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金と碧玉に覆われた仮面

流血表現が少しだけ出てきます。ご注意!!

ルグレス帝国皇帝アレクサンドロには、紅い剣と称される元帥マサイアスの他、もう一人側近がいる。



いつもと変わらぬある日、アイギス王国にルグレスからの使者が突然訪れた。

アイギス王国国王アルファラン三世はその知らせを(いぶか)しんだ。ザフィーラを挟んだ向こう側にあるルグレスとは少量の商業取引こそあるものの、国交は無かったからである。

それに何年か前の前皇帝を廃した軍事クーデター、その後における数年間に渡る粛清の噂。

アイギス王国は何十年も争いらしい争いを起こした事がなく、隣国のザフィーラとも協力関係を結んでいるため、アルファラン三世が即位したそれ以前から平和を守っている。



そんな我が国に何故ルグレスからの使者が…。

皇帝からの正式な書状も持参しているとの事なので、内心疑問を持ちながら使者と会うことにしたのである。



「お初にお目にかかります。私めはルグレス帝国の宰相をしております、ルーカス・レイエスと申します。本日は急な謁見を許可していただき、大変恐縮でございます。」



そこにいたのは、絶世の美女。


いや、身体付きや、着ている衣服、声などからして間違い無く男である。

緩やかに波打つ金髪、繊細そうな鼻筋。まろい形の唇…。ふわりと笑むその眼は、美しいエメラルドを思わせる碧。


あまりの美しさにアルファラン王は目を見はった。



「如何なさいました?」



くすくすと笑いながら柔らかい声で問いかけてくる声で我を取り戻す。気を取り戻して周りを見やれば、自分と同様にかの宰相に見惚れている者が多くいた。

咳払いをして、威儀を正すと、徐に前にいる人物に話しかける。



「いや、なんでもない。そなたがルグレス帝国の宰相か。随分若く見えるが、一体いくつになる。」


「はい、私めは15の時分、我が陛下から宰相の位を拝命いたしました。それから3年が経ちましたから、今は18でございます。」



その言葉に唖然としたのは、アルファランだけではないはずだ。現に、自国の大臣達は目を見開き、口を開けたままだ。



「18?そなたは15歳で宰相を?」



「左様にございます。」



にっこりとまるで溶かすような笑みを浮かべ、肯定をした若き宰相は、一体この国に何をしに来たのであろう。



「我が陛下から書状をお預かりしております。お読みになりましてから、詳しい事は私から説明を致します。」



こちらでございますと側近から渡された手紙を受け取る。

手紙に書かれていたのは『ルグレスの余剰な装飾品を、そちらの国で取り扱ってはもらえないだろうか』という、極単純な内容だった。

この程度の内容なのであれば、わざわざ宰相が王に謁見までして取り決める事ではないと思えた。



「何かご質問がございましたか?」


にこりと笑うその人物に、今まで抱いていた疑問を投げかける。



「この程度の事で、わざわざ国を挟んだ我が国に来たわけではあるまい。一体皇帝は何を考えておるのだ。」



思いがけず強めの声が出た。その事をあらかじめ予想していたかのように、くすりと宰相は笑う。



「さすがでございますね。お見通しですか。確かにそれは表向きでしかございません。あぁ、しかしながら、それも確かに我が陛下がアルファラン王の許しをもらってこいと仰られた自案でございます。許可を頂けたら幸いなのですが。」


「では一体何が目的だ。この書状に関する事は、お前の言う内容次第で考えても良いし、その逆もしかりだ。」


「ザフィーラの皇太子に嫁いだ貴国の王女様が、ザフィーラ王に常日頃、乱暴をされているのはご存知ですか。」



王の言葉を遮るように放たれた言葉に、謁見の間が水を打ったように静まり返る。アルファラン王はあまりに想像を超えた内容に、ただ穴が開くほど、それを言った男を凝視した。



「な…なにを…何を申す!!!!」



我に返り、部屋を震わせる程の怒声を浴びせかけたが、男は尚も笑んでいる。



「事実にございますが?うちの元帥が誇る諜報部をザフィーラに送り込みまして得た情報にございますので、間違いは有り得ません。なんでも、皇太子は皇太子で身分の低い女に寵を注いでおられるご様子。それを突き付けられ、傷心の王女様を御自分の後宮に引きずり込んだとか…。

お労しい事でございますね。」



怒りでわなわなと震える体が止まらず、隣の王妃を見やれば、彼女は完全に顔から色を失っている。

ザフィーラ皇太子に嫁いだアイギス王女は、自分達の愛する娘。いくら王族には愛が不要だと言われていても、アルファラン王と王妃は仲睦まじく、子供達にも愛情を注いで育てた。

