336.リックの雪解け
新年。
冬の季節は人々の往来も少なくなり、映画興行的には不向きな季節だった。
「スプラトリテス」もクランクアップ。
放送しているのは数か月前に納品した2クール目終盤、ゴーレム戦艦対全スプラルジェントの大激闘。
この話は65%を記録した。
トリック特技プロ一同は年末の宴と同時視聴を兼ね、速報値に祝杯を挙げた。
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だが関係者が去った後。
「リック、浮かない顔だったな」
「悩みか。我らでは助けにならぬか?」
「珍しいわね、いつもなら何を撮るかで暑苦しく悩んでるのに」
リック邸での二次会でアックス氏達がリック社長を気遣った。
「実はさ。
この後の構想が、異世界の記憶にないんだ」
先に聞かされた両夫人が難しい顔で聞いている。
これを聞いて、一瞬呆然としたアックス氏達が答えた。
「なんだ!そんな事かよ!」
「主のやりたい事はこれからなのではないか?」
「ええ~?!」
「こんだけ色々やっといてみんなを喜ばせてよ?
ネタが尽きてハイおしまい、はないわよ!」
「社長の好きになさってください!」
「色々悩んで損したかなあ」
「でもでもさ、今度の成功、スプラルジェントもゴドランも、リックきゅんのやりたい様にやってさ、異世界と違って成功したんでしょ?ね?」
「「そうだそうだ!」」
「ははは…」
発泡ワインを飲みつつリック社長は語った。
「俺は貧しかった。
馬の玩具も騎士の人形も欲しいなんて思った事なかったんだ。
父さんが帰って来なくて、母さんが死んで誰も助けてくれなくて。
でも、突然俺の頭の中に色んなステキな記憶が飛び込んで来た。
それは前にも言ったよね」
「「「うん」」」
「素晴らしい世界、楽しい世界を再現したくて頑張って来た。
いや、もっともっと凄い映像は他にもあったんだ。
でもそれは記憶にある国とは他の国、もっと巨大で十倍以上の金を注ぎ込んで更に数十倍稼ぐ、恐ろしい程力のある国の話だったんだ。
俺はそれはやりたくない。俺の仕事じゃない気がする。
ちょっとやっちゃったけど」
「「「やったんだ」」」
「モーションコントロールカメラとかでね」
「「「あれかー」」」
リック社長にとって、「1799」や人形劇特撮、「スプラフィニス」等宇宙映画は他の国のもの、自分の目指す特撮とはまた違ったものだった様だ。
「一番無念な記憶が、スプラルジェント、ゴドランの復活だった。
色々無理を言って来る外野の所為で、折角高い技術があったのに大失敗させられて、現場だけが割りを喰ったんだ」
「「「腹立つー!」」」
「その無念は果たしたけどね」
彼にとって、スプラルジェントとゴドランの復活を成功させるのは悲願だった。
なのでゴドランについては他社ながら必要以上に首を突っ込んだ。
「「「いつも通りじゃん」」ではないか」
「でも異世界の記憶だと、両作品の失敗の所為で大規模な特撮作品は無くなってしまった。
ショーウェイみたいな会社が負けずに手堅く特撮1割実写9割、でも楽しく子供達に愛され続ける作品を送り出し続けて、特撮はそれだけになってしまったんだ」
「リックはそれはやりたくないのか?」
「やっちまったらショーウェイのお株を奪うことになる。
それは絶対したくない。
やるならトレートさんが指揮してインスさんのチームがやるべきだ」
「律儀だなあ」
アイラ夫人が話題を変えた。
「じゃあ、異世界の作品を再現するのはこれでお終いにして、今リックさんの好きなものを思いっきりやればいいじゃないですか」
「うん。そうしたい。
だけど失敗したら損失は大きいよ?
