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子猫のいる図書館  作者: 裡婀
真を垣間見る

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23/30

第23話 侵入者

秋の深まりを告げる、乾いて刺すような冷たい風が吹き荒れる午後だった。どんよりとした厚い雲が空を覆い、地上に落とす影の形をせわしなく変え続けている。


真新しい住宅街の無機質なアスファルトには、どこからか飛んできた赤や黄色の落ち葉が、カサカサと乾いた音を立てて転がっていた。


黒ずんだ外壁の板を持つ瓦屋根の平屋は、その吹きすさぶ風の中でひっそりと身を潜めるように建っている。入り口に掲げられたかすれた文字の木の看板は、風に煽られるたびに微かに軋む音を立てていた。


普段は一切の隙間なく堅く閉ざされている建物の横手の窓が、なぜか今日に限って数センチほど開いていた。表面が波打つ古い板ガラスの窓枠が、強い突風に押されて偶然スライドしてしまったのかもしれない。冷たい風がその隙間から室内に吹き込み、澱んでいた空気を僅かに揺らしていた。


その細い隙間を目指して、空から一つの黒い影が滑り込んできた。


濡れたような漆黒の艶やかな羽毛に覆われた、一羽の大きなカラスだった。


冷たい強風から逃れる場所を探していたのか、あるいはすりガラスの向こう側に広がる未知の空間への純粋な好奇心か。カラスは窓枠に硬い爪を立ててカチリと乾いた音を鳴らすと、ためらうことなく薄暗い室内へと身をねじ込んだ。


そこはカラスが普段餌を探して飛び回るコンクリートの街並みとは全く異なる、時間が凍りついたような異質な世界だった。高い天井の裏側には太い梁が渡り、床からは深い色の木製本棚が迷路のように入り組んで立ち並んでいる。外の轟々たる風切り音が嘘のように遠のき、巨大な静けさが耳を塞ぐように押し寄せてきた。


古い紙とインクの匂い、そして長い年月を経て積もった乾いた埃の匂いが、カラスの鼻腔をくすぐる。

カラスは首を傾げ、片方の丸く黒い瞳で周囲をぐるりと見渡した。すぐに窓から外へ戻り、空へと飛び立つ素振りは見せない。外の強風よりも、この得体の知れない静寂に満ちた空間の方に興味を惹かれたようだ。


カラスは本棚と本棚の間に伸びる薄暗い通路へと、ぴょん、ぴょんと不器用な跳躍を交えながら進み始めた。硬い爪が古い床板を打つ規則的な音が、絶対的な静けさが支配する図書館の中に不躾に響き渡る。


時折立ち止まっては、棚に並んだ色褪せた背表紙を不思議そうに太い嘴で小突いている。布張りの小説や、金箔が剥がれかけた分厚い事典。


カラスにとってそれらが食べ物ではないことくらい、すぐに理解できたはずだ。それでも持ち前の探究心が勝るのか、次々と別の本にちょっかいを出しながら、奥へ奥へと進んでいく。その傍若無人な歩みは、この場所が持つ「保存と沈黙」というルールを全く解さない者の振る舞いだった。


その足音を、迷路のずっと奥深くで聞き留めた者がいた。


灰色と白のまだら模様を持つ子猫だ。古い美術書の上で丸まって浅い眠りについていた体をゆっくりと解き、ピンと立った耳を音のする方角へと向ける。

人間が訪れた時の重く遠慮がちな足音とも、ヤモリが壁を這う微かな音とも違う。

硬く、鋭く、そして明らかに警戒すべき生き物の気配。


子猫は音もなく立ち上がり、しなやかな身のこなしで本棚の上の隙間を縫うように移動を始めた。肉球が床板や本の表紙を捉える音は一切しない。侵入者に気づかれることなく、子猫は高い位置にある棚板の上から、その黒い鳥の姿を見下ろせる絶好の位置へと陣取った。


青みがかった灰色の瞳が、通路の中央を我が物顔で歩くカラスの姿を正確に捉える。サイズ感で言えば、子猫と同等か、あるいはカラスの方が少しだけ大きく見えた。黒々とした艶やかな羽毛に覆われた体躯は威圧感があり、太く鋭い嘴は小動物の骨など簡単に砕いてしまいそうだ。


しかし、子猫の瞳に恐怖や焦りの色は全く浮かんでいない。警戒して全身の毛を逆立てることもなく、威嚇の低い唸り声を上げることもない。ただ、自分の領域に無断で入り込んできたこの無作法な黒い塊を、氷のように冷たく静かな視線で観察している。カラスの挙動のすべてを把握し、次の一手を推し量るような、捕食者特有の冷静さがあった。


カラスは自分が頭上から監視されていることには全く気づいていなかった。薄暗い通路を進むうち、少し低めの棚板の上に平積みされていた、ひどく古い装丁の本に目を留める。表紙の革は長年の乾燥でひび割れ、中の黄ばんだページが波打つように露出している本だ。