その大切な娘が、何故その様な事になっているのかがわからない。



「陛下、気をお静め下さい!おい、レイエスとか言ったか。お前が言った内容を我々が信じるとでも!?ザフィーラは我が国と同盟を結んでいる。それなのに、かような無体な真似を妹が受けている筈がない!!」



アイギスの皇太子であるゼルエルが叫ぶ。



激昂しているゼルエルを不憫そうに見るレイエスは、「では是非ともお確かめになれば宜しいでしょう。」と口を開いた。


「お確かめになられて、確信が得られなかった場合は、私を殺して下さって結構でございます。我が陛下もそれをご承知ですから。ザフィーラに間喋を送りこみ、確固たる証拠を得るまで私を監禁されてもなんら問題はございませぬ。」


「そこまで言うか。そんなに自信があるのなら、ザフィーラに確認せねばならん。陛下、私を使節としてザフィーラに行かせて下さいませ。」



王はゼルエルとレイエスを見やり、了承する。



かくして速やかにアイギスは使節団を組み、ザフィーラへと旅立った。


彼の人は一国の宰相と言うこともあり、王宮内の一室をあてがわれ、逃亡出来ぬ様に昼夜を問わず監視が付けられた。




数十日後、帰国した我が息子の顔を見て、信じたくないと思っていた情報が正しかったと証明された。

執務室に通した後、重い口調で話し始めたゼルエルが話した内容は、更に衝撃的なものだった。



「酷いものです。私には必死に笑顔を造っていましたが、夜が近づくにつれどんどん恐怖に顔が強張っていくのがよく分かりました。まさか私達が訪ねている間も伽をしていたとは…。」


