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124話 約束

金剛過去回

これは、昔の話だ。

まだ俺が。

「金剛堕落」と呼ばれる前の話。


いや。

名前はもう、その頃から金剛堕落だったか。

……まぁ、そんな細かいことはどうでもいい。


俺は、阿含高校に入った。

ラグビーの特待生だった。

別に、どうしても高校に行きたかったわけじゃねぇ。


働くつもりだった。

自分で金を稼いで。

自分で飯を食って。

自分で生きる。

それで十分だと思ってた。


でも。

栞が言った。


「高校くらい卒業しなさい」


……あいつは、こういうところだけ妙にうるさかった。

だから。

仕方なく入った。


それに。

竹野内のじじいにも言われた。


「君が必要だ」


あの言葉も。

なんとなく頭に残っていた。


それから、

神谷と遊ぶのも。

まぁ、悪くなかった。


ラグビーは簡単だった。

敵と味方に分かれる。


ボールを奪う。

相手陣地まで運ぶ。


点を取る。

……要するに。

敵をぶっ飛ばして、前に進めばいい。


少なくとも。

俺にはそう見えていた。


「堕落!!」


「なんだよ。」


「また一人で突っ込むな!!」


「なんでだ?」


「なんでって……!」


竹野内のじじいが。

頭を抱えていた。


「お前はラグビーを何だと思っている!!」


「敵を倒す競技だろ?」


「違う!!」


横を見る。

神谷が。

腹を抱えて笑っていた。


「はははは!」


「何笑ってんだ、神谷。」


「いやぁ……堕落は面白いなぁ。」


「お前もやれ。」


「僕まで怒られるよ。」


「なら笑うな。」


「それは無理だなぁ。」


……。

こいつ。

本当にムカつく。


でも。

嫌いじゃなかった。


練習は。

正直、楽勝だった。


走る。

ぶつかる。

倒す。

起き上がる。

また走る。


俺にとっては。

遊びみたいなものだった。


だから。

少し期待していた。


神谷みたいなやつが。

他にもいるんじゃねぇかって。


けど。

いなかった。


俺と真正面からぶつかって。

笑っていられる。


俺の全力を受けても。

まだ立ち上がる。


そんなやつは。

神谷くらいだった。


だから俺は。

チームメイトを。

よく馬鹿にした。


「お前、弱ぇな。」


「そんなんで試合出るのか?」


「俺なら一人で勝てるぞ。」


当時の俺には。

それが普通だった。


強いやつが偉い。

強いやつが上。

弱いやつは下。


ずっと。

そうやって生きてきたからだ。


ある日の練習。

俺がいつものように。

チームメイトを馬鹿にしていた。


すると。

珍しく。

神谷が怒った。


「……堕落。」


「なんだよ。」


「もうやめろよ。」


「は?」


神谷が。

俺の前に立つ。

いつもの笑顔はなかった。


「そいつは何も悪くないだろ。」


「弱ぇじゃねぇか。」


「だから?」


「だから?」


俺は。

本気で分からなかった。


「仲間なんだから。」


神谷が言った。


「……仲間?」


その言葉が。

妙に引っかかった。


「何言ってんだ、お前。」


俺は鼻で笑った。


「俺がデコピンしただけで失神しそうなやつが、なんで仲間なんだ?」


神谷は。

少しだけ黙った。


そして。

静かに言った。


「確かに、堕落は強いよ。」


「……。」


「でも、それだけだ。」


胸に。

何かが刺さった。


「君はチームの勝利のために作戦を立てられる?」


「……。」


「キックで点を取れる?」


「……。」


「そもそも。」


神谷は笑った。


「一人でラグビーができる?」


何も。

言い返せなかった。


初めてだった。

力で押し切れない言葉を。

ぶつけられたのは。


俺は強い。

それは間違いない。


でも。

俺一人では。

ラグビーはできない。


俺には。

できないことがある。


なら。

できるやつに。

助けてもらえばいい。


そして。

俺にしかできないことがあるなら。

俺が助ければいい。


……それが。

仲間。


「……それが対等なのか?」


俺が聞く。

神谷は。

当たり前のように答えた。


「うん。」


「強いとか弱いとかじゃなく?」


「そう。」


「できることと、できないことを補う?」


「そういうこと。」


俺は。

しばらく黙っていた。


そして。

小さく頭を下げた。


「……悪かった。」


神谷が。

目を丸くする。


「え?」


「聞こえなかったのか。」


「いや、聞こえたけど……。」


「ならいいだろ。」


神谷が。

ふっと笑った。


「うん。」


あの時。

