微睡み
皇帝視点です
「アレックス」
誰かが呼んでいる。
多分ルーカスだろう。
あの鮮やかな仮面の下はどす黒い。だが、それを知るのは、僕とクリスぐらいだろう。それ位、ルーカスは虚偽を纏う。
あの眩しい微笑みをたたえながら、いくつも拠点を陥落させた。勿論内部崩壊を誘って。
だから宰相の位を授けた。ルーカス以外にその座は考えられないから。
「アレックスはお休みか」
あぁ、クリスだな。
表情が乏しいあの子の感情の起伏が分かるのも、やはり僕とルーカスだけ。
血肉飛び交う戦場で、幼いあの子は微動だしなかった。むしろ、自軍の誰よりも手柄を上げていたのは賞賛に値する。
だから、元帥の位を授けた。クリス以外に血で血を洗う戦場に、信頼を持って死ねと命令出来る人間なんていなかったから。
「しかし、寝てればアレックスは天使のようだな。」
「起きてたら真逆な悪魔だからな。他の奴らが何故気付かないのが不思議だ。」
「猫っかぶりが巧いんだよ、アレックスは。昔から何匹も猫背負ってたぞ。」
「ルーカス、アレックスは猫っかぶりだとお前に言われたくないと思うぞ。」
全く仕方ないな。と言う風情で言うクリスに思わず笑みが浮かぶ。
「そうでしょう、陛下。」
「既に起きてるのはわかってますよ、陛下。意地が悪いですね。」
やっぱりバレてたか。黙って聞いてたかったんだけどな。だけど、意地が悪いってなんだ、ルーカス…。
眼を閉じたまま二人の居る方に寝返りをうつ。
「もー寝かせてよ。だけどさぁ、ルーカスに意地が悪いって言われたくないんだけど。僕は君より悪くないでしょ。ねぇ、クリス。」
「私に聞きますか。」
「聞くさぁ。」
へらりと笑って起き上がる。椅子に座ったまま寝ていたので、身体が痛い。
うーんと唸りながら、身体を伸ばす。バキバキと骨が鳴るのがわかるようだ。
「で?」
椅子に座り直し、足を組んで自分の腹心達を見やる。
たった一言の言葉で、自分が何を言おうとしているのかを判断した、宰相が口を開く。
「首尾は上々ですね。ザフィーラの方も、クリスが直に出向き、裏が取れました。いけます。」
「軍は、テイラー将軍辺りが動きそうです。あれは相当処分に不服があると聞き及んでおりますから、動き出すとしたら脇目も振らずに帝都まで突っ込んで来るでしょう。」
「ふぅ~ん。ねぇ、クリス。こっち来て?」
クリスに手招きをして、そのまま膝に座らせる。この子は自分と3つ離れているとはいえ、13歳。まだまだ華奢だ。
一つに結わえ背中に垂らした髪を解く。サラサラとした吸い付く絹の様な感触が心地良い。
「ねぇ、クリス。また君、危ない橋渡ったでしょう。駄目だよ、君は僕のものなんだからさ。」
紅い目を覗きこみ、問いかける。
無表情な顔には感情が一切感じられることがない。ただ、こちらをじっと見つめ返しているだけだ。
「陛…アレックス。クリスが困ってるぞ。放してやれ。」
「えぇ~?やだね。ルーカス、ヤキモチ?男のヤキモチはみっともないよねぇ?」
ねぇ?とクリスを抱き締めたまま、首を傾げてみせる。相変わらずの無表情だ。
無表情なままのこの子は、そのままルーカスにすくい上げられ、幼子が抱き抱えられるような体制で、ルーカスの腕の中に収まった。
「全く油断も隙もない。アレックス、クリスに手を出すなと言っただろう。何回言えばわかるんだ。」
「ふふふっ、何回だろうねぇ~?」
くすくすと笑いながら二人を見る。
抱き上げた方は呆れた表情で、抱き上げられた方はきょとんとした顔で僕を見ている。と言っても、無表情なので雰囲気だが。
「ルーカスさぁ、わざわざクリス行かせなくてもいいんじゃないのー?君にだって、直属の諜報員いるでしょうに。」
「ま、そうなんだがな。クリスが行くって言うもんだから、押し切られた。」
「…私が行っては駄目なのか?」
クリスがルーカスの腕の中で身じろぎをする。それを見て、僕達は揃って溜め息を付いた。
「ねぇ、クリス。君、自分が女の子だっていうのわかってる?」
「それが?」
尚も訝しげな眼差しで問いかけられたが、これは言っても無駄だろうなと思い直した。
大体、10歳の女の子を軍事クーデターに誘い込んだのは僕だし、その後、軍の最重要役職に付けたのも僕だ。今更感が否めない。
かと言って、ルーカスも反対はしなかったけれども。
皇帝のお抱えの暗殺一家に産まれた彼女は、生後2年目辺りから暗殺家業を徹底的に仕込まれている。
