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生きた伝説―後編―

腐敗した世界を創り直すには、圧倒的な力と絶対的な求心力、そして何よりも濁る事の無い誠の忠誠心が必要。

その三つを兼ね備えた者こそ、強大な帝国を率いるに相応しい皇帝であるのだ。


後世、ルグレスの歴史上で決して除外される事の無い有名すぎる皇帝に仕えた者は数居れど、皇帝の両腕となった二名は当に別格であると誰しもが口を揃えて言う。

欺瞞と義憤と虚偽と虚栄で彩られた宮廷において、唯一皇帝にだけは真実を語る彼等。


その彼等の下に就いた部下達も、勿論例外ではない。




ブリッグハウスが南方将軍に就任した丁度その頃、彼は密かにルグレス帝国第二王子と接触したという。そこで彼が見たもの、聞いたものは全て抹消されている。勿論誰も書きおきなどもしているはずもなく、新たな将軍が何を聞き、何を見たのかはその場に居た者しか知りようがない。


ただ、その時の何らかの接触を機として就任地へと赴いたウェストン・カールリッジ・ブリッグハウス新将軍は、類稀なる働きをみせることとなる。


元々隣国との国境争いにきな臭いものがあった南方地であったが、新将軍が就任するや否や、国境沿いの近隣の村々にまで侵攻されていた戦線を見事に撤退させるまで至り、その功績は高く評価された。更に侵攻によって荒廃していた近隣の村々がブリッグハウス将軍の所領地であった事もあり、その領地経営も赤字経営から黒字経営へと見事に転換すると言う離れ業もやってのけたのである。

また、そのような智勇優れた将軍でありながら彼自身が豪放磊落な性格をしていた事もあり、地位に驕る事無く部下に分け隔てなく接した。その為に、南方軍内での彼個人の支持率は非常に高かった。支持率だけで言えば、ルグレス帝国に全部で五人いる将軍の中で最も高く、その名は瞬く間に帝国全土へと広まる事になった。

勿論それはルグレス宮廷内においても同様で、ブリッグハウス将軍は南方守護の要でありながら、帝都在住の皇帝にすら重用される結果となったのだが、当然その反発も少なく無かった。


膨れ上がる羨望と嫉妬の中で、彼は全く付け入る隙を与えず、更に半ブリッグハウス派の苛立ちは募った。そんな時、事件が起きる。



事件が起きたのは、彼が帝都へ報告がてら参上していた時の事だった。

皇太子の婚約者であるアンナマリア・マルケスが父である宰相の元を訪れており、帰り際に城内の廊下でブリッグハウス将軍と鉢合わせになった事が発端だった。アンナマリアは次期皇太子妃でもある女性であり、尚且つルグレス社交界きっての名花と名高い存在である。しかし内面はと言えば決して誉められたものでは無かったのは暗黙の了解であったのが、父である宰相の力が大きかった為にその醜聞が表に出る事は無かったのである。

そんな好色な彼女が、たまたま鉢合わせになったとは言え帝都でも名高い南方将軍を前に浮き足立ってしまうのも当然の事と言えよう。図らずもブリッグハウス将軍と言えば、むさくるしいだけの男所帯の軍内にあって、がっしりとした上背に甘いマスクで令嬢の中でも話題の男だったのである。

彼も自分の美貌に眩んでくれる男だと思ったアンナマリアであったが、ブリッグハウス将軍はあっさりとそれを流し、唖然としている彼女を残してさっさと立ち去ったのだ。


袖にされた事への屈辱から激怒したアンナマリアは、父である宰相にブリッグハウス将軍に恥をかかされたと根も葉もない偽りを並べ立てて直訴。

丁度ブリッグハウス将軍の出世に不信感を持っていた宰相も、今こそ好機とばかりに皇帝と皇太子に上訴したのである。


アンナマリア単独の申し立てで始まったその告訴は、若い身空で昇進を重ねて行くブリッグハウス将軍を妬む輩の注目を買ってしまい、次第に熱を帯び始めた。

ブリッグハウス降ろしが始まったのである。

いくら皇帝の寵が篤いとは言え、元を正せば伯爵家のごく潰しの四男坊。帝国にとって多大な実績を上げたとは言え、現場からの叩き上げの軍人である。上げ足取りの狐狸ばかりが跋扈する宮廷内に彼の味方は大多数の中では力及ばず、彼の助命嘆願を叶えてもらうだけで精一杯だった。一方、敵も帝国民と軍全体からの支持率の高い将軍を表立って処刑する事は叶わなかった。その一因として、先に処刑されたミカエリス将軍の禍根が色濃く残っていたからだと言われている。

