319.セシリア社長への餞
セシリア社長再度の辞任に、撮影所は衝撃を受けた。
「極北案内人」が赤字とは言え、ヨーホーは損失を出していない。
それどころかヨーホー映画全体は黒字だ。
「経営陣の奴等、多少の赤字にビビりやがって!」
「次何かあったら俺たちがクビになるぞ!」
「今の社長や役員連中なんざ映画のエの字も知らない金持ちばっかだ!」
分社化以来、またも撮影所内に不穏な空気が流れた。
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一方経営陣は今後の方針について
「人気路線を続ければよいのでは?」
「過去の人気作を復活させては?」
「とりあえず新人の採用を見合わせよう」
と、トカゲの尻尾切りの様な消極的なアイデアしか出せなかった。
「過剰な設備を切り捨てる覚悟もいるかも知れません」
誰かが言ったか明らかでもない発言。
トリック特技プロの資産であるバーサタイル70の稼働が停止されると噂された。
「広告映像の稼ぎ頭じゃねえか!」
ショーキさんが呆れた。
「しかもリッちゃんの持ち物だ。
誰が言ったんだか、もしかしたら、噂に手足が生えて歩き出しただけなのか」
撮影所が疑心暗鬼に陥る中、しかしセシリア社長はおらず、社長代行は状況を全く把握できていない。
更にこの一件が
「特技部が廃止され解雇される」
というヘンな噂になり、視聴率が振るわない作品のスタッフが
「次は俺たちが解雇される!」
と疑心暗鬼に陥った。
この噂に呆れた優秀なスタッフの一部は辞表を叩き付けた。
彼らはテレビの世界からも声がかかっていた。
その上、ヨーホーの弱気な経営に嫌気が刺していたのだ。
しかしそうもいかないスタッフたちや、自社に愛着のある頑固者たちは
「俺たちが守って来た白亜の殿堂を追い出されてたまるか!」
と不満を声にし出した。
この状態をリック監督は懸念し、白亜の殿堂を訪れた。
そこに。
「リックさんすみません、後は私の仕事です」
本社から駆け付けて来たマッツォ社長。
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正門内側、ロータリーの噴水前。
マッツォ社長は不満を口にしているスタッフを集め、話を聞いてから答えた。
「みなさんを解雇する事はありません」
「今はそうでも色々後から理由付けてクビにするんじゃないだろうな?」
撮影所側の不信感は簡単には覆らない。
しかし、集まった人々の目を見て、マッツォ社長は落ち着いて、しっかりと話した。
「分社化して、私が社長になった時。
リック監督が、ヨーホー映画の仲間の雇用を守るため必死になりました」
「え?俺?」
イキナリ話題を振られたリック監督は慌てた。
「それに、今では他社で失業した人の世話までしてます」
「じゃリッちゃん社長にしろよ!」
誰かが尤もな事を言った。
「それは出来ません!」
「何でだよ!」
「俺ゃリッちゃんなら付いてくぜ!」
リッちゃん組とテンさん組の現場は、ピリピリした撮影所の中でも格別に仲が良く、居心地がいいと評判だった。
「私はあの人には好きな特撮だけやって欲しいと思っています。
ヨーホー映画でなくても、どこでもあの人はやってけるんです。
社長の重責をあの人に押し付けたくありませんし、受けるとも思えませんよ」
「そりゃそっか」
「尤もだな」
「リっちゃんだからなあ!」
「「「ははは!」」」
少し場が温まった。
「じゃあ、あんたどうすんだ?」
「この撮影所の皆さんを『仲間だ』と言って、雇用を守るため必死に頑張ったリックさんの理想を守ります。
もし守れなければ、私は辞めます」
しかし。
「あんたはいいよ、がんばったの知ってるさ。
でもよ、他のアホな系列の社長や役員連中、どうするつもりだよ?」
「今までだってリッちゃん怒らせたの、他の馬鹿な連中だろ?」
そこで
「お前の親父も」
とは誰も言わなかったのは、マッツォ社長の奮闘を撮影所の皆が認めて理解している証左だった。
「正解なんてない。無いんです。
企画審査も、人事考査も、予算の承認も、正解なんてどこにありましたか?
セプタニマ監督程の巨匠でも赤字を出した事はあります。
ヒゲカン皇帝も鳴かず飛ばずの作品もありました。
大金注ぎ込んだリックさんの作品よりもショーウェイの剣戟の方が倍稼いだ時は悔しかった!」
彼の言い分は、撮影所に残った皆と何も変わらないものだった。
「でも、みんなそれを求めて企画を書いて、スタッフを集めて、カメラを廻している。
私も成功を信じて企画を売り込んでいます。
これからも、それに変りはありません。
正解のない答えに夢を求め続け、失敗したり成功したり。
それしかないのに、昔も今も、何も変わりは無いんですよ!」
スタッフ一同は頷いた。
「でもセプタニマさんは別格過ぎる!
例え『案内人』が大ヒットしてアモルメに利益攫われても、私はセシリア社長の判断に拍手しますよ!」
「そりゃそうか」
「「「ぶわっはっは!!」」」
大分場が温まった。
「皆さんを心配させて申し訳ありません。
しかし、今まで通り、私は私や皆さんと一緒に魅力がありそうな企画を進め、私は金を集めます!