初仕事は5歳の時、大臣の内の一人、伯爵家の一人息子の暗殺だった。初仕事ながら、完璧な仕事をした彼女を僕は手に入れた。
年が近かったというのも理由の一つだが、幼い子供の無邪気さが全く感じられない、妙に達観した表情が気に入ったから。
クーデターの際に、自分の一族郎党を自らの手で葬り去った彼女は、今や自分の大切な臣だ。
ルーカスはと言えば、名門レイエス公爵家の出身である。
レイエス家は過去に何人か皇妃を嫁し、その影響下で帝国内で権力を掌握した家柄だ。
ルーカスはその家の三人兄弟の末子として育てられた。だが上の二人は愚鈍とも言って良い。良いのは見た目だけで、知識も才能も全く欠落していた。だが、嫡男として公爵を次ぐ長男と、愚かな皇帝に媚びへつらい、官位を得た次男と違い、ルーカスはただひたすらに怠惰に過ごしていた。
レイエス家の子という事で、年上の遊び相手に選ばれたルーカスは、僕にこう言い放った。
「お前は何匹猫をかぶってるんだ?」
と。幼少時から取り繕う事に慣れていた僕は、僕を一目で見抜いたルーカスに興味を持った。
話してみると、ルーカスは実に腹黒かった。まだ8歳になろうかと言う頃から腹黒かったのである。
「君さぁ、僕のものになる気はない?」
「俺が?」
「そう、君が。君みたいに頭のキレるのって僕知らないんだよね。君、あのバカな兄達よりよっぽどレイエス家を継ぐ方がいいと僕は思うよ。」
「ははっ。お前、さすが猫かぶりだな。皆に評判の天使様は実は悪魔とは。面白いな。」
「それにさ?」
にっこり彼に笑いかけ、問いかける。
「僕が皇帝になるのを近くで見たいでしょう?」
一瞬息を詰め、目を見開いたルーカスは、次の瞬間爆笑した。その光景を見ながら、僕も笑う。
腹を抱えて笑っていたルーカスは、ようやく笑いが収まったのか、目を拭いながら姿勢を正す。
「やはりお前は面白い。いいぞ。俺はお前のものになってやる。俺の知識も才能も全部お前のものだ。お前の手となり、足となり、駒となって動いてやる。」
「そう?決まりだね?」
「あぁ。」
そして時間は流れた。
クーデター後、粛清リストの中に盛り込まれたレイエス家の面々に笑いが止まらなかった。
僕は腐敗した官僚と幕僚のみをって言い付けたはずなのに、ルーカスの愚鈍な兄達が二人とも載っていたからだ。彼らは別に上層部に絡んでいない。まぁ、子供騙し程度の着服はしていたが。
兄二人を処刑した後、ルーカスはレイエス家を継いだ。
念の為、レイエス公爵、ルーカスの父は病状が悪化したのだそうだ。ルーカス曰わく。
「ねぇ、クリス。ルーカスなんて止めてさ、僕の後宮に入らない?」
「アレックス」
不機嫌極まりないルーカスの声に思わず笑いがこみ上げる。
いいじゃないか、別に。二人とも僕のものなんだから。
立ち上がり、ルーカスの腕の中にいるクリスの頬を両手で包み込む。無表情なまま彼女は首を傾げたので、黒い髪がサラサラと流れる。
「女の子なんだからさ。顔に傷とか付けちゃ駄目だよ?」
「わかった。」
こっくりと頷くクリスに顔を近づけ、そのまま彼女の唇を奪う。
上からルーカスの刺すような視線を感じているが、気にせず更に深く彼女の唇を貪り続けた。
苦しそうな吐息が聞こえてきたので、唇を解放してやると、無表情だった彼女の頬が少し赤く染まり、紅い双眸は潤んでいる。
この顔がヤバいんだよねぇ。まだ13歳でこれかぁ。大人になったら相当キそうな感じだよなぁ。よくルーカスは我慢してると感嘆する。
頬をそのまま一撫でし、ルーカスを見る。
美女の様な顔が歪んで、如何にも不機嫌そうだ。その顔を見て、僕は満足する。
あぁ、これクリスお仕置きされちゃうかなー。
ふふっとほくそ笑んで、二人を改めて見やる。
「さぁって、僕は仕事しようかなぁ。二人とも、これからする事があるんでしょう?気をつけて行っといでよ。」
「あぁ、する事があるなぁ?クリス。」
じろりと言った風にクリスを睨め付けたルーカスは、そのままクリスを抱えたまま去り際に「じゃあな」と一言言い残し、執務室を出て行った。
これから、ルーカスはアイギスへ行き、王家の人間をその毒牙にかける。
クリスは帝国内の不穏分子を一掃するために、再びその手を血に染める。
全ては僕の指示通り。
彼らは僕を裏切らない。
だって彼らは僕のものだから。




