掲示板の幽霊
アルカディア神聖帝国、王立ラプラス魔導アカデミーの春は、黄金色の祝福に満ちていた。
「セオドリック様! 入学おめでとうございます!」
「ランカスター君、放課後は中庭で歓迎パーティーをやるんだ。君が来ないと始まらないよ!」
新入生の喧騒の中、セオドリック・フォン・ランカスターは、寄せては返す波のような賞賛と期待を、完璧な微笑みで受け流していた。
彼は生まれながらにして太陽だった。すれ違う者すべてに視線を送り、名も知らぬ下級貴族の緊張を解き、教師陣には至高の敬意を払う。
ランカスター公爵家の嫡男として、他者に愛され、他者を導くことは、彼にとって呼吸同然に容易く、心地よい正義だった。
「ああ、ありがとう。パーティーには必ず顔を出すよ。……でも、まずは僕たちの『現在地』を確認しておかないとね」
セオドリックは、取り巻きの生徒たちを引き連れ、優雅な足取りで大講堂前の成績掲示板へと向かった。
そこには、入学試験の総合結果が貼り出されている。
当然、中央の最上段には「セオドリック・フォン・ランカスター」の名が刻まれており、それを見た取り巻きの一人が、誇らしげに声を上げた。
「流石です、セオドリック様! 総合首席! 魔法実技、魔導具適性、すべて満点……まさに帝国の至宝だ!」
周囲から溜息と拍手が沸き起こる。セオドリックもまた、自らの努力が正当に評価されたことに満足し、柔らかな笑みを浮かべた。
だが。
ふと、視線を横にずらした時、彼は奇妙な「違和感」を覚えた。
「……おや?」
総合順位のすぐ隣。理論と数式、その純粋な知性を競う『魔導理論・筆記試験』の項目。
そこには、セオドリックをわずか数点上回り、単独一位として君臨する見慣れぬ名があった。
【筆記最高得点者:レイモンド・アシュクロフト】
「……アシュクロフト?」
セオドリックがその名を口にした瞬間、周囲の温度がわずかに下がった。
陽気な友人たちが、困惑したように顔を見合わせる。
「ああ。その男は、没落した例の……アシュクロフト家の生き残りですよ。特待生枠で潜り込んだらしいですが、入学式にも来ていませんでした。根暗なガリ勉でしょう」
「どうせ、実技が伴わないから筆記に命を懸けているんですよ。セオドリック様とは住む世界が違います」
「……そう。それは残念だ。ぜひ、祝辞を述べたかったんだけど」
セオドリックは、いつもの寛容な微笑みでその場を収めた。
友人たちの言う通りだ。自分は総合首席であり、学園の王。たかが一科目の点数など、些事に過ぎない。
しかし。
その日の放課後、大勢の友人に囲まれ、グラスを傾けながら笑い合っている最中も、セオドリックの脳裏からは、成績掲示板の名前が消えなかった。
(レイモンド・アシュクロフト。……僕の知らない『正解』を、君は持っているのかい?)
それから数日。
セオドリックは無意識のうちに、掲示板の隅、図書室の貸出カード、備品申請書の連名……あらゆる場所に、その名を探し始めていた。
購買部で新発売の魔導ペンが品切れになれば、「レイモンド・アシュクロフトが購入していった」という声を聞く。
難解な古文書の解釈を教授に尋ねれば、「昨夜、アシュクロフト君が同様の指摘をしていたよ」と返される。
セオドリックの周りには常に人が溢れ、笑い声が絶えない。
対して、レイモンド・アシュクロフトという存在は、常に「影」の中にあり、姿を見せない。
姿の見えない相手に、自分の歩む先を常に数歩先んじられているような、奇妙な感覚。
(……面白い。姿を隠したまま、これほど鮮やかに僕の視界を汚していく人間が、この学園にいたとはね)
セオドリックは、賑やかなサロンの中、一人窓の外を眺めて目を細めた。