俺は初めて。

仲間というものを。

少しだけ理解した。


それから。

俺はチームに馴染んでいった。


くだらねぇことで笑った。

練習が終わったあと。

皆で飯を食った。


試合に勝てば。

肩を叩かれた。


負ければ。

一緒に悔しがった。


いつの間にか。

ラグビー界でも。

俺の名前は知られるようになっていた。


金剛堕落。

怪物。

そう呼ばれることも増えた。


でも。

悪い気はしなかった。


俺には。

仲間がいる。

そう思えたからだ。


けど。

神谷は卒業した。

俺が一年生の時だった。


そして。

俺が。

キャプテンになった。


最初は。

頑張った。

神谷みたいなキャプテンになろうと思った。


チームをまとめようとした。

皆を強くしようとした。


だから。

俺は。

自分がやっていた練習を。

皆にもやらせた。


「もっと走れ。」


「まだいけるだろ。」


「立て。」


「もう一本だ。」


俺にとっては。

普通だった。


だが。

誰もついてこられなかった。


一人。

また一人。

部員が減っていく。


「……なんでだ。」


俺には。

分からなかった。


そんなある日。

廊下を歩いていると。

聞こえた。


「金剛一人でいいじゃん。」


「プロも注目してるらしいぜ。」


「そりゃ張り切るよな。」


そして。

誰かが笑った。


「あの化物。」


足が。

止まった。


化物。

その言葉。


昔。

聞いたことがある。


あの子は化物だ。

もう手に負えない。


父親と母親が。

夜中に話していた言葉。


胸の奥に。

古い傷が開く。

……またか。


結局。

俺は。

どこへ行っても。

化物だった。


仲間だと思っていた奴らからも。

同じように見られていた。


その瞬間。

胸の中から。


何かが。

すっと消えた。


仲間。

その言葉が。

消えた。


俺には。

必要ない。

そう思った。


そして。

高校を中退した。


十六歳。

俺の高校生活は。

それで終わった。


施設に戻る。

栞がいた。


「……あんた。」


「ん?」


「働くの?」


「ああ。」


栞は。

少し心配そうに俺を見る。


俺は。

しばらく黙っていた。


そして。

口を開いた。


「なぁ、栞。」


「なに?」


俺は。

真面目に。

栞を見た。


「おれには。」


一度。

言葉に詰まる。


でも。

今度は。

逃げなかった。


「お前が必要だ。」


栞が。

目を丸くする。


「……。」


「結婚してくれ。」


「……え?」


いつものように。

笑って誤魔化すと思った。

冗談で返すと思った。


でも栞は。

俺の顔を見ていた。


俺が。

本気なのだと。

分かったんだと思う。


やがて。

栞は。

小さく笑った。


「……分かった。」


「……。」


「結婚してあげる。」


その瞬間。

胸の奥が。

熱くなった。


「ほんとか?」


思わず。

笑っていた。


栞が。

そんな俺を見て笑う。


「ただし。」


「ん?」


「二十歳になってから。」


「……。」


「ちゃんと大人になって。」


「自分で生活できるようになって。」


「それができたら。」


栞は。

少し照れながら言った。


「結婚してあげる。」


俺は。

指を折った。


「あと四年か。」


笑った。


「分かった。」


そして。

栞が。

ふと思い出したように言った。


「あ。」


「なんだ?」


「あと一つ。」


「約束して。」


俺は。

首を傾げる。


「約束?」


「そう。」


栞は。

少し恥ずかしそうに。

俺を見る。


「絶対に。」


一拍。


「幸せにしてよね。」


胸の奥が。

ぎゅっとなった。


俺は。

迷わなかった。


「ああ。」


そして。

笑った。


「分かった。」


「約束だ。」


栞が。

小指を差し出した。


「じゃあ、指切りしてあげる。」


俺は。

その小指を見る。


「……そんなガキみてぇなこと。」


「いいから。」


「……。」


仕方なく。

俺も小指を出した。


栞の指と。

俺の指が絡まる。


小さな指。

大きな指。


それだけなのに。

妙に温かかった。


栞が。

笑いながら歌う。


「指切りげんまん〜」


俺は。

その声を聞いていた。


「嘘ついたら針千本の〜ます。」


そして。

二人で。

小指を離した。


「指切った。」


あの時の俺は。

本気で思っていた。


この約束は。

絶対に消えない。


そう。

思っていた。

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