カラスはその本の上にためらいなく飛び乗ると、硬い爪でガサリと音を立てて踏みしめた。そして、分厚い嘴で剥がれかけた革の表紙を器用につまみ、強い力で引っ張ろうとしたのだ。


ビッ、という鈍い音が響き渡る。


劣化した革が裂け、古い接着剤の粉が空中に白く舞い上がった。カラスはその感触が面白かったのか、今度は大きく羽を広げてバランスを取りながら、さらに力強く本を嘴で抉り始める。


バサバサという黒い羽の力強い羽ばたきが、静まり返っていた周囲の空気を乱暴にかき乱す。鋭い爪がページの束に深く食い込み、紙の繊維が悲鳴を上げるような嫌な音を立てて引き裂かれていく。


何十年も、あるいはそれ以上の長い間、誰にも触れられずに守られてきた静寂と形。それが今、一羽の鳥の無邪気な暴力によって物理的に破壊されようとしていた。図書館において、それは決して許されない致命的な行為だった。


その瞬間だった。


上の段で静かに様子を伺っていた子猫の体が、まるで弾かれたように宙を舞った。威嚇の声も、飛び降りる前の予備動作の音すらない、完璧で美しい奇襲だった。


子猫は重力を無視したような滑らかな軌道を描き、カラスの背後から真っ直ぐに飛びかかる。前足の鋭い爪が鞘から飛び出し、薄暗い空気を切り裂いた。

カラスが背後に迫る殺気に気づき、慌てて羽を広げて飛び立とうとした時にはすでに出遅れていた。子猫の前足がカラスの大きな翼の付け根を正確に捉え、強い力で古い床板へと叩き落とす。


「ギャアッ!」


図書館の静寂を粉々に砕く、カラスの濁った悲鳴が響き渡った。


もつれ合うようにして、二つの影が床板の上を激しく転がる。体格ではカラスが勝っていたかもしれないが、子猫の動きは圧倒的に素早く、容赦がなかった。漆黒の羽が数枚、空中にむしり取られてふわりと舞い散る。


子猫の青灰色の瞳には、明らかな敵意のような強い光が燃えていた。それが大切な本を傷つけられたことへの怒りなのか。自らの縄張りを荒らされたことへの本能的な排除行動なのか。あるいはただ動く獲物に対する狩猟本能のスイッチが入っただけなのか。その真意は言葉を持たない子猫にしかわからない。


ただ確かなのは、この空間の平穏を乱す者は断じて許さないという、強い意志がその爪と牙に宿っていたことだ。


カラスは完全にパニック状態に陥っていた。閉鎖空間での思わぬ反撃に方向感覚を失い、翼をバタバタと無軌道に振り回す。なんとか子猫の拘束から逃れようと必死にもがくが、しなやかな体躯はそれを容易に許さない。鋭い嘴で反撃を試みる余裕など全くなく、ただひたすらに恐怖におののいている。


床板を蹴り、下の段の本棚に体をぶつけながら、カラスは死に物狂いで来た方向へと這いずった。微かに外の光が差し込む窓の隙間へと向かって、転がるように逃げ出していく。


子猫はそれ以上の深追いをしなかった。カラスが窓枠に必死にしがみつき、隙間から外の強風の中へともみくちゃになりながら姿を消すのを見送る。その場に立ち止まったまま、冷ややかな視線を向けているだけだった。


「ギャァ、ギャァ」という酷く怯えた鳴き声が、遠ざかる風の音に混じって小さくなっていく。

カラスが完全に去り、窓の隙間から吹き込む冷たい風だけが残された。数枚の黒い羽が、床板の上で所在なげに揺れている。


子猫はゆっくりと歩み寄り、その羽の匂いを短く嗅ぐと、ふいっと興味を失ったように顔を背けた。


そして、カラスに無惨に傷つけられたあの古い本の前へと移動する。

裂けた革の表紙と、数枚が破れ散ってしまった黄ばんだページ。子猫はその惨状をじっと見下ろし、鼻先を近づけてそっと紙の匂いを嗅いだ。

乱れたページに前足で触れることはせず、ただそこに残された微かな破壊の痕跡を確かめるように佇んでいる。その背中からは、先ほどの猛烈な攻撃性が嘘のように消え去っていた。


やがて子猫は、何事もなかったかのように身を翻した。しなやかな動きで本棚の上にある定位置へと戻り、いつものように前足を畳んで香箱を組む。青灰色の瞳がゆっくりと閉じられ、静かな呼吸が始まった。


外では再び強い秋の風が吹き荒れ、枯れ葉が窓ガラスを鋭く打つ音が響く。しかし、図書館の内部には先ほどの騒動が幻だったかのような、深く圧倒的な静寂が完全に戻っていた。


破れた本と、黒い羽。


それだけが、この閉ざされた空間に確かに異物が侵入したという事実を、無言のまま証明し続けている。


ある種、SNS投稿よりも厄介な波乱を投げてみました。

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