ミカエリス将軍の不透明な処刑の経緯によって、軍内では今も不穏な空気が流れているのも事実。今回またしても同じ事をしてしまうと、貶めたはずの自分達に危険が及ぶのではないかと憶測が飛び交ったのだ。


結果、ブリッグハウス南方将軍は将軍職剥奪処分の沙汰が下された。


将軍職を剥奪される際、彼はナバレル皇帝とその後ろに控えていた皇太子に向かってこう言ったと言う。



「そこのあばずれ女を皇妃に据えるなぞ、あなた方はこのルグレス帝国を潰す皇帝として歴史に刻まれるでしょうね。それを側で見れないのは真に残念ですね」



その一言が皇帝と皇太子の怒りを買い、彼は将軍職剥奪と南方の所領地没収と言う処罰に加えて、その身は帝国の北にある北部国境の最前線基地へと送られることとなった。勿論、今まで築き上げてきた全ての身分を剥奪されてである。


冬になれば極寒地へ変貌を遂げるその地に赴任する際、彼は非公式に第二王子とその友人の訪問を受けたらしい。だが、その時に何を話していたのかは一切不明だ。



数年後、最北端の地で彼は帝国で起きたクーデターが起きた事を知る。

当時ブリッグハウスはその地で国境警備の最前線にいた事は同任務に当たっていた者にも確認済みで、彼がクーデターそのものに参加した形跡は無い。

だが、不思議な事に彼はクーデターが起きる事を知っていたと言われている。



ここで一つの疑問が浮上する。

ルグレス国内でクーデターが起きた際、不可思議な事が起きた事である。


通常帝都内で起きたものだと言えど、東西南北全軍が出て来ていれば失敗に終わったはずのクーデター。いくら帝都を押えられていたとは言え、相手は15やそこらの子供が率いているそれらのクーデター軍を帝都軍が打ち破る事が出来無かったのは、そもそもの味方であるはずの南軍と北軍が動かなかった為である。

南軍に割かれていた人員は、比較的安全な東西両軍に配置されていた倍。北軍はそもそも国境争いが長期に渡っていたので、中央に割り振れるほどの人員を割けなかったと言うのが実情である。そんな中であったにも関わらず、救援要請を無視し続けた南軍は最後まで一切動かなかった。


では、何故何軍が動かなかったのか。

クーデターが起きた当時、彼は南方軍を取り仕切るっているはずの将軍やその部下達は早い段階で身柄を拘束、その隙に南軍全体が乗っ取られたのである。

その南軍乗っ取り作戦の陣頭指揮を取った男は後に、新しい南方軍将軍に就任することになる。


彼は軍内では古株で、いくつもの傷を負いながらも決して死なない不死身の男として有名で、ブリッグハウスが『生きた伝説』と言う二つ名を持つきっかけとなったアタマ自治区の掃討作戦でブリッグハウスと共に生き残った男だった。




これが、クーデター成功の裏話である。





「生きた伝説だかなんだか知らないけど、マサイアス家の、この俺に喧嘩売って生きて帰れると思うなよ!!」


「黙れ、駄犬の分際で」




ブリッグハウスはマサイアス家討伐で中央政権に復帰、再び将軍職を拝する事となる。

後に、彼は将軍よりも階級が高い大将に任命される。その地位は軍の最高位である元帥に次ぐ地位であり、一人以上は成りえない。




「ブリッグハウス将軍ー!!」


「はあ…俺はもう将軍ではないんだがね」


「そうなんですけど…なんかブリッグハウス将軍って、『大将』って言うより『将軍』って言う方がしっくり来るんですよね。公の場では大将って言いますから、将軍て言うので勘弁してくださいよ」


「だっはっはっ!ちげえねぇ!ウェス、お前大将ってガラじゃねえんじゃねえか?つっても、今更将軍に降格させられても、大将になる奴いねえか!!」







多くの仲間や部下達に囲まれて笑っている俺は、あの時悪魔の囁きに耳を貸し、そして俺の身を捧げた。


飴と鞭を使い分け、思慮深く、そして狡猾に。


騙されるな。


騙すなら最後まで、徹底的に。



全ては、俺が身を捧げると誓った貴き方達のためだけに。



ウェストン・カールリッジ・ブリッグハウス。




僭越ながら、この身は堕ちてでも、アレクサンドロ皇帝を影ながら支えさせていただきます。



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