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41話 贖罪

黒闇破滅、過去回

黒闇破滅は、

最初から“黒闇破滅”だったわけじゃない。


本名もあった。

普通の暮らしもあった。


仕事もあった。

家族もいた。

笑う日もあった。


黒闇は役所の人間だった。

家庭内暴力対策課。


DV。

虐待。

家庭崩壊。


そういった案件を扱う部署だった。


相談を受ける。

事情を聞く。

必要なら家庭訪問。

夫婦カウンセリング。


それでも改善が見込めなければ、

母子を安全な施設へ保護する。


地味な仕事だった。

派手さなんてない。

誰かに感謝されることも少ない。


むしろ、

逆恨みされることの方が多かった。


「家庭を壊すな」

「余計なことするな」

「よそ様の家に口出すな」


そんな言葉は何度も浴びた。


それでも黒闇は、

この仕事に誇りを持っていた。


泣いている母親。

怯えている子供。

助けを求める声。


全部救えるとは思っていなかった。

そんな神様みたいな力はない。


でも。

せめて。

目の前の一人くらいは。

そう思っていた。


家に帰れば、

暖かい家があった。


玄関を開ける。


「お父さんおかえりー!」


ランドセルを放り投げて走ってくる息子。


小学校四年生。


元気すぎて、

いつも妻に怒られていた。


「こら!靴下のまま走らない!」


笑いながら怒る妻。


キッチンから漂う夕飯の匂い。

テレビのくだらないバラエティ。


洗濯物。

床に転がるゲーム機。

ありふれた日常。


でも。

それが幸せだった。


黒闇は思っていた。

自分は、

誰かの家族を守る仕事をしている。


そして。

自分にも守る家族がいる。


それが少しだけ、

誇らしかった。


ある日。


一本の相談が入った。

女性だった。


声が震えていた。

小さい声。

途切れ途切れ。


何度も言い直して。

何度も謝って。

夫からの暴力。


殴る。

蹴る。


物を投げる。

怒鳴る。


そして。

子供にも被害がある。

黒闇が訪問した。


玄関先で、

息を呑んだ。


全身に痣。

古いもの。

新しいもの。


色が変わったもの。

治りかけたもの。


何度も。

何度も。

何度も。

繰り返されてきた傷。


子供の腕にも、

強く掴まれたような痕。


黒闇の中で、

なにかが決まった。


これは駄目だ。

段階を踏む時間なんてない。


通常は手順がある。


申請。

審査。

確認。

面談。


だが。


そんな悠長なことをしていたら、

次は死ぬ。


黒闇は上司を押し切った。

強引に。

ルールを飛ばしてでも。


結果。

母子は無事保護された。

安全な施設へ。


帰りの車で、

黒闇はようやく息を吐いた。


助けられた。

そう思った。


翌日までは。



役所。


怒鳴り声が響いた。


「ふざけんなぁぁぁ!!!」


男。

DV加害者。


目が血走っていた。

机を叩く。

女性職員たちが怯える。


「家族をどこにやった!!」


「返せ!!」


「おい!!」


黒闇が前へ出た。


「あなたがやってきたことは犯罪です」


冷静に。

まっすぐに。


「母子はこちらで保護しました」


「当然、渡せません」


「警察にも依頼済みです」


「お引き取りください」


男の顔が歪む。


「お前ぇぇ……」


唾を飛ばしながら怒鳴る。

だが黒闇は退かなかった。

怖くなかった。

正しいことをしていると思っていたから。


男は最後に、

異様なほど静かな声で言った。


「……家族を奪った罪は消えねぇぞ」


黒闇は、

ただの負け惜しみだと思った。


その言葉の意味を、

本当に理解していなかった。



数週間後。


残業だった。

結婚記念日。


「悪いな」


そう思いながら、

帰りにケーキを買った。


息子が好きなチョコ。

妻が好きな苺。


もう外は暗かった。

急ぎ足で帰る。


家が見えた。

真っ暗だった。


「……寝てるのか?」