「なんだと…っ」


「皇太子は表立って寵姫という賎しい女を連れている始末…。あれでは余りにも…っ」


「なんと…なんと言うことだ…。」



余りの衝撃に立っている事が出来ず、頭を抱え座り込む。



「どうすれば良い…どうすれば良いのだ…。」



唸るように呟いた言葉に誰もが口を噤む。



「ザフィーラ王に正義の鉄槌をお下しなさいませ。」



鈴を転がす様な声がした方向を見ると、そこにあったのは、憂いと憐れみを湛えた碧玉の眼。


静かにアルファラン王とゼルエルに近寄り、レイエスは口を開く。



「近い内にザフィーラは我がルグレスに攻め入ります。」



その言葉に驚いたのは、二人だけではない。警護をしている近衛兵や、そこにいた侍女まですら息を飲んでいる。

真っ直ぐにこちらを見ている視線は鋭い。



「近い内にザフィーラの首都を守る兵力は、我が国に向かって来るために半分にまで減ります。そこを是非とも叩いてもらいたい。」


「お前…まさかこの為に来たのか…」



その言葉に、眩しい程の笑みを返す。この笑みで一連の行動が繋がった。



「アルファラン陛下。正義はアイギス王国側にございます。もし、お立ちになるのでございますのなら、我がルグレスは協力は惜しみませぬ。」



そして、一息置いてはっきりと断言する。



「ザフィーラにアイギスの正義の鉄槌を。」






開戦か否か。


連日続いた議論に終止符が打たれたのは、レイエスに宣言されていた通り、ルグレスにザフィーラが進軍した報であった。



「陛下…今が好機でございます!!すぐさま軍勢を整えて、ザフィーラ王を討ちましょう!!」


「陛下、ご決断を。」


「お待ちください!!今出ても、我らはザフィーラに勝てる保証はございません!!」



様々な言葉が飛び交う中、アルファラン王は沈黙を破る。



「我らが勝てぬと、娘はあのケダモノに蹂躙され続ける…。しかし、我らが勝てる保証はどこにもない。」



その言葉に一同は押し黙る。



「勝てますとも。」


美しく笑うレイエスがはっきりとした言葉を紡ぐ。



「勝てます。」



確信を込めた声で言われる。

その言葉でアルファラン王は腹を括った。






ルグレスに進軍していたザフィーラの背後を付く形で、参戦したアイギスは善戦。

ザフィーラがルグレスから撤退した後も、一進一退の状態ながらも決して後退することなく、ザフィーラの首都に侵攻。

遂には、首都陥落。

ザフィーラ国が、長年戦をしていなかったアイギス王国に敗北したのである。



ザフィーラ王、並びに皇太子は処刑された。



戦後処理をしている中、ルグレスに帰国していたレイエスが、黒尽くめの小さな人物を伴い訪れた。



「お久しぶりでございます。遅くなりましたが、戦勝。おめでとうございます。我がルグレス皇帝からも祝いの品を賜っております。どうぞ、お受け取り下さい。」


「おぉ、レイエス殿!久しいな!!息災そうで何よりだ。その方の皇帝にも宜しく言っておいてくれないか。して、祝いの品とは?」



レイエスは隣の人物を見やり、その黒尽くめのフードを落とした。

軽く笑んで、その背を軽く押す。


その人物をよく見ると、まだ小さな子供。少女のようだがよく判断出来ない。

黒の長髪を一つに纏め、背に垂らし、紅い双眸で無表情でアルファラン王を見ている。

白く抜けるような肌をして、こちらを見る様はまるで人形のような印象を与える。



「その子は?」


「我がルグレス帝国の元帥、クリスティン・マサイアスでございます。どうぞ、お受け取りを。」


「は?」



何を言われたのか理解出来ない。

この宰相は一体何と言った?



深く考えている時間は無かった。

周りからは悲鳴が上がり始め、気付いた時には近衛兵が既に何名かしか残っておらず、居たはずの兵は全て血まみれの肉となっていた。



「クリス、お前もう少し手加減してもいいだろ。もうこれだけしか残ってない。」


「手加減なんてしたら相手に悪いだろう。死んでも死にきれん。」


「ははっ!手加減したからって死ぬことには変わりないだろう。」


「まあな。」



まるで場にそぐわない調子で話している二人を見て、震える声で必死に答えを探す。



「れ…レイエス殿…これは一体どういう…」



残った近衛兵に囲まれるように守られたアルファラン王を、一瞥したレイエスはその美しい顔に嘲笑を浮かべる。


寒気がするほど残酷な笑み。



「流石アイギス。あんな簡単に騙されるなんてな。普通は騙されないが。統べる国王は平和ボケし過ぎて、言われた言葉が嘘がどうかも判断出来ぬとは。致命的で民が哀れになる。」


「嘘…!?だがゼルエルが見たと…っ!!」


「あぁあれか。真実を知りたいか。アルファラン王。」



こちらに少しずつ近付きながら、驚愕の真実が紡ぎ出される。


「あんたの娘は、自分からザフィーラ王に近付いて、後宮にも自分の意志で入ったんだ。傷付いたのは、皇太子の方でな。寵姫だと思っていた娘は皇太子の異母妹だ。公式には明らかにされていないが、れっきとしたザフィーラ国の王女だ。」


「な…っ!!」


「夜が近付いて顔色も悪くなってくるだろう。せっかく王とイイコトが出来るのに、兄貴がいるんだから。でも関係なくやってたみたいだけどな。」


「最悪だな。」



くつくつと笑うレイエスと、マサイアスが止めを差すその言葉を聞き、アルファラン王はカッとなる。


「貴様らぁ!!」


「あぁ、それから、アイギスだけど。うちの陛下が今現在侵攻中だ。俺はここで残務処理なんだよな。退屈だ。あっちに行きたかったが仕方がない。」


「私も早く陛下に合流しないといけない。さっさと終わらせたいのだが、いいか、ルーカス。」


「あぁ悪いが、あともう少し。アルファラン王、俺はあんたに『勝てる』と言った。何故アイギスが勝てると思ったんだ?」



何を言われているのかわからない。

理解出来ない。



「俺が『勝てる』と言ったのは、ルグレスの事だ。アイギスじゃない。まぁ、一つだけ褒めたいのは、ザフィーラに勝った事だ。まさか勝つとは思わなかった。俺としたことが読み間違えた。だが、嬉しい誤算とはこの事なんだろうな。」


「私は、ザフィーラがあそこまで持ちこたえられなかったのは意外だったぞ。いくら挟撃の形になったとは言え、脆すぎたな。」


「ま、どっちにしてもルグレスの敵じゃなかった。それでは、アイギス王国アルファラン三世。さようなら。」



ひらひらと嗤いながら手を振って、マサイアスの肩を叩く。



「最期に一つだけ教えてやろう。ルーカスの言葉を信じるな。あれが真実を話すのは陛下と私だけだ。」






それがアルファラン王の聞いた最期の言葉になった。






皇帝アレクサンドロの美しい極彩色の仮面。


宰相ルーカス・レイエス。


当時18歳。




ルーカスの謀略により、ザフィーラ、アイギス両国はルグレス帝国の属国となった。




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