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子猫のいる図書館  作者: 裡婀
真を垣間見る

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21/30

第21話 視えない

冬の鋭い北風が、画一的なデザインの真新しい戸建て住宅が立ち並ぶ路地を容赦なく吹き抜けていく。夕暮れが近づくにつれて一段と冷え込みが増し、吐き出す息は真っ白な塊となってすぐに冷たい空気の中へ溶けていった。


ダウンコートのポケットから手を出してスマートフォンを操作する青年の指先は、すでに芯まで冷え切って赤く変色している。それでも彼の足取りに迷いや淀みはなく、むしろ目当ての獲物を追い詰めるような熱を帯びていた。


彼の視線の先、手の中の小さな液晶画面には、数日前にSNSで偶然見かけた匿名の投稿が映し出されている。それは廃墟や古い建物を好むアカウントによって投稿された数枚の写真だった。


時代から完全に取り残されたような古い建物の内部、床から高い天井の梁まで届く木製の本棚、そこに隙間なく詰め込まれた圧倒的な数の本。そして何より青年の心を捉えて離さなかったのは、古い美術書の上に佇み、青みがかった灰色の瞳で真っ直ぐにカメラを見つめる、灰色と白のまだら模様の子猫の姿だった。


その投稿には、場所を示す具体的な位置情報は一切記載されていなかった。投稿者は「この場所の静けさがいつまでも守られるよう、場所は秘密にしておきます」とだけ言い残し、その不思議な空間をデジタルな情報の海へと放流していた。


しかし、そのような隠蔽は、青年のような探索を好む人間にとってはかえって好奇心を煽る着火剤にしかならない。青年は昨晩からその数枚の写真を何度も拡大し、ピクセル単位で情報を読み取ろうと試みた。


写真の端にわずかに写り込んでいた真新しいブロック塀の形状、空の切り取られ方、すりガラスの向こう側にぼんやりと反射している特徴的な鉄塔のシルエット。それらの断片的な情報と地図アプリの航空写真を照らし合わせ、何時間もかけてこの新興住宅街の特定の一角へとたどり着いたのだ。


青年の胸は期待で高鳴っていた。あと一つの角を曲がれば、あの静謐な空間が、時代に取り残された瓦屋根の平屋が、自分を待ち受けているはずだった。


角を曲がり、彼が導き出した座標の真正面に立った時、青年は小さく息を呑んだ。しかしそれは、期待していた光景に出会えた感動からではなく、深い戸惑いと落胆、そして自身の推論が崩れ去ったことに対する混乱によるものだった。


彼の目の前には、周囲の真新しいブロック塀に挟まれるようにして、ぽっかりと空いた不自然な空き地が広がっていただけだったからだ。


冬の乾燥した風に枯れ草がカサカサと揺れ、誰かが捨てた潰れた空き缶が一つ転がっているだけの、ただの荒涼とした空き地。彼がSNSの画面で何度も拡大して見つめ、焦がれるように求めた、あの黒ずんだ外壁の板も、苔むした瓦屋根の平屋も、かすれた文字の木の看板も、そこには一切存在していなかった。あるのはただ、周囲の近代的な住宅とは不釣り合いな、家一軒分ほどの何もない空間だけだった。


「そんなはずはない……取り壊されたにしては早すぎるし、地面に基礎の跡すらない」


青年は信じられない思いで、スマートフォンと目の前の空間を何度も見比べた。写真に写っている手前のブロック塀の幾何学的な模様は、今彼が右手を触れている冷たい塀と完全に一致している。


撮影された角度も、背後にそびえる鉄塔との位置関係もここからで間違いない。しかし、肝心の被写体であるはずの古い図書館だけが、現実の風景から綺麗にくり抜かれたように欠落しているのだ。


青年は空き地の境界線から一歩踏み込み、枯れ草を踏みしめながら周囲をうろうろと歩き回り始めた。


彼自身は全く気づいていなかったが、彼の足取りは、本来そこにあるはずの建物の外周を無意識に避け、その輪郭をなぞるように不自然な円を描いていた。古い引き戸があるはずの場所の数歩手前で立ち止まり、首を傾げ、また別の角度から空き地を覗き込む。


時折、冷たい風に混じって、周囲の無機質な住宅街には似つかわしくない匂いが鼻先を掠めるような気がした。乾燥した古い紙の匂い。年月を経て少し甘みを帯びたインクの匂い。そして、静かに積もった乾いた埃の匂い。気のせいだと頭を振るが、その匂いは彼の記憶の底にある何かを静かに揺さぶってくる。


さらに奇妙なことに、この空き地の中心に向かって真っ直ぐに歩みを進めようとすると、目に見えない分厚い空気の層に阻まれるような奇妙な圧迫感があった。視覚的には何もない空間なのに、体が本能的に前へ進むことを拒絶しているのだ。