少し不思議に思いながら、

鍵を開ける。


ガチャ。


玄関。

一歩。


ぬるっ。


「……?」


足元が濡れていた。

冷たい。


そのとき。

声。


「パパ〜おかえり〜」


聞き慣れない声だった。

黒闇は顔を上げる。


違和感。

息子はもう、

そんな呼び方はしない。


黒闇の心臓が、

一度だけ大きく跳ねた。


電気をつける。


パチッ。


世界が止まった。

息子がいた。


……いや。

頭だけだった。


床に転がる、

首から下。


血。

見覚えのあるTシャツ。


妻。

裸にされていた。


腹に包丁。

血で染まった床。


そして。

その奥。

笑っていた。


あの男。

DV夫。


片手に、

息子の頭を持って。


「罪の清算にきたぞ」


笑っていた。

息ができなかった。

視界が狭くなる。


妻の顔。

息子の顔。

DV夫の笑顔。

全部がぐちゃぐちゃに重なる。


黒闇の中で、

なにかが壊れた。


怒り。

悲しみ。

絶望。


全部一気に流れ込んできて。


その先の記憶は、

なかった。



職を辞した。


正義?

法律?

制度?


笑わせるな。

助けたはずだった。

正しいことをしたはずだった。


なのに。

守れなかった。

自分の家族すら。



数日後。


神が現れた。

世界が壊れた。


報酬だの。

消滅だの。

黒闇にはどうでもよかった。


神様サバイバル初日の朝。

まだホームセンターが機能していた頃。

人がいた。


食料を奪い合い、

怒鳴り合っていた。


その中で。

男が、

女の腕を掴んでいた。


無理やり。

トイレへ。


「やめて!」


女の悲鳴。

周りは見るだけ。

誰も動かない。


黒闇は動いていた。

なぜ動いたか、

黒闇にも分からない。


考える前だった。

気づけば、

足が動いていた。


揉み合い。

転倒。


ゴッ。

頭を強くぶつける。


血。

男は動かなかった。

死んだ。


悲鳴。


「うわぁぁ!!」


「殺した!!」


「やべぇ!!」


「でも法律ないんだろ?」


「なら好きにしていいってことじゃん」


笑う声。

黒闇の耳に入る。


助けた女は、

床に座り込んで震えていた。


その姿が。

妻に見えた。

息子に見えた。


あの日、

助けられなかった誰かに見えた。


黒闇は理解した。


この世界では、

被害者は増える。


法律はない。

警察もない。

正義もない。


なら。

別のやり方で守るしかない。


演じよう。

悪を。

恐怖を。


獣を制御するため、

もっと大きな獣になる。


嫌われてもいい。

憎まれてもいい。


役所時代のデータ。

相談者リスト。

避難歴。

住所。


本来なら、

墓まで持っていくべき情報。

黒闇はそれを使った。


被害者の母子を集める。

守る。

支配する。

管理する。


必要なら男を縛る。

必要なら殺す。


もう、

方法なんて問う資格はない。

守れればいい。


黒闇は、

静かに笑った。


もう、

昔の自分はいない。


ふと。

昔の記憶がよぎる。

まだ息子が小さかった頃。


スーパーで買った、

アニメキャラクターのカード。

息子が嬉しそうに開封していた。


「パパこれあげる!」


一枚、

黒闇に差し出してきた。


黒いマントを羽織った、

悪役キャラクター。


「なんで?」


笑いながら聞くと、

息子は少し嫌そうな顔で言った。


「そのキャラ怖いから嫌い!」


それでも。

父親に渡す時は、

どこか嬉しそうだった。


黒闇は、

そのカードをずっと財布に入れていた。


もうボロボロになって、

今はどこにあるかも分からない。


「おれは、黒闇破滅」


低い声。

息子が嫌いだった、

悪役の名前。


「破滅をもたらす者」


少しだけ、

空を見た。


そして。

ぽつりと呟いた。


「……それが、おれにできる贖罪だ」

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