ファンもガッカリさせる事になるし」
「今までずっと成功して来たんです。
二度でも三度でも失敗してもいいじゃないですか」
アイラ夫人は励ます。
「この会社が潰れても、それだって社長でなければ稼げなかった財産じゃないですか?!
いっそ会社潰しちゃうつもりでやりましょうよ!」
「妻よよく言った!」
「そうね、元々リックのものだもんね。
スッテンテンになってもだれも文句言われる筋合いなんてないわよ!」
「やれよリック!思いっきりやりたい事やれよ!」
「10回失敗してもさ、資金的にゼンゼンOKだしさ~」
妻や仲間達の励ましに、彼は一瞬感涙した。
が、直ちに思い直した。
みんなが見たいのは自分の涙ではなく、前に進む姿だと。
「よっしゃ!凄いのじゃない、みんながビックリするものじゃない。
コッテコテの、怪獣がミニチュアをブチ壊してミニチュアの戦闘機が吊り下げられてやって来て戦う!
俺はそれが大好きなんだ!」
「ぷ」
「ふふっ!」
「え~」
「そうだ、それが主だ!」
「俺も久々ヌイグルミの中入るぞ!」
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そうして新スプラシリーズは単純明快な作風に立ち戻り、特撮の魅力そのままに、いや、かなり未来兵器と精密な都市ミニチュア寄りに企画された。
しかし以外にもヨーホーテレビのマッツォ社長が難色を示した。
「どうしたんですかリックさん、守りに入ってませんか?」
今までと違うリック社長の雰囲気に、彼は気づいていた。
「『ゴドランの復活』の成功は原点回帰にありと思いまして」
「スプラシリーズはそうじゃないでしょう?
先端の映像をテレビに送り出すのがスプラシリーズの魅力だったじゃないですか!」
「スプラもゴドランの派生ですよ?原点回帰もありでしょう?」
「私はそう思っていません。
『ゴドランの復活』は地に足が着いた重厚感、それにリックさんが今の現実社会との密接な関係を新しく考えてくれたからこそ、成功したと思っています」
「こらまた大仰な」
「でもスプラはもっと自由な発想があるかと思います。
時代の先端を行く考え、試み。
失礼とは思いますが、私は個人的には今の『テリトス』より『フィニス』の方が刺激的だと、あれだけで劇場公開したいと思ってます」
「でも、あれは何か俺の進む道と違う気がするんですよ」
マッツォ社長は(しまった!)と思った。
リック社長は行き詰っているのではない。
これ以上先の映像にどこまで興味を持っているのか。
今までの映像をどこまで愛しているのか。
そこへの思いが足りなかった。
それでもやはり先進的なリック社長の映像は応援したい。
彼はスプラシリーズの次回作に穴が開く覚悟を決めて、リック社長に提案した。
「丁度大作が製作延期するかどうか揉めてまして、お許し頂ければ『スプラフィニス』劇場に架けていいでしょうかね?」
「もしかして、映画祭で上映した奴?良いんですか?今更感ないですか?」
しかし、マッツォ社長はリック社長に僅かに熱気が籠るのを見逃さなかった。
「『1799』がなければ『スプラフィニス』が勝ってましたよ!