しばらくの間、青年は空き地の前を行ったり来たりしながら、必死に論理的な説明を探し求めた。あの投稿自体が、巧妙に作られたAIによる生成画像だったのではないか。あるいは、高度な合成写真で、最初からこのような図書館など存在しなかったのではないか。そう考えれば、この不自然な空白にも、自分が費やした時間の無駄にも説明がつく。


彼は大きなため息をつき、冷え切った両手をダウンコートのポケットに深く突っ込んだ。


いつの間にか、冬の短い午後は終わりを告げようとしていた。鈍色の雲の隙間から差し込んでいた光は完全に失われ、住宅街の輪郭が夕闇に溶け出し始めている。


一つ、また一つと、周囲の家々の窓に暖かな色の明かりが灯り始めた。しかし、目の前の空き地だけは、周囲の光を吸い込むブラックホールのように深い暗がりに沈み込んでいる。


これ以上ここにいても、何の意味もない。探し求めていた魔法のような空間は、ただのインターネット上の幻影だったのだ。冷気はすでに足元のスニーカーから這い上がり、彼の体温と気力を容赦なく奪い去っていた。


青年は最後に一度だけ、何もないはずの空き地を振り返った。そこには相変わらず風に揺れる枯れ草があるだけだった。彼は小さく首を横に振り、足早に元の路地へと引き返していった。アスファルトを叩く足音が、静かな夕暮れの住宅街に虚しく響いて消えていった。


青年の足音が完全に遠ざかった後、その「空き地」の内側では、全く異なる時間が静かに流れていた。


圧倒的な静寂に包まれた瓦屋根の平屋は、そこに確固たる質量を持って存在し続けている。黒ずんだ外壁は夕闇に沈み、入り口の上に掲げられたかすれた文字の木の看板は、冷たい風に吹かれて微かに揺れていた。


すりガラスのはめ込まれた引き戸の向こう側、古い紙と埃の匂いが心地よく澱む室内には、青年が探し求めていた本の迷宮が広がっている。床から天井の梁まで届く木製の本棚には、あらゆる時代のあらゆる知識が隙間なく詰め込まれ、誰の手にも触れられないまま深い眠りについていた。


建物の横手に設けられた、表面がわずかに波打つ古い板ガラスの窓。そのすぐ内側の高い棚板の上で、灰色と白のまだら模様を持つ子猫が、外の様子をじっと見つめていた。


子猫の青みがかった灰色の瞳には、先ほどまで建物のすぐ外でうろうろと歩き回っていた青年の姿が、はっきりと映っていた。青年は、正面のすりガラスの引き戸のすぐ目の前までやってきては、なぜか立ち止まり、首を傾げ、また数歩下がっては建物の外周をぐるぐると回り続けていた。子猫から見れば、その行動はひどく不可解なものだった。


中に入りたいのなら、ただ目の前にある木枠に手をかけ、引き戸を横にスライドさせればいいだけのことだ。少し立て付けが悪くギイッと摩擦音が鳴るかもしれないが、それさえ乗り越えれば、この静かで暖かな空間が彼を受け入れてくれたはずだった。


しかし、青年は目の前にある入り口に全く気づいていないかのように、ただ建物の外側を虚しく彷徨い続け、やがて諦めたように背を向けて去っていった。


子猫は小さく首を傾げた。人間のすることは時折、本当に理解ができない。これまでに訪れた者たちと同じように、わざわざ遠くから足を運んできたというのに、一番肝心な扉の前で引き返してしまうなんて。あれでは、冷たい風に吹かれにきただけではないか。


子猫は頬の横にある長い髭を微かに震わせ、窓の外からゆっくりと視線を外した。夕闇が建物をすっぽりと包み込み、室内の暗さが一段と深まっていく。しかし、暗闇に慣れた子猫の瞳にとって、それは全く不自由なことではない。しなやかな動きで棚板を一つ飛び降りると、迷路のように入り組んだ本棚の奥深くへと戻っていく。


肉球が古い床板を踏む音すら一切立てず、子猫は静けさの底へと溶け込んでいった。お気に入りの場所である、少しだけ本が間引かれた隙間に滑り込み、尻尾で顔を隠すようにして静かに香箱を組む。規則正しい呼吸が始まり、青灰色の瞳がゆっくりと閉じられた。


誰が道に迷い訪れようと、誰が目の前まで来て幻だと諦めて帰って行こうと。この和風の平屋は何も変わることなく、ただ無言でそこに立ち続けている。古い紙とインクの匂いが澱む空間で、時間は再び、ゆっくりと止まったように流れ始めていた。


彼を悪者にするつもりはないです。

ともあれ、選ばれなかったのは事実で、その点は申し訳なさを感じたりなかったり。

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