皆さんには、成功を信じて、失敗を恐れずに、皆さん自信が良いと思う作品、お客さんが喜んでくれると思う作品を撮り続けて下さい!
皆さんが不信に思う系列社長、役員に対しても、今一度なにが出来るか、何をしたいのか、真剣に考えさせ、ふるいに掛けましょう。
そして撮影所を去ろうとしている人達に戻る様伝えて下さい。
私は辞表を全部突き返します!
優れた人材を今こそ失う訳に行かない!」
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そして企画推進の基準、従業員の保護を明文化させ、改めて契約する事で撮影所は再稼働した。
しかし、数日の稼働停止はヨーホー映画にとって数千万デナリの損失を齎した。
社長会で系列社長や役員一同は撮影所員の解雇を検討しようとしたが
「私達経営陣が現場を不安にさせた結果、身から出た錆です」
と、系列社長、役員全員に報酬返上する様命じた。
「ヨーホー内乱」「社長土下座」
新聞はこの騒動を面白おかしく揶揄した。
しかしこの論調に、先ずセプタニマ監督の弟子、「内海が広がる日」のカルタ・シルバ監督が反撃に出た。
かつてテラニエ帝国がアモルメを遠征するため山岳突破を企画し、その訓練中に
精鋭2千人を悪天候の中殉死させた悲劇的事件を映画化した。
製作費3億デナリ。
そして、テレビでは華々しくリック監督の新作を宣伝する事になった。
「ヴェネトステラル(星の狩人)」改め、「スプラフィニス(超辺境)」。
製作費、テレビながらに2億デナリ。
そのパイロットフィルムは繰り返し放送され、撮影風景までも紹介され、モーションコントロールカメラの操作のため電算機に向かうアイディー夫人の真剣な表情も撮影され
「ウキャー!!ヤメテー!!」
撮影に気付いて慌てる姿もバッチリ放送された。
例によって新聞は「どっちも二番煎じ」と揶揄したが、世間の期待は高まった。
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セシリア社長の餞の会は、撮影所ではなくヨーホー中央劇場で行われた。
社長の夢である、煌びやかな場である王都の劇場に、嘗てのスター達が大集合した。
そして、リック社長が3日掛かりで編集したヨーホー映画30年以上の名作ダイジェスト映像25分程度が、何とスタジオ演奏家の生演奏で上映された。
台詞素材と、当時の楽譜に合わせて名作の数々を練習し、楽譜もまた編集した超離れ業だった。
随所に製作発表の際の社長の姿が映されていた。
しかし余りに自然な編集に、誰もこの困難な作業が3昼夜で仕上げられたとは思ってもみなかった。
そして、社長辞任の挨拶。
主役級のスターたちがセシリア社長をエスコートし、壇上に招いた。
気が付けば、療養中の筈のスクさんまでも、医師の付き添いの中、観客席にいた。
辞任の言葉を、セシリア社長は堂々と語った。
「今、この世界は。
世界の歴史の中でも、稀有の平和の中にあります。
嘗ての大帝国が武力で統一していた時代とは全く違う。
近くの国々、長く争っていた国と、対等で平等、そして違いを認め合う平和です。
かつて魔族と酷い言葉で呼んでいた、今では無二の友となった人々とも分かち合え、地球の反対側、遠くの国々とも友誼を結んでいます。
それらの国の人々が、私達ヨーホー映画の作品を見て、喜んで下さっています。
それらの国々の人々が、私達よりも優れた作品を私達に見せて下さっています。
なんと素晴らしい時代でしょう!
この幸せを、私は神に深く感謝します。
これからのヨーホー映画を紡ぎ出す皆さんにお願いします。
この時代の空気を忘れないで。
ヨーホー映画は自由で先進的で、
『いつも楽しいヨーホー映画』であり続けて下さい!」
劇場内に割れんばかりの拍手、歓声、そしてすすり泣く声が轟いた。
そして餞の花束を捧げたのは、マッツォ社長でも、ゲストに招かれたザナク財務卿でもなく、ヨーホー映画の歴史に貢献度の高い監督5人だった。
「社長!楽しく幸せな時間を、ありがとう!」
代表して一言セプタニマ監督が声をかけた。
「皆さん、これからも撮り続けてね。
私は観客に、一生、ヨーホー映画のファンであり続けます。
特に、セプさん。
ちゃんと映画は続けなさいよ?」
「は、はい!」
「「「オオー!!!」」」
赤字報道で進退を心配されていたセプタニマ監督への激励に、場内が歓声を上げた。
後にセプタニマ監督は引退まで考えたと告白したが、この送別会でやらなければと決意を新たにしたそうだ。
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なお、「極北案内人」だが。
その後、猛烈な吹雪を知らない大陸中央諸国、ボウ帝国で公開され、未知の雪国への興味を惹き付けた。
その結果、興行成績は伸び、ついに赤字が解消し、わずかながら利益は関係各社に齎し、赤字の誹りは免れたのであった。




