魚はつみれにして、卵はウズラの卵を使えば食べやすいかも。他にも何か旬の野菜を入れて…はっ、既存のおでんのタネでも、大根やコンニャクとかなら冷たくても食べやすいかも。
「うん、日辻さんのお陰で大分決まってきました。ありがとうございます。」
「め、めぇ?僕、別に何もしてないけど…でも、どういたしまして?」
確かに日辻さんは切っ掛けに過ぎないから、困惑するのは無理もない。…でも何か、ちょっと困惑している日辻さんってレアかもしれない。