穴埋めで申し訳ありませんけど、元手要らずだし、やってみませんか?」
こうしてスプラフィニス劇場版が急遽超大作の穴埋めとなった。
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最先端の映像は自分の物ではないと言っていたリック社長だったが、過去作の再編集には闘志を燃やした。
更に、
「こんなこともあろうかと」
何と、テレビ作品なのにパノラマスクリーンでも撮影していたのだ。
無論全編ではないが、特撮部分と、これと目星をつけた主要なエピソードの本編はトリック特技プロ持ち出しで70mm撮影されていた。
テレビ版は実は左右を切る=トリミングして編集されていたのだ。
馬鹿みたいに贅沢な手法が取られていたのだった。
世界映画祭の時はオマケ上映だったので35mmテレビサイズで上映したのだが。
リック社長は脳みそをフル回転させて再編集し、更に音声も6チャンネルで再編集し当て直した。
「スプラフィニス・パノラマ版」が70mmパノラマスコープ6チャンネル立体音響という豪華超大作仕様で編集され、休憩を挟んだ二時間半の長尺で上映された。
当時の出演者やスタッフに仁義を切ると、思わぬ待遇に喜びの声が上がった。
同時に映画公開に伴うギャラの追加請求が寄せられ、
「テレビの分は既に払い終わった。
映画の分は客の入りに応じて比率配分」
という事に落ち着いた。
上映が宣伝されたが、あまり前評判は芳しくなかった。
しかしテレビ予告、劇場予告が始まると、にわかに話題となった。
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そして結局数千万デナリの再編集費用をかけながらも「スプラフィニス」は初日を迎えた。
70mm6チャンネル版を公開するヨーホー中央劇場には、早春の寒さにも負けず若いファンが行列をなして集まり、劇場は超満員となった。
そして話題は広まった。
「あれは大画面パノラマでこそ見るべき映像だったんだ!」
「テレビでは収まらない迫力だぞ!」
「全話を70mmワイドで見たい!」
「哲学の1799!活劇のスプラフィニス!」
大画面高画質立体音響で蘇った「スプラフィニス」は改めて驚異と絶賛に迎えられた。
過去作品の再編集ながら、10億越えは確実となり、ヨーホー映画もトリック特技プロも大変な利益を得た。
当初こそ世界映画祭で受賞を逃したため関心を示さなかった他国も、キリエリア内の人気を聞いて関係者が国外配給権を界に飛んで来たほどだ。
目敏いものは「『スプラレグリナス』の劇場公開はいつですか?!」と聞いてくる程だった。
そして10億越えの大入り記録され、大入り袋の授与式と祝宴が開かれた。
無論、今度こそ主役はリック社長だ。
祝賀会の席上、マッツォ社長が彼を激励した。
「私はあなたに残酷な事を命じたかもしれません。
今回の上映はあなたの次の一手を邪魔してしまったかも知れません。
でも、いつも前に進む、新しい映像を生み出すリックさんの姿に、私は魅力を感じていたんですよ!」
沸き起こる拍手。
「ホントは俺は、やっぱりスプラテリトスみたいなのが好きなんだけどなあ。
あと『惑星攻防伝説』とかさ」
「「「え~??」」」
「「「わははは!!」」」
そこそこヒットしたものの映画業界では評判芳しからぬ作品へのまさかの賞賛に、関係者一同も当惑した。
「新しい技術が夢の種を蒔けば、新しい人たちが更に新しい夢を産んでくれる。
俺はこの先の知識はもう無いんです」
彼がそう言うや場はざわめいた。
「ホント言うとあるにはあるんだけど、それは映画というより電算機が計算して生み出す、スタジオもミニチュアも火薬もいらない、電算機の中だけで作り出される映像になってしまう」
その場は更にどよめいた。
「とはいっても、電算機が今から半世紀以上進化しないと、俺の知ってる映像、電算機だけで滅茶苦茶膨大な情報を処理できることなんて出来っこない。
今俺が構想をブチ上げても、実現するのは50年後、100年後になるかも知れません」
一同は安堵した。
「でもそんな映像には、俺は感心無いんだ。
俺はやっぱりミニチュアが好きなんだ、爆発が好きで、ヌイグルミや巨大英雄が飛び跳ねて光線が飛び交うのが好きだ。
これは好き嫌いの問題なんだよ」
「リッちゃんらしいや!」
「「「わはははは!!!」」」
「なので、次の作品をどうするか、よく考えたいと思います。
みんなの期待の反対に向かうかも知れない。
でも、やっぱり特撮は続けたい!」
「「「うおおおお~!!!」」」
こうしてリック社長は、異世界とは違う特撮の道を歩みだそうとしていた。




